【5-20.その後の魔法協会】
さて、フローヴェール・クレイナートとデイヴィッド・サンチェスが捕まり、マクマヌス元副会長が責任を追及されている中、魔法協会はてんやわんやになっていた。
フローヴェールやサンチェス氏、マクマヌス副会長はもとより、ポルスキーさんもポルスキーさんの母も、メメルもラセットも、事件に関わった者は皆呼び出されて詳しく話を聞かれた。やがては裁判も始まるだろう。
マクマヌス元副会長が失脚したことで、マクマヌス派が瓦解し、魔法協会内の勢力図も今新しく書き換わろうとしている。
スリッジ会長とマクマヌス(元)副会長が大きな二大派閥を作っていたのは確かだが、その下の弱小派閥は元マクマヌス派の者を取り込もうとしたり、元マクマヌス派の者が新しい派閥を作ろうとしたり、魔法協会内は俄かに活発化していた。
そんな中、副会長の後任人事は魔法協会内で多大な関心を集めていた。スリッジ会長は「例えば」と前置きしながら後任にアシュトン・デュール氏の名前を挙げたらしい。
その噂を聞いたとき、ラセットは猛反発した。
「デュール氏はスリッジ会長派じゃないか! 魔法協会トップをスリッジ会長派で牛耳る気か?」
ジェニファーの父とはいえ、強引なスリッジ会長のことはあまり好きではないラセットは、それはそれといった感じで、記者仲間を巻き込んで遠慮なく反対する。
根幹には、マクマヌス元副会長から自分の出自を聞いたことで、スリッジ会長の「魔法使いと一般人を分断して考える」という方針への反発もあったかもしれない。
デュール氏が副会長になろうものなら、エンデブロック氏に融通利かせて『死の魔法』の結界に改変を加えたこととか全部記事に書いてやる、結界の私物化なんて恰好の批判の的だぜ、とか堂々と言っている。
ある日、デュール氏はジェニファーに会ったとき言った。
「ラセットに伝えといてくれよ、僕は副会長にはならないって。だからそんな声高に僕のことまで批判しないでくれよって。結界変更の経緯は内緒で頼むって。ちょっとまだ分からないけど、副会長には僕はマイク・オコーネル理事でも推してみるよ」
ジェニファーは頷いた。
「父は悪口三昧の記事を書くラセットにカンカンに怒っているけど、まあ正直言うと、私もアシュトンが副会長になるのは今のところ反対だな。というのも、フローヴェールがうちの父に『人を操る魔法』をかける仲介役として、どうして君を選んだか聞いたかい? 君はスリッジ会長の懐刀だと思われていて、そんな『懐刀のデュール理事』がスリッジ会長を裏切る魔法をかけたなんてことになったら、スリッジ会長派が疑心暗鬼になって分裂するとふんだんだってさ。つまり、周囲はそれくらい、うちの父と君が近しいと思っている。君が副会長になればね、スリッジ会長の独裁政権が誕生すると思われているのは本当だ」
デュール氏は愕然とした。
「懐刀!? あり得ないよ! 僕はあのシルヴィアの呪いのせいで辞職して田舎に引き籠ってたんだよ――?」
ジェニファーはゆっくりと首を横に振った。
「本当のところはどうかは別として、バランスが悪いと思う人も多いだろう。まあそれにね、君は過去のハニートラップのスキャンダルとか外聞が悪すぎる。ちゃんと払拭できるだけの実績を積み重ねてからの方がいいんじゃないか」
「ハニートラップは僕のせいじゃないじゃないか! もしかして僕のイメージってハニートラップからアップデートされてないの!? イブリンも僕がハニートラップ野郎だって思ってる!?」
デュール氏は悲鳴を上げた。
「イブリンがどう思ってるか知らないが。世間はまだアシュトンと言えばハニートラップだろう?」
デュール氏はショックで頭を抱えた。
「まじかーっ! で、でも大丈夫なはず……。イブリンのお母さんは僕を優良物件と認めてくれるし……」
「あ、それなんだが、イブリンのお母さんはヒューイッドのことを認識したらしい」
ジェニファーはさらっと言った。
「は?」
デュール氏は目を見開いた。
「なんでも、ザッカリー・エンデブロック氏が言ったらしいよ」
「よ、余計なことを……! 何て? まさか彼氏だって? 彼氏は僕なのに!」
デュール氏が口惜しそうに唇を噛む。
「いや、アシュトンは彼氏じゃないだろう。イブリンはあんな感じだからな、アシュトンの気持ちには気付いてないし、そもそも……」
イブリンはヒューイッドのことが好きだろうと言いかけて、ジェニファーはそこでデュール氏が急にがばっと立ち上がったので驚いた。
「どうした、アシュトン?」
デュール氏は決意を込めた真っすぐな目をジェニファーに向けた。
「やっぱり気づいてないのか! イブリンに告白しなくちゃ! 今すぐにでも!」
「やめとけっ!」
ジェニファーが珍しく声を荒げた。
驚いたデュール氏がたじたじとなりながら、やめとけの真意が分からない様子で気味悪そうにジェニファーを見てくる。
ジェニファーは、ポルスキーさんにクロウリーさんの気持ちを汲んでやれと説教(?)した手前、デュール氏の横やりは歓迎ではないのだ。
「あ、いや。イブリンの気持ちもあるだろう。アシュトンの気持ちを押し付けるばっかりではいけないと思うのだ。手順を踏め。イブリンに好意を持ってもらえるようにするところからだろう」
と遠回しに誤魔化した。
「あ、うん。ええっと、分かったよ」
デュール氏は、ジェニファーの気迫に押されて、半信半疑でぼんやり頷いた。
その頃、ポルスキーさんは叔父のエンデブロック氏と一緒に、母を訪ねていた。
母は魔法協会で思いがけず事件に巻き込まれて以来、家で大人しくしていた。あのときはクロウリーさんがポルスキーさんに代わって母を医務室に連れて行ってくれたが、ポルスキーさん自体は事件関係で忙しく、また首謀者が捕まった後も取り調べなどで呼び出されていたので、なかなかゆっくり母を訪ねに来れなかったのだった。
「お母さん。体調はどう? なかなか来れなくてごめんね」
ポルスキーさんは、フローヴェールに変な魔法を使われた母を気遣って聞いた。
そして叔父の方にも聞く。
「叔父さん、お母さんにはもう『メッセンジャーの魔法』はついてないよね? 確認して」
「だから、ついてねえって。俺はもう見舞いに来てるんだ。そんときにも何も感じなかったし」
叔父はぶつくさと文句を言ったが、母が心配なポルスキーさんは、目の前でちゃんと確認してもらうまでは納得できない。このために強引に叔父を連れてきたのだと言わんがばかり、口をへの字に曲げて、叔父に確認するよう求めた。
叔父はため息をつくと、ポルスキーさんの母に魔法の痕跡が残っていないか調べるために、魔法の呪文をぶつぶつ唱えた。この呪文はエンデブロック氏が作ったものだったが、実は簡単な試行錯誤の結果もうエンデブロック氏にはこんな呪文は必要ない。しかし、ポルスキーさんに実際見て納得してもらうために、パフォーマンスとして呪文を唱えて見せたのだった。
エンデブロック氏の当初の言葉通り、呪文には何の魔法も引っかからなかった。
「それみろ」
といった顔をエンデブロック氏がする。
ポルスキーさんは、叔父の顔はともかく、母に『メッセンジャーの魔法』がついていないこということで一先ず安心した。
「イブリン、別に私は何ともないのよ。それより、あの日は、私のせいで、あの後なんか変なことになっちゃったみたいでごめんなさいね」
普段分からず屋の母なのにしおらしく謝る。
「仕方がないわ。お母さんは悪くないわよ、巻き込まれただけだもの」
ポルスキーさんが慰めるように言うと、母は無差別に巻き込まれたことに恐怖を感じて小さく身震いした。
「ああ恐ろしい。本当、なんでも気軽に首を突っ込むものじゃないわね。まあもう懲り懲り。しばらくは大人しく見守らせてもらうわ」
その母のなんだか妙にしみじみと落ち着いた感じと「見守る」という言葉に、ポルスキーさんは逆になんだか変な気がした。
「お母さん? 何を見守るの?」
母は急に突っ込まれてぎくっとした。
「い、いえ、別に、クロウリーさんがあなたの彼氏だってことなんか、私は何もザッカリーから聞いちゃいませんよ!」
ポルスキーさんは、その含みのある言い方にぎょっとして、ばっと叔父を振り返った。
「叔父さん、私を売ったの!?」
「あー。あんまりミリーがうるせーからおまえの話で手打ちにしてもらった……」
エンデブロック氏はポルスキーさんから視線を逸らしながら、後ろめたそうに言った。
ポルスキーさんの眉毛が吊り上がる。
「売ったのね!?」
エンデブロック氏は鬱陶しそうに耳を塞いだ。
「仕方ねえだろ。ミリーが俺に一般人と付き合うなとか色々うるせえから」
「一般人!? え、まさか叔父さんの彼女って魔法使いじゃないの?」
ポルスキーさんは、自分を売った事よりも、叔父の初めて知る事実の方に愕然とした。
叔父は何も答えず、敢えて明後日の方を向いている。
一般人――。
ポルスキーさんはマクマヌス元副会長とラセットの母の話を思い出した。
叔父が相手の女性を匂わせながら、堂々と言わないのはそういうことだったのだ。
「……叔父さん、どうするの?」
ポルスキーさんは心配になって叔父を聞いた。
マクマヌス元副会長とラセットの母の話を聞く限り、叔父が魔法の世界で生きる以上、あまり未来は明るいとは言えない気がした。
それはエンデブロック氏の方だってよく分かっているはずだった。しかし、別に心配されるようなことじゃないという態度でポルスキーさんを突っぱねながら、
「別に? 俺のことは放っておいてくれよ。ミリーの関心は今のところおまえとクロウリーに移っているわけだし……」
としっしっとポルスキーさんを追い払うような仕草をした。
ポルスキーさんの母は叔父の件に関しては完全に押し黙っていた。
ポルスキーさんの母の性格だから、黙っているのは変。たぶん弟には既にぎゃんぎゃん言ったのだろう。
しかし、今こうしてポルスキーさんの前で弟の恋人については一言も発しないのは、たぶん二人の間で話しが済んでいて、ポルスキーさんの母は何かしら容認する形になったからだと思われた。
ポルスキーさんは自分が出る幕ではないことを悟った。
ただ母が、自分とクロウリーさんのことに関しても、叔父と一般人の恋人と同じスタンスで見守る気でいることに、なぜ腫物を触るような扱いなのかと不本意な気分になっていた。
叔父は、クロウリーさんのことをいったいどう喋ったというのか――?
お読みくださいましてどうもありがとうございます!
叔父さんはポルスキーさんにだいぶ甘い(;´∀`)
次回、最終話です。





