【5-4.本命の呪い】
ラセットが、新しいネタを見つけたとばかりに意気揚々と行ってしまうと、クロウリーさんはポルスキーさんを連れて、デュール氏の執務室へ急いだ。
モーガンの自白の件である。モーガンがはっきりと口にした以上、クロウリーさんとポルスキーさんはデュール氏に『まだ呪いがついていること』を説明しなければならないと思った。
二人が着いたときデュール氏は別件で来客と面談している最中だったので少し待たされたが、デュール氏はかなりポルスキーさんとクロウリーさんの用件が気になったようで、予定時間を大幅に短縮して用事を片づけ、デュール氏は二人を部屋へ招き入れた。
デュール氏は、ポルスキーさんが顔を引きつらせているので悪い予感を胸に抱きつつ、
「何の用かな。あんまり時間がないからできれば手短に」
と促した。
ポルスキーさんはモーガンの自白の件をデュール氏に詳しく話して聞かせた。
デュール氏はみるみるうちに顔が険しくなった。
「それって、僕にまだ『シルヴィアの呪い』がついているってこと?」
ポルスキーさんは申し訳なさそうに頷いた。
「ごめんなさい、あの日私が解いたと思っていたのは、シルヴィアの想いに引きずられた『呪いのバグ』だけだったんだって」
「いや、イブリンが謝ることはないよ! 分からなかったんだからしょうがないだろ? でも、あの日、降霊術で降ろしたシルヴィアの霊は、僕に好意を寄せる女を呪うってはっきりと言ってたんだけどな……」
デュール氏はポルスキーさんを労わりながらも、納得いかないようで首を傾げた。
ポルスキーさんは頷く。
「そうね。でも、モーガンがあれほどはっきり言うなら『バグ』なんだと思うの。その『バグ』はモーガンとフローヴェールは意図してなかったし、シルヴィア本人もそんなこと望んでなかった。でも、シルヴィアの強い想いがあんな呪いの形として現れた――。シルヴィア自身も想いに引きずられて、そっちにしか目がいかなかったのかな……」
デュール氏はうーんと唸った。
「それは……。まあ、強い想いに魔法が引きずられることはあるね……。けっきょく呪いだって人間のやることだから――まだあんまり確立されてないような、練られていない魔法では特に……。それで、肝心のモーガンとフローヴェールの『本命の呪い』はどんな感じなんだろうか?」
「あー……」
ポルスキーさんは、自信がなさそうな顔になった。
今だって、デュール氏に何か薄い魔力を感じるだけでよく分からなかった。
「正直分からない。『人を操る魔法』って言ってたから、中枢神経に作用する魔法だとは思うけど」
それを聞いてクロウリーさんは目を上げた。
「中枢神経っていうと脳とか――? でも、操られるのはデュール氏とは限らないだろう? モーガンは『人を操る魔法』とは言ったが、『誰を』とは言わなかった」
何となくクロウリーさんは、操られるのはデュール氏ではないような気がしていた。
デュール氏は「どういうことだ?」と目を見開いてポルスキーさんとクロウリーさんを見比べていた。
ポルスキーさんはクロウリーさんに頷き返した。
「シルヴィアの『好意を寄せた女に災難がかかる呪い』が本命の呪いに引きずられた『バグ』なんだとしたら、大元の原理は一緒だと思うの。だから、『本命の呪い』の方も『鏡の呪い』の原理が使われているんじゃないかと思うわ」
デュール氏はそれを聞いてぎょっとした。
「それは困る――! そうすると、『人を操る魔法』がかけられるのは、僕自身ではなくて、僕に接触した人間ってことになるよね?」
デュール氏はいつぞやのことを思い出していた。自分に接触する人が呪いのせいで傷つくのが心苦しく、職を辞して辺鄙な土地に引き籠った辛く侘しかった日々を。
ポルスキーさんも身震いした。
「彼らは本当にそんなことができると思っているのかしら。『鏡の呪い』で『人を操る魔法』なんかかけられるもの? できるとしたら相当よ!」
クロウリーさんは深くため息をついた。
「できるんだろう。人の死まで利用した魔法だ。『人を操るにはそれなりの対価がいる』とまで言ってた。彼らはこの呪いによっぽど自信を持っている」
自信を持っていると言われてデュール氏は恐ろしそうに身を竦めた。
「その『本命の呪い』の解き方は? 『バグ』の方と一緒なのかな」
ポルスキーさんは残念そうに唇を噛み首を横に振った。
「シルヴィアはもう成仏したけど、こっちの呪いは残っちゃってるもの……。シルヴィアの執念を消すことで解けたのは『バグ』の方だけだった。そうすると、『本命の呪い』は、シルヴィアの執念ではなくて、純粋に死のエネルギーを使ってることになる……」
デュール氏は宙を仰いだ。
「解き方が違うのか! どうしたらいいんだ――」
ポルスキーさんは考えこみながら、おずおずと口を開いた。
「一応、叔父さんのとこで修行しながら考えてたことはある……」
デュール氏とクロウリーさんはハッとして、ポルスキーさんが何を提案するか緊張の面持ちで見つめた。
ポルスキーさんは丁寧に言葉を選びながら言った。
「前回解いたシルヴィアの呪いは、彼女の死と想いを呪いに変えて、アシュトンに薄く被せてあったわね。それが『鏡』のような役割を果たしていて、女性の好意を感じると『呪い』として跳ね返した。原理は同じなのだとしたら、アシュトンに薄く被せてある『呪いの本体』を何とかすればいいと思ったの。それで、一個考えたのが……」
「それは?」
デュール氏は祈るような目で小さく息を呑んだ。
「魔力の『反発力』を使う方法……」
ポルスキーさんはよほど自信がないのか、消え入りそうな声になっている。
「ほら、二人の魔法使いが同時に魔法を使っても、二人の魔力は絶対に混ざらないでしょう? 個々人の魔力は独立してるもの。その『混ざらない』っていう性質を利用して『反発力』を作れないものかと……」
「魔力の反発力か……なるほど」
クロウリーさんは相変わらず柔軟なポルスキーさんの魔力解釈に舌を巻いた。
しかし、ポルスキーさんは恥ずかしそうにポリポリと頭を搔いている。
「叔父さんなら、魔力も強いし効率もいいから、たとえ見たことない呪いでもね、そんな薄く被せてある程度だったら、理屈なしに直感だけで簡単に引き剥がして消してしまうと思うんだけど……。私にそれはできないから……」
「いや、『反発力』やってみる価値があると思う」
とデュール氏は期待を込めて言った。
「ほんと?」
とポルスキーさんは少し顔を明るくしたが、
「でも、これでやってみるとしても、私にはまだ腕が足りないから補助道具がいるかなって。とりあえず叔父さんちにあるから取って来ようとは思うんだけど……」
ともじもじしながら言った。
「すぐに取りに行こう」
とクロウリーさんが当然のようにポルスキーさんの腰に腕を回してテレポートしようとすると、その瞬間に、バシッとクロウリーさんの腕が乱暴に払いのけられた。
ハッとしてクロウリーさんが目を上げると、払いのけた主はデュール氏だった。
「当然のようにイブリンに触れないでくれよ。いったいいつまでヒューイッドは我が物顔なわけ? 別れてるんだろ? 君はもう特別じゃないわけ。指輪だってあんな扱いされてたじゃないか」
クロウリーさんはピタッと動きが止まった。それは、今クロウリーさんが一番言われたくないことだった。
ポルスキーさんの方は少し驚いた目でデュール氏を見た。
「アシュトン、どうしたの? クロウリーさんがついてくるのはいつものことよ?」
「イブリン、そんな常識は今すぐ捨てなさい。大人の男を『ついてくる』だなんて犬扱いするのはよくないよ。僕の方がイブリンを守れる。それはこないだのモーガンのときによく分かったと思うけど」
デュール氏はさりげなくクロウリーさんを煽りながら、ポルスキーさんの方に身を乗り出した。
モーガンのとき――。確かにその言葉は痛いほどクロウリーさんに効いていた。クロウリーさんは自らポルスキーさんを守れなかったことをひどく気にしていたのだ。
しかし、クロウリーさんは努めてそれを表情に出さず、
「でも、イブリンは今も指輪をしている――。あんまりとやかく言わないでくれませんか」
と低い声で短く答えた。
しかしデュール氏はそれをせせら笑った。
「指輪ったって魔法アイテムだろ。テレポートの補助に着けているだけさ」
と気にも留めない様子だ。
それを聞くと、ポルスキーさんは「あっ」と飛び上がって申し訳なさそうに弁解した。
「アシュトン、それは違うの。叔父さんが魔法を解除したから、これはもうただの指輪よ――。クロウリーさん、もらった指輪をごめ――」
すると、デュール氏はキーっとなって、ポルスキーさんの言葉に被せるように、
「イブリン、それただの指輪になったの? じゃあ役立たずじゃないか、なんでそんな指輪を着けてんの!? 別れた彼氏がくれた指輪なんてヤバい呪いみたいなもんだよ、直ちに外すんだ! 僕が新しい指輪をプレゼントするから――」
と訳の分からない理屈をつけて、ポルスキーさんの手を取り指輪を除こうとした。
その手を今度はクロウリーさんがパシッと乱暴に払いのけ、
「イブリンに気安く触れないでもらえませんか」
と応酬する。
「いいかげんにしてーっ!」
とポルスキーさんが叫んだ。
「アシュトンの呪いを解くために魔法道具を取ってくるって言ってるのよ。触る触らないはどうでもいいのよ、別に私はこんな程度触られたからってクロウリーさんやアシュトンをセクハラで訴えたりしないし。指輪だって叔父さんが勝手にはめただけで、別に何の意味もないんだからね!」
本人は気付いていないが、何となく、どこかズレている。
そのとき、デュール氏の秘書役が、ポルスキーさんの怒声にびびりながら恐る恐る顔を覗かせた。
「あのー、お邪魔して申し訳ありません。デュール理事、非常に申し上げにくいんですが、次の予定の時間ですけど……」
ポルスキーさんは怯えた秘書役の様子に気の毒そうな顔になって、
「まあ、アシュトン、セクハラもよくないけど、パワハラはかなりダメよ!」
とデュール氏を詰るような言い方をした。
「僕はパワハラなんかしないよ! ってゆか、どう見たってこれ、イブリンのヒステリックな叫び声でしょ」
とデュール氏が呆れて言うので、秘書役はコクコクと頷いた。
ポルスキーさんはきまりが悪くなって、
「あ、ああ、そう? ごめんなさいね。じゃ、ちょっとアシュトンのために魔法道具でも取って来るわね」
と善人であることをアピールするようにわざと恩着せがましい言い方をして、クロウリーさんと一緒に叔父の邸へテレポートした。
お読みくださいましてありがとうございます!
なんかクロウリーさんとデュール氏がイブリンを挟むと、自然とやきもち大会になるみたい……(;´∀`)
次話から、ちょっと展開が「待ったなし」な感じに突入していきます。もう、やきもち大会してる場合じゃない!





