【5-8.招かれざる訪問者】
「お、メメル・エマーソンもいるぞ」
と男たちのうちの一人が言った。
「おまえたちの狙いはメメルか」
とクロウリーさんが一歩前に進み出ながら確認した。
「そうだ。消えてくれたら怪我せずに済むぞ」
と男たちは答えたが、
「残念ながらそういうわけには」
とクロウリーさんは断固とした口調で男たちの要求を突っぱねた。
男たちは好戦的な目つきになって、警戒しながらもじりじりと近寄って来る。
クロウリーさんは少し迷っていた。
相手は5人。でもそれはたいした問題ではなかった。やり方でいくらでも何とかなると思っていたから。
それよりも、モーガン逮捕のときの自分を恥じ、そうならないで済むかどうかの方を心の中で密かに心配していたのだった。イブリンを自分の手で守れるか、だ。
もちろん余程失念しない限りは守れるだろうし、自分でも視野の狭い考えに陥っていることは分かっていたが、それでもここのところずっと自分を悩ませていた問題を「くだらない」と差し置く気にもなれなかった。
イブリンが自分をどれくらい想っているかというもやもやした考えの中では、自分が彼女の役に立てているかどうかが、二人の関係を信じる上で一つの参考になるような気がしていた。
クロウリーさんは覚悟を新たに腕を振り上げた。
その瞬間、警戒していた男たちがハッとして身構える前に、ぐにゃりと男たちの姿勢が崩れた。
「えっ?」
男たちは何が起こったか分からないまま、呆けた顔で、一斉にバランス感覚を失い、「うわあっ」とやかましい呻き声を上げながら、立ってもいられずにその場にへたりこんだ。
男たちは立ち上がろうとするが、1秒ともたずにすぐに膝をつき、腕で体を支える羽目になった。
「何だこれは!」とクロウリーさんを睨みながら口々に耳障りな怒声を浴びせかけてくるが、クロウリーさんは返事もしない。
一人の男が堪えきれず、苦しそうに顔を歪めて胸を押さえながら胃のものを吐いた。そして、しんどそうに頬をぴったり地面につけて、充血した目を虚ろに開いている。もう目は、今にも閉じそうだった。
何がどうなっているのか、自分は死ぬのか――その男は何か人生を後悔するような気持ちになっていた。
他の男たちも辛そうに屈みこんだり頭を仰け反らせたり体を捻りながら地面をのたうち回っているが、そのうち一人が諦めきれぬように這いつくばったまま震える指をこちらに突き出し、
「風よ――」
と必死の形相で呪文を絞り出した。
得体のしれない魔法の元であるクロウリーさんを吹き飛ばそうとでもしたのだろうか。
しかし、苦し紛れの突風の呪文は、威力も足りなければ焦点も定まらず、カチンときたジェニファーによってあっという間にかき消されてしまった。ジェニファーも一歩も退かない様子で、仁王立ちで立ちはだかっている。
「いつぞやのお礼だ! よくも誘拐してくれて」
とジェニファーは叫んだ。
反撃の機会もなく、男の一人が相変わらず床に両手をついたまま、見苦しく顔を歪め、忌々しそうに喚いた。
「くそ、体さえ思うように動けば!」
男たちの頭の中はぐるぐると定まらない考えでいっぱいになっており、ほぼ思考は止まったも同然だった。まるで猛烈な嵐に体を弄ばれぐにゃぐにゃと捏ね繰り回されているような感覚で、激しい眩暈と頭が割れそうなくらいの頭痛、耳をつんざくような大音量の耳鳴り、胸の圧迫感、絶えず押し寄せる吐き気……。身を屈めているのが精いっぱいで、上体を起こすこともままならない。今自分の体はどうなっていて、どうやったらこの見たことのない魔法を跳ね除けることができるのか、まったく考えが纏まらない。
何を考えているのか読み取れない顔でこちらを見下ろしながら、一歩も手を緩める気配を見せないクロウリーさんの姿にも気味の悪さを感じていた。彼らは、もうとっくに覇気を失い、怯えた光が目に浮かび出した。
「重量方向があちこち変われば脳もつらかろう、君らの意識ももうだいぶ薄らいてきているんじゃないか」
容赦ない瞳でクロウリーさんは冷たくゆっくりと言った。
クロウリーさんの言い方にジェニファーは何か引っかかるものを感じ、その横顔をパッと見た。
普段からどちらかというと感情を表す方ではないヒューイッドだったが、今は特に淡々としていて、よほどの腹づもりなのか情けをかける寛容さはかけらもないのだ。
いつものヒューイッドならここまで相手が苦しむ前に、恐らく『拘束の魔法』を使ってお終いにしている!
確かに相手はジェニファーを誘拐したこともあり、今回にあってはメメルの口封じに来ているのだから、どう考えても非友好的だ。とはいえ、『重力感知を攪乱する魔法』で完膚なきまでに叩きのめされている相手の前に慈悲なく立ちはだかり、冷たく見下ろすというのは、普段のヒューイッドの性質とはかけ離れている!
何か別の観念に囚われていて、合理性を失った状態で魔法を振るっているように見えた。
ジェニファーの背を冷や汗が流れた。
ジェニファーはクロウリーさんの態度を不安に思い、ポルスキーさんの方をちらりと盗み見た。
しかしポルスキーさんはポルスキーさんで、クロウリーさんの普段と違う様子に戸惑いながらも、何やら整理のつかない顔で一歩引いて立っているのみだった。
ポルスキーさんは、叔父が教えた『重力感知を攪乱する魔法』を、まさかクロウリーさんが使うとは思っていなかったのだ。
叔父はこの魔法をクロウリーさんに教えるときに、はっきりと「かけられた方は結構えげつないくらい辛いかも」と言ったのだ。クロウリーさんの方も習うには習うが、仕事柄相手を拘束することが基本的な目的なので、使う気はなさそうだった。
しかし――いったい何がクロウリーさんにこの魔法を使う気にさせたのか?
ポルスキーさんにはそちらの方が何となく空恐ろしかった。
クロウリーさんは心配されていることなど露知らず、振り上げた腕はそのままに男たちを見下ろしていた。彼らに余力があるのなら、さらなる手も使うが――。
床をのたうち回っている男の一人が、「あの腕だ」と思い、最後の力を振り絞ってクロウリーさんの腕に魔力をぶつけようとしたが、平衡感覚を全く失っている体では魔力を放つ方向を思ったように定めることもできず、苛々しながら結局悔しくも断念して頭を垂れた。
相手が完全に戦意を失った様子を感じ取ったジェニファーは、「ヒューイッド、もういい!」と叫んでクロウリーさんの腕をガシッと掴み引き下ろした。
「もう『拘束の魔法』でいいんじゃないか? ちょっとやり過ぎだ!」
ポルスキーさんは、ジェニファーに制止されたクロウリーさんがどう返事をするのか、心の中でハラハラして見守っていた。
そして、クロウリーさんが床に這いつくばって動かなくなった男たちを注意深く眺め「分かった」とジェニファーに同意したのを聞くと、ひどくほっとした感覚になった。
ジェニファーも似たような感覚だったに違いない。安堵の表情を浮かべた。
そして、ジェニファーが『拘束の魔法』を手伝おうと男たちに近づこうとした。
しかしそのとき、何ということか、急に男たちの近くで一本の魔力の柱が立ち上った。
「え?」
ジェニファーが驚いて歩みを止め身構えると、その隙に魔力の柱はだんだんとその径を大きく広げ、男たち5人を包み込んだ。
「何かの結界だわ、テレポートの魔法が使われるっ」
ポルスキーさんがそう発したときには時既に遅し。
5人の男たちの身柄は魔力の柱に吸い込まれるように、一瞬のうちにテレポートによって消え失せた。
「逃げられた? また!?」
ジェニファーが口惜しそうに床をガンっと蹴とばした。
クロウリーさんは呆気にとられた顔をしている。逃げられた? あそこまで追いつめて?
そのとき、ポルスキーさんが青い顔で目を見開き、
「今の魔力の柱、なんて結界術組み込んでるの……っ!」
と震える唇で言った。
「え、まさか」
とクロウリーさんが我に返って半信半疑で呟くと、ポルスキーさんはジェニファーの方を向いた。
「あなたが誘拐されたときも同じような感じだっただったんじゃないかしら」
「あ、ああ、そうだ」
とジェニファーが慌てて答えると、ポルスキーさんは敵ながら半分賞賛するように、
「あなたの誘拐のとき、魔法鳥の指輪で分析したんだけど、あんなテレポートはどうやるのかと不思議に思ってた。空間や対象物を遠隔で操作するテレポート。普通に考えたらよっぽど準備しないといけないと思ってた。でも、これよ、こうやって結界術と組み合わせたら……」
と一人呟いた。
クロウリーさんが低い声で言った。
「モーガン殺害の件も『死の魔法の結界』を搔い潜っているという話だ。そして、ジェニファーや今回の件では結界を使ったテレポート……。もしかして、『デュール氏の後任の結界師』が裏で糸を引いている可能性があるのか?」
「何の話をしている? デュール氏の後任? デイヴィッド・サンチェス理事のことか?」
事前情報のないジェニファーは訳が分からず上擦った声で聞き返した。
「いや、もちろん、すごく腕のいい結界師ってだけで、別にサンチェス氏とは限らないんだけど」
ポルスキーさんが慌てて付け足したが、そのとき、
「サンチェスって名前、聞いたことあるよ」
と可愛らしい声がした。
お読みくださいましてありがとうございます!
嬉しいです!
クロウリーさんやりすぎ~!(大汗)
次回、メメルが目覚めます。この人の喋り方好き。





