【5-3.魔法協会会長】
その部署に入ってきたのは、魔法協会の会長、ロバート・スリッジだった。
スリッジ会長はすらりとした長身で、ダークブラウンの縮れ毛だった。その割には、口ひげがきちんと整えられていて、ポルスキーさんは落ち着いた印象を受けた。
スリッジ会長は3人ほど秘書役を引き連れている。
なぜスリッジ会長がこんなところに?とクロウリーさんは不審そうな顔をしていた。
しかし、スリッジ会長の方は至って気にしない様子で、にこやかにポルスキーさんに近づくと握手を求めて手を差し伸べた。
「君がイブリン・ポルスキーさんだね。私はロバート・スリッジ、ジェニファーの父だ。ジェニファー誘拐時に助けてくれたお礼を言いたくてね。ここに来ていると聞いたから寄らせてもらった。礼が遅くなって悪かったと思っている」
柔らかいゆっくりした所作で、スリッジ会長は丁寧に言った。
ポルスキーさんは、ジェニファーの父と聞いて驚いた。わざわざ礼を言いにこんなところまで足を運んできたとは。ほんの挨拶程度のこととはいえ、ポルスキーさんは少し恐縮した。
「あ、いえ、私はアイテムを提供しただけなので……。えっと、ジェニファーが無事でよかったです」
それからポルスキーさんは、スリッジ会長は自分以外の人にも礼を言って回ったのかと、ぼんやり疑問に思った。
実際ジェニファーを助けに乗り込んだのは、デュール氏とラセット・マクマヌスだったので。デュール氏はまだしも、ラセットはマクマヌス副会長の息子な上に、ジェニファーの彼氏なので!
そんなポルスキーさんのほんの少しオロオロした様子にスリッジ会長は気付いたようだった。楽しそうに口の端を歪めた。
「もしかして、あの事件の関係者ってことで、ラセット君のこととか心配しているのかね?」
「あ、はあ……」
ポルスキーさんは図星で顔を赤くした。そして何で分かったのかと内心ヒヤヒヤした。
スリッジ会長は穏やかに笑った。
「そうだね、私の悪口を書きまくってたラセット君だよね」
しかし、ポルスキーさんは青くなる。
そうだった!
ラセットはマクマヌス副会長の息子であることとジェニファーの彼氏なことだけではなかった! 記者としてスリッジ会長の悪口を書きまくっていた!
ポルスキーさんはどっと冷や汗をかいた。
そっとクロウリーさんを盗み見ると、クロウリーさんもかすかに苦笑いしていた。
スリッジ会長は、ポルスキーさんの戸惑った様子に同意するように頷いた後、
「そんなラセット君がうちのジェニファーと付き合っているんだってね。どういうつもりか、君、ラセット君から何か聞いてる?」
とカジュアルに聞いてきた。
「えっと、『それとこれとは別』って言ってました。ラセットには彼なりの筋があるようですので、あまり心配はしていません」
と当たり障りのない返答をしておいた。
「へえ」
スリッジ会長は興味があるのかないのかよく分からない様子で口先だけの返事をすると、
「それで、君は二人がつきあってること、どう思う?」
と判断を丸投げするように聞いてきた。
ポルスキーさんは何を聞かれているんだと思ったが、何も答えないのも変なので、
「別にいいんじゃないでしょうか。二人が好き合っているなら他人がどうこう言う問題じゃないと思いますけど」
と早口で答えた。
スリッジ会長はニコッとした。
「そうか。君がいいと言うのならよいことにしようか。ただね、その代わり、君とラセット君はもう私の派閥ってことでいいかな」
「は?」
ポルスキーさんは、急に何の話かと耳を疑った。いきなり何? 脈絡もへったくれもなかったような。
ポルスキーさんの呆気にとられた顔を楽しそうに眺めながら、
「うちのジェニファーと付き合うからにはそれくらい覚悟してもらわないと。君もラセット君の身元保証人なんなら、しっかりと頼むよ」
と釘を刺すのを忘れない。
「え? あの、私は魔法協会の職員じゃないんですけど!」
ポルスキーさんが声を荒げて抗議した。
しかしスリッジ会長はわざととぼけた顔をした。
「そう? それが何か問題でも?」
ぐぬぬ、とポルスキーさんは唸った。
そういえば、以前ラセットが言ってたような気がする。『会長派は強引』とか何とか。こういうことか!
それからスリッジ会長は目ざとくポルスキーさんの指にはまった例のクロウリーさんにもらった指輪を見つけた。
「おや? 指輪をしてるんだね。君も彼氏いるんだ」
クロウリーさんがハッとしてポルスキーさんの指に目を落した。
ポルスキーさんは恥ずかしくなって、耳を赤く染めると、右手で指輪のはまった左手をパッと隠した。
「それ……」と思わず口を開きかけたクロウリーさんを押し退けるように、ポルスキーさんは、
「スリッジ会長、セクハラですからっ!」
とスリッジ会長の目を見据えてビシッと言った。
しかしスリッジ会長の方はそんなこと指摘されてもお構いなしだった。
「――ああ、なんかそういえば噂を聞いた気がするな、もしかしてアシュトン?」(※デュール氏のことは同僚なので名前呼び)
「ち・が・い・ま・すっ!」
ポルスキーさんとクロウリーさんが同時にきっぱりと否定すると、スリッジ会長は「ははは」と悪びれた様子もなく笑って、
「そうか、違ったか。まあ、ハニートラップのスキャンダルのあった男なんて嫌だよねえ(※第2章参照)」
と一人で勝手に頷くのだった。
「あ、いや、そういうわけじゃ……」
ポルスキーさんが言いかけたが、スリッジ会長は「もうこの話をお終い」とばかりに何食わぬ顔でクロウリーさんの方を向いた。
「君はアシュトンのところのヒューイッド・クロウリー君だっけ。最近マクマヌス副会長の懐刀、グレショックを捕まえたんだってね。そいつは何か喋ったか?」
「ええ。気になることを少し」
慣れているのかクロウリーさんが簡潔に答えると、スリッジ会長は満足そうに頷き、
「そうか、ならいい。君たちに任せるよ。うまいこと解決してくれ」
と言った。
そして、秘書役が次の予定を耳打ちしたのをきっかけに、
「では失礼するよ。礼が言えてよかった」
とにっこりしてくるりと踵を返した。
しかし扉から出る瞬間に、ぴたりと歩みを止め、おもむろに、ひときわ低い声で、
「そうそう、クロウリー君。ジェニファーの誘拐犯は必ず捕まえろよ」
とゆっくりと言った。
なんだかんだ言って、娘が誘拐されたのはかなり不愉快だったらしい。
「分かりました」
とクロウリーさんがはっきりとした声で請け負うと、スリッジ会長はその言葉に安心したように秘書役を引き連れ部屋を出て行った。
ポルスキーさんはスリッジ会長が出ていくのをぼんやり眺めて、頭を整理しようとしたがイマイチ状況がよく分からない。
「何だったの、あの人?」
と小声でクロウリーさんに聞いた。
クロウリーさんは小さくため息をついて、
「あの人は、いつもあんな感じだ」
と呆れたように答えた。
ポルスキーさんは腑に落ちなかったが、しかしとりあえず用事も済んだことだし長居するのも変なので、クロウリーさんの同僚に挨拶をすると、クロウリーさんとこの部署を退出した。すると、ちょうどそのタイミングで、ばったりラセットに鉢合わせしたのだった。
ポルスキーさんはかなり驚いた。が、ラセットの顔を見て、すぐに変だなと思った。
「ラセットどうしたの、死にそうな顔して」
「そっちこそどうした、変な顔して」
とラセットがのろのろと聞くので、ポルスキーさんはさっきスリッジ会長が会いに来て、よく分からん話をしてったことを愚痴った。
ラセットは知らぬところでスリッジ会長派に入れられたことに「うわあ」とドン引きした。
「相変わらず強引なおっさんだなー」
「で、そっちは?」
とポルスキーさんがラセットに聞く。
ラセットは大仰にため息をついて見せた。
「まあ似たようなもん」
「へ?」
「親父にたっぷり絞られてた。モーガン・グレショックの逮捕の件、かなり書いたからなー。なにせ俺の記事は今や大人気連載。『モーガン・グレショック事件の真相』。ははは、捕り物の緊迫現場から、シルヴィアの殺人、ジョージ・ボウルズ理事やマイク・オコーネル理事、その他の理事の懐柔工作も全部情報集めて書いてやったぜ」
ラセットは得意そうに笑っている。
「あー、それ怒られるやつ」
ポルスキーさんは副会長の息子の分際でよく書いたなと思ったが、何やらラセットの中には明確な線引きがあるようで、それはポルスキーさんにははっきりとは分からなかった。
それからラセットは苛立ちを隠せないように、
「さらにジェニファーと付き合うな、だってさ。もっと将来性のあるお嬢さんにしろって」
と吐き捨てた。
「なかなか失礼な言い方ね」
「もうほんと、口出すなって感じだよ。だから、俺の方からも親父に悪巧みすんな、絶対に破滅するぞ、そんときゃ俺は知らんからなって言っといた」
ラセットは首を竦めた。
「マクマヌス副会長は何か変わった様子とかなかったか?」
クロウリーさんは聞いた。モーガンが逮捕された以上、恐らくマクマヌス副会長はスリッジ会長を引きずり下ろすべく別の手を考えているはずだった。
「それなー」
ラセットは腕を組んで何かなかったかと考え込んだが、
「俺が親父んとこから出てくるとき、デイヴィッド・サンチェス理事がすれ違うように親父の部屋に入っていったんだ。親父の息がかかった男だとは思っていたけど、どんな用件か知らんが訪ねてくるくらいだから仲がいいんだろうか」
と首を傾げた。
デイヴィッド・サンチェス理事と聞くとクロウリーさんが少し驚いた。
「デュール氏の後任で理事に昇格した人だな?(※第2章参照) デュール氏が結界担当の理事に復帰した後は、魔法通信の部署の担当に変わったんだったか」
そういえば盲点だったな、とクロウリーさんは思った。
「ああ、そいつのことは少し調べといてやるよ」
ラセットはまかせとけとばかりに軽く腕を上げた。
「もう! 新しい記事のネタと思ってるでしょ」
ポルスキーさんが窘めると、ラセットは少し意地悪そうにニヤリと笑って、
「それが俺の仕事ですから」
と言って、父親への不快感はどこへやら、なんだかウキウキした様子で立ち去っていった。
お読みくださいましてありがとうございます!
すみません、この回ジェニファーの親としてスリッジ会長にお礼くらい言われてもいいよねの回で、あんまり進展がありませんでした(;´Д`) すみません(大汗)
次回は、デュール氏にモーガンの自白内容を説明しに行きます。
にしても、ラセット君とラセット父(マクマヌス副会長)の微妙な親子関係が作者にもよく分からん(涙)





