【4-8.犯人像】
シルヴィアの霊をここで呼んでもいいと聞いて検死官は青くなった。
「れ、霊……?」
そして遺体への敬意が薄かった自分の態度に後ろめたさを感じた。
「そう。霊を呼ばれたくなかったら……、今ここで、犯人を暴く魔法を使うことを許してちょうだい」
とポルスキーさんは言った。とはいえ、痛々しい遺体を前に具合が悪そうだ。
クロウリーさんがハッとして、ポルスキーさんの肩を抱く手に力がこもった。
「イブリン、何かする気か? ふらふらなのに、大丈夫なのか?」
ポルスキーさんの唇は血の気がなくなり紫色になっていた。
しかしポルスキーさんは弱々しく頷いた。
「やらなくちゃ……自信ないけど」
検死官は青い顔をして何も返事をしなかった。
ポルスキーさんはかなり小さな声で検死官に聞いた。
「あ、あの、か、解剖はできますか……?」
「いいえ。解剖の許可はもらっていません」
検死官が真面目に答えると、ポルスキーさんは少しがっかりしたような顔で、それからどうしようかと青白い顔で思案した。
「解剖って、何を考えていた」
とクロウリーさんが小声で聞くと、ポルスキーさんはぎゅっと目を瞑り、それからクロウリーさんの胸元に顔を埋めて、
「……が、眼球を……取り出してもらおうかと思ったの」
とぜいぜいしながら答えた。
「は!?」
とクロウリーさんが思わず声をあげポルスキーさんの肩から手を離すと、ポルスキーさんは体を離すと心細いとばかりに、ぎゅっと腕をクロウリーさんの腰に回した。
クロウリーさんは慌ててまたポルスキーさんの肩を抱いてやる。
ポルスキーさんは少し息をついてから、
「昔ね。窓から見える美しい景色とかを記録できないかと思って、魔法を考えたことがあったの。窓ガラスとか――コップとかでもいいんだけど、光を通す物に魔法の光を当てて、直前に映っていたものを再現して見れないかってやってみたのよね。色々試行錯誤を重ねていったら、そのうち、春の景色とか秋の景色とか、直前以外の景色も条件付きで見れるようになって――」
と説明し出した。
クロウリーさんは、ポルスキーさんの言わんとすることを理解し、
「光を通す物の先に、過去に映ったものの像を見せる、か。確かに眼球は光を通すな……」
と呟いた。
ポルスキーさんは小さく頷いた。
「ガラスじゃなくて眼球でも、その魔法の光を当てれば、きっと死の直前に見た人物を再現して見れるんじゃないかな」
そこまで言ってからポルスキーさんは、検死官の方に顔を向けた。
「解剖はしなくていいです。少し、シルヴィアの目に魔法の光を当てることを許してください」
「魔法? しかし……」
検死官は迷っているようだった。
「大丈夫です。私は遺体に触れないと約束しますから」
「いったい、魔法で何をする気なんですか」
「シルヴィアが死ぬ直前に見た人物を知りたいだけなんです」
「そんなことができるのかね?」
「できるかは分かりません。やってみるだけです」
ポルスキーさんの強い希望に、検死官は押し切られる形で最終的に頷いた。
検死に集まっていた職員たちは、いったい何が始まるのかと固唾を呑んで見守っていた。
ポルスキーさんは、クロウリーさんにしっかりとしがみつきながら、シルヴィアの遺体に近づいた。
そして検死官に向かって、
「シルヴィアの瞼を開けるだけ開けてください」
とお願いした。
検死官は専用のピンセットでシルヴィアの瞼を開き、眼球を露出させた。
動かない虚ろな眼球は人間の死をまざまざと認識させ、ポルスキーさんは怖くなって「うっ」と顔を背ける。
「大丈夫か」
とクロウリーさんが慌ててポルスキーさんを腰から支えた。
ポルスキーさんは青白い顔でシルヴィアの頭の横に正確に立つと、身をかがめてシルヴィアの眼球と同じ高さに目線が来るように腰を落とした。クロウリーさんがそっとその体を支えてやる。
シルヴィアの端正な横顔がすぐ目の前にある。どこからどう見ても生きていないことが分かる死に顔。こんな若さで殺されたシルヴィアのなんと残酷な運命。
ポルスキーさんは人差し指をそっとシルヴィアの眼球に向けた。
眼球は球体。こめかみの方から当てた魔法の光は角膜周辺を通り抜けて、鼻筋の方に像を見せるはずだった。
ポルスキーさんは小さな声で呪文を唱えた。
映像の条件を設定しているのか、やや長い呪文をぶつぶつと言っている。
やがて細くて青い魔法の光がポルスキーさんの人差し指から一筋出てきて、ゆっくりとシルヴィアの眼球に当たった。
細い光を眼球の表面に当てる、とても正確さを要する作業だった。
その光は眼球を通り抜けると今度は赤くなって、シルヴィアの鼻筋の方に小さな像を見せた。
ポルスキーさんとクロウリーさんは目を凝らしてその像を眺める。
幾人か、近くに立っていた検死参加者も身を乗り出してその映像を覗き込んだ。
魔法の光は、二人の男を像として映し出していた。
ポルスキーさんの周辺がざわついた。
「こいつは!」
「片方知ってるぞ」
「なぜ……」
ポルスキーさんもぎょっとした。
片方の男はあの猫なで声の男だったからだ。
「モーガン・グレショック。魔法協会の職員だ」
とクロウリーさんが淡々とした声で言った。
「モーガン・グレショック……。この男よ、ジョージ・ボウルズ氏に接触していたのは」
ポルスキーさんは小声でクロウリーさんに伝える。
「なんだって?」
クロウリーさんの眉がぴくりと上がった。
赤い光の中のモーガン・グレショックは、まさしくポルスキーさんが先ほど言ったとおりに手袋をし、ベッドで眠らされたシルヴィアの掌にナイフを握らせ、迷いなく力を込めてシルヴィアの手首を掻き切ったのだった。
ポルスキーさんは思わずえずき、吐きそうになった。
像に関心を奪われていたクロウリーさんがハッとして慌ててポルスキーさんの背をさする。
赤い血が手首からどくどくと流れ出て、一瞬早くなった呼吸が、ゆっくりと弱くなり、数十分でシルヴィアはこと切れた。
赤い血がぐっしょりとベッドを濡らし、ぬめぬめと表面を光らせていた。
もはやポルスキーさんは頭がふわっとして倒れそうになり、姿勢を保つのがやっとだった。
魔法の光を出している人差し指も小刻みに震えているため、クロウリーさんは「すまない」と声をかけながら、掌でポルスキーさんの指を包み込み、魔法の光が映す像がよく見えるように固定する。
そして、魔法の赤い光によって、モーガン・グレショックでない方の男が、シルヴィアの遺体に向かって何やら呪文を唱えたところが映し出された。
もう一人の男は神経質そうな風貌の背の高い男だった。
シルヴィアの遺体は一瞬のうちに暗い煙に包まれ姿が見えなくなった。煙がもやもやとシルヴィアにまとわりつき人型に漂っているのが、何か悪いことが起こっていそうでどうにも不気味だった。
やがて、ただでさえ暗かった煙が、まるでシルヴィアの遺体から何かを吸い取ったようにさらに真っ黒になり、遺体の周辺でゆっくり対流しはじめた。悪魔がシルヴィアの遺体を撫でまわしているように思えて、ポルスキーさんは気持ちが悪くて、そしてシルヴィアが可哀そうで仕方がない。
次の瞬間、その男は煙に自分の腕を突っ込み、悪魔を捕まえるかのように拳を握った。するとシルヴィアの周囲の黒い煙はたちまちかき消え、血まみれの物言わぬシルヴィアの遺体が姿を現した。そこに静寂が訪れた。
シルヴィアの遺体に施された魔法。よくは分からないけど。
おそらくこの男が、シルヴィアを呪いに利用した『フローヴェール・クレイナート』だ。
赤く暗い魔法の光に小さく映し出された像だったが、クロウリーさんはフローヴェール・クレイナートの人差し指に魔法使いのタトゥーが入っているのを見逃さなかった。
そこそこの魔法の使い手でなければ入れない例のタトゥーだ。
クロウリーさんは、このタトゥーからフローヴェール・クレイナートに迫れるかもしれないと思った。
さて、その場にいた者は声を失っていた。
魔法の光が映し出したものは、どう見ても他殺だった。
そして、ポルスキーさんが声もなくその場に崩れ落ちた。
クロウリーさんが慌てて両腕に抱きかかえる。
「検死官。これ、上司に報告します」
とクロウリーさんが言った。
検死官も言葉もなく、ただコクコクと頷くのみだった。
検死は終わりだった。その場に居合わせた者は皆表情を硬くしたままゆっくりと部屋を退出した。
唯一クロウリーさんの同僚の一人が、そっとクロウリーさんに近づいて、
「彼女さんの魔法凄いですね。よかった、真実が見逃されずに済みました」
と礼を言った。
お読みくださいましてどうもありがとうございます!
生々しい描写すみませんっ!!!
ポルスキーさんもこーゆーの苦手です。
さあ、モーガン・グレショックを逮捕しないとですね!





