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第3章 鬼畜-1

(何で? 何であたしが、こんな目に遭わなくちゃならないの……?)


 笠倉麻美は胸の内でひたすら自問自答を繰り返していた。

 補助灯のみに照らされた、薄暗い六畳間。

 手足を荷造り用のテープで幾重にも縛られ、さらに布製の猿ぐつわまで噛まされた格好で畳の上に転がされている。


(あたしはただ、あいつらの万引きを止めようとしただけなのに……)


 中学生四人組の万引きを目撃し、本屋を出てすぐの裏道で彼らを諫めた。

 いったんは罪を認め、おとなしく謝罪のため本屋に戻ろうとしたように見えた四人だったが、一瞬の油断が仇となり、リーダー格の森田から当て身を食らって気絶してしまった。


 そして意識が戻ったときには、既に手足を縛られこの部屋に連れ込まれていたのだ。


 ここがどこかは知らないが、おそらくあの四人のうち誰かの自宅だろう。

 ごく普通の民家の一室らしいが、畳敷きの至る所にカップ麺やコンビニ弁当の空き容器、煙草の吸い殻が詰め込まれたビールのアルミ缶、漫画やアダルト雑誌などが転がり、いかにも部屋の主のだらけた生活ぶりがうかがわれる。

 そして何より、生ゴミと煙草のヤニ、さらに男の体臭が入り交じった耐え難い悪臭が鼻を突き、こうして寝転がっているだけでも気分が悪くなってくる。


 最初に目覚めたとき、まず麻美を襲ったのは、四人の少年たちによる殴る蹴るのリンチだった。


 麻美が合気道の有段者であり、一対一なら大の男にもひけをとらないことを、連中は骨身に染みて知っている。

 だからこそ最初に徹底して痛めつけることで、予め彼女の抵抗を封じておくつもりだったのだろう。


 ことに麻美に直接投げ飛ばされたグループの一人・小森の報復は執拗で、身動きもままならない状態で太腿や尻、脇腹などを幾度も激しく蹴られた。

 おかげで太腿はパンパンに腫れ上がり、未だに鈍痛の治まらない脇腹は肋骨が折れているかもしれない。


 なまじ護身術を心得ていることから来た慢心。

 そして相手が同じ中学の生徒だからなるべく穏便に済ませてやろうという余計な気遣いが、取り返しのつかない災難を招いてしまったのだ。


(ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう! ……こんなことなら、真っ先に店長に報せてやるんだった!)


 ケガの痛みより、己の判断の甘さから抵抗もできずただ一方的にいたぶられたことがあまりに悔しく、勝ち気な少女は猿ぐつわの布を噛みしめて泣いた。


 せめてもの慰めは、顔やふくらはぎなど外から見える場所がほとんど無傷であること、そして今のところ最悪の行為――性的暴行を加えられていないことだった。

 つまり、奴らもまだ完全にケダモノと化したわけではない。

 一応は「麻美を解放した後」の配慮を忘れていないということだ。


(こうやって暴力で脅して、口封じしてから解放ってところかしらね……フン、ゲスどもの考えそうなことだわ)


 時間が経つと共に徐々に頭も冷え、麻美はこの窮地から脱するための手段を冷静に模索し始めていた。

 確かに現在の状況は圧倒的に不利だが、ともかく解放されて自由の身にさえなれれば、あとはこちらのものだ。


(絶対に許さない……奴らには、何としても罪を償わせてやる!)


 連中は暴力で他人を意のままにできると思っているらしいが、むしろ麻美にいわせれば、後々の証拠となる身体的外傷を加えたことは彼らの致命的なミスだ。

 とにかく今夜のところは上辺だけでも「恐怖に怯えきって声も出ない女の子」を演じ、解放されしだい、ただちに警察に訴える。

 もちろん少年法があるから刑事告訴は無理でも、うまくいけば保護処分で少年院送りにはできるかもしれない。


(確か、一番年下の高田でも十四歳……充分、傷害罪で検察に送れるはずよ)


 学校サイドは警察の介入を快く思わないだろうが、そんなのは麻美の知ったことではない。

 彼ら教師連中がいかにあてにならないかは、今もいじめを受け続けている幼なじみの磯狩裕太の言葉でもはっきりしている。

 これはある意味で、裕太の件も含め学園にはびこる暴力や、それを見過ごしにしている学校側の事なかれ主義を告発する好機かもしれない――そう思えば、ケガの痛みや屈辱を跳ね返すだけの気力が麻美の中に湧いてきた。


(何だかケンカ別れみたいになっちゃったけど……ユウ君、これであんたのことも助けてあげられるからね!)


 目をつむり、じっと耳を澄ますと、閉ざされた襖の向こうから複数の少年たちの声が聞こえてくる。

 どうやら、あの四人組が自分の扱いについて議論を交わしているらしい。


「――もう充分じゃないっすかぁ? あんだけ痛めつければ、笠倉だってもうビビって俺たちのことは黙ってるっしょ?」


 おどおどした口調でいう声は、四人の中で一番格下の高田だ。

 普段は上級生のワルとつるんでいきがっているが、所詮はただの中学生。ことが大きくなって警察沙汰に発展するのを怖れているのがよく分かる。

 まあいくぶんは、拉致した麻美が同学年で顔見知りの女子生徒ということへの後ろめたさもあるのだろうが。


「普通の女ならな。だが、ヤツの親父は警察のお偉方なんだろ? いくら口止めしたところで、家に帰せば親父にいいつけるに決まってる……」


(あの声は森川……特にあんたと小森は、決してタダじゃ済ませないわよ……!)


「なら、なんであんなコトしたんすかぁ? あのまま適当に謝って本代払ってりゃ、話は丸く収まったかもしれないのに――げはっ!?」

「二年坊は黙ってろ!」


 ボグッ、と肉を打つ鈍い音。

 続いて少年の哀れっぽいうめき声が上がった。

 先輩に意見した高田が、その場で蹴りを入れられたらしい。


「やっちまったもんはしょうがねぇだろが? なんつーか、あの女の偉そうな態度が気にくわなくってよぉ……それより関根、この家大丈夫なんだろうな?」

「ああ。お袋が出てって以来、親父は愛人のマンションに入り浸りだしな……だがよお、いつまで俺の部屋に閉じこめとくつもりなんだ? だいたいこの先、メシやトイレなんかはどーすんだよ?」


 どうやらこの家はグループの一人、関根という三年生の自宅らしい。

 家庭の事情から親が不在なのをいいことに監禁場所として選ばれたらしいが、本人は明らかに迷惑そうな口ぶりだ。


「だから……そいつをどうするか、こうして話しあってんじゃねーか」


(な、何なのこいつら? 小学生じゃあるまいし――)


 ただ麻美の態度が気にくわないから、後先考えずに拉致して暴行した。

 そして今になって後始末に困り、四人揃って頭を抱えている。

 所詮は中学生といえ、彼らのあまりの短絡さと行き当たりばったりの行動に、麻美は怒りすら忘れて呆れかえった。

 オヤジ狩り、浮浪者襲撃、そして家庭内での忌まわしい殺人事件。現代の風潮なのか、信じがたいほど幼稚な動機による少年犯罪のニュースを新聞やTVで数多く目にしてきたが、よりによって自分がそんな連中の被害者になるとは思わなかった。


(そういえば、トイレ……行きたいなぁ)


 関根の言葉にトイレの件が出たせいか、にわかに尿意を覚えてきた。

 決して抵抗しないと誓って哀願すれば、さすがに手洗いくらいは行かせてもらえるだろう。


(でもイヤよ! あいつらが見ている前でなんて……死んだ方がマシだわ!)


 そう思い直し、麻美はぐっと我慢した。


「なあ、いっそのこと本当に誘拐しちまうってのはどうだ?」


 だしぬけに大声を上げたのは、自分を一番痛めつけてくれたあの小森だ。


「あの女の家、金持ちなんだろ? だったら電話で脅迫して十億円くらい要求してさ、ついでにヘリコプターか何かで外国に逃げんだよ。映画みたいでカッコよくね?」

「小森……おめえバカか?」


 心底から呆れた声で、森川がいった。


「あいつの家に脅迫電話なんぞかけてみろ。それこそ本格的にサツが動き出して、このへんをしらみつぶしに調べ始めるぞ……それに運良く身代金手に入れたって、そのあとどうするよ? おめえ、ヘリの操縦なんてできんのか?」

「い、いや……ゲームでなら飛ばしたことあっけど」


(とりあえず、あんたが一番のバカだってことは分かったわ。小森……)


 森川の方はさすがにリーダー格とあって少しは分別があるようだが、そのくせ真っ先にキレて今回の事態を招いた張本人でもある。

 よりによってこんなレベルの低い連中の手に落ちたかと思うと、麻美は改めて泣きたい気分になった。


 襖の向こうではその後も十分ばかり不毛な論議が続いていたが、一向に結論は出ず、やがて痺れを切らしたような森川の声が聞こえた。


「しかたねぇ。こうなりゃ……さんに電話して相談するか」

「えーっ? マジかよぉ」

「あの人っすか? でも、ちょっとヤバいんじゃ……」

「もう充分ヤバイことになってんだよ、俺たちゃ。とにかく……あの人ならバックもあることだし、サツ相手でもうまくナシをつけてくれるかもしれねえ」


(え? 誰ですって?)


 あいにく肝心の名前をうっかり聞き逃してしまった。

 ただその名が出た瞬間、襖一枚隔てた隣室の空気が一変して張り詰める気配が、監禁された麻美にさえはっきり感じ取れたほどだ。

 誰かは知らないが、連中にとっては相当の大物らしい。


(警察相手に話をつける? まさか、こいつら親戚に政治家でもいるのかしら……?)


「もしもし? 俺です、森川です……こんな時間にすんません。実は、折り入ってご相談したいことが……」


 携帯で誰かと話しているらしい。

 声が低いので、詳しい会話の内容まではよく聞こえなかった。


「はい、はい……じゃあ自分、家の前でお待ちしてますから……」


 パチン、と折り畳み式携帯を閉じる音。


「これから来てくれるそうだ。いいか? おめえら、くれぐれも口の利き方にはマジ気ぃつけろよ。万が一にも、あの人を敵に回したら……もうネンショー行きどころの騒ぎじゃ済まねーんだからな」


 そう言い残し、森川が部屋を出ていく気配。


(どうせこいつらと同類のワルだろうけど……とにかく、もうちょっとマシな判断のできる奴に来て欲しいもんだわ)

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