42話 緑色の本
涼しい顔で『神雪剣・ハリーザード』を引き抜いたピタヤは、事前に作っていたであろう剣の鞘を取り出してその剣を鞘に納める。そして、胸元から魔法陣が書かれたお札を取り出すと、神剣が納められた鞘に貼り付けた。
一部始終を見ていたルシアが、いつの間にか作っていたかまくらの中で「おぉー」という声を上げてパチパチパチと拍手する。それに合わせて朔と命が拍手をすると、ピタヤは「そんなたいそうなもんじゃないよ」と、鼻で笑った。
一方、試験監督でゆるく付き添っていたシャルロッテは、開いた口が塞がらないようで、何とも言えない表情のまま固まっていた。拍手喝采の中でルフートがその様子を見て「わかります、私も初めて見たときは驚きました」と言って、フォローするが、シャルロッテは未だに目の前で起こったことが現実だと思えないようだった。
「私は......自分でいうのもなんだが、神に好かれていてね」
シャルロッテの様子を見たピタヤは部屋に戻るついでと言わないばかりに、朔達を後ろに連ねながら自身の話をし始めた。
「私は、その土地のあらゆる事象を観測できる、そこでは名前を言えないほど恐ろしい者も居たりする、でも、神々はもの好きでね、自分たちを観測できる私を面白がって助けてくれるのさ」
ピタヤは脈絡の無い話し方をして皆を混乱させる。
背中で皆の混乱を感じ取ったピタヤは、面白おかしそうにカラカラと笑った。
「はっはっは、老人はお喋りが好きですまないね、神剣に関してだったかい、神剣も一緒さ、神に好かれるなら神剣にも好かれる、そういう理由さ」
ピタヤが話し終える頃には、元の本棚のある部屋へと戻ってきていた。
全体が木の質感でおおわれているこの部屋は何となくぬくもりがある。
そして、6人は再び木のテーブルに向かって座りなおした。
「一つ、聞いても?」
座ったシャルロッテは、切れ長の目をさらに鋭くして、ピタヤに質問を投げかけようとした。
その顔は先生の朗らかな表情ではなくて、軍人としての真剣な顔だった。
「なんだい」
「今、エルンテルでは何振りの神剣を保有してるのですか」
シャルロッテが言った言葉を聞いて朔は驚愕の表情を浮かべる。
その質問はこういう場でもなければ、その一言で戦争が始まるような内容だったからだ。
「それは、助けてあげたおばあちゃんとのたわいのない、世間話かい?」
「はい」
「じゃあ、そんな顔をせずにゆっくりと甘いものを飲みながらにしなされ」
ピタヤは木の机を、杖でコンコンと叩く。
木の机からは初めに来た時と同じように、木のコップが生えてきてオレンジ色の飲み物が注がれた。
シャルロッテはその様子を見て、申し訳なさそうに口をつける。するとシャルロッテの口の中には柑橘系の甘酸っぱい香りとともにスッキリとした甘みが広がった。
「ルフート、そこの3人に色んな魔道具を見せてあげなさい、私はこの先生とちょっとおしゃべりするからね」
「わかりました、えぇ、魔道具などですね」
ピタヤの横に座って同じように柑橘を楽しんでいたルフートは、つらつらと立ち上がり慣れた様子で一つの本棚の前に立った。そして、おもむろに数冊の本をばらばらの場所から取り出すと、一冊の隙間に手を伸ばす。その最奥には何かの仕掛けがあったようで、すぐに本棚が動き出して、本のライトで照らされた道となり、奥の部屋へとつながっていた。
朔、命、ルシアの3人はルフートと共にその部屋へと入っていき、書斎にはピタヤとシャルロッテだけが取り残された。
「エルンテルにある神剣の話だったかい?」
「はい、教えていただければ嬉しいんですが......」
「なら、その前に手を握らせれておくれ」
そういわれたシャルロッテが手を差し出すと、ピタヤはしわがれた手でシャルロッテの手を包み込むと、すっと目を閉じた。すると、「っふ」と鼻で笑った。
「あんた、きれいと思ったら王族だったのかい、ダルマチアか、懐かしいね」
そういうと、高い棚の中から一枚の地図を取り出した。
そこにはダルマチアと右上に小さく書かれており、茶色く色褪せた荒い紙にびっしりと書き込みが書かれている。それを見たシャルロッテは目を丸くした。
「これは、ダルマチアの歴史........全て焼け落ちたはずだったのに.....なんで.......」
「私が見た歴史さ、これは地図だが本としても取ってある、行ったのが先の戦争の前だからそれまでだがね」
ピタヤはおもむろに本棚を眺めて、あれやこれやと取り出していく。
そしてお目当ての本を見つけたのか、10センチはあるような厚さの本を一冊抱えてきた。
深緑の布で表紙が覆ってあり、一輪の白い花がワンポイントの飾りとなって引き立っている。
更に表紙には金色の刺繡でダルマチアと書かれていた。
表紙は綺麗だが本の天には僅かばかりの埃が付いており、ピタヤは素手で払い落とす。
そして、長らく開けられていなかったであろう本の表紙を指先で引っかけると、静かに切れ込みを入れた。
分厚い本を開くとき、そこには文鎮のようなどっしりとした重みがある。
その厚さと重みが一国の歴史を物語っていた。
ピタヤは手招きをして、本をのぞくようにシャルロッテを引き寄せる。
ピタヤが一枚をめくると同時に本に近づくと、ふわりと懐かしい香りが漂った。
「懐かしい匂いだ、ダルマチアの春の匂い........」
そうつぶやいたシャルロッテの頬に一滴の涙が流れる。
一滴また一滴と次第に溢れていき、次第には綺麗な涙袋の上にあふれんばかりの涙をためて僅かばかり声を漏らし始めた。
ピタヤは本の扉を閉じて、シャルロッテに渡す。
受け取ったシャルロッテは僅かに摩擦のある本の表紙を胸に抱いて「お父様......」と呟いて静かにしゃがみ込んだ。
「その本と地図はあんたにあげるよ、今でこそ追放されたようだがあんたは立派な王家の血脈だよ」
一時して、落ち着いた様子で顔を上げたシャルロッテにピタヤが語りかける。
シャルロッテは申し訳ないと断ったが、ピタヤは返される地図を本を受け取ろうとしなかった。
「あたしはね、この力を軍事的には使わなかったのさ、歴史を残すことをまずは目的にした、また本と地図は書ける、亡くなったお父上の為にも持っておきな」
ピタヤは更に本を守るための化粧箱を取り出して、地図と共に収めた。
更に袋に入れるとシャルロッテに手渡した。
「ありがとうございます」と、シャルロッテは深々と頭を下げる。
それに対してピタヤは、「なんてことの無い老人のお節介さ」と笑った。
「所で、神剣の話だったね」
ピタヤは落ち着いた様子のシャルロッテに話を道筋を戻すように促す。
シャルロッテも、今の言葉で思い出たようでハッと顔を上げた。
「いま、エルンテルにあるのはこれを含めて三振りだよ」
「え、では今まで直した神剣はいったいどこに........」
「それは、わたしにも分からん」
ピタヤは従順な歴史の観測者だった。
今まで直してきた神剣は30を超える。
だがその神剣たちは準備が整い次第、魔法によってあるべき場所へと飛ばされるのだとピタヤは言った。
「それでは残りの二振りはどこに.......」
どうしても気になるシャルロッテが部屋を見回すと、ピタヤは面白そうに笑った。
そして、「ずっと見ているじゃないか」と、更に笑った。
あっはっはと、大きく笑うピタヤをみて、シャルロッテはきょとんとした表情を浮かべる。
「ここにあるじゃないか」とピタヤは床を指を指して言うが、シャルロッテはそれでも気付く様子は無く、再びピタヤを笑わせた。
「この建物自体が神剣で作られているのさ、そしてもう一振りは私の中にある」
ピタヤはこの基地の図面を取り出す。
続けて、この魔法で埋め尽くされた秘密基地のような建物は『城神剣・アルクス』という神剣の魔法で作られていると言い、神剣自体が自力で魔力を回復し続けて永久機関のようになっていると話した。
神剣である通り基地も神剣解放が使えるらしいのだが、一度使ってしまえばどうなるかがピタヤでも分からないそうで、使う気はないと言った。
「それで、ピタヤ様の中にあるもう一振りとは.......?」
基地の中を眺めていたシャルロッテが再び席につくと、最後の一振りについて質問した。
「私はね先の戦争で一度死んだのさ」
「え......?」
シャルロッテは、あまりにもあり得ない事をいうピタヤを見つめる。
何度も困惑して表情を変えるシャルロッテを見て、ピタヤは「かわいい子だね」と思っていた。
そうしてピタヤは自分の胸を人差し指で指さした。
「わたしは先の戦争で心臓を悪魔に奪われた、私が居たらエルンテルは墜ちないからね」
「それでは、神剣はその代わりに.......」
「そう、わたしの心臓は『臓神剣・コル』という神剣が代わりになっている」
ピタヤは一枚の紙を取り出す。
そこには心臓に天使の羽が巻き付いたようなネックレスが書かれていた。
「これが、神剣.......」
「もはや剣、ではないね、だが、神剣さ」
「なぜ、そこまでして......」
シャルロッテが、ピタヤに生きる意味を聞こうとしたその瞬間、本棚が自然にばらけて奥への道を作る。
そこからは魔道具庫から戻ってきたルフート達が出てきた。
「沢山の機械すごかったね」
「ふへへ、いっぱい見せてもらえた」
「あれ全部魔道具なんだね、すごかった」
楽しそうな生徒たちをみて、シャルロッテは元々の任務を思い出す。
そして、朔達に「何を見せてもらったんだ?」と聞いた。
木でできた円卓についた3人は、各々面白かった魔道具の話をしてくれる。
随分と面白そうな物を見せてもらったようで、3人は子供らしく楽しそうだった。
「そういえば、私達はピタヤ様に用事があってここまで来たんです」
シャルロッテはやっと、アルデリウスから託されていたことを思い出して話を切り出した。
そして、真横にいる朔の後ろに立つと肩に腕をかけて話をつづけた。
「この子なんですけど、余りにも大きな力を持っているかもしれなくて、ピタヤ様に見てもらいに来たんです」
朔の腕に、ふにゃりと柔らかい物が押し付けられる。
だからだろうかピタヤの目には意識しないように僅かばかり顔を背けて身を固くしているようにみえた。
その様子を鼻で笑ったピタヤは、話に入らずにルフートと共に話に花を咲かせている女の子二人を見ると、「この子らは?」と聞く。そこでシャルロッテが「付き添いです」とだけ言うと、少しばかり悩むようなしぐさをした。
「ふむ、、もうすぐエルンテルでは収穫祭というものがあってね、かなり忙しくなる」
「というと?」
「あたしも役員で色々しないといけないから、それを手伝って貰う代わりってのはどうだい?」
いい労働力を見つけてピタヤは笑った。
シャルロッテが朔の横腹をつつくと、僅かに赤面しながら固まっていた朔はハッとした顔になり、食い気味な様子で「やります!!」と言った。
同時にルフートと話すルシアと命の笑い声が響く。
こうして、エルンテルでの朔の追試験が始まった。
教えて!シズテム!~『城神剣・アルクス』と『臓神剣・コル』って?~
(”!。。)はい!その二つはピタヤ様の下にある二振りの神剣のことです。
神剣ではあるものの剣の形をしてはおらず、戦いにおいて強さを発揮することはない模様。
アルクスはピタヤ様の家となり、コルはピタヤの心臓となることで力を発揮しているそうで、どちらの神剣もピタヤ様が修復された壊れた神剣だったそうです。
見た目ですが、アルクスは宝石を中心として金属の正方形の輪が複数周囲を取り囲む物となっており、基地を立てている間は確認することができません、また、コルは心臓を羽で巻いた上に光輪を携えたような見た目でネックレスとして身に着けることができました。




