【5-19.指のタトゥーの秘密】
さて翌日。
ポルスキーさんはクロウリーさんとデュール氏と一緒にデイヴィッド・サンチェス理事の執務室を訪ねた。
サンチェス氏の方は「マクマヌス副会長が取り調べを受けることになり、業務引継ぎで忙しくなった」などと言って面会を断ろうとしたが、デュール氏が「そんなの僕も一緒だけど」とか食い下がるので、諦めて部屋に通した。
「何の用ですか」
サンチェス氏の方はどことなく怯えたような態度で、訪問者の真意を探ろうとぎょろぎょろとした目玉をせわしなく動かしている。
「デイヴィッド・サンチェス理事、最近の魔法協会を巡る事件についてあなたの関与が疑われています。ちょっとお話を伺いたい」
とデュール氏が冷静な声で言った。
「は? 私は何もしていない! 何にも関与していない!」
サンチェス氏はヒステリックに叫んだ。
思いのほか小心者の態度だったのでポルスキーさんは驚いた。こんなに怯えているのに、逃げ隠れもせず出勤しているというのが、逆に驚きだった。まあ逆に出勤しなければ、マクマヌス副会長の陰謀に絡んでいると疑われることになるから、出勤しない選択肢はなかったのかもしれないが。
「シルヴィア・ベルトーチ殺害犯のモーガン・グレショックとフローヴェール・クレイナートとの関係についてと、ジェニファー・スリッジの誘拐の件です」
とクロウリーさんが補足した。
「知らん」
サンチェス氏は手で耳を塞いで、大きく首を横に振った。
「ジェニファー誘拐の実行犯は捕まりましてね、あなたのお名前を言ったんです」
とクロウリーさんはゆっくりと説明した。
それは本当だった。ポルスキーさんが自白の薬を使うまでもなく、誘拐犯たちはあっさりと自供したのだった。もちろん犯罪対策本部の取り調べ職員に自白の魔法に強い者がいた可能性はあったが。
「知らん」
青白い顔でサンチェス氏は否定した。
全く聞く耳を持たないサンチェス氏だったが、クロウリーさんは変わりない冷静さで別件を挙げた。
「シルヴィア殺害の件はモーガン・グレショック、フローヴェール・クレイナートが捕まっていますが、モーガン・グレショックは独房で殺害されました。この殺害に先立って『死の魔法』の結界の改変が秘密裏に行われており、実際その結界の隙を突く魔法でモーガンは殺害されています。あなたの結界担当理事としての就任時期を考えても、関与が疑われても仕方がないでしょう」
「知らん! 結界はあなたが作ったんだから、あなたが犯人だ!」
サンチェス氏は、無礼にもデュール氏の方を指差して、ただただ大きな声で喚いた。
ポルスキーさんとデュール氏は顔を見合わせて苦笑した。
デュール氏がそっとサンチェス氏を窘めた。
「僕がその穴に気付いたんだよ。イブリンたちが僕の後任の結界師が『死の魔法』の結界をいじる可能性を示唆してくれて、それで職員たちと調べたんだ。徹底的に! 同時にモーガン殺害も起こってね、結界のいじられた部分をピンポイントですり抜ける殺害方法で、驚いたよ! こんな都合がいいことってあるかな?」
「お、仰る意味がよく分かりませんね」
サンチェス氏はしらばっくれた。
「そう? モーガンの死因は窒息だって。食事中に咽たなと思ったら急に立ち上がり、前屈みになって喉を押さえたそうだ。すぐに看守が駆け付けて処置を試みたそうだけど、間に合わなかったらしいね。間に合わないのは変だと詳しく調べたら魔法が使われてたって。呼吸を『整える』魔法って聞いたよ、厄介だね、咽たときに『整え』られたら、詰まったものを吐き出せない。咽たら魔法発動するようにしてあったのかな? 処置の失敗を弾けないように結界いじるなんて、本当にせこいというか……」
デュール氏はサンチェス氏を許せないとばかりに詰った。
ポルスキーさんもそれを聞いてすごく卑劣だと思った。
「知らない、知らない、何も知らない!」
サンチェス氏は、モーガン殺害の方法をまさかお見通しだったとは思っていなかったので、気が動転しながらとにかく首を横に振り続けた。
「捕まったフローヴェール・クレイナートもね、あなたのお名前を言いましたよ。シルヴィア・ベルトーチ殺害をあなたとモーガン・グレショックに命じられたって」
クロウリーさんは淡々と言う。
サンチェス氏はぎょっとした顔をした。
「まさか、フローヴェールが私の名前を言うわけないだろう! モーガンだ、モーガンがやらせたんだよ!」
しかしクロウリーさんは首を横に振った。
「いえ、ちゃんとフローヴェールはあなたの名前も言いました。彼の恋人の居場所が分かったんでね。全部喋る気になったようです」
「!」
サンチェス氏は急に怖気づいて仰け反った。やはりフローヴェールに関してはまずい話があるのだ。
「恋人の居場所と安全を引き換えに彼はあなたの仕事を手伝ったんですってね」
とクロウリーさんが少し掘り下げて聞くと、サンチェス氏は焦って口をパクパクさせてから、ようやく自分を少し落ち着かせて、
「ふ、ふん、妄想だ。だが仮にそうだとしても、私は殺人なんか指示しちゃいないし、私が指示した証拠はないはずだ。デルモットたちやフローヴェールの供述だけで私を犯人にはできないだろう?」
と威勢を張った。
「いや、あるよ、証拠」
ポルスキーさんが横から口を挟んだ。
「何?」
サンチェス氏がへっぴり腰になりながら恐る恐るポルスキーさんの方を向いた。
「フローヴェールの指のタトゥー。一般的な魔法威力増幅のタトゥーが基本になっていたけど、特殊な効果――あなたの『監視の誓文』も入れてるんでしょう? あなた、フローヴェールほどの魔法使いが自分を裏切ったときが怖くて、こっそり『監視の誓文』を入れたんじゃない?」
ポルスキーさんは叔父の受け売りをもっともらしく話した。
実は昨晩、叔父が寝室に上がる前に、「そういえば……」と説明してくれたのだった。眠たそうだったので、ポルスキーさんは叔父に最後まで話をさせるのが大変だった。
「は、は? そんな……」
サンチェス氏は図星で顔が血の気が引いた。
「この『監視の誓文』は、放った魔法がある一定以上の効果を発揮した際に、監視する側に分かるようになってる。裏社会の主従関係とかでよく見られる監視方法だわ。だから、あなたは、シルヴィアの殺害も知っていたはずなのよ。フローヴェールは『監視の誓文』入りのタトゥーで確かに『シルヴィアの死』を利用した魔法を使ったんだから! あなたに報告がいったはずなの! だけど、あなたは魔法協会に何の報告もしなかった。『シルヴィアの死』に関与した魔法をあなたは知っていたはずなのに、ずっと黙ってたってどういう状況? あなたが共犯者ってことじゃないの!」
ポルスキーさんは感情的に叫んだ。
サンチェス氏は言い当てられて返答に困り、ぽかんと開いた口で何か言い訳しようとしたが、何も思いつかない。
「そんな『監視の誓文』だなんて、私は知らない……妄想じゃないのか」
と苦し紛れに言った。
ポルスキーさんは、
「指のタトゥーは発する魔法の威力を増幅するものだけど、さすが私の叔父さんね、フローヴェールが叔父さんを口封じで襲撃してきたときに『なんかタトゥーの模様が変』って違和感感じたそうよ。それでちょっと調べてみて、『監視の誓文』に気付いたって言ってた」
と「普通気付く?」と叔父の目ざとさに呆れながら補足した。
「そ、そんなタトゥーが入ってたとして、私が関係しているなんてどうして分かるんだ」
サンチェス氏は往生際が悪く、まだ言い逃れしようとしていた。
「フローヴェールの指のタトゥーを調べたらはっきり分かるわ。『監視の誓文』は監視する側の個人が特定できるようになってるもの。あなたが報告を受ける側だってのはすぐにバレるわよ」
ポルスキーさんは腕を組んで観念するように迫った。
サンチェス氏は追い詰められて苦しくなりながら、それでも首を大きく横に振った。
「タ、タトゥーなんて彫り師が勝手に……!」
するとクロウリーさんが淡々と説明し出した。
「あの魔法の威力を増幅するタトゥーって、元々の考案者はエンデブロック氏なんです。だから彫り師はだいたいエンデブロック氏の手下みたいなものです。しかも、かなり上手にタトゥーの模様を再現しないと効果がないから、技術習得が難しく、そのためあのタトゥーを施せる彫り師は限られるんです。エンデブロック氏の一声で、フローヴェールにタトゥーを施した彫り師はすぐに見つかった。その彫り師は、フローヴェールにタトゥーを施したときの状況をよく覚えていた。律儀な性格の男で、あなたが指示したことも、『監視の誓文』を追加したことも全部受注書に残していた」
サンチェス氏はタトゥー考案者のことは全く知らなかったようで、渇いた声を絞り出した。
「……彫り師がエンデブロック氏の手下?」
クロウリーさんは頷いた。
「ちなみに、エンデブロック氏はあなたのやり方にかんかんに怒っています。結界をいじったことです。自分は我慢してちゃんと法に触れないようにやったのに、勝手に結界いじって好き勝手運用するなんてズルいだろ、とのことです。その言い分もどうかと思いますが」
サンチェス氏はついに観念したように頭を垂れた。
フローヴェールの指のタトゥーを証拠と言われてしまえば逃れられないような気がしたし、何よりエンデブロック氏を怒らせたということに完全に臆してしまっていた。
サンチェス氏はガタガタと肩を震わせて縮こまった。
「まあ、フローヴェールに全部押し付けて、一人だけ逃げおおせると思った方が間違いだよね。根性最悪」
デュール氏は冷たい声でサンチェス氏を蔑んだ。
ここまでお付き合いくださいまして、どうもありがとうございます!
やっとサンチェス氏も捕まりました!
あと2話で完結です~\(^o^)/





