第4章 災厄の夜-3
仲間たちが出払い、急にガランとなった家の中で、カーネはリビングのTVを消し、二階にある自分用の部屋へと上った。
闘いの帰趨に興味はなかった。
魔力と戦技の両道を極め、「冥王十二使徒」の一人に列せられるラミア自らが出て行く以上、あの程度の罪鬼などたとえ千匹いたところで勝負は見えているから。
むしろ面倒なのは、現世の一般人から罪鬼の存在を隠蔽するための事後処理だ。
魔導師であるオウマやテレーズを同行させたのもそのためであり、おそらく罪鬼を掃討したあとも、その後始末が明け方までかかるに違いない。
(でも、その手伝いさえさせてもらえないなら……あたしはいったい、何のために現世に来たのよ!)
置いてけぼりにされたのも悔しいが、それ以上に自分が他のヴェルトロとは違う何らかの秘密を抱えていること、そしてそれを今まで隠されていたことが彼女の心をかき乱していた。
かつて笠倉麻美が使っていたデスクに座り、ぼんやりとアルバムのページをめくってみる。
入学式、学園祭、部活動に修学旅行。
そして写真の中で楽しげにじゃれあう男女の生徒たち――。
外見の年頃はカーネと同じでも、それは全く別世界の光景だ。
(友だち、か……)
冥界で覚醒して、まだわずか一年余り。
その間、ヴェルトロとしての戦闘技術はラミアに、冥界や現世について、その他必要な諸々の知識はテレーズから教わった。
彼女らのことは教官、もしくは教師として尊敬はしているが、格が違いすぎてとても対等の「友人」と呼べる存在ではない。
死んだイザハドとは、訓練中に何度か顔を合わせた程度。
オウマに至っては今回の「狩り」が初対面になるため、彼が何者かすらよく分からない。
ただあの若者にラミアが寄せる信頼ぶりから見て「十二使徒」に準ずる実力の持ち主であることは間違いないようだが。
ふと、昼間裕太に街中を案内してもらったことを思い出す。
当初の目的はあくまで罪鬼・クサカの手がかりを捜す目的だったはずが、後半はすっかりリラックスして単なる現世見物に変わっていた。
オウマあたりにバレれば、また「ヴェルトロとしての自覚に欠ける」といわれてしまいそうだが……。
(でも、あれが現世でいう『友だちづきあい』ってやつなのかしら……?)
そう思ったら、なぜだか急にまた裕太と話がしたくなってきた。
「そうだ、アルバム返さなきゃ……こんな時間だけど、別にかまわないよね? 隊長からは警護役も命じられてるんだし」
と、半ば強引に理由を作り、隣家の向かいにある窓のカーテンを開いたとき。
当の裕太と、ばったり目があった。
少年はなぜか昼間と同じ外出着にスニーカーを履き、雨樋を伝って二階から脱け出そうとしていたらしい。
向こうも目を丸くしてこちらを見つめている。
「な、何考えてるのよ? あのバカ!」
窓を開け、下の道路に通行人がいないことを素早く確認。
カーネは窓枠から飛翔し、驚く裕太の首根っこをひっつかむと、そのまま二人して彼の部屋の中へと転がり込んだ。
「テレビのニュース見なかったの? こんな危ない夜に、いったいどこ行こうってのよ!」
「いたたた……ショ、ショッピングモールでの事件なら、ニュースで見たよ。だから母さんたちに止められないように、こっそり二階から出ようと……」
「そーゆー問題じゃないって!」
「夕方、玄関先で別れたろう? そのあと家のポストを覗いたら、これが……」
青ざめた顔で、裕太がパーカーのポケットから二つ折りにした封筒を取り出し、カーネに渡す。
表に「磯狩裕太殿」と書かれているだけで、切手も貼ってなければ差出人の名前すら書かれてない。
おそらく、何者かが直接ポストに投函した手紙だろう。
「……?」
怪訝そうに中の便せんを取り出したカーネは、最初の数行を読んで驚きに目を瞠った。
『久しぶりだね、磯狩君。もう既に死んでいるはずの僕からこんな手紙を受け取り、さぞかし驚いていることと思う』
という一文から始まるその手紙の差出人は、紛れもなくあの日下司朗だったからだ。
さらに、文面はこう続けられていた。
『表向き僕は交通事故で死んだことになっているが、あれは偽装だ。実は父の関係する暴力団同士の抗争に巻き込まれて、一時的に身を隠す必要に迫られたのだ』
その後の内容を要約すると、つまりは「今後の逃亡生活ために色々協力を頼みたいから、今夜二人きりで話がしたい」とある。
会合の場所は、皮肉なことに夕方行ったばかりの、例の神社が指定されていた。
(ラミア隊長の読み通り、さっそく接触してきたわけね。それにしても……)
「あっきれた……こんなの、見え見えの罠に決まってるじゃない!」
「でも、これだって充分ありえる話だよ? だから、とりあえず直に会って……確かめたかったんだ。君たちの追っている罪鬼のボスが、本当に日下さんなのかを」
「会ってみて、もし奴が罪鬼だったらどーするつもりだったのよ?」
「たとえ罪鬼でも……こうして僕に手紙を出してきたってことは、まだ理性っていうか……人間の心みたいなものが残ってはずだろ? だから……そのときは説得するつもりだった。これ以上、町の人たちを殺すのは止めて欲しいって……」
「はあ~……ホント、あんたってお人好しねえ……」
カーネは制服のポケットからミニ水晶球を取り出し、裕太に気づかれぬよう、さりげなく手紙の文面を読み取らせた。
これで、事情はテレーズを通してラミアにも伝わるわずだ。
「分かったわ……なら、あたしも一緒に行くから。構わないでしょ?」
「君が? いや、まずいよそれは」
「何でさ?『家出した麻美がフラリと戻ってきました』とでもいえばいいじゃない。年齢だのなんだのは、魔力で何とでもごまかせるわよ」
「それでも……やっぱりまずいんだ。麻美は……」
そういったきり、裕太は床に正坐したままうつむいて黙り込んだ。
「ん~と……ならこうしましょ。あたしは魔力で姿を消して同行する。あんたがクサカと話し合っている間は、一切手出ししないと約束するわ……ただ、奴があんたに何かするようなら、そのときは問答無用で再殺するわよ。いいわね?」
「でも……どうして、ぼくのためにそこまで?」
「アサミとあんたの間に、昔何があったかは知らないわよ? でも、あたしはあたし。ヴェルトロのカーネとして、ユウタを護るからね! だって、あんたは……その」
(あたしにとって、初めての友だちだから……)
内心でそうつぶやきつつ、実際に口から出たのは全く違う言葉だった。
「ラ、ラミア隊長に命じられたのよ。見張りのついでに、ユウタの警護役も務めてやれって。ほら、なんてゆーか……あんたって、なぜだか罪鬼に襲われやすい体質みたいだし。アハッ」
「???」
分かったような、分からないような顔つきで裕太はしばし首をかしげた。
が、決心したように冥界の少女を見つめ、しっかりとうなずく。
「いいよ。一緒に行こう……あの神社へ。日下さんに会うために」




