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【5-11.シルヴィアの呪いが発動する】

駄目(だめ)よ、アシュトンっ! 罠だったわ、離れて!」

 ポルスキーさんはスリッジ会長の執務室に飛び込むなり叫んだ。


「罠?」

 今まさにスリッジ会長に状況を説明しようと向き合っていたデュール氏は、驚いて駆けつけてきたポルスキーさんを振り返った。その後ろには、ジェニファーとメメルも青い顔で息を切らしていた。


 スリッジ会長は突然の大勢の来訪に驚いたが、ジェニファーもいたので何か(さっ)した顔になった。


 ポルスキーさんは早口でまくし立てた。

「ええ、私の母はフローヴェールのメッセンジャーだったみたい! フローヴェールはたぶんあなた(デュール氏)をスリッジ会長のもとにおびき寄せたかったのよ! 自分(フローヴェール)らしき男がスリッジ会長に接触しようとしていると知らせれば、あなたも含めて私たちがスリッジ会長の身の安全を(はか)ろうと駆け付けるはずだと見越して――。私たちはまんまと罠にはまっちゃったってわけ!」


「え?」

 デュール氏は話が()み込めず怪訝(けげん)そうな顔をした。


「フローヴェールはアシュトンとスリッジ会長を接触させたかったんだわ。なんで先に気付かなかったのかしら。あなたには『シルヴィアの呪い』がまだついているというのに!」

 ポルスキーさんは自分を(なじ)るようにぶつぶつと言っている。


 ようやくデュール氏はポルスキーさんの言わんとしていることが分かった。

「それって、スリッジ会長がターゲットってこと?」


「そうよ!」

 ポルスキーさんは(うなず)く。


 デュール氏はそれは納得できないといった顔をし首を横に振った。

「そりゃイブリンは、僕には『シルヴィアの呪い』がついていて、『人を操る呪い』をかけうるんだって言ってたね。でも、僕はスリッジ会長とずっと仕事してきた。一昨日だって昨日だって! 今更(いまさら)呪いが発動する……?」


 そのデュール氏の言葉を否定するようにメメルが言葉を(かぶ)せた。

「あたしの魔法を使ってるんならさ、たぶんあなたに接触したからって、無差別に呪ったりはできないと思う。何かしらの条件を満たした場合だけしか呪い発動しないよ。しかも、『人を操る魔法』でしょ? そりゃ魔法の難易度が桁違(けたちが)いだし、発動条件はかなり複雑になる――。罠でも張らなきゃスリッジ会長に呪いをかけられないよ。罠――つまり、今みたいな」


 デュール氏は恐ろし気に身震いした。

「罠ってどんな……」


「どこかにフローヴェールが(ひそ)んでるんじゃないかな。フローヴェールが潜んでいる場所にあなたとスリッジ会長を呼び出して、フローヴェールが呪いを発動させ得る状況を作る――」

 メメルがそう確信を込めて言いかけたとき、

「あ、メメル、言い忘れてた! フローヴェールは『二段階魔法』を組み合わせてるわ!」

とポルスキーさんが慌てて補足した。


 メメルが驚いて振り返る。

「何? え? なんで『二段階魔法』なんか……?」


 今、ポルスキーさんは、何もかもが()に落ちたように理解した顔をしていた。

 あの日――シルヴィアの呪いの原理について叔父と話をしていた日、叔父は『システム上、二段階魔法である必要性は感じない』と言っていた。ポルスキーさんも、なんでわざわざ『二段階魔法』にしたのか全く分からなかった。――だが、ようやくわかった、必要性は確かにあった!


 ポルスキーさんはメメルにゆっくりと説明した。

「シルヴィアの『バグ』の方の呪いがそうだったの。私がアシュトンに接触しただけで、『呪いの種』が私についたわ。それが一段階目。そして、もし私がアシュトンに『好意』を感じると、私に災難が降りかかるようになるみたいだった。それが二段階目」


「接触しただけで『呪いの種』が? でも、そのシルヴィアの呪いのときみたいに、災難が降りかかるだけの単純な呪いならまだしもさ、今回の『人を操る魔法』みたいな複雑なシステム魔法だと、さすがに『種』とはいえ、そんな接触するだけで無差別につけられるとは到底(とうてい)思えないんだけど――! 見た感じ、スリッジ会長にはまだ何も『呪いの種』ついてないし」

 メメルは半信半疑でポルスキーさんの顔を見つめている。


 ポルスキーさんは(うなず)いた。

「あなたの言う通り、普通に考えて、『人を操る魔法』なんか簡単にかけられるものじゃない。どう考えたって、フローヴェール本人がその場に潜んで呪文を唱えるなりなんなり条件を補完しなきゃいけない。でもそれじゃ、最初っからあなたの『鏡の呪い』なんか使う必要はないでしょ? どうせその場に居合わせなきゃいけないなら、アシュトンなんか介さずに、自分で直接スリッジ会長に『人を操る魔法』をかければいいんだもの。じゃあ、なんで、わざわざあなたの『鏡の呪い』を使ったのか。『二段階魔法』と組み合わせることを思いついたからよ。『二段階魔法』と組み合わせれば、フローヴェールはこんなところには居合わせる必要はないもの――」


 そこまで聞けば、メメルもピンと来たようだった。

「なるほどね。『二段階魔法』の利点は、一段階目で『呪いの種』をつけるときの条件が、二段階目の発動条件よりかなり(やさ)しくなることだもんね。『呪いの種』をつけることくらいなら、フローヴェールがここに居合わせなくても、条件さえクリアさせれば可能か……」


 ポルスキーさんはもう一度(うなず)いた。

「そういうことよ」


 すると、メメルが考え込むように眉間(みけん)にしわを寄せた。


 そのとき、横からジェニファーが口を挟んだ。

「話はだいたいしか理解していないが、とにかく、イブリンのお母さんを使ってまで今ここにデュール氏をおびき寄せたってことは、フローヴェールが罠を張っているのだろう? スリッジ会長とデュール氏を引き離すのが先決じゃないのか?」


「ほんとだ!」

 ポルスキーさんは飛び上がった。


 メメルもうんうんと(うなず)いた。

「そだね、とにかく『呪いの種』がつけられる前に、デュール理事をスリッジ会長から離さないと。そしたらすぐにあたしがデュール理事の呪いを()くよ」


 すると、スリッジ会長が慌てて声を上げた。

「ちょっと待ってくれ、ちゃんと説明してくれ! 『呪いの種』? 『鏡の呪い』? 『人を操る魔法』? 何を言っているのかさっぱり分からない」


 ジェニファーが父親(スリッジ会長)(なだ)めながら、

「落ち着いてくれ。アシュトンにかけられた『鏡の呪い』で、お父さんに『人を操る魔法』がかけられるかもしれないっていう話をしている。敵はその『人を操る魔法』でお父さんを操ろうとしているんだ」

と簡単に説明した。


 操られると聞いて、スリッジ会長はさすがに顔色を変えた。

「操るって何のために? もしかして私を操って私の会長辞職を――?」


「――あっ、駄目(だめ)! それを言っては駄目(だめ)っ!」

 途端(とたん)にメメルが悲鳴のような大声を上げた。


「メメル!?」

 ポルスキーさんは驚いた。


 メメルは真っ青になっていた。

「こういうのはね、『動機の明確化』みたいなものが発動条件になってたりするのよ! 発動条件に、呪いをかけられる本人が『他人の悪意を自覚する』のを使う魔法使いはけっこういるわ。今回だと『呪いの種』がつく条件だけど――……! あ、なるほどね、フローヴェールの『罠』ってこれのことか、『呪いの種』をスリッジ会長につけるのを()()()()手助けさせる気だったんだ!」


 メメルが言い終わらないうちに、デュール氏とスリッジ会長の体が葡萄(ぶどう)の酒のような濃く(にご)った、ぬたりぬたりとした光に包まれた。

 呪いが発動してしまったようだった。


 メメルは真っ青な顔をしながらも、まだ(あきら)めぬように歯を食いしばり、

「今、デュール理事にかけられた『シルヴィアの呪い』を()いてみる! 間に合うか分かんないけど!」

と手をデュール氏の方に突き出しながら叫んだ。


「どうやって()くつもり?」

 ポルスキーさんが不安そうに確認すると、メメルは大丈夫よとばかりに軽く口元に笑みを浮かべて、

「あたしの『跳ね返り』の呪いはさ、服を着せるみたいな感じで対象者にかぶせんだよね、だから逆に脱がせるみたいな感じで引き()がす反対呪文を作ったんだ」

とポルスキーさんの方を見た。


 ポルスキーさんが納得した顔をしたので、メメルはすぐにデュール氏の方を向き、ひどく真剣な表情で『引き()がす呪文』を唱えた。


 やはり複雑な呪いなのだろう、呪文は長かった。メメルは、低い声で、間違えぬよう集中しながら、ぶつぶつと(よど)みなく唱えていく。


 よほど(りき)んでいるのか、前に突き出したメメルの腕は小刻みに震えていた。

 (ひたい)に汗をにじませ、目を見開いて二人の様子を凝視(ぎょうし)しながら、間に合えとばかりに早口で、とにかく早口で、デュール氏にかぶせられたシルヴィアの死の呪いを引き()がそうとする。


 しかし、(にご)った光は、どんどんその色を濃くし、葡萄(ぶどう)の酒のような色はもうほとんど黒になり、二人の体に覆いかぶさって姿が見えないほどになった。


「くそっ」

とメメルは舌打ちして、軽く自分の手で自分の(ほお)を殴り、

「成立させないよ!」

と気合を入れて叫んだ。


 メメルの呪文は五線譜(ごせんふ)のように(すじ)を描きながら、スリッジ会長とデュール氏を取り巻く(にご)った黒い光に真正面から突っ込んでいき、デュール氏の呪いを()ぎ取ろうと頭からつま先まで()でるように緩やかに動いた。


 しかし、(にご)った黒い光の方も、メメルの反対呪文に()がされかかりながらも、広がったり狭まったりしてやり過ごし、スリッジ会長を(とら)えてうねっている。


 決して混ざらないメメルの()がしの魔法とデュール氏にかけられたシルヴィアの死の魔法。

 静かにゆっくりと、しかし激しく二つの魔法はぶつかり合っているのだった。


 やがて、デュール氏とスリッジ会長を取り巻いていた紫黒(むらさきぐろ)い光は、その濃さを失っていき、向こう側が透けて見えるようになってくると、それを(から)めとろうとしていたメメルの呪文が波打つのに合わせて揺蕩(たゆた)い、やがて霧散(むさん)した。


()けた?」

 黒い光が消えたので、ポルスキーさんが少しほっとしたような声で聞くと、メメルは汗でびっしょりの顔を悔し気に(ゆが)め、

「ううん」

(のど)の奥で否定した。


「え?」

 ポルスキーさんが予想外の返答に驚くと、メメルは、

「遅かった。もう、スリッジ会長には『呪いの種』がついていると思う」

と乾いた唇をようやく動かし、茫然(ぼうぜん)として(つぶや)いた。



お読みくださいましてありがとうございます!


あ、メメル間に合わなかった……。

次回、ついちゃった呪いの種、どうしようかな……(大汗)

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