【5-5.叔父が襲撃される】
ポルスキーさんとクロウリーさんは、叔父の邸のそばの高齢樹のふもとにテレポートした。魔法イメージを頭の中で作るのが苦手でテレポートすら失敗するポルスキーさんだが、この厳かにたたずむ高齢樹はイメージしやすく、ポルスキーさんは専らテレポートの目印として使っていた。
ポルスキーさんは、高齢樹の下から素早く叔父の邸の方へ歩いて行こうとした。
「行きましょ、クロウリーさん」
しかしクロウリーさんは小さく肯くものの、どことなくぼんやりとした浮かない顔をしていた。さっきのデュール氏との応酬が尾を引いているのだった。
「どうしたの?」
しかし、鈍感なポルスキーさんはそんなクロウリーさんの心の機微には気付かずに、ただ単に、いつもと違うクロウリーさんの様子に首を傾げている。
「何でもない」
クロウリーさんが首を横に振ると、ポルスキーさんは
「何でもないことないでしょ。心配事があるなら言っちゃってほしい」
とクロウリーさんの顔を不安そうに覗き込んで言った。
「いや……」と言いかけたクロウリーさんだったが、あんまりポルスキーさんが困った顔をしていたので、ふうっと小さくため息をついて、
「指輪、魔法解除したんだな」
と呟いた。
するとポルスキーさんはクロウリーさんがくれた指輪をはめていることに気付いて急に恥ずかしくなり、
「あ、いや、まあ叔父さんが着けとけって無理矢理……。べ、別にはめたくてはめたわけじゃないんだからね――」
と顔を赤らめて、急に早口で言った。
クロウリーさんは真意を探るようにじっとポルスキーさんの顔を見ていたが、やがて眉間に皺を寄せて考え込んだ。
ポルスキーさんのこういう態度はいつものことだ。彼女が頑なに自分のことを『クロウリーさん』と呼ぶのと一緒だ。素直になれないのだろうと思っていた。
いや、十中八九そうだ。素直になれないだけ。
だが、もしかしたら――? 最近クロウリーさんは自信がなくなってきていた。
あの日、「別れてるじゃない、恋人ぶるのはやめてよ」と言われたことは、調子が悪いときは今でも夢でうなされたりする。
それに、「やり直さないか」と何度提案しても彼女は首を縦に振らない。
プレゼントした指輪を魔法アイテムにされたことも、「イブリンだし、そんなもんだ」と冷静に思う反面、「自分は本当に大事に思われているわけじゃないのだ」と暗澹とした気持ちにもなる。イブリンだから悪気がないことは分かっている――それでも。
それに、自分自身ではモーガンの魔の手からイブリンを守れなかったことが悔やまれて仕方がなかった。イブリンにとっての特別であるために、彼女を守るのは自分の役目だと思っていたのだ。しかし、守るという最低限のこともできなかった。もはや自分は本当にただの「元カレ」なだけなのか。
モーガンを跳ね除けたデュール氏があからさまにイブリンを口説くのも気が気でない。
もちろん十中八九は大丈夫だと思うのだ。イブリンは自分を多少は特別に思ってくれていると。それでも――残りのわずかな可能性が自分を焦らせる。
こんな自分が情けなく、笑い飛ばしてしまいたいのだが!
「ク、クロウリーさん?」
ポルスキーさんは何だか様子の違うクロウリーさんの様子に、恐る恐る名を呼んでみる。
「わ、別れているのに、指輪なんかしてるから変だと思ってるんでしょう? でも本当に意味はなくてね……」
相変わらずズレたポルスキーさんの言葉を、クロウリーさんがすぐに否定した。
「別れたと思っていない、私は」
「わ、別れてるし……」
ポルスキーさんがぼそっとそう言いかけたとき、急にエンデブロック氏の邸からとてつもない邪悪な魔法の気配が流れてきて、ポルスキーさんとクロウリーさんは直ちに会話を中断し、二人そろって邸の方をバッと振り返った。
何だか空気が張り詰めていて、森の自然のさやめきも一気に鳴りを潜めたように思えた。
いきなり邸の方へ駆け出したポルスキーさんが扉に手をかけようとしたとき、追ってきたクロウリーさんが慌てて「待て」とポルスキーさんの手を制した。
その瞬間、いきなり邸の窓から目も眩むほどの光が一気にぴかっと溢れ出て、周囲が一瞬何も見えなくなった。
それと同時に邸の中から「どんっ」と、山でも丸ごと崩さんとするくらいの衝撃音がして、地面も、邸も、手をかけていた扉も、大きくビリビリと揺れた。
瞬時にクロウリーさんがポルスキーさんを庇うように覆いかぶさって身を屈ませたが、あまりのことにポルスキーさんもクロウリーさんも訳が分からなかった。
「え?」
強烈な光を浴びて目がやけどしたんじゃないかというくらいピリピリと痛み、さっきの衝撃音に鼓膜がビリビリ、頭をガンガンなぐられたかのような感覚がした。
思わず二人は顔を見合わせる。
そして次の瞬間、「はっ! 叔父さんっ」とポルスキーさんは弾けるように飛び上がり、制止するクロウリーさんの声を無視するように急いで邸の中に走りこんだ。
「叔父さん、大丈夫!?」
ポルスキーさんはとにかく叔父が無事かを確かめようと、部屋を見回し耳を澄ませたが、意外な部屋の中の様子に逆に呆気に取られてしまった。
驚いたことに、部屋の中は何一つ乱れた様子はなかった。いつもの居間である。先ほどの衝撃音など幻聴だったかのよう、本当に何事もなかったかのようだった。
ただ、居間の床に、柔らかい素材の叔父のローブがバサッと広がって落ちていたのだけが不自然だった。
「叔父さん?」
ポルスキーさんが訝しげにそっと呼びかける。
するとエンデブロック氏が居間の向こう隣りの部屋からゆっくりと姿を現した。渋い顔をしている。
ポルスキーさんは一先ずどこも怪我などなさそうな叔父の姿にほっとしたが、恐る恐る「さっきの何? あんなに凄い音……」とやや小さな声で聞いた。
「攻撃自体はすぐに封じてやったからいいものの、取り逃がした。侮り過ぎたな」
エンデブロック氏は苦笑しながら呟いた。
「取り逃がすって、誰を?」
ポルスキーさんが物騒な話にぎょっとして聞くと、
「誰だったか……クレイナートって言ったかな?」
とエンデブロック氏は首を振りながら答えた。
クレイナート!
ポルスキーさんとクロウリーさんは顔を見合わせた。
フローヴェール・クレイナートだ!
「叔父さん、フローヴェールがここに来たってどういうこと!?」
ポルスキーさんが聞いた。
「どういうって、口封じとか何とかよく分からんことを言っていた」
エンデブロック氏は本当に理解に苦しむような顔で苦笑した。
「口封じって何を!?」
「さあなあ? 俺に手伝いを要請した以上――とか何とか言っていたが、よく分からん」
エンデブロック氏は完全に困った顔だ。
ポルスキーさんはハッとした。そうだった。叔父はデュール氏につく前は、マクマヌス副会長陣営に声をかけられていたのだ。
「そういえば、叔父さん、マクマヌス副会長陣営には、何を頼まれていたの?」
「デュールを見つけて連れ戻してくれってな」
「え? どういうこと? 連れ戻す? 逆じゃない?」
ポルスキーさんは予想外過ぎて首を傾げた。てっきりマクマヌス副会長派はデュール氏を追い出したいものだと思っていたから。
エンデブロック氏は首を竦めた。
「だからそれは、今もデュールについている跳ね返りの呪いのことじゃねえの? それをあいつらは駒として使いたいんだろう。例えば魔法協会の偉い奴に呪いをかけるのに『跳ね返りの呪い』を使いたいんだったら、目的人物の近くに――少なくとも魔法協会に、デュールがいてくれねえと困る。でも、なんだっけ、シルヴィアって女の――イブリンが解いたとか言う変な呪い――? あれのせいでデュールは身を隠しちまってた。だから、まずクレイナートはデュールを魔法協会に連れ戻す必要があったんだろう」
ポルスキーさんは納得しかけたが、
「え? でも連れ戻すだけなら、何でわざわざ叔父さんに頼むの? 自分でやればいいのに」
と首を傾げた。
お読みくださいましてありがとうございます!
叔父さん襲撃された!?Σ(゜Д゜) 作者もびっくり。
次話以降も、口封じの襲撃があちこちで起こります。





