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【1-4.悲願の再会】

 アドリアナの悲痛な告白を黙って聞いていたクロウリーさんだったが、アドリアナがポルスキーさんの名前に言及すると、顔を強張(こわば)らせて一瞬身構えた。

 アドリアナがポルスキーさんを逆恨(さかうら)みして危害を加えるんじゃないかと思ったようだった。


 しかしアドリアナは母親が死んだことをポルスキーさんのせいにする気はなかった。

「ポルスキーさん。母は愛する人の死霊に会いたがっていました。それは本当にできることなんですか? 母はあなたの魔法を熱望していたの」


 ポルスキーさんもアドリアナの話を黙って聞いていたが、アドリアナに救いを求められるような、同時に(いど)むような言われ方をすると、バツの悪そうな顔をした。

 そして、仕方なさそうにアドリアナとクロウリーさんの手首を(つか)んだ。


「え?」とアドリアナが思った瞬間、周囲の景色が変わった。

 テレポートしたようだ。


 着いたところは森の中だった。

 2月の森の裸木(はだかぎ)は寒そうに澄みきった空の下に揺れている。


「確かにあなたのお母さんの同級生にはね、ポンコツのわりには好奇心がいっぱいで、新魔法の創造ばかり夢想していた女の子がいたの」

 ポルスキーさんは空を(あお)いで腕を広げた。


 つむじ風が四方からこの森に集まり出した。


 枯れ細った木の枝々が、つむじ風に翻弄されては鈍い音で「愛している、愛している」と叫んでいる。

 耐えきれず折れた小枝がアドリアナの頬を打った。

 眠っている場合ではない、目を覚ませ──。


「聞こえた?」

 ポルスキーさんが不意に聞く。

「え?」アドリアナは急いで目と耳を()らした。


 乾いた寒空、冬の日の昼下がり。

 澄みきった空が一瞬(きら)めいたかと思うと、溢れんばかりの光で目が(くら)みそうになった。


 そしてその光はやがて二つのかたまりに集まってくるように見えた。

 集まれば集まるほど輝度は増し、光の中心には何があるのか、一心に正体を知ろうとしても何も見えない。

 しかし、その中心に何か感じるものがあった。命のようなもの。





 ──私はエレーナ。

 私は今、光のかたまり。

 この広い世界をうすく漂っていたのに、急に一つの光として集められた。なんという窮屈──だから強い違和感に反発したくなって弾けてしまおうとした。

 その私の癇癪(かんしゃく)を、(かたわ)らのもう一つの光が、ざっと包み込む感覚がした。


 薄明るかっただけの世界が、形を持ちはじめ──思い出した、木だ、枝だ──、思い出した、空だ、雲だ──。

 そして、自分を包み込んだざらッとした光は、男の腕、胸、愛すべき笑顔──。


 ──思い出した、この人を知っている、私が愛した人だ──。


 テオドール・ホランド。

 甘いフェイスに似合わず、とても乱暴な人だった。

 私を愛してくれていたのに、すごく嫉妬深くて、私が言葉を交わした相手をいちいち問い詰めてきた。

 それは深く愛してくれているのだと思っていた。でも、人に会わせないと閉じ込めようとしたとき、私は気づいた。何かの執着の病気だと思った。


 私は彼の愛にどんどん追い詰められていた。

 行き場のない気持ちが私の日々を追い立ててイライラした。何をしていても誰かに見られているような急かされているような気になった。

 何だか疲れて、泣きたくなって、胸が張り裂けそうになった。


 私は色々考える力が低下していたんだと思う。判断力の低下が隙を生んで、変な男に付け込まれてしまいそうになった。「しまった」と思ったときにはもう遅かった。テオドールは最初の殺人を犯していた。


 怖かった。自分のせいだと思った。何でこんなことになったんだろうと思った。

 テオドールには自首を勧めた。

 もちろん彼が聞く耳を持つはずはなかった。彼は反省どころか悪いことをしたとも思っていなかった。


 彼の私への執着は日に日に強くなった。殺人犯への追及は彼にとってはただの邪魔でしかなかったようだ。彼はまるで人間を人間と思っていないかのように殺人を重ねたのだった。


 私の心は悲鳴を上げていた。逃げなければ。もうこんなことは全部なかったことにしてしまいたい。

 テオドールについて知っていることを全部洗いざらい(しゃべ)って、そしてもういなくなってしまいたい。


 友達も知人もみな「あの男とは一緒にいない方がいい」と言った。

 隠れるとか保護を受けるとか、いろいろできることを考えた。でもそれはテオドールを逆上させて残忍な事件が増えるだけだった。


 それでもやっとのことで、本当に彼のいない生活を手に入れた。そのときに物凄い申し訳なさを感じ、同時に物凄くほっとした。

 犠牲者や世間への(つぐな)いはこれから考える。私にできることなんてどれだけあるのか分からないけど。


 しかし、すぐに生きていることに対して強烈に不安を感じ始めた。

 テオドールと出会ったときには、私にはもう家族はいなかったから、テオドールだけが家族だった。

 テオドールといると胸苦しくなるくらいだったのに、会えなくなってしまった今となっては、本当はものすごく彼を愛していたことを痛感した。

 彼は確かに家族だった。楽しいこともつらいことも全部話せて、温かい寝床で一緒に眠ったのだ。


 皆はテオドールと離れることはとても良いことのように言った。寂しくなることなんて誰も心配してはくれなかった。「大丈夫、あんな男、すぐに忘れるよ」と。


 不快な言動で彼を憎めるかと思っていた。

 憎しみで愛を上書きできるかと思っていた。

 だけど、そうでもなかった。彼がいないことに私も打ちのめされていた。


 戻りたかった。会いたかった。

 でもテオドールは世間を騒がす犯罪者だった。

 そして、娘が生まれた。彼の子だ。

 娘に、殺人犯の子どもとして生きていく辛さを与えるの!?

 ……戻れない。


 それでも、用心していないと心はすぐにテオドールを求めてしまう。

 逢いたかった、愛していることを伝えたかった──。


 光として存在する私の眼下には、(あわ)れんだ顔のポルスキーさんと(ほう)けたように見上げるアドリアナ。

 そして相変わらず無表情のクロウリーさん。


「もう学生の時とは違うもの。鏡も水も呪文もいらないわ。つむじ風が止むまで、二つの魂は寄り添えると思うわ」

とポルスキーさんが言った。


 私は少しばかり形を持った腕を もう一つの光として存在するテオドールの方へ差し伸べた。

 テオドールの腕はそれを包み、私はやっと言えた。

「愛している、会いたかった」


 下の方でポルスキーさんが何か言っている。

 もうじきつむじ風が止むと。


「待って、あと少し……!」とアドリアナが叫んだ。

 でも、私とテオドールは優しく微笑んで、「もう大丈夫、ありがとう」と(うなず)いて見せた。


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