40話 世界の破壊を企む者
天高くそびえる氷山から、大量の雪が雪崩となって落ちてくる。
その中心には、1匹の大きな魔獣と取り巻く複数の魔獣、雪崩を駆け降りる魔獣を見下ろす一体の魔獣が空中に浮かんでいた。
「あれ、どう相手するっスか?」
ケフィは手のひらで小さな筒をつくると、それを覗いて余った手足を遊ばせている。
一体一体がかなり強そうな様子から、浅久良はめんどくさそうな顔をして向かってくる魔獣たちを見つめた。
「うーん、どうしよっか、ケフィは飛んでるやつをするとして......」
そんなとき、全身を厚手の包帯に切り替えて元気がありあまっている全身包帯が、横にいたミーニスを抱き寄せて名乗りを上げた。
「じゃぁ、私たちがあの烏合の衆を相手しますよ、だ、か、ら、南雲さんはあの大きなのをお願いしますね」
「な、押し付けたな?!」
「じゃ、ミーニスさん行きましょ」
「えぇ、そうね」
「じゃ、俺も行ってくるっス、一回も死ねないのはめんどいっスね」
一気に決まってしまった。
ばさりと音を立てて飛んでいくケフィ、瞬間移動で消え去った二人に取り残された浅久良は、大きなため息をつくと、素早く目を凝らした。
「まぁ、ここは真脈の源流、僕にとっては無制限の魔力タンクみたいなものだな、勝てる」
目を凝らして感じ取った浅久良の目には、山全体が魔力のダムのように見えていた。
その中心となるような一匹が物凄い勢いで向かってくる。
一足早く、その中心とぶつかったミーニスと全身包帯が、周りにいた烏合の衆を散らして引き連れていく。だがその中心は、山の莫大な魔力に干渉してくる邪魔者に向かって、わき見をせずに突っ込んで行った。
「掌握、修繕、現の支配、流れの本流」
浅久良は呪文を唱えると、降りてくる氷山の王をまっすぐと見据えた。
雪崩と共に降りてきたのは、一匹の巨大な狼だった。
銀色の針のような体毛は熱を閉じ込めて、敵からの衝撃を逃がす。
そして、その体毛の奥には隆々とした氷山の王者たる肉体があった。
だが、それだけでない、氷山の王者は真脈の源流であるこの氷山を脅かす浅久良を見つけると、さらに加速する。蹴り上げられた雪が更に雪崩を大きくしていった。
氷山の王である狼は大きな口を開けて、浅久良に雪崩ごと突っこんでいく。
だが、雪崩はそのまま通り過ぎて、狼は浅久良の世界に阻まれて後方に吹っ飛ばされた。
「狼ねぇ、こんな魔境の王様なんだ、さぞ強い力を持っているんだろうねぇ」
浅久良はこの氷山で最も強いであろう銀狼を眺めると、足で雪を蹴って銀狼の視界を潰す。だが、銀狼にそんなものは通用しなかった。
高さが4mほどはありそうな銀狼は、前脚で地面を掴むと身体を捻ってぐるっと大きく一回りした。それで、巻き上げた雪は吹き飛ばされて視界がクリアになる。
だが、その場に浅久良は居なかった。
それでも、銀狼には浅久良の匂いが分かっている。
動かない浅久良の匂いを見つけ出して、銀狼はかぶりついた。
「?!」
かぶりつく銀狼は、口の中に違和感を覚える。銀狼が吐き出すと、そこには赤いマフラーがよだれまみれになってびしゃりと落ちていた。
「こっちだよ」
銀狼が困惑していると、居なかったはずの場所に浅久良が出てくる。
おちょくられたと思った銀狼は大きく遠吠えすると、見つめた浅久良にうなりを上げた。
浅久良は攻めあぐねていた。
銀狼の硬い体毛は、浅久良では破ることができない。
なぜなら、素手で触れようものなら硬い体毛で拳が削られてしまうことがわかっていたからだ。
(さて、どうしようかぁ、今まで奪ったスキルに強力な物はほとんどない、どれもこれも装甲を貫く威力はない…....面白いじゃん)
銀狼は辺りの雪を操って大きな雪玉へと変える。
それらをいくつも作ると、浅久良へと投擲した。
「だから、意味ないって」
浅久良は「世界ヲ分ケル者」を発動すると、涼しい顔で雪玉を防御する。
それでも銀狼は懲りる様子は見せず、そのまま投擲を続けた。
十数回の末に浅久良の周りには雪が高く積もっており、その視界をさえぎっていた。
(おそらくあの魔獣は術式を持っているような個体じゃない、そして真脈自体は感じ取れるようだけど干渉はできない、だからといって「勧誘」で誘い込んで支配もできるとは限らない......)
真脈から供給される莫大な魔力で「世界ヲ分ケル者」を展開し続けていた浅久良は、手持ちのスキルと武器で突破できるよい考えが浮かばずに考えるのが嫌になっていく。
その間にも銀狼は、浅久良が出てくるのを待って、雪の外で唸り声を上げていた。
「僕は世界の破壊者だ」
浅久良は意を決したような顔をすると、身に着けていたローブを脱いで細く引き裂いた。
そして、小さく握った拳と腕にグルグルと巻き付ける。
さらに、身体強化スキルを発動させて肉体の防御だけを高めていく。
その上、真脈に干渉して取り出した無制限の魔力を肉体に流し込むと、浅久良はその場を支配したかのような万能感に包まれた。
目で追うだけで精一杯だった銀狼の動きは、歩く人間のように遅く見えて、動く空気の面が見えるような気がした。まだ展開している絶対領域ではなんとなく身体が窮屈に覚えて、浅久良は自ずと「世界ヲ分ケル者」を解いていた。
世界の隔たりがなくなって浅久良の周りに積もっていた雪が崩れ落ちる。
銀狼の目にはローブを脱ぎ捨てて拳を引き裂いた布で固めた浅久良の姿が映り込んだ。
そして、銀狼は気づいた。
浅久良がこの氷山の莫大な魔力を取り込んだことを。
氷山を守らなければいけない銀狼にとって、それは逆鱗に触れる。
怒った銀狼は、今までよりも速い速度で鋭い爪をもってして飛びかかった。
「ぐらぁ!!」
さらに、銀狼の周りでは押し固められた雪が鋭い氷へと変わって、浅久良に向かって放たれていた。
だが真脈の力を流し込んだ浅久良はそれよりも速かった。
放たれた氷を一目で確認すると、僅か後ろに下がりながら一個一個丁寧に叩き壊す。
その後に飛びかかって来る銀狼に合わせて下がった重心を前に向けると、雪で滑る地面を踏み固め、まっすぐ突っ込んだ。
振りかざす銀狼の爪をすれすれのところで避けると、懐に潜り込んで比較的体毛の薄い胸を全力で殴り上げた。
二百キロはありそうな銀狼は遠くに殴り飛ばされて木にぶつかって止まる。
浅久良は地面を蹴って距離を詰めると、起き上がらんとする銀狼を追撃した。
再び銀狼は木には打ち付けられて、木からはパラパラと積もっていた冷たい雪が落ちてくる。
そして、木には大きなひびが入ってミシミシという音とともに倒れ、雪を舞い上げた。
「は、、、はは、超えた、超えたんだ、」
浅久良は初めて取り込んだ真脈の魔力に当てられていた、まだ生きている銀狼に背を向けて大きく手を広げながら空を仰ぐ。そして、全感覚を研ぎ澄ませてあたりの気配を察した。
銀狼が後ろから嚙みつこうとすると、浅久良は背後を確認することなく、完璧なタイミングで裏拳を食らわす。虚を突かれた銀狼は思いもよらない攻撃に目を白黒させながらも、前脚を振り上げて浅久良に一撃を食らわそうとする。浅久良は再びカウンターをするかと思いきや、次は腕を折りたたみ、その一撃をもらい受けた。
「あっはっはっは、弱いね!!!」
銀狼の一撃はしっかりと浅久良の中心をとらえており、浅久良は凄い勢いと共に木々をなぎ倒しながら殴り飛ばされた。視界の上下が反転し続ける中でも浅久良は笑っていた。
「ははは、今ならできる気がするよ.......」
浅久良は少し遠くでうなりを上げて、いまにも突っ込んできそうな銀狼を見ると、薄気味悪く笑った。
そして、右手の親指と小指で輪っかを作り自身の胸の前で地面と平行に構える。そして、その輪っかの上に手のひらを伸ばした状態で平行に添えた。
「固有結界.......解放.....」
浅久良の影が無数の腕のように銀狼へと伸びていく。
そして、銀狼に手が絡みついたかと思うと、浅久良の足元から無数の手が四方に伸びていって球状の結界を作った。
一瞬であった、浅久良を殴り飛ばした銀狼は飛んで行った浅久良を追いかけて走っていた。
浅久良に向かって走っていると、目の前から自分をとらえるような真っ黒い影が伸びてきた。
その手はぐるぐると銀狼に絡みついて生気を吸い取っていく。
逃げようとしても逃げることが叶わない。
そして、少し遠くにいる浅久良から視界全部を覆うほどの真っ黒い手が伸びていき、銀狼の視界は奪われた。
視界が晴れると、銀狼は子供になっていた。
いつ死んでしまったか分からない兄弟とお母さんが、自然に作られたほら穴の中でスヤスヤと身を寄せ合って気持ちよさそうに寝ている。
子犬は自身が氷山の王で、氷山を脅かす浅久良と戦っていることなど、すっかりと忘れていた。
長らく感じていなかった温もりを感じて、子犬は兄弟と母親の下に駆け足で駆け寄り、寝そべった。
「何を見てるんだろうね、気持ちよさそうだ」
浅久良は、黒い手から解放された銀狼を見下ろす。
銀狼は足を胸元に折り畳み、尻尾を丸めて気持ちよさそうに眠っていた。
「強制的な安心感の押し付け....か、哀れだね、自分にとって一番の幸せを提示されたらこんなにも無防備なのか」
浅久良は左手を90度傾けて手をたたく。
気持ちよさそうに寝ていた銀狼は、その場に元からいなかったかのようにかき消えた。
そして、幸せを押し付ける対象がいなくなった伽藍洞の結界は、手がほどけるようにほどけていった。
結界が解けると、白く染まった森と曇る空となる。
深いため息をついた浅久良は、緊張していた身体をほぐして、魔力での強化を解いた。
「がっ.......」
その瞬間、真っ白い雪に赤い花が咲く。
そして、浅久良は膝から崩れ落ちた。
ぼすっという音と共に、浅久良の顔が半分埋まる。
シンという音と共に辺りは静寂に包まれていた。
浅久良の固有結界解放
やけくそで真脈の莫大な魔力を自身に流し込んだことで完成した。
解放されると、無数の手が相手を囲み幸せを押し付ける。
とらわれた相手は無防備となって、そのまま浅久良の支配下となってしまう。




