エピローグ
平日の人気のない境内で、約束どおりラミアは待っていた。
ボディラインも露わなボンデージドレスにレザーコートを羽織った美女の姿は寂れた神社にはあまり似つかわしくないが、任務とあらばニューヨークだろうがチベットの奥地であろうが、彼女はその姿で赴くのだろう。
「早かったわね……きちんとお別れは済ませてきた?」
「ハイ! あの、テレーズとオウマは?」
「あの二人はショッピングモールの後始末よ。関係者の記憶消去はテレーズが、メディアや警察関連の情報操作はオウマが担当して……私も手伝ってるけど、本当に面倒くさいったら……罪鬼相手の闘いの方が、よほど楽ね」
「すみません……こんな忙しいときに、あたしだけ……」
それからピシッと姿勢を正し、カーネは改めて謝罪の言葉を述べた。
「今回の任務、自分の未熟さのため、隊長他諸先輩に多大なるご迷惑をおかけしました! ほんとーに、申し訳ありませんっ!」
「ウフフ……いいのよ。あなたはもう『卒業』だから」
「え? ど、どういう意味ですか?」
「笠倉麻美の怨念がほぼ無害なレベルまで浄化されたいま、あなたが強いてヴェルトロとして闘う理由もなくなったわ。冥界で平和に暮らすのもよし、転生して新たな人生を歩むのもよし……好きな道を選んでいいのよ?」
「……」
カーネは胸にかけたアリギエーレのペンダントをつまみ上げ、しばらく考え込んでいたが、やがて口を開きあっけらかんとした口調で尋ねた。
「あのぉ……あたし、ヴェルトロを続けちゃダメなんですか?」
「何ですって?」
今度はラミアの方が驚く番だった。
「あたしの……っていうか麻美の子どもの頃からの夢って、父さんと同じ警察官になることだったんです。ヴェルトロって、いわば地獄のお巡りさんですよねえ?」
「それはまあ、そうだけど……」
「なら、これまでどおりヴェルトロでいさせてください! 今さら『辞めろ』なんていわないでくださいよお~!」
「……楽じゃないわよ。罪鬼の中には、あのクサカでさえ小者に思えるほど凶悪な連中がごまんといるし」
「分かってます。でも、そんな連中が現世を脅かしてるっていうなら……ますます放って置けません。一緒に闘わせてください! あたしも……いえ、あたしたちも」
「ふぅ……オウマがいってた通り、いいヴェルトロになりそうね。あなたとアリギエーレは」
「それと、ひとつ気になってたんですけど……ひょっとして、ラミア隊長も元は人間だったんじゃないですか? 何となくそんな感じがして……」
「カンがいいわね。私も生前は刑事だったわ……もう何十年も昔のことだけど」
「やっぱり」
「ある犯罪組織の潜入捜査中、つまらないミスで正体がバレちゃってね。それから後は……やめときましょう。女のあなたが聞いて楽しい話でもないし」
よほど思い出したくない最期だったのか、ラミアはコートの裾を翻してカーネに背を向けた。
「! す、すみません……余計なこと訊いちゃって……」
「別に謝ることないわ。でも……辛いものよ。過去の記憶を抱えたまま、永遠の時を生きるっていうのは」
「ええ。でも、忘れたくないから……ユウタのこと……それに、笠倉麻美が十四年間、この世界に生きてたってことも」
「なら……今日は一日、休暇として現世に留まることを許可するわ」
「え? で、でも……」
「いいから、故郷の町をよく見ておきなさい。次に来るのがいつの日か……いえ、いつの時代になるかさえ分からないんだから」
ブーツの踵で石畳を蹴り、ラミアが宙に舞い上がる。
次の瞬間には、既に女隊長の姿はかき消すように見えなくなっていた。
(この神社も、これで見納めかぁ……)
まだ小学校に上がる前、この場所を裕太と二人でどろんこになって走り回った麻美の思い出を我がことのように懐かしみつつ、カーネはゆっくりと境内を歩き回った。
「そうだ。あれ、持ってきたんだっけ……」
アジト代わりに使用していた旧笠倉邸から持ち出してきた品を、制服のポケットから取り出す。
それは、一枚の絵馬だった。
『ゆうくんのおよめさんになれますように かさくらあさみ』
「確か五つくらいのときだっけ……何だか人に見られるのが恥ずかしくて、結局奉納しないで持ち帰っちゃったけど……」
すっかり色あせた絵馬を宙にかざし、青白い魔力の炎で瞬時に焼き尽くす。
「ふふっ、お炊きあげ……もう遅いけどね」
「すごーい! おねえちゃん、まほーつかい?」
驚いて振り返ると、いつの間に境内に入り込んだのか、五、六歳の幼い男の子と女の子が、目を丸くしてこちらを見上げている。
(なーんだ。子どもか……)
たったいま石段を駆け上がって着たのか、二人とも小さな身体を上下させてハァハァ息をついていた。
「タッくんのばーか。こんなの、マジックにきまってるでしょー? ミカ、こないだテレビでみたもーん」
同い年だろうが、遙かにませた雰囲気の幼女が、男の子に向かって偉そうにふんぞり返った。
「ちがわい! このおねえちゃん、きっとちょーのーりょくしゃなんだよ!」
(ふふふ。まるで昔のアサミとユウタみたい)
同時に、もはや還ることのない幸福だった日々を思い出し、切ない思いが胸いっぱいにこみあげてくる。
が、カーネはあえて明るい笑顔を浮かべ、子どもたちに向かって人差し指を振った。
「フフ~ン♪ 特別に教えてあげる。何を隠そう、お姉ちゃんは悪者と闘う正義の魔法使いなんだから!」
「やっぱり!」
「うっそ~」
「なら、証拠を見せてあげる。よくごらんなさい?」
子どもたちに目線を合わせるようにしゃがみこみ、握った手をぱっと開くと、赤く輝く光球がふわりと宙に浮き上がった。
「わぁー!」
幼い二人が歓声を上げ、夢中になって光の球を追いかける。
◇
光球は十秒ほどでシャボン球のように弾けて消えた。
「すごい、すごーい! ねー、もっとみせ……あれ?」
二人が振り向いたとき、もうそこに少女の姿はない。
さんさんと陽射しの降り注ぐ神社の境内を、ただ初夏を告げる心地よい風が吹き抜けていくばかりだった。
(完)
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