36 何かがおかしい②(ジークSide)
大切なリボンを奪われ屈辱で顔を歪めるロアンナを想像すると気分がいい。
「侍女長。さっそく、そのリボンを奪ってきてくれ」
いつもならすぐに「かしこまりました」という侍女長が、言葉に詰まった。そして、わずかに困惑した表情を浮かべる。
「殿下。王宮や王太子宮内で、王族のものを使用人が盗むことは重罪です。見つかれば……命はありません。愚かなことを考えないように、わざと厳罰が定められているのです」
「何を言うかと思えば、弱気なことを。ロアンナは王族ではない。それに、盗んだことがバレなければいい」
ジークは鼻で笑い飛ばした。
「これは王太子である私の命令だ。心配するな」
そう伝えても、侍女長から戸惑いは消えない。
何もかもうまくいかないことに頭が痛くなってきた。ジークは、沸き起こる怒りを抑えず、そのまま相手に叩きつけた。
「もういい」
「殿下っ!」
「うるさい! 下がれ!」
一人取り残された部屋で、感情のまま喚く。頭痛は治まりそうにない。
「どいつもこいつも使えない奴らばかりだ! どうして私の周りには優秀な者がいない!? こうなったら、私が直接、ロアンナの宝を奪ってやる!」
*
数日後。
ロアンナが久しぶりに入浴の準備をしているという情報を侍女長が知らせた。
この国にお湯をはった湯船に浸かる文化をもたらしたのは召喚された者達だ。
それまでは王族や貴族でも、軽く湯浴びをしたり、濡れタオルで体をふいたりする程度の習慣しかなかった。それなのに、毎日のように風呂に入りたがる彼らは、当時の王族を困惑させただろう。
今でこそ入浴習慣は広がったが、それでも毎日入る者はめったにいない。だからこそ、ジークは『この機会を逃したら、次はいつになるか分からない』と思った。
侍女長の次の言葉も後押しになった。
「ロアンナ様仕えの護衛騎士と専属メイドには、用事を頼んでいるそうで、今、部屋におりません」
ニヤッとジークの口端が上がる。
「こちらに致命的な情報を握られているとも知らず、バカな奴らだ」
そんな会話をしていると、最近はこの部屋から足が遠のいていたお飾りメイド達が部屋を訪ねてきた。
(チッ! タイミングが悪いな)
用があるから出ていくように伝えると、「殿下のお戻りを、お部屋でお待ちしています」と頑なに出ていこうとしない。
(こいつらを相手にしている時間はない)
侍女長の案内で、ジークはロアンナの部屋に初めて入った。
ここは、王太子の婚約者や王太子妃になる者が過ごすための部屋なので、ジークの部屋に負けず劣らず華やかだ。
(あの黒髪地味女に、この待遇は相応しくない)
侍女長が、無言で宝石箱を指し示す。精巧な細工が施され、金で縁取られているその箱は、確かに宝物をいれておくのに相応しい。
(これが……)
宝石箱を開けようとしたが、鍵がかかっている。すぐに見つかるようなところに鍵が置かれているわけもなく、仕方なくジークは宝石箱ごと奪うことにした。
(これで、ようやくあの女と縁が切れる)
侍女長から受け取った黒い布で、ジークは宝石箱を包み隠す。ロアンナはというと何も気つかず、未だにのんきに入浴していた。
弾む心を抑えて、ジークはロアンナの部屋から出た。自室に戻ろうとしたが、お飾りメイド達がまだいたら厄介だ。
仕方がないので、日が暮れた王宮内で人気のない場所を探して歩いた。人を見つけては避けて別の方向へ行く。
それを何度か繰り返した結果、夜の庭園へとたどり着いた。
(ここなら誰にも見られないな)
庭園の奥に進むと闇が広がっていた。どこまでも続く暗闇の中、付き従う侍女長が手に持っているオイルランプの明かりだけが頼りだ。
「ここらへんでいいだろう」
ジークは、奪ってきた宝石箱を思いっきり地面に叩きつけた。ガシャンと大きな音がして、中の宝石が飛び散る。
「リボンはどこだ!?」
侍女長からランプをひったくり、例のリボンを探す。
豪華な宝石達がランプの明かりでキラキラと輝いている中、みすぼらしいリボンが一本だけ交じっていた。
「これか!」
ジークはオイルランプのカバーを開けると、その火にリボンをくべた。あっという間に燃え上がり、リボンがただの灰になる。
「ハッ、ハハッ! やったぞ!」
興奮しながら満面の笑みを浮かべるジークの背後から、聞き覚えのある声がした。
「殿下。何を喜ばれているのですか?」
驚き振り返ると、そこにはロアンナが立っていた。その隣には、灯りをもったエリーがいるし、ロアンナの護衛騎士は、いつのまにか侍女長を羽交い絞めにして話せないように手で口を塞いでいる。
「なっ!?」
リボンを探すことに必死だったジークは、複数の人が近づいてくる気配にまったく気がつけなかった。
エリーが、手に持っているランプを高く掲げる。
「あそこにあるのはロアンナお姉様の宝石箱ですね。壊されています。そして、散らばっている物は、すべてお姉様の宝石のようです」
ロアンナは、困ったように右手を自分の頬にそえた。
「王太子宮内に、泥棒が入ったようね。犯人は分かり切っているけど」
その言葉を聞いたジークは、小さくフッと笑った。その笑い声は徐々に大きくなっていく。
「だからどうした? エリーにムチを打ったように、私も捕らえて罰するつもりか? 王太子宮内の者は、すべて私の言いなりだということをいい加減、理解しろ! 今さらおまえに従う者が数人増えたところで、いったい何ができるというんだ?」
反論してこないロアンナに、ジークは気分を良くする。
「この婚約はロアンナ、おまえが不出来だから破棄されるんだ。私がおまえを捨てる、その筋書き以外は許さない! 何をしてもおまえの無能さを世に知らしめてやる。さぁ、頼みのリボンは燃え尽きたぞ、どうするんだ?」
ジークに勢いよく指を突きつけられたロアンナは、動揺を隠せず瞳をパチパチと瞬かせた。
「驚いたわ……」
ロアンナの呟きを聞いたジークが勝利を確信したその瞬間、ロアンナの口元に優雅な笑みが浮かぶ。
「ここまで計画通りに動いてくれるなんてね」




