【5-2.自白の薬】
さて、魔法協会についたクロウリーさんとポルスキーさんは、先日逮捕したモーガン・グレショックが拘留されている部署までやってきた。
クロウリーさんがその部署に顔を出すと、同僚の職員が「おっ」と顔を上げた。
「モーガンと話したいと言っていたな。返事するか分からんが、一応声かけてみたら」
そう言って、クロウリーさんをモーガンの独房まで案内した。
ポルスキーさんの方は、モーガンがポルスキーさんを見て何か警戒するといけないので、姿を見せないようにそっと曲がり角の手前で息をひそめて耳を傾けることにした。
「おまえに聞きたいことがあって来た」
とクロウリーさんはモーガンに話しかけた。
モーガンは簡易ベッドに腰かけていたが、クロウリーさんに背を向けたまま、独房の壁にもたれかかっている。すっかり無視を決め込んで、こちらを向く気配はなかった。
クロウリーさんは想定内というように、それでもゆっくりと続けた。
「ずっと気になっていた。アシュトン・デュール理事を呪うのにシルヴィア・ベルトーチの死を利用したということになっているが、デュール理事にかけられた呪いは『デュール理事に好意を持った女に災難が降りかかる』というあやふやな呪いだった。いくらデュール理事を失脚させるためとはいえ、そんな中途半端な呪いをかけるために、人殺しまでするだろうか?」
モーガンは聞いているのかいないのかもよく分からない様子だった。
クロウリーさんは気にせず続けた。
「初めは厄介な呪いだしな、と思っていた。デュール理事ではなく好意を持った女の方に呪いが憑くというのも複雑だったし、さらにはデュール理事に接触した時点で『呪いの種』がつき、好意を持つと『発動する』という二段階の呪いでもあった。おまえたちの存在を隠せたのも巧妙だなと思っていた――」
モーガンは相変わらず何も答えなかった。
クロウリーさんは疑問を呈した。
「だが、やっぱり腑に落ちない。人殺しまでするか? 人殺しまでしてかける呪いだったら、もっと直接的な、もっと確実にデュール理事を失脚させる呪いにするだろう。人を殺そうなどと思ったことはないが、私がおまえの立場ならそう考える。デュール理事が非情な人間だったら、身近な女に災難が降りかかったくらいで理事を辞めないかもしれないからな」
モーガンは沈黙を貫いていた。
クロウリーさんは低い声で尋ねた。
「不確実な呪いだとは思わなかったのか?」
問いかけられても、モーガンは微動だにしない。
クロウリーさんはふうっとため息をついてみせた。
「もし本気でシルヴィアの呪いをかけるためだけに人殺しまでしなきゃならなかったと言うのなら、腕が悪いとしか言いようがない。はっきり言って非効率」
少し挑発的な口調だった。
そして、
「そんなだからザッカリー・エンデブロック氏にも裏切られるんだ」
と吐き捨てた。
しかし、モーガンはそんなクロウリーさんの挑発には乗らなかった。黙ったまま向こうの壁を見ている。
クロウリーさんは、もう少し踏み込んでみることにした。
「しかもシルヴィアのことは二人がかりで殺していたな。一人じゃできなかったのか?」
モーガンは何も答えない。
クロウリーさんはわざと嘲るような声を出した。
「ああ、二人じゃなかったか、おまえの弟も関わってるんだったか? おまえの弟は何を証言するかな?」
これは揺さぶりだった。ポルスキーさんが再検死のときに見せた映像にはモーガンとフローヴェール・クレイナートの二入しか映っていなかったが、敢えて「弟もか?」とモーガンに疑ってみせたのだった。
モーガンは幼い時に両親と死別し、弟と二人で苦しい生活に耐えて生きてきたらしい。弟を害が及ぶ可能性をモーガンが放っておけるとは思えなかったからだ。
モーガンは掠れた声で勢いよく叫んだ。
「弟は関係ない!」
そしてクロウリーさんの方へ体を向けると、意地汚い狼のように睨みつけた。
クロウリーさんは「よし、かかった」と思った。
しかし顔や声には出さない。
クロウリーさんはさっきまでと同じ口調で、
「そうか? 弟を庇うとは殊勝だな」
とせせら笑ってみせた。
モーガンは今にも殺してやりたいといった表情になった。
「眉唾イブリン・ポルスキーがそう言ったのか? 大間違い、あいつの目は節穴だ! 愚か者の性悪女め、もう許さん! エンデブロックも裏切り者、必ず報復する!」
クロウリーさんは面と向かってポルスキーさんを罵られたので一瞬怯んだが、しかしそれを露にも表には出さず、冷ややかな声で蔑んでみせた。
「おまえには無理だな。おまえの人生はこれで終わりなんだから。まあしかし、ご苦労なことだったな。あんな中途半端なあやふやな呪いのために、人殺しまでして――」
すると、クロウリーさんが言い終わる前にモーガンが叫んだ。
「人を操るにはそれなりの対価がいるんだ! デュールの周囲の女に災難が及んだのなんか俺たちの知ったこっちゃねえ、死んだシルヴィアの想いに引きずられた呪いのバグさ。俺たちが真面目にあんなくだらねえ呪いをかけたと思ってやがるのか、馬鹿め! 呪いを解いた気になっているんだろう、間抜けなデュールは!」
モーガンの言葉に、クロウリーさんは心の中で「そういうことだったのか」と思った。
『人を操る』とモーガンははっきりとそう言った。シルヴィアの死を利用してデュール氏にかけたかった呪いは『人を操る』呪い――。
クロウリーさんはもっと深く聞きたかったが、『自白』に気付かせないように、こちらから繰り返すことはしない。この魔法薬は自白を自覚した時点で効果がなくなる。
クロウリーさんはわざと腕を組んで鼻で笑った。
「バグか、おまえらが真似した元の呪いの方には、そんなバグはなかったけどな。おまえたちの呪いが不完全だったのを自分で認めるのか」
モーガンは血走った眼をクロウリーさんに向けた。
「メメルの呪いだってよく見りゃバグはあったさ! 知らねえのはおまえたち素人だけだ!」
やはり、メメル・エマーソンの呪いを真似して作ったのだ――!
クロウリーさんはバレないようにごくりと喉を鳴らした。
クロウリーさんは軽蔑の表情を作って、モーガンを睨み返してやった。
「他人の作った呪いを盗んでよく言う。開発者に手の内バレるとは思わなかったのか?」
モーガンは茶化すように笑った。
「ふん。口封じしたから大丈夫さ! 今頃気持ちよく眠っているはずだ」
「口封じ? やったのはあいつか?」
クロウリーさんはさも何か知っているかのように聞き返した。
「そうさ、フローヴェールだ! 俺たちの腕は悪くない! フローヴェールは……」
とそこまで言いかけて、モーガンはハッとした。まずいことを口走っていることに気付いたようだ。
出してはならない個人名を二度も口にしてしまったことで、脳に違和感が駆け巡ったのだろう。
先程までの興奮したような様子は鳴りを潜めて、完全に我に返った表情をしていた。
モーガンは急に無言になった。
そして、悔しそうにぎりっと歯ぎしりすると、これ以上の何もかもを拒むように、ぐるりとクロウリーさんに背を向けた。
クロウリーさんは「自覚したな、ここまでか」と思った。
しかし、聞きたいことは聞けたと思った。これから大きな進展が望めるはずだ。
クロウリーさんは踵を返してモーガンの独房を離れた。
曲がり角の向こう側に潜みながら、今朝調合した『自白の魔法薬』を香炉で焚いていたポルスキーさんは、戻ってきたクロウリーさんと目が合うと、ほっとしたように微笑んだ。
物音立てぬようにそっと香炉を片づけると、ポルスキーさんとクロウリーさんは無言で独房のある部屋を出た。
そして、さっき挨拶した職員を探して用事が終わった旨伝えようとしたとき、この部署に突然いるはずのない人物が現れたのだった。
お読みくださってありがとうございます!(*´ω`*)
なんか真相が少し見えてきました~!
慣れない仕事をしたクロウリーさんでした。
次回、偉い人に会います。





