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第5章 地獄の門-4

「うおぉぉぉぉぉっ!」


 小柄な身体からは想像もつかぬ雄叫びを上げ、一頭の猟犬と化した少女が大剣を振りかざして吶喊する。

 迎え撃つ巨人の体表に生えた無数の顔が、一斉に口を開き叫声を発した。

 相手が生身の人間ならそれこそ一瞬で肉体を粉砕する凶暴な超音波の刃が、全周囲に向かって放射される。


「むんっ!」


 前方に魔力障壁を展開し、敵の超音波攻撃を受け止めるカーネ。

 いったんは立ち止まったが、そのままジリジリと間合いを詰め――。


「てぁーっ!」


 至近距離に達したとき、自ら障壁を解除しクサカに斬りつける。


「うがぁっ?」


 魔力により灼熱の炎を帯びた刃が罪鬼の胸を切り裂き、その上半身を真っ黒に焼き焦がした。

 だがその代償として、カーネ自身も音の刃を全身に浴び、血飛沫を上げながら後方へ弾き飛ばされてしまったが。


「うぅ……」


 大の字に倒れた少女の手で魔剣が光を放ち、彼女の身体を切り刻んだ無数の創傷を瞬く間に癒していく。

 その間、クサカもまた体内の魔瘴気を放出し、黒こげになった己の肉体を回復させていた。

 互いの回復を終えた両者が、ほぼ同じタイミングで立ち上がる。


「ハァハァ……どう? 今まで手下に押しつけてた痛みを、自分で味わう気分は?」

「ほざけ! 喰ってやる……こうなったら、貴様一人だけでも喰い殺してやる!」


 対するクサカも死にものぐるいだった。


 目の前のカーネを倒したところで、その後にはあの得体の知れぬ魔導師オウマが、さらに冥界最強を誇る「十二使徒」の一人ラミアが控えている。

 もはや逃れる術はない。

 いずれにせよ再殺が免れないのなら、せめてカーネの魂だけでも喰らって文字通り「地獄の道連れ」にするつもりなのだろう。


 再び魔力と魔力が激突し、互いの肉体を傷つけ合って大地に倒れ伏す。

 そんな悽愴な闘いが、既に二十分近く続けられていた。


「思った通り、消耗戦になりましたね……」

「困ったものだわ。あの子ったらすっかりムキになって、私が教えた戦闘の駆け引きなんかすっかり忘れてる」

「ま、無理もないでしょう。彼女のあの性格じゃあ」


 神社の本殿前に立ち、ラミアとオウマは境内で繰り広げられるカーネとクサカの死闘を見守っていた。

 テレーズは上空に浮遊し、二人の闘いが周辺地域に被害を及ぼさぬよう、またクサカが隙を見て逃走を図った場合に備えて広範囲の魔力障壁を展開している。


 そして裕太は――何もすることがない。


 ただ、ラミアから「とりあえず私たちのそばにいなさい。でなければ、闘いに巻き込まれて命の保障はできないわよ」といわれ、地面に座り込んだまま為す術もなく傷だらけになって戦い続けるカーネの姿を見つめていた。


「こうなると、どちらかが力尽きるまで……ということになりますが。いかがです? 彼女の元教官殿としては」

「難しいわね……ここが罪鬼にとって不利な『聖域』という点を割り引いても、総合戦力ではクサカの方が上回ってるようだわ。今はアリギエーレの力を借りて何とか互角に闘ってるけど……あの魔剣は、まだ完全な状態じゃない」


 その会話が耳に入り、裕太は驚いてラミアたちの方へ振り向いた。


「待ってください! それが本当なら、なぜ加勢してやらないんですか? あなたたち、カーネの仲間なんでしょう!?」

「……」


 ラミアが裕太に向き直り、ゆっくり歩み寄った。


「勝ってほしい? 彼女に」

「当然です! カーネは友だちだし……それに、ぼ、ぼくが人質に取られたばっかりに、あんな……」


 魔剣を奪われたカーネが、クサカによって手足を切り落とされていく身の毛もよだつ光景を思い出し、裕太はたまらず地面に拳を打ちつけた。


「畜生! みんなぼくのせいだ……ぼくのせいで、麻美もカーネも……!」

「彼女を助けたいなら……方法はあるわ」

「……え?」


 顔を上げた裕太の前に、ラミアがついっと掌を差し出す。

 その上に、手品のごとく一個の宝玉が出現した。

 大きさはウズラの卵ほど。血の色を思わせる真紅の宝石である。


「これ、ルビー……ですか?」


 恐る恐る覗き込んだとき、宝石に映った裕太の顔がふいに醜く歪んで声を上げた。


『ぼくは何も知らない! 何も見ていない!』


「うわぁーっ!」


 悲鳴を上げて、その場に尻餅をつく。


「そ、それは……?」

「今から三年前、同世代の少年たちの手にかかり、不幸な最期を遂げた一人の少女がいた……」


 手にした紅玉を裕太の眼前に突きつけたまま、ラミアが語る。


「本来なら天界に昇ってもおかしくない、明るく心の真っ直ぐな女の子だったわ……でも少年たちから受けた残虐な仕打ちと、幼なじみの友人に裏切られた無念のため、死後彼女の魂は凄まじい怨霊となって冥界で破壊の限りを尽くした……」

「そ、それは……まさか麻美の……」

「結局、一人の魔導師が己の身を犠牲にして、何とか怨霊を封印することに成功したわ……といって、生前何の罪も犯していない少女を地獄に堕とすわけにはいかない。そのため彼女の強大な怨念を魔剣の中に封じ込め、さらにそれを制御するための疑似人格が造り出された……それがあの子、カーネよ」

「彼女は……麻美の生まれ変わりじゃないんですか?」

「今のところはね。ただしあの子がヴェルトロとして修行を積んで、あの魔剣……アリギエーレを完全に使いこなせるようになれば、少女の怨念も浄化され、二人の魂は自ずと融合していくはずだった……でも、あの日下司朗が仲間を引き連れて地獄から逃亡したことで、冥界の上層部が方針を変えたの」

「……」

「罪鬼と化したクサカをカーネに討たせることで、手っ取り早く怨みを晴らさせようと……仮にカーネが負けて魂を喰われても、そのときはクサカもろとも再殺して、将来冥界の脅威となりうる怨霊を未来永劫、地獄に封じ込めることができると」

「そんな! あんまりだ……それじゃまるで生け贄じゃないですか、カーネが!?」

「そう、あんまりな話ね……できることなら、私だって救ってあげたいわ。カーネも、魔剣に封じられた女の子も」

「『方法がある』といいましたね……それが、その宝石ですか?」

「これは怨霊となった少女、すなわち笠倉麻美の記憶の一部。そしてアリギエーレを構成するパーツのひとつでもあるわ。もっとも麻美の怨念が暴走しない用心に、普段はこうして別に保管してあるけどね」

「ご存じなんですね……麻美のことも、そしてぼくが犯した罪も……」

「そんな顔するなよ。僕らは別に君をとがめやしないから。もちろん、死後相応の裁きは受けるだろうけど……それはまた、別の連中の仕事だからね」


 口許に苦笑を浮かべ、オウマがいう。


「現世に来たついでに、少し調べて見たけど……笠倉麻美失踪事件の捜査が打ち切られたのは、別にあなた一人の証言だけが理由じゃないわ。当時、同じ中学に在籍する十数名の生徒が、日下の指示で警察に同様の証言をしていた。あなたのようにプライベートな弱みにつけこまれた者、金で買収された者……中には、報酬として彼女を抱いた男子生徒さえいたようね」

「……うぐっ」


 思わず吐き気がこみ上げ、裕太は口を押さえて地面に片手をついた。

 ――人は、同じ人間に対してどこまで残酷になれるのか。


「それでも……ぼくの罪が軽くなるわけじゃない。日下にあの犯行のきっかけを与えたのは、他ならぬぼく自身なんだから……」


 何度も深呼吸して吐き気がおさまると、再び裕太はラミアに向き直った。


「もし、その宝石をあの剣に取り付けたら……勝てますか? カーネは」

「おそらくはね。でもそのとき、彼女は麻美として、あなたの件も含めた全てを思い出すことになる……それが何を意味するか、分かるわね?」

「あ……」


 あの日、最後に見た麻美の顔――。

 裕太の裏切りを呪うかのような、無尽の怨みをこめた眼差しが脳裏を過ぎる。

 わずかな逡巡の後、裕太はラミアに向けて掌を差し出した。


「構いません。ぼくはただ、カーネに……麻美に勝って欲しい。それで、彼女の無念が少しでも晴らせるのなら……」

「いいわ。これはあなたに預ける……好きなようにお使いなさい」


 ラミアから紅玉を受け取り、裕太はすっくと立ち上がった。



「面白いですねえ、人間は……」

 激しく戦い続けるカーネの元へと駆けていく裕太の後ろ姿を眺めながら、オウマがつぶやいた。

「あの臆病な少年のどこに、あんな度胸があったんだか……全く、見ていて飽きませんよ」

「それが、こっちの世界に居残ってる理由? あなたのお仲間たちは、とうの昔に魔界へ引上げたっていうのに」

「どうも『故郷』は退屈でね……こっち側の方が、どうやら僕の性分に合ってるらしい」

「まあいいわ。あなたが有能なヴェルトロでいる限り……プライベートな動機に口を挟むつもりはないから」



「カーネぇーっ!」


 裕太が駆け寄ったとき、ちょうど彼女はえぐり取られた左脇腹の負傷を魔力で癒している最中だった。


「ユウタ!? バカね! いったい何しに来たのよ?」

「話はあとだ! これを使え!」

「なに、コレ?」

「いいから……その剣のどこかに、これをはめこむ場所があるはずだ」


 いぶかしげにカーネが魔剣をあらためると、確かに柄の一部に、ちょうど宝石が一個はめられそうな穴が穿(うが)たれている。


「うぐぐ……磯狩、いったい何をしている?」


 同じ頃、やはり魔剣で肩口から切り落とされた片腕を再生していたクサカが、うめき声を上げつつ身を起こした。


「ひきこもりのカスはひっこんでろぉーっ!」


 裕太の挙動に不審なものを感じたのか。

 腕の再生も後回しにして、魔瘴気による強烈な熱波動を放ってきた。

 すかさずカーネも障壁を展開するが、やはり自己回復を半ばで止めたため、負傷した脇腹から再び血がにじみ出す。


「くうっ……だから……いわんこっちゃない」


 炎や火球ではなく、周辺空間の水分子を振動させて相手を体内から焼き殺す、いわば魔力による電子レンジだ。

 アリギエーレの魔力によってだいぶ緩和されているものの、いきなり熱湯に投げ込まれたような熱さに裕太も思わず悲鳴を上げる。


「早く戻って! あたしが食い止めてるうちに……ラミアたちの所へ」


 だが、少年は逃げなかった。

 焦熱地獄に耐えつつカーネの細い腰へしがみつき、背後から手を伸ばすと、少女が握った魔剣の穴へと半ば強引にあの紅玉をはめ込んだ。


「きゃっスケベ! あんた、いったい何考え……て……え?」


 唐突に、クサカが放った熱波も、カーネの魔力障壁も同時に消滅した。


 深夜の境内を、世界が制止したような静寂が包み込む。


「……」


 カーネの顔から表情が抜け落ち、放心したような顔でゆっくり剣を下ろした。

 異変はクサカの側にも起きていた。

 それまで全身に己をコピーしたような人面疽を生やしていたグロテスクな巨体が音もなく収縮し、数秒の後には学生服の若者、すなわち元の人間の姿へと戻っていたのだ。


「こ、これは……? 磯狩っ! 貴様、いま何をした!?」


 裕太はそれまでの灼熱した周囲の高温が一転して骨まで凍えるような冷気に変わるのを感じたが、次の瞬間には車にはねられたような衝撃を覚え、抱き締めていた少女のそばから遠く弾き飛ばされていた。


「始まったわね……」


 ホルスターから抜いた無骨なオートマチックピストル、魔銃「カロン」の弾倉を交換しつつ、ラミアがつぶやいた。


「『彼女』が目覚めるわ……クサカなんかより、よっぽど厄介な相手が」

「怯えているのですか? 驚きましたね……仮にも十二使徒の一人であるあなたが」

「怖いんじゃなくて、嫌なのよ……もちろん並みの怨霊なら、罪鬼と同じく再殺してしまえば済む話。でも『彼女』クラスの大物となると……たとえ魂じたい消滅させたところで、その怨みの念はずっとつきまとってくるのよ? こちらが生きてる限り」

「なるほど。不死のヴェルトロにとって、これほど嫌な相手はいませんね」


 オウマは納得したようにうなずき、


「なら、いっそのこと祟り神としてこの地に封印しては? ちょうど神社ですし」

「残念だけど、神として祀るには彼女の魂がまだ幼なすぎるわ……といって、野放しにすれば事件の関係者全てを呪い殺した後も、相手構わず祟り続けて、あの罪鬼・クサカ以上の災いを招きかねない……」

「なんなら代わりましょうか? やっぱりこういう汚れ仕事は、僕の方が」

「いいえ。テレーズにもいったけど、最悪の場合は私の手でケリをつける。たとえ麻美の怨念を封印するために創り出された人格でも、カーネは私の教え子……一年間生活を共にした、いわば妹みたいなものだから」

「それも意外ですね。てっきり憎んでいるかと思いましたよ……『彼女』のことを」

「人の心は複雑なのよ……フフフ、まだまだ勉強不足ね。魔族の坊や」

「やれやれ、こいつは一本取られました」


 苦笑いしつつ、オウマは帽子を目深に被り直した。


「では、勉強のため見届けさせて頂きましょう……にしても、やはり興味が尽きませんねえ。人間の世界という所は」


 上空で待機するテレーズに片手を上げて合図すると、ラミアとオウマはゆっくりとカーネたちの方へ歩き出した。

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