【5-6.口封じの殺人】
エンデブロック氏は、そんなこと俺に聞かれても、といった顔をした。
「クレイナート自身は絶対にスリッジ派の目につきたくねえみてえだった。そんで、デュールはそれなりに手練れってなると、あんまり他に適任がいねえんだろ」
「それで叔父さんは了承したわけね?」
「死の魔法の制限を緩和してくれるって言うし、魔法使い一人連れ戻すくらいなら、悪くねえ話だろ」
エンデブロック氏は悪びれずに答えた。
「で、その叔父さんがあっさりとマクマヌス副会長派を裏切ったから、フローヴェールが来たってわけ?」
「知らねえよ。でも、イブリンのおかげでデュールも戻ってきたんだろ? 結果的に俺無しでもマクマヌス派の計画はちゃんと進展してんのに、裏切り者だなんて、言いたいこと言ってくれるよなぁ」
エンデブロック氏は自分にだけ都合のいいことを言いながら憤慨している。
ポルスキーさんはさすがに呆れた。
「そりゃあ裏切ったんでしょうが。マクマヌス副会長かデュール氏かって天秤にかけてたよね」
「にしても、今俺が喋った内容、隠すほどのことか? しかもそれで口封じって、身の程ってやつをわかってねえよな」
「でも、今の話でフローヴェールたちが何を考えてるか、けっこう分かってきたよね。まあ……叔父さんを相手にどうこうしようってのは少し無謀とは思うけど……」
「タトゥーに頼り過ぎだ」
エンデブロック氏は腕を組んで吐き捨てた。ちなみにエンデブロック氏は指のタトゥーを入れていない。魔力理解が深く効率よく魔法を使えるため、わざわざタトゥーで威力を増幅する必要はないのだ。
「ねえ、デュール氏を連れ戻して彼の『鏡の呪い』を使いたいってことは、フローヴェールたちが『呪い』のターゲットにしている人物って……」
ポルスキーさんが不安そうに聞いた。
エンデブロック氏はそれにはあまり興味がなさそうに答えた。
「そうだな。ターゲットにすんなら大方スリッジ会長とかその辺じゃねぇのか。クレイナートらへんに真面目にやる気があるんだったら」
「真面目にって、そんな言い方! 『人を操る魔法』なんですって、デュール氏を介してかけたい魔法ってのは」
ポルスキーさんはモーガンから得た情報をさらっと叔父に伝える。
「あー、なるほどな。ま、それくらいの魔法じゃねえと、人殺しまでして割に合わねえよなあ」
エンデブロック氏は不謹慎にも納得顔で頷いた。
叔父が一人納得しているので、ポルスキーさんは「問題はそこじゃない」とムッとした。
「そういう話じゃないでしょ。スリッジ会長を操って何をするの」
すると叔父はどうでもよさそうな顔をした。
「さあなあ? 何でもいいじゃねえか? 穏便なところで言うと辞職の宣言と後継者の指名? 意地が悪けりゃ魔法協会の混乱付き。ああそうだ、もしデュールの後任の結界師だったヤツが『死の魔法の結界』に細かい条件の抜け道を仕込んでたりなんかすりゃ、最悪、スリッジの死もあり得るんじゃねえか」
エンデブロック氏の口から不意に『後任の結界師』という言葉が出てきて、クロウリーさんは驚いた。後任の結界師、デイヴィッド・サンチェス。さっきラセットから、マクマヌス副会長の部屋でサンチェス氏とすれ違ったと聞き、まったくの盲点だったとその存在を認識したところだったから。
クロウリーさんは思わず横から口を挟んだ。
「デュール氏の後任で理事になった結界師って、デイヴィッド・サンチェス理事ですね。最近その名を噂していたところです。どんな人ですか」
エンデブロック氏は面倒くさそうに片目を上げた。
「話は早そうなヤツで、まあ善悪にこだわるタイプじゃねえなあ。マクマヌスの手下だから良からぬこと企んでる可能性はある。デュールが戻ってきた今は何の担当になったかは知らんが」
「魔法通信の担当です。あなたは彼が何か結界に仕掛けていると思いますか?」
クロウリーさんは聞いた。
「大々的には結界を改変しちゃいないさ。俺の魔法は結界にずっと弾かれてたし、デュールや他の職員だって何も言ってねえんだろ? でもこっそり穴開けるくらいならなかなかバレねえかもな。熟練の結界師なら朝飯前だ」
エンデブロック氏は淡々と答える。
ポルスキーさんは青ざめていた。
「結界に穴がないか、デュール氏に確認してもらわないといけないわね」
「そいつが本当に何かしでかしてんのかなんて知らねえよ。そんなことより、デュールの呪いをさっさと解きゃいいじゃねえか」
エンデブロック氏はさらっと本質を突く。
ポルスキーさんは、叔父の言葉にハッとした。そうだ、叔父の家に戻ってきた目的をすっかり忘れていた!
ポルスキーさんは自分が思いついた解き方が現実的かどうか、躊躇いがちに教えを乞うた。
「叔父さん、デュール氏にかけられてる呪いは『魔力の反発力』で引き剥がせる?」
「あーなるほど。できるんじゃねえか」
「でも私には魔力が足りなくて、引き剥がした後、叔父さんみたいに消し去ることができないの」
「ああ、じゃあ、アレ使えばいい」
エンデブロック氏はそう言ってふらっと隣室に出て行った。何やらごそごそと棚の引き出しを開ける音がして、叔父は手にシガレットケースのようなものを持って帰ってきた。
「魔力を圧縮して閉じ込めるようにできてる。消せなくても隔離すりゃいい」
エンデブロック氏はそのケースをポルスキーさんの方にポイっと放って寄越した。
それから、そろそろ話しに飽きてきたのか、緊張した空気に似合わず大あくびをして、
「それより、クレイナートがここに来たってことは、あちこちで口封じやってるってことだろ? おまえらが捕まえた殺人犯(※モーガン・グレショック)とか、何か身柄確保したとか言ってた眠ってる女(※メメル・エマーソン)とか危ないんじゃねえか」
と適当な口調で言い、「さあ帰れ」とばかりに邸の扉を顎で示した。
あまりに露骨な追い出しにクロウリーさんは苦笑したが、最近の付き合いでエンデブロック氏に悪気はないことが分かっていたので、もう慣れたもの。挨拶もせずに素直にポルスキーさんを伴って邸出た。
そして二人は、ひとまず魔法協会にテレポートで戻ることにした。
モーガンとメメルは口封じに襲われる可能性があったし、デュール氏の呪いも問題になる前にさっさと解く必要があった。
ポルスキーさんがテレポートをしようとすると、さっとクロウリーさんが止めた。
「え?」
と思ってポルスキーさんがクロウリーさんを怪訝そうに振り返ると、大真面目な顔のクロウリーさんは、
「私主導でやる。キャベツ畑の真ん中とかに出たりなんかしたくない」
ときっぱりと言った。
ポルスキーさんはキーっと怒ったが、キャベツ畑へ出た実績(?)は確かにあったため言い返すわけにもいかない。
クロウリーさんは何食わぬ顔でささっとポルスキーさんの腰に腕を回すと、魔法協会に向けてテレポートしたのだった。
魔法協会に着いた瞬間、クロウリーさんは一瞬自分までテレポート失敗したかと思って愕然とした。火事にでもなったかというくらい騒然としていたからだった。
しかし、そこは間違いなく魔法協会だったので、ポルスキーさんとクロウリーさんは嫌な予感がした。
誰もが慌ただしく、椅子に座って仕事をしている者はいない。ざわざわと興奮した声で人々が怒鳴り合っていた。
「どうした?」
知り合いを見つけたクロウリーさんが声をかけると、その職員は高ぶった声で、
「モーガン・グレショックが殺された!」
と短く叫んだ。
「何だって!? まさか独房の中で?」
予想が的中したクロウリーさんは背中に冷や汗が流れるのを感じた。
「そうだ。犯人は分からないんだ! でも魔法協会の中の事件だ、きっと犯人は身内にいると皆で噂し合っている!」
その職員は唾を飛ばすくらいの勢いでまくし立てた。
「死因は何だ」
「分からん、だが魔法だ!」
「それはあり得ない! 死の魔法は規制されている!」
クロウリーさんは叫んだが、知り合いの職員は首を大きく横に振った。
「だが現実に死んでるんだよ!」
クロウリーさんとポルスキーさんは顔を見合わせた。
エンデブロック氏の話が蘇る。『後任の結界師』!
「皆が駆り出されている。死因を調べたり不審な人物を調べたり。結界含めて警備の方もな。こないだの誘拐事件(※ジェニファーの件)もあったからな、もう大騒ぎさ」
その職員も自分の持ち場の方へ行かなけりゃと指を差したので、クロウリーさんは「すまない、行ってくれ」とその職員を見送った。
ポルスキーさんは青い顔をして唇が震えている。
「クロウリーさん、メメル・エマーソンよ! 彼女も危ない! 急ぎましょ!」
そうだった。モーガン・グレショックが殺された以上、次に命を狙われる可能性が高いのはメメルだった。
クロウリーさんとポルスキーさんは、魔法協会内の傷病管理棟の方へ急いだ。
お読みくださいましてありがとうございます!
モーガン殺されちゃった!(;´∀`)
次回、メメルの眠りの魔法を解きます。





