【5-18.やり直す?】
ちょうどサンチェス氏のことで叔父が何か行動を起こすのではないかと心配していたポルスキーさんだったので、遠慮なくクロウリーさんに叔父の邸へと送ってもらうことにした。
ジェニファーの忠告の直後で何となく気恥ずかしさを感じるポルスキーさんに対して、そんなことは微塵も知らないクロウリーさんは、いつもと同じ態度でポルスキーさんの腰に腕を回すと、いつもポルスキーさんが目印にしているエンデブロック氏の邸前の高齢樹にテレポートした。
ポルスキーさんはクロウリーさんの息づかいを感じる距離に少しドキドキした。意識し過ぎよ、と自分で突っ込む。
しかし、そんなポルスキーさんに気付かないクロウリーさんは、二人で叔父の邸の方に歩きながら、事件の進展の話をした。
「マクマヌス副会長を犯罪対策部門の方に連れて行ったときに同僚に聞いたんだが、ジェニファーを誘拐してメメルを襲撃してきた奴ら、捕まったようだ」
「なんですって? いったいどうやって?」
ポルスキーさんは驚いた。
「メメルが襲撃されたとき、傷病棟の看護師長が、襲撃者を止めようと必死で食い下がっていただろう? あのとき、あんまり襲撃者が横暴なんでブチ切れて、後で絶対当局に突き出してやるって彼らをマーキングしたらしいんだ。夜に徘徊しがちな患者につける魔法らしいんだが」
クロウリーさんは端的に説明した。
それを聞いてポルスキーさんは痛快な気持ちになった。
「やるじゃない、看護師長! それを基にクロウリーさんの同僚が追跡したの?」
クロウリーさんは頷いた。
「そうだ。奴らの潜伏場所に踏み込んで捕まえたそうだ。傷病棟職員への乱暴とメメルの襲撃で取り調べていると言っていたから、私の方からジェニファーの誘拐に携わってた件やデイヴィッド・サンチェス氏の関与の可能性も伝えておいた」
「肝心のサンチェス氏のことはちゃんと認めるかしらね」
「分からない。イブリン、状況によってはまた自白の薬を頼むことになるかもしれない」
とクロウリーさんが申し訳なさそうに言うと、ポルスキーさんは「それは大丈夫」と頷いた。
エンデブロック氏の邸に着くと、門が勝手に開き戸口にぬっとエンデブロック氏が姿を現した。
「おかえり、ずいぶん遅かったな」
エンデブロック氏はすっかり日が暮れた空をちらっと眺めて言った。こうして戸口まで迎えに出るあたり、口には出さないが、叔父はポルスキーさんの身を心配してくれているのかもしれなかった。とりわけこのゴタゴタの日々である。
「叔父さん、マクマヌス副会長はいろいろ責任を問われて取り調べを受けることになったわ」
ポルスキーさんが報告すると、エンデブロック氏は「へえ」と小さく返事した。
「じゃ、この件はもうあと一息ってとこだな」
エンデブロック氏はまだ捕まっていないデイヴィッド・サンチェスのことを言っている。
ポルスキーさんは頷いて、
「ジェニファーの誘拐の件で、サンチェス氏に雇われていた男たちが捕まったんですって。彼らが全部喋ってくれればサンチェス氏もかなり窮地に陥るはずと思うんだけど、シルヴィア殺害の方への関与がね、あんまり……。モーガン殺害の件も……」
と前途多難なようにもごもごと言った。
「まあ、中に入れよ、もう暗い。どうせ俺をあてにしてんだろ?」
エンデブロック氏は大あくびをしてポルスキーさんとクロウリーさんを屋敷の中へ招き入れた。
そして、ポルスキーさんにもクロウリーさんにもローブを脱がせると、「飯でも食うか?」と聞いた。
しかしポルスキーさんは首を横に振った。
「先に聞かせて。叔父さん、サンチェス氏のことでは思うところがあるんでしょう? 『死の魔法』の結界改変については、叔父さんだって不愉快だったんでしょ?」
「まあな。ああいうのは気に入らない。こっちが法律に触れないように真面目にやってるってのに」
と叔父はぶつくさと文句を言った。
その先の言葉を促すようにポルスキーさんが黙って叔父を真っすぐ見つめているので、エンデブロック氏は首を竦めて、
「シルヴィアの殺害っていうか、クレイナートを手先に使っていたということに関しては、クレイナートの指のタトゥーが証拠になるかもな」
と言った。
「え?」
ポルスキーさんとクロウリーさんは驚いた。
「それにクレイナートが探してた女。見つけといてやった。クレイナートも全部喋る気になるんじゃねえか」
と叔父はぶっきらぼうな言い草で続けた。
ポルスキーさんは開いた口がふさがらなかった。
「叔父さん、あなた、仕事が早すぎでしょ!」
「誰だっけ、あのおまえみたいな魔女、あいつが『俺に頼めば一瞬じゃん』みたいなこと煽りやがるから、向かっ腹が立って、本当に一瞬で見つけてやった」
「あいつってメメル・エマーソンのこと? 煽られたこと、地味に気になってたんだ……」
ポルスキーさんが少し可笑しそうに笑った。叔父の取説、項目が一つ増えた気がする。
「でも、どうやって?」
ポルスキーさんが興味津々に目を輝かせて聞いたが、エンデブロック氏の方は、大人げなく多少強引な手段まで利用したことをさすがに心疚しく思ったのか、言う気にはならなかった。
「何でもいいだろ。今日はもう遅い。そのうちゆっくりな、俺はもう寝るよ。あ、クロウリーも泊っていくか」
それを聞くとポルスキーさんが飛び上がった。
「お、叔父さん!」
ポルスキーさんのいちいち過剰な反応にエンデブロック氏は面倒くさそうな顔をする。
「何だよ」
「泊っていくとかさらっと言わないで! 妙齢の男女にそんな……間違いが起こったらどうするのよ!」
すると、エンデブロック氏はもっとうんざりした顔をした。
「は? おまえら付き合ってたんだろ? 知らねえ仲じゃねえじゃん。間違いが起こるようならやり直せば。つーか。俺が言ってんのは、おまえ、いい加減ちゃんとクロウリーと話す時間を作れってことだ」
「やり直さないし……」
と言いかけて、ポルスキーさんはハッとした!
瞬時にジェニファーの忠告が頭を過る。『気持ちを汲んでやれ』――!
クロウリーさんが、こんな流れ弾とはいえ、また苛っとしたのもひしひしと伝わってきた。
『気持ちを汲んでやれ』と、叔父も、ジェニファーも言う。
自分だって、正直なことを言うとクロウリーさんのことはまんざらでもない。もともとポルスキーさんの方から好きになったのだし。
ただ迷っている。
忙しくてすれ違いまくり失敗した過去は本当につらかった。『私と仕事どっちが大事』なんてセリフが喉まで出かかったことで、心底自分が嫌になった。自分だって新たな魔法に集中しているときはクロウリーさんのことなんか頭の片隅にも残っていないくせに! それなのに、同じことを自分がやられるとすごく嫌だった。なんて自分勝手なんだろうと自分でも呆れるが。
付き合っていると、無意識に相手の気持ちを期待してそして勝手に失望して。相手だって日々を精一杯生きているのに小言が増えて、逆に小言を言われることも増えて。思っていたのと違うと――そう言葉にしてしまうとどうにもしょうもないが、悩んで悩んで距離を置くことにした。
そうと決めるまでの時間は、見渡す限りの泥沼に肩まで浸かっているような、進むも退くも分からない、何となく抑圧されているような感覚。精神をすり減らす日々だった。
別れたのは3年も前のことなので、あの日々、何を考えていたかまではすっかり忘れてしまったが、かなりつらかったことだけは覚えている。
もちろん当時の自分に向かって「思い詰めすぎだったんじゃないか」と思う部分もあるが、それは今になったから言えることだ。
では今になったから「やり直せるのか」というと、それはまた自信がなかった。同じことを繰り返すだけになるかもしれない。
とはいえ、ジェニファーに指摘された通り、クロウリーさんを完全に失っても大丈夫かと問われると、それはそれで、そんな覚悟もないのだ。
最近クロウリーさんが、何かのタイミングで機嫌が悪くなるのはポルスキーさんも感じてはいた。
これまで自分は少しクロウリーさんに甘えすぎていた。二人を取り巻く状況が少しずつ変わり、今まで通りずるずるとつかず離れずをやるのは、もう難しいのかもしれない。
それに――クロウリーさんが自分を大事に想ってくれていることは分かっている。
ポルスキーさんは意を決した。
深呼吸をしてから、えいやっと言う。
「ま、間違いでやり直すのは嫌よ。もしやり直すならロマンティックがいいわ、女子なんだし!」
クロウリーさんはかなり驚いた。前向きなセリフ? 本心か疑い、思わずまじまじとポルスキーさんの顔を見つめる。
ポルスキーさんはクロウリーさんの視線を感じ、自分で言っておいて真っ赤になりそっぽを向いた。
「ロマンティックかー。クレイナートの恋人を一瞬で見つけるより難しいんじゃねえの?」
堅物クロウリーさんをちらり横目に、エンデブロック氏がぽりぽりと頭を掻いた。
お読みくださいましてどうもありがとうございます。
別れるのってすごいエネルギー使いますよね(遠い目)
それがポルスキーさんを及び腰にさせてたみたいです。
次回、サンチェス氏捕まえます!
最終話間近、やっと!





