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第4章 災厄の夜-1

「やあ。待ってたよ、磯狩君」


 約束の時間に駅前で日下司朗と落ち合った裕太は、その足でタクシー乗り場へと案内された。


「あのう……どこに行くんですか?」


 てっきり駅前の喫茶店か何かで話をすると思っていた裕太は、タクシーの後部座席で隣に悠然と座る司朗へおずおずと尋ねた。


「なに、すぐ近くにある友人の家さ。別に駅前のお店でもよかったけど……ああいう場所だと君のクラスメートにばったり、なんてこともあり得るだろう?」

「はあ……」


 その言葉通り、十分もしないうちに目的地に到着した。


 着いた所は、裕太の自宅に比べると一回り大きな木造二階建ての民家だった。

 古い家らしく割と立派な庭もついているが、ろくに手入れもしていないのか荒れ放題で、玄関先に数台の自転車が停められていなければ、つい無人の廃屋と間違えてしまいそうだ。


(他にも、誰か来てるのかな……?)


 門柱の表札には「関根」とある。知らない名だ。


「さ、あがってくれたまえ。友人にはもう話を通してるから遠慮はいらないよ」


 玄関先でためらう裕太の背を押すように、司朗が促した。


(まあ、大丈夫だろう……仮にも生徒会長の日下さんが一緒なんだし)

「お、おじゃまします……」


 靴を脱ぎ、司朗に案内されるまま玄関脇の階段を上る。

 二階の一室に足を踏み入れた瞬間、最初に気づいたのは強烈な異臭だった。

 薬品と糞尿が入り交じったような、言いようのない悪臭。


 この臭いには憶えがある。

 小学生の頃、特養老人ホームに入所していた曾祖父が亡くなる直前、母親に連れられて見舞いにいったことがあるが、ちょうどそのときに嗅いだ臭いとそっくりだ。


(この家……寝たきりのお年寄りでもいるのかな?)


 八畳ほどの和室にいたのは、中学生らしき四人の少年たちだった。

 うち一人は二年A組の高田だとすぐ気づいた。

 他の三人も同じ中学の三年生らしいが、名前までは分からない。

 四人は各々床にもたれかかったり畳の上に寝転がり、昼間っから堂々と煙草をふかしつつ缶ビールなど飲んでいる。

 とても生徒会長である司朗の「友人」とは思えない連中だったが、部屋中にたちこめる煙草の臭いが、どこからともなく漂うあの異臭をいくぶん和らげてくれているのも、また皮肉な事実だった。


「よーう、おめえが磯狩か? 二年でも有名ないじめられっ子の」

「こんな奴、本当に俺たちの役に立つんすかぁ? 日下さん」


 こちらが知らなくとも、向こうは自分のことを知っているらしい。


(何なんだよ? こいつら……)


 裕太は司朗の誘いに乗ったことを後悔し始めていた。


「まあ、そういわずに。ゆうべ話したように、彼が僕らにとっての『切り札』になってくれるんだから……ときに高田君、頼んでおいたものは?」

「あ、ハイ。……これで、間違いないと思います」


 高田が慌てて立ち上がり、胸ポケットから取り出した数枚の写真を差し出してきた。


「ありがとう」


 司朗は渡された写真を一瞥し、すぐ裕太にも回してきた。


(これは……!)


 裕太は胸を衝かれたような気分で息を呑んだ。

 それは熊井吾郎を筆頭に、クラスで裕太をいじめる男子グループ数名の顔写真だった。

 望遠レンズで盗撮したものらしく、裏を返すと各々の氏名まで正確にメモされている。


(いったい、いつの間に調べたんだ……?)


「単刀直入に聞こう。君をいじめているのは、こいつらだね?」

「あ……」

「無理に答えなくともいいよ。今の反応で察しはついたから……ただ、何かの手違いで無実の生徒が混じっていたりしたら、僕としても後味が悪いからねえ。色んな意味で」

「いえ……ま、間違い……ないです」

「それはよかった」


 司朗はにっこり笑うと、裕太の手から写真を取り上げ、自分の胸ポケットにしまった。


「ま、他にもいじめている連中はいるだろうけど……大半は付和雷同で加わってる烏合の衆さ。この熊井って奴とその取り巻きさえ学校から消えれば、おのずといじめも止むだろう。もし、それでもまだ君に手を出す奴がいたら……そのときは、また改めて僕に相談してくれればいい」

「え? あの、消えるって……」

「安心したまえ。遅くとも二、三日のうちにこいつらは学校に来なくなる……君のいじめ問題はこれで一件落着というわけさ」

(これで終わり……?)


 裕太は混乱した。

 電話で聞いていた話と違う。全校で話し合って解決するのではなかったのか?

 そうでないというのなら、司朗はいったい何をするつもりなのか?


「さてと、話題を変えようか……電話ではつい言いそびれたけど、実は僕からも、君にちょっとした『頼みごと』があるんだ」

「な、何でしょうか……?」


 このとき、裕太はまだ気づいていなかった。

 ――自分が既に悪魔との契約書にサインしてしまったことを。


 司朗はゆっくりと部屋の奥、隣室との境になる襖の前まで進み、にこやかに裕太を手招きした。


「……?」


 何が何だか分からないまま、裕太も不良たちがニヤニヤ笑いながら見守る中、部屋を横切り襖の前に立つ。

 司朗が襖を開くなり、先ほど感じた異臭が濃度を増してむわっと押し寄せてきた。


「うっ……?」


 思わず鼻と口を押さえ――。


 そして、見てしまった。


 昼間というのに雨戸まで閉め切られ、その代わり煌々と蛍光灯に照らされた六畳間。

 中央に敷かれた布団の上に、小さな人影が仰向けに転がっていた。


 手足に分厚く包帯を巻かれ、下半身には大人用の紙オムツを履かされている。

 それが裕太とほぼ同年配の少女であると認識するまでに、わずかな時間が必要だった。

 なぜなら彼女の両手両足は、包帯の巻かれた肘と膝から先が存在しなかったのだから。


「あさ……み?」


 ひどく殴られたのか、少女の顔は無惨に腫れ上がり、別人のように変わっていた。

 にかかわらず、裕太はそこに横たわっているのが、自分のよく知る幼なじみであることに気づいてしまった。


「~~~~!!」


 喉を枯らして悲鳴を上げたつもりだったが、実際にはかすれた吐息が、声にならない叫びとなって虚しく吐き出されただけだった。

 麻美も、部屋に入ってきた少年の気配を感じたのか。

 比較的腫れの少ない右目をうっすら開いた。


「ユウ……くん……ユウ君……なの?」

「あ……あ……」


 見る影もなく変えられてしまった身体。

 それでも必死で頭を起こし、己に残された最後の命を振り絞るように麻美が叫んだ。


「助けて! 助けてユウ君! 携帯持ってるでしょ!? 早く警察に――」

「うるせーぞデク人形! ギャアギャア喚くなっていったろが!」


 いつの間に側にいたのか、高田が少女の顔を横から爪先で蹴った。


「ごふっ!」


 折れた歯と血の塊を吐き、トルソーのような少女の肉体が奇妙な形によじれる。

 それでも麻美は横を向いたまま、かすれるような小声で「助けて、助けて……」とつぶやくのを止めなかった。


「……」


 裕太の思考は完全に停止していた。

 いったいこの場で何が起きているのか。

 自分は何を見ているのか。

 目の前の現実を受け入れることを、脳がかたくなに拒んでいる。

 ただ本能的な恐怖に駆られるまま一歩後ずさると、背後から何者かに両肩をつかまれた。


 日下司朗だ。


「……とまあ、こういうわけなんだ。満足してもらえたかな?」

「え……?」

「聞けば、君がいじめを受けるきっかけを作ったのは彼女という話じゃないか。当然の報いだとは思わないかい?」

「ちが! ……ぼ、ぼくは……」


 顔を、背中を、水でも浴びたように冷たい汗が流れ落ちる。

 へなへなとその場にひざまづいた次の瞬間、喉からほとばしり出た言葉は、自身でも信じがたいものだった。


「ぼくは、ぼくは……何も知らない! 何も見てない! だ、だから……もう家に帰してくださいっ!!」


 麻美の右目が、かっと見開かれた。


(裏切り者……!)


 たとえ言葉にはならなくとも、彼女の失望と怒りが直接裕太の心臓を貫き通す。


「ふむ……磯狩君には、少々刺激が強すぎたようだね」


 口許に笑みを絶やさぬまま、司朗が裕太を部屋の外へ連れ出し、ぴしゃりと襖を閉じた。


 部屋から出るなり、裕太は畳に手をつき、胃の内容物を全て吐き戻していた。


「オイ、ひとんちの床汚すんじゃねーよ。しばくぞヴォケ!」

「まぁまぁ、これくらい大目に見てやりたまえ……それに自分の家なら、自分で掃除するのがスジってものだろう? ねぇ関根君」


 一瞬、司朗の顔から笑いが消え、眼鏡の奥で細い目が鋭い光を放つ。


「ひゃっ……ひゃい! すぐにっ!」


 裕太に毒づいた三年生は弾かれたように立ち上がり、雑巾でも取りにいくつもりか、大慌てで部屋を飛び出していった。

 その様子を見る限り、司朗と他の不良たちは「友人」などというものでなく、完全な主従関係にあるらしい。


「……な、何で、こんなこと……」

「おや? 妙なことを訊くね磯狩君。『ぼくは何も知らない。何も見ていない』――たったいま、君自身がいったことだよ?」

「麻美が……あの子が何をしたっていうんです!? そ、それにこんな酷いことして、警察が――」

「黙ってない、といいたいのかい?」

「当然でしょう! だって、麻美のお父さんは」

「知ってるよ。県警の偉いさんだって話だろ? しかも将来は中央での出世が約束されたキャリア組……いやあ、実に恵まれた家庭に生まれたものだね、彼女は。でもこの場合、なまじ警察幹部の娘であることが事件の解決を困難にするだろう」

「な、なぜです……?」

「たぶん警察はもう動き出しているよ。ただし過激派や反体制組織のテロ、あるいは営利誘拐といった全然見当違いの方向にね。まさか金も思想も関係なし、単なる中学生の不良たちが行き当たりばったりに起こした犯行だなんて、連中には想像もつくまいさ。そうだなぁ……おおかた今頃、笠倉さんの家じゃ間抜け面の刑事たちが、かかって来るはずもない『犯人側』からの電話を盗聴するため、必死の形相で待ちぼうけといったところかな?」


 司朗はくっくと笑い、


「むろん、いつまで経っても犯人側からのコンタクトがなければ、失踪原因は誘拐以外の家出、もしくは何らかの事故によるものとみなされ、近所の人間や学校の教師、それに彼女と親しかった生徒たちへの聞き込みが始まるだろう……そして磯狩君、彼女と幼なじみで家族ぐるみのつき合いがあった君も、その例外じゃない」


 そのときになって、なぜ司朗が自分をこの家に呼び出したのか、そしてあえて変わり果てた麻美の姿を見せたのか、ようやく分かったような気がした。


「なあに、決して難しいことじゃない。いずれ警察に呼び出されたとき……ほんの少しばかり、僕らにとって有利な証言をして欲しいだけさ」

「……ぼくは……」

「詳しいことは、また日を改めて打ち合わせよう。今日はこれで帰してあげるけど……くれぐれも、妙な気を起こさないようにね? 笠倉さんから聞いてると思うけど、僕の父は広域暴力団の組長だ。万一のとき、君自身はもちろん、君のご家族に何か間違いが起きたとしても……そこまでは責任もてないからねえ」

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