【5-14.フローヴェールの動機と後任の結界師】
メメルは畳みかけるように聞いた。
「シルヴィア殺害の罪はだいぶ重いよ。どうせこのまま恋人に会えないんならさ、サンチェス氏とかマクマヌス副会長とか庇う必要はないとは思わなかった?」
「デイヴィッドは彼女の居場所を探して、一生困らないように支援してくれると言ったのだから。私は逃げずにやるべきことをやるだけです」
フローヴェールは揺らぎかけた心を落ち着かせ、自分に言い聞かせるように言った。
「そゆことか。それが逃げずに犯人と名乗り出る理由? でもさ、サンチェス氏みたいな手段選ばない系の人間に大事な彼女頼むとかよっぽどだと思うけどな。例えば、この人らだって頼めば探してくれるし、特にあのエンデブロック氏なんか一瞬じゃん」
メメルは無礼にも顎でエンデブロック氏の方を指し示した。
エンデブロック氏はいきなり名指しされて「あぁ?」とイラついた目をメメルに向けた。
すると途端にフローヴェールが怒りの形相になった。
「なんで会長派についた人間なんかに頼まなきゃなんないんだ! 冗談じゃない!」
メメルはポカンとした。
「え? 会長派って……あなたそんなの気にするタイプだったんだ? そんな思想家とは思わなかったな」
「思想なんてないさ! でもケルネットは会長の横暴のせいで姿を晦ましたんだ! そして私は彼女に会えなくなった。彼女が見つからない、彼女が見つからない、彼女が見つからない! 結果、彼女を探すために頼ったデイヴィッドに巻き込まれて、ずるずる、ずるずると……こんなことに……。私はスリッジ会長を許さない!」
フローヴェールは怒鳴った。
名指しされてスリッジ会長はぎょっとした。
「私の横暴のせい?」
ジェニファーも父が面と向かって批判されたので青い顔をしていた。
「そうだ、あんたのせいだ!」
フローヴェールは押し殺していた感情をスリッジ会長にぶつけた。
フローヴェールはこの部屋に入ったときからスリッジ会長を敢えて見ないようにしていた。見てしまえば怒りで自分が抑えられなくなると思っていたから。
しかし、こうしてスリッジ会長の名前が出て、愛する恋人の名前を口走ってしまうと、もう感情を抑え込むのは不可能になっていた。
フローヴェールは凄んだ。
「コーンリーの名を覚えていないか? ジェイムス・コーンリー。ケルネットの父だ」
スリッジ会長はたじたじとなって、渇いた声を絞り出した。
「ああ、その名は覚えている。私への寄付金の管理の問題で任意聴取され――、でも逃げたのでは……」
その言い方にフローヴェールはカチンときた。
「賄賂を受け取ったのはケルネットの父親か? いいや、ケルネットの父親は受け取っちゃいない。受け取ったのはあんただろ!?」
「いや、だからそれは調査中だったじゃないか! 私は賄賂など受け取っていない! 急に私の職務活動に金銭の寄付があったが管理が不透明だ、賄賂じゃないかという話が騒がれだして、本当に寄付を受け取ったのかどうかジェイムスに確認していたところだった。資金管理を担当してくれていたのがジェイムスだったのだから」
スリッジ会長は額に汗を浮かべながら断固として否定した。
「自分は悪くないというのか? 賄賂を出したのは表向きは政治支援団体を装っていたが活動実態はなかった、ただの名義団体だった。そんな団体があんたの職務内容に共感して金を寄付するとか、そんな言い分なんか信じられるか? その団体を隠れ蓑にした裏の人物から、あんたは賄賂を受け取ったんだ! そしてあんたが素直に認めて謝れば、ケルネットの父親は逮捕されなかった!」
「だから賄賂ではないと何度も言っている。その団体の関係者から私は何も見返りを要求されていない! しかも――金銭の寄付があったというが、そもそもそんな寄付は見当たらなかったのだ!」
スリッジ会長は先ほどからの堂々巡りにうんざりしながら吐き捨てた。少しも聞く耳を持たないフローヴェールにイライラしてもいた。
しかし、フローヴェールにも言い分があるようだった。
「ケルネットの父親はそうは思ってなかった! 罪をかぶれとあなたの陣営の者に説得されたと言っていた。寄付金を横領したことにしろと、一人娘の生活は保証するから、と。これってトカゲの尻尾切りじゃないのか」
「説得? そんなことは私は何も知らない!」
スリッジ会長はさすがに驚いた。
「知らないわけないだろ、あんたが指示したんじゃないのか!? 身に覚えのない罪をかぶれと言われ、それで身の危険を感じたケルネットの父親は大事なケルネットを連れて逃げたんだ。ケルネットの身をよほど心配したのだろう、誰にも、私にも、居場所は知らせなかった。いきなり愛する者がいなくなる気持ちが分かるか? 心がずたずたに引き裂かれるような辛さだ!」
フローヴェールは悲痛な声で叫んだ。
フローヴェールの顔には怒りと絶望が浮かんでいて、目の前のスリッジ会長を恨むとばかりに睨みつけていた。
スリッジ会長はその気迫に気圧されて、さすがに一歩後退ったが、潔白を証明しようと、ついにまだ公表していない内容にまで言及しないわけにはいかなかった。
「本当に、本当に違うのだ! 君の知らない情報がある! その政治支援団体というのは、マクマヌス副会長派の下の方の者たちが名を連ねていた――。本当に何の活動実績もない者たちだった! それは捜査の方針で、確かに公表しなかった。私だって捜査関係者だって全く意味が分からなかったよ、何でパトリックは名もなき手下を使って私に金銭的な寄付をしたという嘘を言い出すのか。でも、行方不明の金があれば市民は賄賂と騒ぐだろうという、私陣営を嵌めるための見え透いた裏工作だったのだろうね、いや、もう話の単純さから言えばただの嫌がらせレベルの内容だが!」
「賄賂を出したのはマクマヌス副会長の政治団体?」
フローヴェールは頭を殴られたような顔をした。
スリッジ会長は大きく肯いた。
「そうだ! 賄賂ではないがな。だが、そういうことなのだよ! 架空の『寄付』だ。ご丁寧に偽装の領収書まで用意してあった。それが偽装だってことは、もう犯罪対策本部の方で調べてもらった。厄介だったのは、パトリックやその派閥の者がいけしゃあしゃあと、世論を巻き込んであーだこーだと私を批判してきたことだった。ちゃんと調べればすぐに、本当にすぐに、真相が明らかになったはずだ。しかし一部の――私の陣営の気の早い者が、もしジェイムスに何か間違ったことを迫ったのだとしたら……それは私も残念だ」
フローヴェールは思いがけない事実に混乱し、頭がフリーズしていた。
ずっと間違ったものを憎んできたというのか? 本当に憎むべきは何だったのか?
いきなり――、今いきなりそんなことを言われても困る――。
フローヴェールが放心状態で黙っているので、スリッジ会長が気の毒そうに言った。
「君はパトリックに騙されていたのだと思うね……」
同情されるような言い方に、今度こそフローヴェールは事実を受け入れるしかないような気分になった。
のろのろと顔を上げてスリッジ会長を見たが、その目はうっすらと濡れていて、どうしようもない後悔が浮かんでいた。
「そゆことか……」
メメルは呟き、やるせない目でフローヴェールを見つめた。
そのとき、「失礼します」とスリッジ会長の部屋に一人の職員が恐る恐る入ってきて、ジェニファーの姿を認めると、小走りに近寄って何か耳打ちした。
ジェニファーがハッと目を上げた。ぱっとデュール氏の方を見る。
何かを察したデュール氏は、ジェニファーの方に駆け寄ると、深刻そうな顔でその職員から報告を受けた。一通り報告し終えると、その職員はこんな空気の重い部屋に長居はしたくないとばかりに、そそくさと回れ右をして出て行った。
「何だったの?」
とポルスキーさんがデュール氏とジェニファーに聞いた。
デュール氏がため息をつき、
「モーガン・グレショックの殺害は、デイヴィッドの仕業っぽいよ」
と言った。
「やっぱりそうだったの」
ポルスキーさんは叔父の言った通りだったと思った。やっぱり後任の結界師は結界条件を自分たちの都合の良いようにこっそり変えたのだ。結界に穴さえ作れば、魔法で人を殺めることが可能になる。居場所の知れた独房のモーガンなど何の苦も無く殺せただろう。
「サンチェス氏がやったという証拠もあるの?」
とポルスキーさんはそっと聞いた。フローヴェールの供述以外に逮捕の理由が欲しかった。
するとデュール氏は残念そうに、もう一つ溜息をついた。
「いいや、状況証拠しかないね。まったく、結界技術に長じた魔法使いってやつは基本的に厄介なんだよね。前に出ない性格のやつが多いし、結界の効率化とか抜け穴封じとか捏ね繰り回して考えるような細かい性格のやつが多いんだ。基本頭が切れるし器用だから、めったなことじゃ証拠なんか残しやしない」
ポルスキーさんは、そう嘆くデュール氏に向かって「あなたも結界師の一人だけどね」と心の中で突っ込んだ。
「でもさ、証拠を残してないなら、なんでサンチェス氏だって分かったの?」
「死の魔法制限の結界を調べ直すよう部署の者に言っておいたんだが、案の定、穴があったってさ。そしてその抜け穴と一致する魔法でモーガンは殺されてた。状況的にデイヴィッドしか考えられないんだよね」
とデュール氏は忌々しそうに腕を組んだ。
さっきから我関せずを貫いて長椅子で寛いでいたエンデブロック氏だったが、この話題になると急に上体を起こしてこちらに視線を向けていた。
ポルスキーさんは聞いた。
「抜け穴って?」
「それは『魔法の失敗』さ。例えばだけど、『治癒の魔法』なんかがあったとしよう。止血したり傷口を塞いだりできるよね。でもむやみに止血し過ぎたらどうなる? 逆にあちこちの血管が詰まりやすくなって最悪死ぬだろ? そういう『魔法の失敗』をね、こっそり結界から排除してあったらしいよ」
デュール氏は組んだ腕はそのまま、自分を責めるように宙を仰いだ。
「姑息な手を」
ポルスキーさんは唸った。
すると、そこまで聞いたエンデブロック氏は何も言わずに立ち上がり、何やら気難しい顔つきで、挨拶もなしに一人部屋を出て行ったのだった。
お読みくださいましてどうもありがとうございます!
だいぶ真相は明らかになってきましたかね(;´∀`)
もういろいろツッコミどころはあると思うんですが、大目に……どうぞ大目に……(≧▽≦)
次回、マクマヌス副会長を追い詰めます!





