【4-12.叔父の大事な人】
ザッカリー・エンデブロック氏に「すぐにやれ」と言われたデュール氏は、軽く魔力量の条件をやり取りした後、結界管理の部署の方へ出て行った。
その様子を見て、エンデブロック氏は多少満足しさっさと立ち上がって帰ろうとする。それを慌ててポルスキーさんが後を追った。
クロウリーさんもハッとしてポルスキーさんに付き添おうとしたが、それはポルスキーさんに手で制された。
ポルスキーさんは叔父と二人でもう少し踏み込んだ話がしたかったのだ。
エンデブロック氏は面倒くさそうな顔をして、敢えてポルスキーさんを無視してさっさと自宅へテレポートしてしまう。
しかし、諦めるポルスキーさんではなかった。
自身もテレポートしたポルスキーさんは、叔父の邸の前、樹齢何百年もの大樹の下で、叔父を呼び止めた。
「叔父さん、結界を緩めて何をしようとしているの?」
邸に入るところを呼び止められたエンデブロック氏は、鬱陶しそうに振り返った。
「……研究のためだって言ったろ」
「それは分かってる! でも何の?」
ポルスキーさんは食い下がる。
叔父は首を横に振った。
「言わねえって言ったろ。何だっていいじゃねえか、要求自体は常識的だったろ」
「よくないわ。叔父さん、前に私にこう言ったの。『調整の法的正当性』とか『死の魔法って言い方的にはぎりぎりなのは認める』とか。あの段階では、魔力量じゃなくてもっと具体的な内容に踏み込むつもりだったはずよ。でも、今日の話は全く法に触れる話じゃなかった」
ポルスキーさんは疑問点をぶつける。
エンデブロック氏はため息をついた。
「確かにあの時はもう少し細々と結界を調整してもらうことを考えていたよ。だが俺もな、デュールが納得しやすいように考えたんだ。俺のピンポイントの要求なんざ、あいつに理解してもらえると思えねえからな」
「だから、それよ! そのピンポイントの要求って何なの。いい加減教えてよ」
「言わねえよ」
「何でよ、私がデュール氏に取り次いだのよ。叔父さんのこれからやることが犯罪だったら、私はもう共犯者なのよ」
ポルスキーさんは少し恐れを含んだような声だった。
エンデブロック氏は、もう何度目にもなるこのやり取りに心底うんざりした顔をした。
「だから犯罪じゃねえって!」
しかし怯むポルスキーさんではない。
「叔父さんちでのランタンの盗聴は? 確かにあれは犯罪じゃないかもしれない、でも褒められることでもないわ! そういうようなことを魔法協会の結界に干渉してまでやろうとしているなら――」
「おまえなあ! 自分は彼氏の指輪を魔法アイテムにしといて、人の魔法が褒められるかどうか気にするって、どれだけ自分のこと棚に上げてんだ!」
エンデブロック氏は煩わしそうに、ポルスキーさんの言葉を最後まで聞かずに怒鳴った。
「でも、嫌なんだもの!! 叔父さんが悪いことしようとしてるなら止めたいもの! 私は叔父さんのことが大好きなのよ!」
ポルスキーさんは叔父の剣幕に尻込みすることなく、目を見てはっきりとした声で叫んだ。
叔父は、ポルスキーさんがあくまで自分を心配しているということに気付いて、髪の毛を掻きむしった。
「……! うーん、もう、くそっ!」
最後まで迷っていたが、ポルスキーさんに押し切られた形になった。
叔父が観念したような顔でポルスキーさんの方を見たので、ポルスキーさんは少しほっとした。
「叔父さん……」
「知り合いの女が病気なんだ。その病気を治す方法を探してるだけだよ!」
そうぶっきらぼうに言う叔父の耳は、赤くなっていた。
ポルスキーさんは拍子抜けした。
「び、病気? 叔父さん、それホント?」
「そうだ。な、犯罪じゃねえだろ! もういいか?」
叔父はさっさと話を切り上げたがっている。
しかしポルスキーさんは首を傾げた。
「でも、病気治すなら、そもそも死の魔法なんかに引っかからないじゃない……なんで……」
「引っかかったんだよ、心臓だからな」
叔父はぶすっとして言った。
「え、心臓?」
ポルスキーさんの背に緊張が走る。
「頻拍だ。発作が起こると苦しそうでな。医者には命にかかわる可能性も言われてる。心臓の脈の乱れを抑えて正常に戻してやりゃいいんだが、脈拍を抑えるって魔法が、そもそもデュールの結界に弾かれるんだ」
「あ……」
ポルスキーさんは合点がいった。
「でも幸い、心臓の部分的な問題らしいってことも分かったしな、ほんの少しその部分を魔法で何とかすればそれで済むと思ってる」
「叔父さんん、それで……」
「結界は、当初は魔法の性質的なものに特例を付けてもらおうかと思ったがな、魔力量でいけると思ってな」
「そうだったの……」
ポルスキーさんは叔父の話に同情するやら感心するやらだった。今のポルスキーさんは叔父が悪巧みをしているとは思っていなかった。
ポルスキーさんはそっと聞いた。
「ねえ、叔父さん、その女の人って……」
しかし、ポルスキーさんが最後まで言う前に、叔父は飛び上がって鋭い目をポルスキーさんに向けると、耳は赤く染めたまま、
「てめえ、イブリン、そのことに関して一言でも余計なことを言ってみろ、二度とうちの敷居は跨がせねえからな!」
と脅かした。
ポルスキーさんは悲鳴を上げた。
「ええっ! それは困るわ! 私、叔父さんのところでもう一回修行しようと思ってたんだもの」
「ああ!? てめえ、こないだ『絶対嫌』っつってたろ!」
叔父が苛々して言った。
ポルスキーさんは情けない顔をした。
「水も取らずに一週間以上眠り続ける人がいるの。そんな魔法……。私解き方が分からないの。分からないのが悔しいの。そういうのがぱぱっと分かるようになりたいのよ」
エンデブロック氏はポルスキーさんの口から具体的な目標が聞かれたので、少し意外に思った。
「なんかおまえ変わったなあ。前は厳しい修業は嫌っつって出てって、一人でのほほんと好きな魔法だけ作ってたのによ」
ポルスキーさんは恥ずかしそうに俯いた。
「うん、知らない魔法が多すぎて目が覚めた。私も人の役に立ちたい」
叔父がニヤリとする。
「クロウリーの、か?」
「お、叔父さん!」
ポルスキーさんは顔を赤くして、べしっと叔父の肩を叩いたのだった。
しかし、その時叔父がいきなり話を変えた。
「ところでイブリン、おまえデュールにかけられたシルヴィア・ベルトーチの呪いを解いたって言ってたか?」
「うん、言ってたけど?」
ポルスキーさんが、叔父が急に何を言い出すのかと胡散臭そうな目をする。
叔父は「ふん……」と言って少し考えこんだ後、
「たぶん解けきれてねえ。おまえが言ってた『好意を持った女に災難が降りかかる』ってヤツはたぶん消えてるけどな。むしろそっちはおまけだな。そもそもそんなショボい呪いなんかのために人殺しするかよ、割に合わねえ。肝心な呪いの方はまたデュールについてる」
と言った。
「え、叔父さん!? それ、どういうこと!?」
ポルスキーさんが叫ぶと、叔父は面倒くさそうに首を横に振って、
「あとはおまえが自分でやれ。そこまで面倒みる義理はねえ」
と叔父はそっぽを向いた。
さて、最後に叔父からとんでもない事実を聞かされたポルスキーさんは、不安でいっぱいの気分で自宅に帰ってきたが、次の日からはまた怒涛の忙しさに引きずり込まれた。
モーガン・グレショック逮捕に関して、またも調書を取られることになったからだ。
驚くことに、今回の調書はなんとアシュトン・デュール理事がポルスキーさんにつくことになった。
叔父の一言のせいでデュール氏のことを気にしてたポルスキーさんは、デュール氏に再会できたことにほんの少しほっとしたが、あまりにも変な状況に突っ込まざるを得なかった。
「理事なのに、暇なんですか。他にやることあるでしょ」
とポルスキーさんがジトッとした目でデュール氏を見ると、デュール氏は「ははは」と明るい笑顔で、
「いいじゃないか、イブリンの聞き取り、やってみたかったんだよね」
と仕事と思ってないような口ぶりで言う。
ポルスキーさんはデュール氏に軽口を叩きながら、必死で叔父の言うところの『呪い』を探ろうとするが、何か薄い魔力を感じるだけで、叔父とは違ってポルスキーさんには『呪い』なんてデュール氏から感知できない。
どうしよう……と思っていると、デュール氏が不審そうな顔をした。
「どうかした?」
ポルスキーさんはどきっとした。しかし、叔父の言うところの『呪い』を感知できない以上、今の段階でデュール氏に言うのはどうかと思われた。
それで慌てて、
「モーガンはシルヴィア殺害の件、黙秘してるんですってね」
と表面的な話題を持ち出した。
デュール氏は「そうなんだ」と少し難しい顔をしたが、
「でも、イブリンが見せた像をきっかけにして再調査が進んでる。シルヴィアが殺害されたときの部屋の調査もやり直しているし。まあ、事実を見つける系の魔法を使えるのはもちろんイブリンだけじゃないから、他の魔法使いも全力で調べてくれてる。たぶんモーガンも、もうあんまり言い逃れできないさ」
と事態が前進していることを教えてくれた。
その言葉にポルスキーさんは少しほっとしたが、モーガンには他にも任務があったことを思い出した。
「そういえば、理事たちの買収の件は?」
デュール氏はにっこりして、
「それはありがたいことにね、モーガンが殺人の容疑者ってことで、交渉を持ち掛けられていた理事たちは一斉に手を引いたみたいだよ。まあ、マイク(※マイク・オコーネル理事)は初めっから靡いてなかったけれども」
と答えた。
ポルスキーさんはほっとした。
「よかった。マクマヌス副会長の企みはまた一つ阻止できたってことね」
しかしデュール氏は悔しそうに、
「でも、まだマクマヌス副会長に繋がる証言がないんだ。そりゃ理事買収の件ではマクマヌス副会長の名前が出ていたからね、誰もマクマヌス副会長とモーガン・グレショックが繋がってたことを疑う奴はいないけどもさ。でも、モーガンの口からは、マクマヌス副会長の名前は一切出てこないんだよ。今の状況ではマクマヌス副会長を失脚させる決定的な理由はない……」
と言った。
「そうなの、難しいわね」
ポルスキーさんも唇を噛んだ。
それから、ポルスキーさんは大事なことを思い出した。
「そういえば、先日のモーガン逮捕のときは、助けてくれてありがとう。叔父さんが乱入しちゃって、ちゃんとお礼言ってなかったわよね」
と頭を下げた。
デュール氏は苦笑した。
「ああ、あの時はイブリンを攻撃するものだから、かなり頭に血が上っちゃって。見苦しいところ見せたよね、ごめんね」
ポルスキーさんは首を横に振った。
「いいえ、やっぱりアシュトンは凄い魔法使いなんだと見直したわ」
「え、ほんと? 惚れた? いいよ、いつでも嫁においで! 一生僕が守るよ!」
デュール氏が目を輝かせるので、ポルスキーさんは笑った。
そのとき、聞き取り室にクロウリーさんが顔を出した。
「聞き取りで口説くな」
「うわ、出たっ!」
デュール氏が宙を仰いで嘆いた。
「ヒューイッド、いつも大事なところで現れるんだから! 僕に盗聴器でもつけてるのかな。ホント邪魔だよ。どうせ、モーガン逮捕のとき僕がかっこよくイブリンを助けたから嫉妬してるんだろ?」
クロウリーさんの眉がぴくりと動いた。
それは本当だった。
ポルスキーさんを助けてくれたのだからこんなこと思うのも変なのだが、助けるのがデュール氏でなくて自分でありたかったと頭の片隅では思ってしまうクロウリーさんだった。
そして、もやもやと思っていたところ、デュール氏にこんな言い方されるのも不本意なのだ。
「そうね、アシュトンったら凄い魔力なんだもの、見違えたわ」
と、ポルスキーさんが人の気も知らないで言うので、クロウリーさんは余計に気分が沈む。
デュール氏もどことなく勝ち誇った顔をしていた。
クロウリーさんは平静を装うので精いっぱいだった。コホンと咳払いして、
「これからモーガン・グレショックの買収交渉を受けた理事と内々に話すんでしょう。時間だから呼びに来ましたよ、イブリンの聞き取りは私が替わります」
と淡々と言った。
デュール氏の顔が曇る。
「ヒューイッドだけは替わりたくない。せっかくイブリンの中で僕の株が上がっているというのに」
「何言ってるんですか」
「今日のイブリンの聞き取りはこれで終了。イブリン、また次回ね!」
クロウリーさんに引きずられていくデュール氏をポルスキーさんは不安そうな目で眺めた。
見事な金髪巻き毛を耳まで垂らした見るべき大魔法使いなのに、あんな様子なんだから。
でも、本当にまだ『呪い』がついているのかしら? シルヴィアの呪いは解けたのではなかったの。『好意を寄せる女の人に災難をもたらす呪い』と『まだ付いている呪い』は何か繋がりがあるのかしら?
ポルスキーさんは、デュール氏の呪いが解決されていなかった事実に強い焦りを抱いたのだった。
お読みくださいましてありがとうございます!
叔父さんの拘っていたことが明らかになりました。
大事な人かな?
次回、第4章最終話です!





