第二十二話 元王子の帰還
ベルルーニ王国の南部、海に面したエラストムス伯爵領の港に、突如艦隊が現れた。
その報を聞いた諸侯たちはひどく狼狽した。なぜなら、その艦隊はフィンダリア同盟とエルトマ王朝の旗を掲げた大船団であり、先に港へ寄越した使者曰く、ベルルーニ王国の重要人物を連れてきたというのだから、瞬く間にその人物の名が推測され、ほとんどの貴族がすっかり当ててしまった。
「ヴィクトリアス殿下だ! 間違いない、あの方が帰ってきた!」
「この国から永久に追放されたのではなかったのか!?」
「ご病気との噂さえあったのに、フィンダリアから海路でわざわざ帰国されたのか!」
このとき、エラストムス伯爵は決断を余儀なくされた。
元第一王子ヴィクトリアスを迎え入れるか、拒否するか。
ベルルーニ王国の現国王に忠誠を誓う臣下であれば、たとえ元王子とはいえ追放された者を領地に受け入れるべきではない。未だ艦隊は入港しておらず、このまま上陸を拒めばいい。
しかし、相手はフィンダリア同盟とエルトマ王朝の連合艦隊である。拒んだところで、武力行使されれば一伯爵の持つ兵力では上陸を阻止できないことは明らかだ。
付け加えるならば——フィンダリア同盟とエルトマ王朝を後ろ盾として帰ってきた元第一王子ヴィクトリアスの行動を、一体誰が止められるというのか。まさか、自領が戦争の最前線になるやも、と思い至ったとき、領主としてすべき当然の判断はどちらか。
朝方の使者の到着から昼まで、散々に悩んだエラストムス伯爵だったが、現実はそう甘くはない。
太陽が傾きかけたころには、伯爵の上陸許可を得ることなく、フィンダリア同盟とエルトマ王朝の兵たちに護衛されて、ヴィクトリアスは港に降り立ったからである。
実に八年ぶりに帰郷した王子を一目見ようと、民衆は港に集まった。
砂漠の民らしい白のローブを着たエルトマ王朝兵と、細やかな刺繍の長マントを羽織るフィンダリア同盟兵。どちらも差はあれど浅黒い肌をして、上背がある。武器らしい武器といえば腰の各々伝統的な刀剣くらいで、要人護衛という名目をしっかり遵守していた。
やがて、彼らに守られて、見慣れたベルルーニ王国人風の人物が姿を現した。灰色がかった金髪に青灰色の目をした、痩せた四十手前ほどの男性だ。頬が痩けているものの、整った顔立ちと精悍さは失われていない。すでに顔貌だけでこの国の貴族らしく見えるが、気品ある礼服と赤のジャケットコートは特別人目を引いた。
民衆の中から、年老いた枯れた声が上がる。
「ヴィクトリアス殿下、かの父君によく似てらっしゃる! まさに王国統一の英雄の後継者だ!」
その言葉に、民衆は殊の外ざわめく。
「そうだ……今の国王には跡継ぎがいない。そのための帰還なのか?」
「なるほど、そういうことだったのか!」
「だったら、盛大に歓迎しないと!」
「ヴィクトリアス殿下! 俺たちの次の国王だ!」
最初はただの一つや二つの話し声だったはずが、次々と波紋を広げるように伝わっていく。集まった民衆は次第に熱を帯び、堂々たる帰還を果たした『次の国王』を熱狂して歓迎する。
その様子を高台の屋敷から見ていたエラストムス伯爵は、頭を抱えた。
「何ということだ……これでは、追い返せぬではないか」
ヴィクトリアスの一団の後ろには大勢の行列ができ、ともにエラストムス伯爵邸へ進行してくる。民衆の支持を得た元王子を、どうして冷遇できようか。
もはや、エラストムス伯爵にはどうしようもない事態になっている。
こうなってしまえば、エラストムス伯爵はヴィクトリアスを迎え入れ、せめてこの地に留め置くしかない。その間に、王都へ急使を送り、報告と判断を仰ぐのだ。
ただ、その日のうちにエラストムス伯爵の急使は出立したが、結局、王都に辿り着くことはなかった。
もうちょっとだけ続きます。




