【5-7.眠りの魔法を解く】
メメルが身柄を置かれている部屋に飛び込むと、なんと中にはジェニファーがいた。
「ジェニファー!」
ポルスキーさんがほんの少しほっとした顔をする。
「メメル・エマーソンは無事か? 誰か不審な者は?」
クロウリーさんが立て続けに早口で聞く。
ジェニファーは彼女自身も少し興奮した様子で大きく肯き、
「今のところは変わった様子はない。だが、メメルも狙われる可能性があると思って来てみた」
と答えた。
「今すぐ彼女にかけられた魔法を解くわ」
ポルスキーさんはずいっと一歩身を乗り出して強い口調で言うと、ジェニファーは驚いた。
「解けるのか? 見たことのない魔法だぞ」
ポルスキーさんはそれには答えず、ひとまずメメルのすぐ横まで速足で近づくと、そっと顔を覗き込み呼吸を確かめた。
メメルはスース―と軽い寝息を立てている。脈を測ってみたが心臓も正常に打っているようだ。
ポルスキーさんは確認する。
「ここに運ばれてからも起きた形跡はないのよね?」
「ああ、看護師たちが巡回してくれているが起きた様子はなかったようだ」
ジェニファーが頷いた。
メメルは2週間以上眠り続けている。
普通の眠らせる魔法は、かけられるとすぐに眠くなり、外部からの刺激には一切反応しなくなるが、通常の眠りからの覚醒のように数時間で自動的に目覚める。
それが、自動的に覚醒せず2週間眠り続けるというのは、明らかに普通の眠らせる魔法とは違う。
しかも、呼吸をし血液を循環させるだけでエネルギーを使うのに、飲食もなしにというのは絶対におかしい。普通は3日も水をとらなければ死んでしまうと聞く。
かといって、呼吸も脈もある以上、メメルの時間や生命活動を止めているわけではない。
このときポルスキーさんは、数日前に叔父の邸で、どうやったら人を眠り続けさせられるものか、生命活動を維持させる方法について考えていたことを思い出した。
それは、しばらくポルスキーさんを悩ませる課題だった。
そしてポルスキーさんはふと思いついたのだった。『生命維持に必要なエネルギーは魔力から転換しているんじゃないか』と。
そんなこと可能かどうか、ポルスキーさんは叔父に助言を請うた。そのとき、叔父はたいして考えもせずに直感で「できんじゃねえか」と軽く答えたのだった。
――できる? なるほど、できるのか。
だが、自分で言い出しておいてポルスキーさんは半信半疑だった。できるというが、いったいどうやってやれるというのだ? 魔力を生命エネルギーに転換?
しかし、今、こうして眠りこけるメメルを目の前にし、口封じの魔の手の迫る予断を許さない状況を考えると、ポルスキーさんはまだまとまっていない乱暴な自分の考えを試すしかないような気がした。
有能な魔法使いなら魔法で炎も出せるし水も出せる。水を氷に変えるような相転換もお手のもの。そういったものを応用すれば、魔法イメージ次第で生命活動に必要なものをなんとか魔力で補えるように思えた。
それを半自動的に、メメルの体内という限定された空間内で施すのもできなくはないだろう。
ポルスキーさんは焦る気持ちを抑えて、例えばメメルの体に外部から押し留められた魔力があるのかどうか調べようと集中した。
生命エネルギーを魔力で補おうというのならば外部から魔力を供給するのが一番考えやすいし、同時にエネルギー変換魔法を組み込むとういう方法を取ればあまり大掛かりにならなくて済む気がする。それを半自動でやるなら、メメルの体のどこかにその魔法が収めてあるはずだと思ったのだ。
ポルスキーさんが異様な魔法がないか感覚を研ぎ澄ませているのに気づき、クロウリーさんとジェニファーは邪魔にならないように息を殺して見守っていた。
ポルスキーさんはぐっと集中するが、メメルの体からはもやもやと薄い魔力を感じるだけでよく分からない。――だが、薄い魔力は感じるのだ! 予想はあながち間違いではない気がした。
とはいえ、まだ確証は持てない。なかなか正体を掴みづらい魔法の気配にポルスキーさんは冷や汗をかいた。
仕方なく掌をメメルの体にかざし、探索感度を上げようとしたが、それでもあまりよく分からない。
無意識のうちに「ちっ」と軽く舌打ちすると、ポルスキーさんは人差し指一本に絞り、メメルの頭から首、肩、胸、腕――と時間をかけて順番に丹念に魔力探知をかけていった。
もうこうなったら、徹底的に! 服についた埃一つ見逃さないくらいの気持ちで、ゆっくり一か所一か所調べていってやる!
そして、数十分経った頃、ようやくポルスキーさんはメメルの左脇らへんに弱く局所的な魔力の塊を感じたのだった。
ポルスキーさんは大きな手掛かりを見つけた安堵から、ふーっと長い溜息をついて、
「よし、これか」
と独り言で呟いた。
ポルスキーさんの集中を妨げないように息をひそめていたクロウリーさんとジェニファーは、ようやくポルスキーさんが手応えを感じたようなのでほっとした。
「何か分かったか」
とクロウリーさんが聞くと、ポルスキーさんは疲れの滲む目を上げてクロウリーさんを見た。
「そうね、なんかすっごい雑な纏め方してあってびっくりするんだけど、眠らせる魔法とね、生命活動を補うための魔法がね、この左脇の下の部分に押し留めてある気がするの……」
「脇の下の部分に? 眠りの魔法が?」
クロウリーさんが驚いて聞き返した。
「眠りの魔法なんて脳にかけるもんだとばっかり思っていたから、こういう脇の下ってのは意外だったわ。というか普通の眠りの魔法はかけっぱなしで、魔法を相手の体内に留めるなんてしないものね。メメルのケースは、魔法を脇の下に留めておいて、適宜脳まで送ることで長期的に眠らせられるのかもしれないわね」
ポルスキーさんは小さく感心していた。
「それで、もう一つの『生命活動を補うための魔法』というのは?」
とクロウリーさんが聞いた。
「うーん、こっちは完全に私にはお手上げの魔法だわ。すっごく複雑、魔力のエネルギー転換っぽいけど、魔法が網目のように入り組んでいて、不足するものを補ったり浄化したりエネルギーを下支えしたり。何がどう絡み合っているのか分からないけど、どうして魔法一つでこんなに様々なことができる?って感じ。いったいどんな魔法イメージを持っていたらこんな魔法が完成するのかしら。作った人、ヤバいわ」
ポルスキーさんはぞっとしたように身震いして呟いた。
「私にはイブリンが何を言っているのかよく分からないが……」
クロウリーさんはぴんとこない顔でさらなる説明を促したが、ポルスキーさんは無理だとばかりに首を横に振った。
「私にも説明しようがない。ただ、発動条件は簡素化してあるみたいで、眠らせる魔法と連動してるっぽい。だから、目が覚めればこっちの魔法も解除できそうよ」
「だが、その眠らせる魔法はどうするんだ」
ジェニファーも困惑していた。
ポルスキーさんが躊躇いがちに、
「眠りの魔法には覚醒の反対呪文があるから……」
と言いかけると、クロウリーさんは疑うように声を上げた。
「普通と同じ反対呪文で大丈夫なのか?」
しかしジェニファーは『反対呪文』と聞いて特に深くは考えなかったようだ。急に納得したような顔になり、
「普通の反対呪文でいけるなら楽勝じゃないか」
とばかりに、いきなりよく通る声で眠りの魔法の反対呪文を唱えだした。
とても明快にすらすらと唱えるので、ポルスキーさんは「こりゃ私の100倍効果がありそう」と心の中でひどく感心した。
一応ポルスキーさんは呪文の効果を確かめるべく、メメルの左脇の下らへんに人差し指をかざし、ジェニファーの反対呪文で、メメルの体内に押し留められていた魔法がちゃんと解除されるのか見張っていた。
ポルスキーさんの指先でチリチリと反応していた眠りの魔法は、ジェニファーの呪文によってどんどん弱まり、最後にはきれいさっぱり消滅した。ポルスキーさんは指先に何も魔法の気配を感じなくなった。
念のため周囲も隈なく調べて、魔法解除がうまくいっているかをできるだけ確認する。
眠りの魔法の解除と同時に、例の生命活動を補うための魔法も同様に消えたようだった。
ポルスキーさんが「成功したっぽいよ」とジェニファーにほっとした目を向ける。
ジェニファーも少し緊張していたのか、一安心したように肩の力を抜いた。
「あとはメメルが目覚めるのを待つだけか」
とクロウリーさんが安堵の声を上げたとき。
急に傷病管理棟の廊下が喧騒に包まれた。
耳障りなドタドタとした足音に、やかましい怒鳴り声、それを抑えようとする看護師たちの冷静で張りのある声――。
明らかに見舞客とは思えない訪問者の気配に、クロウリーさんとジェニファーが一瞬で険しい顔つきになり、自分たちのいる部屋の外の様子を緊張した様子で窺った。
廊下は数人の人間が押し合いへし合いしているようだった。
「邪魔するなっ」
「どけっ」
と乱暴な物言いも聞こえる。
「もしかして……」
というポルスキーさんの不安そうな声をジェニファーが「しーっ」と窘める。
誰かが壁にぶつかる音、廊下の備品を蹴とばす「ガンっ」という音、揉み合って足をもつれさせ倒れる音などが聞こえてきた。
どう考えても友好的な来訪者ではない!
口封じにメメルを狙う者かもしれない。
クロウリーさんとジェニファーはすぐにでも応戦できるように腕を半分上げて、部屋の扉を凝視していた。
やがて、周囲のあちこちの部屋で扉を「バンっ」と乱暴に開ける音や、踏み込んで「顔を見せろ」などと中の人を確認するような声が扉越しに聞こえてきた。「やめてくださいっ」と懇願する看護師の声など彼らは聞いていなかった。
明らかに誰かを探している。
そして、その音は順々に近づいてくるのだった。
ついに、その招かれざる来訪者たちは、この部屋の扉を開けた。
乱暴に開かれた扉の向こうに、薄汚れたハイエナのような5人の男たちの姿が見えた。
目ばっかり鋭くて、意地悪い表情を浮かべている。
制止しようとする看護師が手を広げて纏わりついているが、彼らは気にも留めていなかった。
男たちは身構えたクロウリーさんの姿を認めたが、特別気を払う様子もなかった。
しかし、ジェニファーが、
「あ、貴様ら」
と声を出すと、急に男たちの目つきが変わり、
「おまえは!」
とジェニファーに歯をむき出した。
そう、彼らは以前のジェニファーの誘拐に関与していた男たちだったのだ。
お読みくださいましてありがとうございます!
このエピソードは一番つらかった……(´;ω;`)
『魔力を生命エネルギーに転換』を作者自身がなかなかイメージできず。
どうぞ大目に見ていただけると助かります( ;∀;)
次話、メメルが襲撃犯を撃退します。





