【5-21.導きの水洞窟】(第5章最終話)
さて、クロウリーさんは犯罪対策の職員であるためポルスキーさんよりももっと忙しかったが、一月もするとようやく少し落ち着いてきて、久しぶりにポルスキーさんのいるエンデブロック氏の邸を訪ねて来た。
ポルスキーさんも魔法協会からの聞き取りやら、今回の事件に使われていた魔法の検証やら、何かしら忙しくしていたから、クロウリーさんと会えないことにそこまで寂しさを感じていなかったが、今日こうしてクロウリーさんを目の前にしてみると「久しぶりだなあ」と妙に感慨深く感じてしまうのだった。
少し痩せたかな?とポルスキーさんはぼんやり思った。
ちなみにエンデブロック氏は、二人っきりにしてやろうと気を利かせてか、それとも面倒くさいだけか、クロウリーさんが来たところで顔を出しもしない。
魔法協会のゴタゴタがどうなっているかなど現況にも全く興味がないようで、ポルスキーさん伝いに聞いてくることもしないのだった。
「事件の方はもう落ち着いたの?」
とポルスキーさんがクロウリーさんに聞く。
クロウリーさんは「ああ」と頷いた。
「そっか、なんか思ったより大変な事件だったね」
とポルスキーさんがしみじみ言うと、
「確かにな。イブリンがデュール氏を山で拾ってから、まさかこんな事件に発展するとは思っていなかった」
とクロウリーさんも疲れの滲んだ返事をした。
「や、山で拾ったのは私のせいじゃないし。たまたまだし。でも、良かったじゃない、陰謀を暴くきっかけになったでしょ」
ポルスキーさんは自分のポンコツっぷりを急いで正当化しようとした。
クロウリーさんはそれには答えずに、軽くエンデブロック氏の邸の居間を見回すと、
「イブリンはそろそろ元の海辺の家に帰らないのか?」
と聞いた。
「迷っているところ。叔父さんの邸は居心地がいいし。勉強になるから」
「でもイブリンが居座ったら、エンデブロック氏が迷惑がって発狂するんじゃないか。最近、保護者みたいになっているんだろう? こないだだって、イブリンが聞き取りで呼び出された際に魔法協会内で迷子になって、エンデブロック氏が迎えに来てたって聞いたぞ」
とクロウリーさんがエンデブロック氏の心労を慮って言うと、ポルスキーさんはべしっとクロウリーさんの肩を叩いた。
「余計なことは言わなくていいのよ」
「私に言ってくれれば迷子くらい迎えに行くが」
クロウリーさんは複雑な心境でため息をついた。呆れているのと、頼ってほしいのと、どの感情が真っ先に来ているか自分でもよく分からない。
ポルスキーさんは赤面した。
ポルスキーさんにしたら、カッコ悪いからクロウリーさんにバレたくなくて叔父を頼ったのに、バレている上に「私を頼れ」まで言われて、きまり悪いことこの上ない。
急いで話題を変えた。
「……でも、実は叔父さんを近くで見守っていたいという気持ちもあるのよ」
そして、ポルスキーさんは叔父が一般人に心を寄せているということをクロウリーさんに話した。
クロウリーさんは息を呑んだ。
「それは……マクマヌス元副会長のような……?」
「そう。それで、現状、魔法使いと一般人の間に分断があるのは本当だもの。私、少し叔父さんの未来が心配なのよ。あの人は凄い魔法を使うけど、不器用なとこもあると思うから」
「そうだな。そんな状況なら、たとえイブリンでも、傍にいてもらったら少しは救いになることがあるかもしれない」
クロウリーさんは、なんだかんだ性根の優しいエンデブロック氏を思い浮かべ、彼に理不尽な不幸が訪れそうなとき、一緒に怒ってくれるポルスキーさんが傍にいることは、なんだかんだ良いことなような気がした。
少ししんみりした空気の中、二人は少し黙ったが、やがてクロウリーさんがそっと言った。
「事件が少し落ち着いたので休みを申請した。一緒に『導きの水洞窟』に旅行しないか」
クロウリーさんの口調はやや固くて、緊張しているようだった。
「え、『導きの水洞窟』? そういえば昔一緒に行こうって言って行けてなかったわね。いいけど」
ポルスキーさんがあっさりと返事したので、逆にクロウリーさんが拍子抜けしたように聞き返した。
「え、いいのか?」
「え? いいのかって何で? 誘ったのはそっちでしょ?」
ポルスキーさんがきょとんとする。
「いや……その話が最初出たときは、イブリンは『付き合って一周年記念で導きの水洞窟に行きたい』って言ってたんだ。それを了承してもらえるとなると、……私だって少しは期待するが」
クロウリーさんが熱のこもった真っすぐな目をポルスキーさんに向けた。
「え、ええっ! 私そんなこと言ったかしら。お、覚えてないわ!」
ポルスキーさんは動揺して顔を真っ赤にした。
「言った。――それで、行くか?」
クロウリーさんは聞き直す。
「……い、行くけど、期待って何……」
「よりを戻そう」
クロウリーさんは、真面目な眼差しではっきりと言った。
ポルスキーさんは一瞬どう返事をしたらよいか迷った。しかし、ポルスキーさんは先日、自分の気持ちを決めたはずだった。
自分の気持ちは決めた。でも、二人がちゃんとやり直すために、3年前の繰り返しにならないために、情けないこともさらけ出して少し確認しなければならないと思った。
「私、かなり面倒くさい女なの。すごく大事にしてもらえないと満足しないけど、大丈夫? 私より仕事を優先したらすごく怒るわよ」
「分かった」
クロウリーさんは目を逸らさず即答した。
「でも、私は好きな魔法開発はやめないわよ。集中しているときは邪魔されたら嫌だし、約束だって変更するわよ」
ポルスキーさんはまるで試すようにひどい条件を突きつける。
「分かった」
それでもクロウリーさんは怯まなかった。
それは、ポルスキーさんの方が心配になるほどだった。
「分かったって言うけど、本当に分かってるの? こんな自分勝手な要求でもあなたはいいって言うの?」
クロウリーさんは、もうだいぶ心を決めている様子だった。
一拍置いて、はっきりと言った。
「別れるくらいなら仕事をセーブする」
「!」
ポルスキーさんはハッとした。
そのセリフ! 3年前に言ってもらいたかったやつ……。心にぎゅっと響いた。
クロウリーさんは温かい手でポルスキーさんの手をとった。
「魔法開発だって大目に見る。というか、イブリンが魔法開発に集中しているときに、文句を言ったことはないはずだ。だが、他の男に浮気するのは許さない」
「するわけないじゃない! あ、あなただって他の女の人と仲良くしたら許さないわよ。私めちゃくちゃ嫉妬深いんだからね」
「その心配はいらない。一途に愛している」
クロウリーさんはその手に口づけをした。
「!」
こんなキザなことする人だったっけ?
あ、『ロマンティックに』って注文つけたのは私だった――!
ポルスキーさんは照れてしまって手を引っ込めようとしたが、クロウリーさんは手を離さなかった。
「3年ずっと気持ちは伝え続けてきたつもりだ。この3年間、私は仕事とイブリンのことしか目になかった。分かってると思うが」
「そ、そりゃ、私はクロウリーさんのそういう真面目なところが好きだったんだけど……」
ポルスキーさんは言いながら恥ずかしくなって、言葉はしりすぼみになってしまった。
そんなポルスキーさんをクロウリーさんは優しい眼差しで見つめた。
「また、ヒューイッドって呼んでもらえないか」
「え、えっと……」
「前は呼んでいたじゃないか。最近も、呼んでくれた」
「え? 呼んだっけ? 記憶にないわ」
ポルスキーさんが本気で分からないと首を傾げると、クロウリーさんはゆっくりと頷いた。
「ああ、無意識だったと思う。でも、呼んでもらえたとき、心が喜びで揺さぶられた。こんな気持ちにさせてくれるのはイブリンしかいない。好きだ――」
クロウリーさんの愛の告白は柔らかくポルスキーさんの心を包んだ。
好きな人に好きだと言ってもらえる幸せ。ポルスキーさんは胸がいっぱいになって目頭が熱くなるのを感じた。
自分はずいぶんとひどい条件をクロウリーさんに突きつけたのに、クロウリーさんはこんなにあたたかく自分を受け入れてくれる。意地を張っていたのが解けていく。
「分かった、ヒューイッド……」
ポルスキーさんは恥ずかしかったけれど、その名をはっきりと口にした。
まあ、そうして二人の時間はまた始まったわけだけれども、『導きの水洞窟』に出かけた二人が、図らずも何かよく分からない事件に巻き込まれたかどうかは、また別のお話――。
(終わり)
最後までお読みくださいまして、本当に本当にどうもありがとうございます!!!
とっても嬉しいです!!!
だいぶ無謀な感じで連載化してしまいましたが、何とか完結まで持ってこれて良かったです!
予定の倍の文字数になってしまうし……恋愛事件簿って感じにするつもりがずーっと陰謀をやっているし……こんなはずじゃあ……って感じですが、読んでいただけて本当に本当に心から有難く思います。
もし少しでも面白いと思ってくださったら、
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どうぞどうぞよろしくお願いいたします!





