【5-12.人を操る魔法を解く】
「私に『人を操る魔法』がついたのかね!? 私は操られるのか? 今のところは何も変化はないようだが……」
スリッジ会長は青ざめた。
「イブリン、『人を操る魔法』のことは?」
メメルが努めて冷静を装って聞いた。
「よく分からないわ。文献で読んだことがある程度」
「……だよね。あたしも。原理探れる?」
「でも、わざわざ二段階の魔法を使ったってことは、この場では発動させられないんでしょう? たぶん」
「うん、フローヴェールとか、とにかく『操りたい人』がスリッジ会長に接触しなきゃなんないと思うけど……」
ポルスキーさんとメメルのその会話に、ジェニファーが割って入った。
「それは、フローヴェールでなきゃいけないってわけじゃないんだな?」
メメルとポルスキーさんは同時にはっとしてジェニファーの顔を見た。
「――そうね! 別の誰かを設定する可能性だってあるんだわ!」
ポルスキーさんはぞっとして、慌ててローブのポケットに手を突っ込んだ。
そのとき、スリッジ会長の執務室ににやけた笑顔を張り付けたマクマヌス副会長が入ってきた。
相変わらず、長い金髪をきっちりとセットし、上等なローブにとめられた宝石付きのブローチがキラリと光っている。
「おやおや、こんなに大人数で何をお話ですかな? それにあまり見かけない顔も多いようだ」
「パトリック、何の用だね? 緊急でないなら後にしてくれ」
今は相手をしているような場合ではないと言いたげに、スリッジ会長はマクマヌス副会長に鋭く言った。
マクマヌス副会長は、スリッジ会長の機嫌の悪い様子に肩を竦めたが、
「私が用もなくこんなところに来るとでも? 一般人政府の高官が魔法協会に臨時の会談を求めて来たそうだね。もちろん会談は受けるんだろうが、開催時期について――直ちに席を設けるのか事前協議に時間をかけるのか、君がどう考えているのかざっと教えてもらいたくてね。会談となると、こちらも一般人政府に申し入れたいことがあるから、どこまで準備が間に合うか見通しを立てたいのだ」
「それは大事な用件だ。君が申し入れたいという内容にもよるから、後で時間を作ろう。秘書にスケージュールを入れるように言うから」
とスリッジ会長が頷くと、マクマヌス副会長は首を横に振った。
「後じゃ困る。今来てくれ。ちょうど事務長と話し合うところだったのだ。急いで応じるのか準備に時間をかけるのか、どちらが魔法界にとって都合がいいか、君の見解を聞いておきたい。君が今来てくれなきゃ、事務長と話す意味がなくなる、せっかく話し合ったのにすぐにスケジュール変更なんて馬鹿らしいだろう?」
「君の言うことは分かるがね。今? それはあまりに強引だ」
とスリッジ会長が顔を顰めるが、
「忙しそうならまだしも、何かよく分からない連中がたむろしているこの状況。後回しにされる筋合いは全然ないと思うのだが」
とマクマヌス副会長も退く様子を見せなかった。
マクマヌス副会長の強硬な態度に何となく不自然さを感じたデュール氏は、ポルスキーさんに目配せをして小声で聞いた。
「マクマヌス副会長、何となく変だよね? スリッジ会長を『操りたい人』ってマクマヌス副会長である可能性は?」
デュール氏に言われてポルスキーさんはハッとした。
まだ何も証拠はないけれど、もしかしたらマクマヌス副会長がスリッジ会長を連れ出し、『人を操る魔法』で何かさせることだってあり得るのだ。
ポルスキーさんはスリッジ会長に向かって、
「マクマヌス副会長のご用事も大事そうですけど、『呪い』を解かなきゃいけませんからまだ行かないでくださいね」
と努めて冷静に声をかけた。
するとマクマヌス副会長が飽き飽きとした顔でポルスキーさんの方を見た。
「また君かい? 『呪い』って何だ? あまり仕事を邪魔しないでくれたまえ。事務長を待たせているんだ」
それからスリッジ会長の方を向いて、
「最近は魔法協会内も、呪いだ誘拐だと物騒になっている。だからといってこんな連中を入り込ませるんじゃないよ。こんな連中が入り込むから余計に物騒なことになるんじゃないのか。さらには、こんな連中のせいで実務が滞るなんてばかばかしい。君はちゃんと自分の仕事を分かっているだろうね?」
と苦情を言った。
なんとなくマクマヌス副会長の雰囲気に気圧されたスリッジ会長が、
「あ、ああ……」
と生返事で思わず従いそうになってしまったとき、黒い影が部屋に現れたかと思うと、バサッと音がして、急に一人の男がその場に姿を現した。
「あ、叔父さんっ! 来てくれたのね」
ポルスキーさんは明るい声を上げた。ポルスキーさんはさっきローブのポケットに手を突っ込んだときに、クロウリーさんの助言通りに、ポケットに忍ばせた連絡道具で叔父を呼んだのだった。「もし『人を操る魔法』がスリッジ会長か誰かにかかってしまったら、問答無用でエンデブロック氏を呼ぶんだ」とクロウリーさんが言ってくれたのを覚えていたのだ。
エンデブロック氏は、いつものラフな柔らかいローブではない、地厚の上等なローブを纏っていた。黒は黒でも漆黒に艶めいており、いつもとは違った威圧感を放っていた。そう、スリッジ会長ともマクマヌス副会長とも引けをとらないような。
ふわふわパーマの茶髪も細いワイヤ―のヘアバンドで前髪を上げ、耳元のピアスが露わになっている。
お出かけ用かしら?とぼんやりしたポルスキーさんは心の中で思った。
しかしポルスキーさんが何を思っているかなど興味なさそうに、
「さすがにイブリンには『人を操る魔法』は荷が重いだろ。来てやった」
と、エンデブロック氏は素早く周囲を見渡し状況を確認しながらぶつくさと言った。
そして、エンデブロック氏はスリッジ会長をじっと見つめると「なるほどね」と軽く顎を撫でた。
「これを解けってことだな」
と独り言のように呟くと、エンデブロック氏は人差し指を口の前に立て何やら呪文を唱えだした。
何が始まるのだろうかと、部屋に居合わせた人物たちはしんと静まり返ってエンデブロック氏を食い入るように見つめた。
途端に、足元から何か冷え冷えとする気配がざざっと立ち上がり、部屋全体の温度が一気に下がったような気がした。同時に空気が重くなり、空気はあるのに息苦しさを感じるほどとなり、やがて何となく靄がかかったように見えてきた。
「何の呪文……」
ポルスキーさんとメメルは興味津々で、エンデブロック氏の使う魔法について思考を駆け巡らせる。
部屋全体が十分に何かの魔法に浸されたように思えたとき、長かったエンデブロック氏の呪文がぴたりと止まった。すると、急に部屋の天井らへんから、ぼさぼさな馬の鬣のような、ざらっとして微かに揺れる筋状の魔法が何本も何本もバサッと垂れ下がってくる気配がした。部屋の上部はその大量に垂れさがる筋状の魔法で一面覆われているように見えた。
ポルスキーさんが目を凝らしてみると、その鬣のような魔法の気配はゆらりゆらりと互いに捻じれだし、空間を満たしていた魔法を編み込んでいったかと思うと、やがてその重厚な魔法の気配はゆっくりと伸びて、スリッジ会長の回りに纏わりついていった。
部屋は無風なのに、エンデブロック氏のローブの裾が激しくたなびいている。
その様子が、エンデブロック氏の放つ魔法の威力を代弁しているかのようだった。
見知らぬ魔力が自身を包んだので、スリッジ会長は薄気味悪くなり、目を見開いて身じろぎした。
すると、
「動くんじゃねえ。じきに終わる」
とエンデブロック氏は低く凄味のある声でスリッジ会長に警告した。
スリッジ会長のすぐ横で、マクマヌス副会長が口惜し気に唇を噛んでいる。
そして、エンデブロック氏の言った通りたいした時間もかからずに、スリッジ会長を取り巻いていた重厚な魔法の気配は、今度は一本一本解けるように緩み、徐々に薄く薄くなってふっと消えていった。
「叔父さんっ! 今の何!? めっちゃ凄いんだけど!」
堪らずポルスキーさんが声を上げる。
しかし、エンデブロック氏はその声を無視して、
「完了~」
と軽い口調で言うと、
「で、どうすんだ? マクマヌス」
とマクマヌス副会長に責任の所在を尋ねたのだった。
マクマヌス副会長は苦虫をかみつぶした顔で、
「ふ、ふん……。呪いは本当だったようだな。では出直してやる」
とだけ苦し紛れに呟き、スリッジ会長の引き留める声も無視して足早に部屋を出て行った。
「あ、あれ、行っちゃったけど……いいの?」
とポルスキーさんが戸惑いながらデュール氏やジェニファーの顔を交互に眺めたが、二人は無言のままマクマヌス副会長の出て行った扉を見つめるまま、微動だにしなかった。
マクマヌス副会長は確かに不自然な気がしたが、それは気のせいの枠を超えていなかった。マクマヌス副会長が『人を操る魔法』にせよ何にせよ、一連の『呪い』に関係していた証拠がないため、何も手出しできないことを分かっていたのだった。
一同は皆それぞれ思うところがあり黙りこくった。
しかし、その沈黙を破り、スリッジ会長の部屋の扉を開け、一人の男がゆっくりと入ってきたのだった。
読みくださいましてどうもありがとうございます!
叔父さん、頼りになる!(#^^#)
入ってきた人が誰かは、次回です!





