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【4-4.昔の記憶】

 デュール氏の部屋から退出してきたポルスキーさんとクロウリーさんだったが、部屋を離れるとお互い無意識のうちに顔を見合わせた。


「そのマクマヌス副会長の交渉人がマイク・オコーネル理事に接触したのは、大きなミスかもしれない。マイク・オコーネル理事は特にそういった政治的なものを嫌う」

とクロウリーさんが期待を込めた声で言うと、ポルスキーさんは不安そうな顔で、

「うまくデュール氏が尻尾を(つか)んでくれるとよいのだけど」

と本当にこの機会を失いたくない気持ちで言った。


「大丈夫、彼ならやってくれるさ。ああ見えて彼は(そつ)がないよ」

とクロウリーさんが安心させるように言うと、ポルスキーさんは変な顔をした。

「クロウリーさんはデュール氏の悪口は言わないのね」


 クロウリーさんは嫌そうな顔をする。

「あいつと一緒にするな。まあ、あいつだって、イブリンの前で言うほど私を嫌ってはいないと思うが。いや……、もし内心(ないしん)嫌ってて、それでも私に対してあれだけ相談を持ち掛けてくるんだったら、ちょっと人間不信になるな……」


 そこへ、

「おーい」

と廊下の向こう側からラセットがポルスキーさんを呼ぶ声がした。


「ラセット!」

 ポルスキーさんが手を振る。

「どうかした?」


「どうかしたじゃねーだろ! イブリンに頼まれたこと探ってたんだからよー」

 駆け足で近寄ってきたラセットが不満げな顔で文句を言った。

 それから、

「あれ? なんでヒューイッドもいるんだ?」

とラセットが怪訝(けげん)そうに聞いた。


 クロウリーさんはムッとして、

「いては悪いか」

と聞き返すと、ラセットはニヤリと笑った。

「いや、すげーちょうどいい!」


「見つかったってことかな?」

とポルスキーさんが聞くと、ラセットは、

「おうっ! 俺の記者としての聞き込み能力をなめるんじゃないぜ!」

と得意げに親指を立てて見せた。


「何をラセットに探らせていた?」

とクロウリーさんが聞くと、ポルスキーさんは、

「ある魔女よ。私はシルヴィアの呪いを見たときにある魔女の呪いを思い出したの。その魔女の呪いはシルヴィアの呪いとは全然違うんだけど、でも共通点があった――。だから、何か真相(しんそう)(つな)がるきっかけにならないかと、その魔女の居場所をラセットに探ってもらってたの」


「その魔女はメメル・エマーソンって名前だったぜ」

とラセットは補足した。


「名前も知らなかったのか?」

とクロウリーさんが(あき)れたように聞いたが、ポルスキーさんはつんと口を(とが)らせた。

「私の話聞いてた? 市中(しちゅう)で見かけただけだったんだってば」


 何年前だっただろうか。ポルスキーさんはメメル・エマーソンがその呪いをかけるところを市中で見たのだった。


 あれは、どこぞの大富豪が病気で死んだ時だった。

 普通、大富豪が死のうが一般市民には関係のない話なのだが、その富豪の死には市民は高い関心を寄せていた。なぜなら遺産相続で()めるだろうと思っていたからだ。


 その富豪には妻と5人の子が残されていたが、そのうちの一人の子は妾腹(しょうふく)の生まれだった。

 富豪の正妻は、妾腹の子には遺体に会わせることを(こば)んだ。正当な子どもではないからという理由だった。

 それで近所の人たちは「あそこの末の弟さん、お父さんの遺体にも会わせてもらえなかったんだって」とかなり(うわさ)話のネタになった。


 また、富豪の正妻は妾腹(しょうふく)の子に遺産をやりたくなかった。富豪はちゃんと遺言書を用意し、妾腹の子にも遺産を分ける手筈(てはず)を整えていたのだが、富豪の正妻はその遺言書を秘密裏(ひみつり)に書き換えて、妾腹の子の取り分はないようにしてしまったのだった。


 だが、黙っている妾腹の子でもなかった。

 葬儀の者に賄賂(わいろ)を渡して父の遺骨を少し分けてもらったし、書き替えられた遺言書の不備を指摘して親族に遺言書の偽造を(あば)いたのである。


 世間は「妾腹の子のくせに(あつ)かましい」とか「妾腹だからといって子は子なのだから平等であるべきだ」などと面白半分(おもしろはんぶん)(うわさ)し合ったものだったが、どちらかというと妾腹の子を擁護(ようご)する声の方が大きかったように思える。

 普段から富豪の正妻は威張(いば)りくさっていて、あまり街中でいい目で見られていなかったからだ。


 それで富豪の正妻は、最終手段として、魔女の呪いに頼ることにしたのである。

 それで呼ばれたのがメメル・エマーソンだった。


 富豪の正妻はメメルに、「夫の浮気相手の子はやはり許せない。しかしここで妾腹の子に表立(おもてだ)って乱暴したり嫌がらせをすると、間違いなく世間は妾腹の子に同情し、自分を批判するだろう。だから、妾腹の子本人に真正面から呪いをかけて不幸にするなどというのは、自分の首を絞めることになりかねない。そこで、犯人が分からないような呪いをあいつにかけてほしい」と頼んだのだった。


 メメルは善悪をあまり深く考えない性格だったようだ。

『犯人が分からないような呪い』を編み出すことに興味を抱いた。

 メメルは富豪の正妻から支度金(したくきん)を得て、呪いを開発した。


 ポルスキーさんが市中で目撃したというのは、メメルがまさに開発したばかりの呪いを妾腹の子にかける場面だった。


 メメルは、駅馬車に乗り込もうとする妾腹の子を呼び止めると、素早く近づき何やら呪文を(とな)えた。

 ポルスキーさんは「不思議な空気感の魔女がいるな」とぼんやりメメルを目で追っていたところ、たまたまその場面を目にしたのだった。


「え?」

 ポルスキーさんは目を見張った。見たこともない種類の魔力を感じたから。

 何やら『跳ね返す』という呪いが使われているような気がしたが、ポルスキーさんにはそれも(さだ)かではなかった。とにかく何かいろいろなものが混ぜ込まれたような呪いが妾腹の子を包んだかと思うと、次の瞬間にはメメルは姿を消していた。


 ぽかんとしていた妾腹の子だったが、すぐに、また義母に何かの嫌がらせをされたのではないかと疑った。呪文を(とな)えられたのだからきっと魔法だと思い魔法協会などに相談もしたが、何か薄い魔力を妾腹の子に感じるだけで、特別邪悪な呪いは検出できないという結論になった。

 実際、妾腹の子自身にはそれから先、何も起こらなかった。


 しかし、何となく奇妙なことが起こり始めた。妾腹の子は何度縁談話が持ち上がっても、どうしても話がまとまらなかったのである。けっして妾腹の子が高望(たかのぞ)みをしたわけではない。それどころか最終的にはかなり貧しい家の娘との縁談も試みたくらいだ。

 しかし、ほとんどの縁談で、相手側に問題が起こって縁談がまとまらなかったのだ。

 最初は乗り気の相手だったが、いざ妾腹の子と会ってみると、その後相手の女に必ず別の好きな男ができてしまうのだった。


 ポルスキーさんはたまたま目撃したメメルの呪文が気になっていたので、この妾腹の子のその後について気を払っていた。それで機会があれば妾腹の子の(うわさ)話を積極的に聞いていた。

 そしてこの縁談失敗が続いている話を聞いたとき、おそらくはあのときの呪文のせいだろうと思った。

 ささやかながら根深(ねぶか)い呪いだ。

 しかし、そのときポルスキーさんには『妾腹の子自身ではなく相手の女に作用する』という点がいまいちよく分からなかった。


 そして、先日アシュトン・デュール氏かけられていたシルヴィアの呪いに遭遇して、ポルスキーさんはメメルの呪いのことを思い出したのだった。


 シルヴィアの呪いとメメルの呪いはもちろんだいぶ違うのだけれども、『呪いを(かぶ)せた相手とは別の人間に呪いが作用するようになっている』という部分は共通すると思った。

 それで、ポルスキーさんは初めて見たときの『跳ね返す』呪いを感じたのを思い出し、シルヴィアの呪いでも『跳ね返す』とか『姿映(すがたうつ)しの呪い』とかいう結論を導き出せたのだ。


 そしてこの度、ポルスキーさんは、この富豪の正妻を手掛かりにメメル・エマーソンを探せないかとラセットに頼んでいたのだった。

お読みくださいましてありがとうございます!

とても嬉しいです!


ポルスキーさんは変な魔女を見たようです。

次回、その魔女に会いに行きます。この人がきっと手掛かりになるはず。

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