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第1章 罪鬼-2

「イソカリ・ユウタ……それにあたしと瓜二つの女の子、アサミか……」


 裕太の後ろ姿が闇の中へ去っていったあとの公園。

 ベンチに座ったまま傍らに立てかけた大剣、すなわち魔剣「アリギエーレ」の刀身に身を寄せ、カーネは口に出してつぶやいた。


 瞼を閉じ、少しの間じっと考え込んでいたが、


「……やっぱ、全然記憶にないなぁ。きっと他人の空似ってやつね。そもそも、あたしらヴェルトロは人間じゃ――」


「この、大バカヤローっ!!」


 突如、雷鳴のごとき罵声が天から降ってきた。

 慌てて顔を上げると、頭上数メートルほどの夜空に、プロレスラーかと見まがう大男が仁王立ちになって浮かんでいた。

 上半身はカーキ色のランニングシャツ。迷彩色の野戦ズボンにサバイバルブーツ。

 少なくとも三十前の若者と思われるが、羅漢像をそのまま人間にしたような魁偉な容貌のため、正直年齢はよく分からない。

 筋骨隆々とした右腕には、六本の銃身を束ねた携帯用ガトリング・ガンを抱えている。

「携帯用」というにはあまりにごつい機関銃だが、この怪力無双の巨漢なら難なく扱えることだろう。


「イ、イザハド……あんた、何でここにいるのよ? 罪鬼狩りの担当ブロックが違うじゃないの!」

「俺の方なら、とうに片付いたぜ。で、ちょいとヒマになったから『新入り』の仕事ぶりを拝みに来たんだが――」


 くわっと目を見開き、


「手ぇ抜くんじゃねーっ! 目撃者の記憶を消すどころか、ベラベラ余計なことまで喋りやがって……俺たちゃ現世に遊びに来てるんじゃねえからな!」

「し、仕方ないじゃないのぉ……一度記憶を消した人間がまた現れるなんて思わなかったし……それにあの人間、真夜中の外出が習慣だっていうんだから……」

「頭を使え、頭を! 何かやり方があるだろうよぉ。深層催眠で暗示を与えて、無意識に夜の外出を控えさせるとか」

「んなコトいわれたってぇ……」

「それは無理ですよ、イザハド」


 闇の中から、たしなめるように第三の声が響いた。

 穏やかな成人女性の声だが、声の主は身の丈六〇センチにも満たぬあいくるしい幼女。

 いや正確にいえば、幼女を象りミニチュアサイズの白いドレスをまとった精巧なビスク・ドールだった。


 イザハド同様夜空に浮かんでいるのだが、その小さな姿は野戦服の巨漢に比べるとまるで豆粒のように目立たない。


「戦闘関連の魔力はともかく、心理操作に関して彼女はまだそこまで高度な訓練を受けていませんもの……簡単な記憶消去くらいならまだしも、むやみに深層意識までいじって、相手の精神に障害を残しては取り返しが付きませんわ」

「しかしよぉ、テレーズ。こいつ少したるんでんじゃねーか? 記憶消去の件はまだしも、知り合った人間と呑気にメシ食ってダベったり」

「その点については、僕もイザハドと同意見だ……」


 別の方角から、第四の声がいった。


「亡者に毛が生えたレベルとはいえ、単独実戦で罪鬼十七匹を再殺した実力は認めよう……でもカーネ、君はまだヴェルトロとしての自覚に欠けているようだ」


 淡々とした口調で告げるのは、おそらくまだ少年といっていい年頃の若者だった。


「おそらく」というのは、彼がアーミッシュを思わせる黒い山高帽と漆黒の外套で全身を覆っているからだ。

 暗闇の中で、目深に被った帽子の鍔からわずかにのぞく白く細い顎と唇の薄い口許だけが、その存在を主張しているかのようだった。


「テレーズ、それにオウマ……み、みんな見てたのぉ?」


 さっきまで裕太に見せていた強気はどこへやら。


 アリギエーレの柄をひしと胸元に抱き寄せ、照れ隠しの笑顔がそのまま固まったように口の端をひきつらせつつ、カーネは夜空を振り仰いだ。


「一部始終な。ったく……あの人間のガキがいなかったら、上から再殺弾をお見舞いしてやるとこだったぜ!」

「やはり、彼女を実戦に出すのはまだ早かったようだ……速やかに冥界へ帰還させ、再訓練させるべきだと思うよ」

「全くだな。今回はどうも厄介な『狩り』だし、戦力が多いに越したこたぁないんだが……新米の小娘じゃ、却って足手まといってもんだぜ」

「な……なによ、みんなして!」


 魔剣の切っ先を地面に突き立て、カーネはすっくと立ち上がった。

 ただでさえ気の強そうな濃いめの眉が、やや逆ギレ気味につり上がっている。


「黙って聞いてりゃーよってたかって自覚が足りないだの、足手まといだの……いーわよ! あの人間をとっ捕まえて、もう一度あたしに関する記憶を全部消せばいいんでしょ!?」


 そう怒鳴るなり目を閉じ、じっと意識を集中して、まだこの近辺にいるはずの裕太の気配を探る。


 テレーズに指摘された通り、戦闘用以外の魔力に関してはまだ初級レベルしかマスターしていないカーネだが、体臭、足音、呼吸音といった物理的な気配から、ついさっきまでそこにいた人間を追跡することは不可能ではない。

 これはまた、彼女たちの主な獲物である「罪鬼」を索敵するために必須の能力でもあった。


「落ち着きなさい、カーネ。とにかく、この件については隊長の指示を仰ぎましょう」

「隊長? ってことは……え~っ、来てるのぉ? あのひとも!?」


 カーネは目を開き、裕太の追跡を中断した。


「当然だよ。イザハドはどうか知らないけど、僕とテレーズは……隊長に呼ばれてここに来たんだから」


 雲間から覗いていた月の光が、一瞬巨大なコウモリのような影に遮られた。


 イザハドたち三人が浮いている場所からさらに十数メートルの高度から「彼女」は部下たちのやりとりを見守っていたのだろう。

 ――あるいは、それ以前から。


(全然、気がつかなかった……完璧に気配を消してたんだわ)


 テレーズとオウマがうやうやしく頭を垂れ、あの傲岸不遜なイザハドでさえ、慌てて背筋を伸ばし軍隊式の敬礼を送る。

 カーネもまた、敬礼こそしなかったが、ちょうど校長室に呼ばれた女子生徒のごとく緊張した面持ちで姿勢を正した。


 音も立てず地上近くまで降下した人影は、黒光りするレザーコートを翼のようにはためかせた長身の若い女だった。


 うなじのあたりでショートに切った青い髪に透けるような白い肌。

 スポーツタイプのサングラスで目元を隠しているが、整った顔の造作から二十代、しかも相当な美女であることは容易に想像がつく。

 コートの下は、黒革のボンデージ風ドレスにロングブーツ。

 扇情的とさえいえるコスチュームに包まれた肢体は、まだ幼さを残すカーネとは対照的に、充分すぎるほど成熟した大人の女のものだった。


 それでいて少しも卑猥な印象を与えないのは、そのままスーパーモデルとしても通用しそうなプロポーションと、何より彼女自身が身にまとう牝豹のごとき凄みをはらんだオーラのために他ならない。


「ラ、ラミア……教官」

「『教官』は余計よ。初陣とはいえ、あなたももう正規のヴェルトロとして『狩り』に加わっていることを忘れないで」

「聞いてたってんなら話が早いぜ。こいつの行動がちょいと軽率に過ぎるから、今回の任務から外すかどうか話し合ってたところだったんだが……」


 イザハドから顎で指し示され、カーネはふくれっ面でそっぽを向いた。


「理由はどうあれ、『現世で関わった一般人の記憶を消去する』というルールを犯したのは問題ね……カーネ、ペナルティとしてあなたはしばらく『狩り』から外れてもらうわ」

「そんなぁ……!」

「ただし、冥界には戻さない。さっきイザハドがいった通り、今回の任務はいつもの罪鬼狩りとは勝手が違う……いざというときの戦力が多いに越したことはないでしょうからね」


「?」イザハドが怪訝そうに眉をひそめる。


「カーネ。あなたには例の人間、磯狩裕太に関する件を処理してもらう。ただし今すぐ記憶を消去する必要はないわ……あなたの新しい任務は、彼が今夜の出来事を他人に漏らさないよう『監視』すること」

「はぁ!?」


 イザハド、そして当のカーネも驚いたように声を上げた。


「か、監視っていわれても……」

「やり方は貴方に任せる。何なら第三者に秘密が漏れない範囲で、あの裕太とかいう人間と接触することも許可するわ。むろん『狩り』が完了した時点でヴェルトロに関する全ての記憶は消去してもらうけど」

「なんだそりゃあ? おいおい、ペナルティにしちゃあちょっと甘すぎやしねえか? いくらこいつが、隊長じきじきの教え子だからって――」

「やめとけよ、イザハド。隊長がそんな甘いお方じゃないことくらい、君だって知ってるだろう? 何か考えがあるんだろうさ」

「むう……」


 オウマの言葉に、口をへの字に曲げてイザハドが黙り込む。

 羅漢のごとき大男にすら反駁を許さない事実が、このグループにおけるラミアの格付けを雄弁に物語っていた。


「人間っていうのは面白い生き物でね……」


 まるで独り言のような口調で、ラミアがいう。


「『口外するな』と命令すれば却って他人に喋りたがるものだけど……逆にこちらから近づき、適当に情報をリークしてやれば、『自分だけの秘密』という優越感に満足してむしろ口が堅くなる……ことに、さっきの少年のように内向的なタイプはね」

「……」


 不服そうに口を尖らせ、カーネがうつむいた。

 ついさっき、裕太を脅して強引に秘密を守らせようとした行動を暗に批判されているようで、何とも面白くない。


「それに、私たちが今回のようにチームを組んで行動するのはむしろ異例なのよ……ヴェルトロの『狩り』は基本的に単独行動。時には生者の時間にして何ヶ月もの長い間、現世に潜伏して逃亡した亡者や罪鬼を追うこともある……カーネには、人間の社会を学ぶいい機会だわ」

「一石二鳥ってわけかい? しかしなぁ……」

「もちろん、状況が変化したときは直ちに呼び戻して、彼女にも実戦に復帰してもらう……それでいいわね? イザハド」

「……ま、隊長のあんたがそういうのなら」

「ちょっと待って! 何なのよソレ!?」


 自分の任務の話だというのに、すっかり蚊帳の外に置かれたような気分で、思わずカーネは声を張り上げた。


「何だって、あたしがあんな人間の見張り役なの? せっかく初めての『狩り』だと思ってはりきってたのに――」

「隊長の命令は絶対だよ。聞けないというなら、やっぱり冥界へ戻るしかないね」

「要するに、新米の嬢ちゃんには人間のガキのお守りが適任ってワケだな! ガハハハ!」

「くぅっ……」


 オウマとイザハドから相次いで言葉を浴びせられ、悔しげに歯がみするカーネ。

 だが、さすがに相手が今回のリーダーであり、自らをヴェルトロとして一から鍛え上げた「教官」でもあるラミアでは、これ以上異議を唱えるわけにもいかなかった。


「あら? あの子、いま家に帰ったようだわ」


 ふいにラミアが地上の一角へ目をやり、やはり誰にいうともなくつぶやいた。

 カーネやその他の部下たちと言葉を交わしつつ、同時に魔力で磯狩裕太の足取りを追跡していたらしい。


(す、すごい……魔力を使ってる気配なんか、これっぽちも見せなかったのに)


 魔力・戦闘力共にヴェルトロでも最強クラスと噂されるラミアの力に、思わずその場の不満も忘れて崇敬の念を抱くカーネ。

 一日も早く彼女のようなヴェルトロになりたくて、今回の『初陣』にもやる気満々で臨んだはずだったのだが……。


「ふうん……面白いわね。あの子、使えるかもしれないわ。今回の『狩り』に……ふふっ」


 サングラスの下で、血のように赤い唇が戯れるようにクスリと笑った。


(使える? 何の役に立つっていうのよ、あんな弱虫の人間が……)


 下で聞いているカーネには、何が「面白い」のかさっぱり分からない。


 そんな彼女の疑問にはお構いなしに、ラミアは改めて部下たちの顔を見渡した。


「さあ、話はこれで終わりよ。夜明けまでにはまだ時間があるわ……みんな、担当ブロックに戻って『狩り』を続けてちょうだい。カーネには、明朝改めて詳しい指示を言い渡すから」

「了解。さあ、行こうか? イザハド」

「そうだな。……おいカーネ、せいぜいボーイフレンドとうまくやれよ! ワハハ」

「うるさい! よけーなお世話よ!」


 イザハドに怒鳴り返し、カーネは愛用の魔剣を怒りにまかせてブンッ! と振り回した。


「夜明けまではまだ闘ってもいいのよね? ……それなら、今夜中にあたしの担当ブロックに潜む罪鬼どもを、一匹残らず地獄へ送り返してやるまでよ!」



 イザハド、オウマ、そしてカーネも姿を消した真夜中の公園。

 残されたラミアはそっと地面に降り立ち、さきほど己が感知した裕太の自宅がある方向を無言で見つめていた。

 サングラスに隠された女の表情は定かでないが、その口許からは先刻の微笑は消え、ただ厳しく一文字に引き結ばれている。


「……ご存じだったのですか? こうなることを」


 背後からかけられる声。

 ラミアの目線に合わせるように地上一メートルほどの高さにまで降りた小さな影は、外見は幼女を模したビスク・ドールのようなテレーズだった。


「私は予言者じゃないわ。猟犬として獲物の気配を察知することはできても、他人の運命まで見通せるわけじゃない……」


 そこでふと振り返り、


「でも皮肉なものね。現世に来て、初めて知り合った人間が、よりによってあの少年だなんて……」

「しかも……二度目となると、もはや偶然とは思えません。あるいは今回の罪鬼狩りが始まった時点で、わたしたち冥界の民にすら計り知れない、大きな運命の力が働いていたのかも……」

「あなたの占術でも、あの子の未来はまだ分からないの?」

「申し訳ありません。何度占っても、その件に関してはただ『混沌』を示す結果が出るばかりで……」

「そう。あなたには……迷惑をかけるかもしれないわね。もう一度」

「わたしのことは良いのです。でも……辛い思いをさせてしまいますね。カーネにも、あの少年にも……それに、ラミア隊長のお気持ちを察すると……」


「いいのよ。最悪の場合は、私自身の手でケリをつけるから……」


 ラミアが右の掌を開くと、その上にフッと赤い宝石が出現した。

 大きさはウズラの卵くらい。

 一見ルビーのようだが、その紅く暗い輝きはむしろ血の色を思わせる。


 サングラス越しの彼女の視線は、掌の紅玉にじっと注がれていた。


「あの子をヴェルトロとして育て上げたのは……この私なんだから」

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