【4-11.叔父の要求】
と、そのとき。そこにポルスキーさんの叔父ザッカリー・エンデブロック氏が颯爽と姿を現した。
茶髪パーマに女顔で、今日は特別に地厚の仕立ての良いローブを身につけていた。お出かけ用なのだろう。
エンデブロック氏はデュール氏の方を見ながら、
「さっきの光の魔法はおまえ?」
と聞いた。
デュール氏の方は自分は理事でありながら、初対面のこの男性の風格にすっかり気圧されている。
「はあ」
と生返事を返した。
しかし、次の瞬間、エンデブロック氏はデュール氏を眺めながら何かに気付いたように眉を顰めた。
「あれ、おまえ……?」
とその時、ポルスキーさんが叫んだ。
「ちょっと、なんで叔父さんがここに?」
エンデブロック氏は眉を顰めた。
「は? デュールと話すのは今日だったと思うが? とりあえずおまえと合流しようと思って来てみたんだが?」
「あ、ああ……そうだったっけ」
ポルスキーさんはポリポリと額を掻いた。
ちらりとクロウリーさんの顔を盗み見る。
エンデブロック氏はそのポルスキーさんの気まずそうな顔に気付き、そしてひょいっと目を移したクロウリーさんの手に例の指輪が収まっているのを見つけ、そしてクロウリーさんの表情がいつにも増して固まっていることに気づいた。
エンデブロック氏はすぐに「ははあ」と状況を理解して、
「クロウリー。おまえの指輪のことは、俺からイブリンにちゃんと叱っといてやったから。今日のところは許してやってくれよ」
と助け船を出した。
「え?」
とクロウリーさんが驚いて顔を上げると、エンデブロック氏はうんうんと同情するように頷いて、
「気持ちはわかる。愛する女にあげた指輪をなあ、まさか魔法アイテムに使われてるなんて、考えられねえよなあ」
とクロウリーさんの肩をポンポンと叩いた。
クロウリーさんはこんなにはっきりと代弁されると、それはそれでそんなに怒る事でもないかと冷静になり、
「いや、そこまでは……」
とトーンダウンして答えた。
「え? 魔法鳥の指輪って、まさか?」
デュール氏が呆れた声をあげたので、ポルスキーさんはすぐに「しーっ」とやって、
「自分がダメなことは十分もう分かってるから! これ以上言わないでっ!」
と勘弁してほしそうに言った。
それからクロウリーさんはふうっと小さくため息をつくと、エンデブロック氏に、
「これからの話し合いに、私も同席させてください。そうしたらイブリンを許しますよ」
と言ってみた。
もちろん本心ではない交換条件だが、エンデブロック氏の方もたいして謝ってもない態度なので、言ってみても良かろうと思ったのだ。
クロウリーさんとしては、エンデブロック氏がポルスキーさんの叔父である以上に、彼が世の大魔法使いであることから、彼がこれから語る内容に興味があったのだ。それにここまで来て、ポルスキーさんとデュール氏とエンデブロック氏の話合いから除け者にされるのは少々嫌だった。
「えー」
とデュール氏はクロウリーさんの提案に抗議の声を上げたが、
「ははは、そうくるかよ。仕方ねえな」
とエンデブロック氏が承諾するような言い方をするので、デュール氏は押し黙った。
「叔父さん、こちらがアシュトン・デュール氏よ」
まだ気まずさの抜けないポルスキーさんが遠慮がちに紹介する。
「へえ。さっきの光の魔法といい、魔法協会の結界師ってのは伊達じゃねえのかもな」
エンデブロック氏はにやりとして、ぼそっと呟いた。
そしてエンデブロック氏は、
「デュール。さっさと話せる場所に連れてけよ。時間の無駄だ」
と遠慮のない命令口調でデュール氏を催促した。
デュール氏は自分用の応接室にエンデブロック氏やポルスキーさん、クロウリーさんを案内した。
あんまりごてごてしていないが、落ち着いた色味の内装に造りの良い調度品が並べられており、静かに話し合いをするには十分な場所だと思われた。
エンデブロック氏は「どうぞ」もなしに遠慮なく長椅子に深々と腰を下ろすと、お茶でも用意しようかと入ってきた秘書に向かって、
「何もいらん。この部屋に絶対に近づくな」
と鋭い目で言った。
「叔父さん、言い方!」
とポルスキーさんが窘めると、エンデブロック氏は、
「なんだよ、もてなしてもらう必要はねえし、普通に話聞かれたくねえんだよ」
と片目を上げて不服そうに答えた。
「死の魔法の結界の『緩和』の件ですよね」
とデュール氏が緊張気味に聞くと、エンデブロック氏は、
「そうだ。魔力量の下限を付けろ」
と単刀直入に要求を口にした。
「魔力量の下限?」
デュール氏はエンデブロック氏の意図が分からず聞き返す。
「ああ、色々考えたんだが、それが一番おまえにとってやりやすいと思ってな。――死の魔法ってのは正直俺にはよく分からねえが、分かりやすくイメージすると体を裂くとか心臓を止めるとかか? でもそれは、たとえ相手が無抵抗の赤ん坊でも、それなりの魔力を込めないと機能しねえだろ?」
エンデブロック氏は彼なりに丁寧に説明する気でいた。
デュール氏はエンデブロック氏が何を言わんとしているかを理解するために、一言も聞き漏らさない覚悟で耳を傾けていた。
エンデブロック氏が続ける。
「逆に、厳密な言い方をすると、人を殺せないような量の魔力は無効化する必要はねえんじゃねえのか。人は死なねえんだから。だから、ごく少量の魔力の場合は、たとえ『死の魔法』のカテゴリーの魔法であっても、結界による無力化の対象から外せ。どうだ、これくらいなら許容範囲だろ?」
デュール氏はふうっと小さく息を吐いた。
「思っていたよりは、要求がまともでした」
「ああ!?」
エンデブロック氏がイラついて目を上げた。
「思ったよりって何だよ。俺はてめえにも分かるようにまともに言ってんだよ」
デュール氏はゆっくり笑って、
「でもね、理由を言ってもらえますか。結界運用の仕様変更、しかも緩和ですから、それなりに理由がいりますよ」
と言った。
エンデブロック氏はぶっきらぼうに、
「魔法研究の推進のためとしておいてくれ。魔法利用の未来に研究は欠かせんだろ」
と答えた。
「そうじゃないでしょ、叔父さん。何の研究をしたいのかってことを聞いてるのよ」
とポルスキーさんが横から補足すると、エンデブロック氏は嫌そうな顔をした。
「んなこと今の段階でおまえらに言う必要はねえ。俺はおまえらの言うところの死の魔法を悪いことには使わん。というか、ごく少量の魔力の『死の魔法』を結界対象から外したところで、問題になるような大事件が起こるとも思わん」
ポルスキーさんは黙った。
そして、叔父が頑なに研究内容を言わないことにポルスキーさんはうっすらと違和感を感じた。
この叔父は横柄だが、魔法利用に関しては秘密主義という方ではなかった。むしろ魔法に困っている人にはできるだけ的確な方法を提示しようとするし、有用な魔法は広まるように手助けさえした。
その叔父が全く言わないのだ。ポルスキーさんは叔父が何か彼にとって大事な問題ごとを抱えているのではないかと心配になったのだった。
ポルスキーさんが納得していない顔をしていたので、エンデブロック氏は眉を顰めた。そしてデュール氏の方を向いたが、デュール氏の方も説明不足と感じたのか判断に困ったような顔をしていた。
エンデブロック氏は面倒くさそうにため息をついた。
「無茶苦茶なことは言っていないつもりだが?」
「でも……」
ポルスキーさんは困り顔だ。
そのとき、ずっと沈黙を守っていたクロウリーさんがそっと言った。
「デュール氏、今の段階でエンデブロック氏の要求に重大な問題点があるとは思いません。だから要求を受け入れるべきですよ。今、彼はマクマヌス副会長とあなたを天秤にかけているんだ」
その言葉にデュール氏はハッとした。
怖気づいたかのようにエンデブロック氏の方を見る。
そうだった。マクマヌス副会長であれば、ザッカリー・エンデブロック氏を駒として使えるなら、もっとずっと悪質な要求でも呑むだろうと思った。
ここでデュール氏が拒否しては、このエンデブロック氏のことだ、マクマヌス副会長派につくことに抵抗はない気がした。
エンデブロック氏は首を竦めた。
「んな顔すんなよ。こっちも事情があるだけだ。俺としてはおまえに頼んでる立場だってことは分かってるよ」
デュール氏はエンデブロック氏を信じることにした。悩みを振り払うように頭を振ってから、
「分かりましたよ、その条件、マイナーな仕様変更ということで対応させてもらいます」
と絞り出すように答えた。
エンデブロック氏はほっとしたような顔をした。
「なら今からすぐやってくれ。頼んだぞ」
お読みくださいましてありがとうございます!
叔父さんの要求はわりかし常識的な範囲でした。
でも、たぶんポルスキーさんは納得していません。次回食い下がると思われます……!





