【4-3.デュール氏の脅し】
さて、叔父の邸をお暇し魔法協会に立ち寄ったポルスキーさんは、ひとまず受付に行きアシュトン・デュール氏に言伝があるんですけど、と言った。
叔父との面会日の件である。
この受付嬢は、以前魔法薬草の件でデュール氏とポルスキーさんを取り継いだ受付嬢だったので、「またこの人?」と変な顔をした。
「あ、どうも先日は……」
ポルスキーさんが、何となく胡散臭そうに思われていることを察しながら、一応もごもごと挨拶すると、その受付嬢はテキパキとデュール氏に取り次いだあと、
「気になってたんですけど、あなた、デュール様の何なんですか?」
と直球で聞いてきた。
「な、何かと言われると……。友達……ってわけでもないし、知り合い? あ、恩人かしら?」
ポルスキーさんは首を捻る。
受付嬢がもっと疑り深い顔でポルスキーさんをじろじろと見て、
「女性職員の間で噂になってるんですよ。デュール様にはスケジュールを優先させる好きな人がいるらしいって」
と言うので、噂話大好きなポルスキーさんは興味津々になった。
「えっ!? デュール氏に好きな人が? まあ、そりゃ誰なの!?」
するとそこへ、美事な金髪巻き毛を耳まで垂らしたデュール氏が、
「うおーい、無駄話せんと仕事しろー」
と苦笑しながらやってきた。
「あ、は、はいっ!」
受付嬢は赤面し、すっと背筋を正して仕事に戻った。
「で、イブリン、訪ねてくれて嬉しいよ。今日はどうしたのかな?」
デュール氏はポルスキーさんの手を取り、柔らかな笑顔で聞いた。
ポルスキーさんは心地悪そうにそっとデュール氏の手を押し退けたが、デュール氏の居室へ移動すると、叔父が一刻も早く面会したいと申し出ていた旨をデュール氏に伝えた。
デュール氏は笑顔だ。
「もちろん会うよ。約束だからね。一刻も早くか。明日でいい?」
ポルスキーさんはこっそりと緊迫した空気を漂わせていた叔父を思い浮かべ、明日なら悪く無かろうと思った。
「たぶんいいわよ。伝えておくわ。ここに来るって言ってた」
それから助言をするかのような言い方で、
「叔父さんがあっさりアシュトンに寝返った理由が分かったわ。叔父さんは何か急いでる。マクマヌス副会長陣営にいるよりもアシュトンに寝返った方が色々早そうだから寝返ることにしたんだと思う。ということは、かなり叔父さんの要求は直球で来ると思うわよ。そして、できるかできないかの即答を求められる気がするわ」
と付け足した。
デュール氏は緊張した様子を見せた。
「それは……。僕の一存で決められる範囲のことなのかな」
「決めなきゃいけないかもね。法令を多少読み直しといた方がいいかも?」
とポルスキーさんは提案した。
「イブリンも一緒にいてくれるんだろうね?」
とデュール氏がやや不安げに聞くので、
「ええ。叔父さんは取扱要注意な部分があるもの」
とポルスキーさんは仕方なさそうに答えた。
余計な挨拶やら腹の探り合いやらが嫌いな叔父のことだから、デュール氏がそのペースに慣れるまでポルスキーさんが会話の手綱を引かないと思ったのである。
「緊張するね。でもイブリンと二人ならまあいっかな」
「え? クロウリーさんは呼ばなくていいの?」
「いらないよ! 何で彼を呼ぶの。邪魔じゃないか!」
「じゃ、邪魔?」
ポルスキーさんはぽかんとした。
デュール氏は急に真面目な顔になった。
「この際だからはっきり言っておくよ、イブリン。僕はあの堅物苦手なんだよね」
「え? その堅物と仕事めっちゃ一緒にやってるじゃないの!」
「仕事はね! そりゃ彼は有能だし。何でも一番早くことが進むから頼もしいよ。でもさ、僕には未だにイブリンがヒューイッドと付き合ってたってのが認められないんだ。別れた今でも仲がいいというのも信じられないし」
デュール氏がそう言って首を横に振るので、ポルスキーさんはムッとした。
「別に仲良くないし。それに、付き合ってたこと認められないって言われても」
するとデュール氏は片目を瞑って空を仰いだ。
「付き合ってた事実ってなくならないものかな!」
それからデュール氏はじとっとした目でポルスキーさんを見て聞いた。
「いったいさあ、君らの出会いって、何きっかけ?」
「何きっかけって……。イッカクの角が欲しくて、北国の方へ旅行に行ったときに、旅先でたまたまクロウリーさんに会ったのよね」
「イッカクの角? また変な物を」と言いかけて、デュール氏は「そこじゃない」と自重した。
「旅先で、たまたま会ったの? でもさあ、会ったとしてもあの超お堅めの佇まいのヒューイッドには普通話しかけないだろ?」
「え? 私、身振り手振りでイッカクの角を求めて現地の人と交渉してたんだけど全然伝わらなくて、現地人に物干し竿を差し出されたとき、見兼ねたクロウリーさんが通訳してくれた。ちょうど近くにいたのよね。通りすがりのわりには親切だったけど? 助かったわよ」
ポルスキーさんがきょとんとして答えた。
「それを言ったらさ、テレポートで迷ったイブリンを魔法協会まで連れてきたあげた僕だって、親切だろ!?(※第2章参照) 同じようなもんじゃないか! いや、あの堅物より、むしろ僕のが親切だと思うね」
デュール氏が何かに対抗している。
そのとき、
「おまえら、二人っきりで何の話をしているんだ」
とぶすっとした顔でクロウリーさんが部屋に入ってきた。
途端にデュール氏の顔が曇る。
「ここは僕の部屋だよ、断りもなしに入って来るなよ、ヒューイッド。イブリンが来ているから、他の来客は追い返せって秘書には言っておいたのに」
「イブリンが来ていると聞いたから無理矢理入ってきました。あなた、何企んでるか分からないんでね」
クロウリーさんは淡々とした顔で言い返した。
「別に叔父さんの来訪日について話しに来ただけだし!」
ポルスキーさんが、どこまで聞かれたのかしらとほんの少し慌てながら弁解すると、「叔父」と聞いてクロウリーさんの目が険しくなった。
クロウリーさんは真面目な顔でデュール氏の方を振り返った。
「あの男に会うんですか?」
デュール氏は苦笑して頷く。
「うん。イブリンに約束したんだ。ジェニファーの誘拐の件を手伝ってくれたら叔父さんに会うって」
「しーっ!」
ポルスキーさんはきまり悪いことを言われて、慌てて指を立てた。
「余計なことは言わなくていいのよ!」
クロウリーさんは「なんて交換条件だ」と呆れた顔をする。
ポルスキーさんは急いで話題を変えようと、少し上擦った声で二人に問いかけた。
「ところでさ、今日の午前中、理事のジョージ・ボウルズ氏を訪ねていた人物を知りたいの。調べられないかな?」
例の猫なで声の指輪盗の件である。
「? 何の話だ」
とクロウリーさんが怪訝そうな顔をするので、ポルスキーさんは叔父の魔法アイテムを使い指輪盗の見当が着いたことと、例の盗聴した内容についてを手短に話した。
デュール氏はどんどん難しい顔になっていった。
「それって、ジョージを訪ねていた人物は、副会長支持者を増やす交渉人ってことかな。ジョージはわりかし中立派だと思ってた。そのジョージに食指を伸ばしてるってことは、その男はあちこちの人物に交渉を持ちかけているかもしれないね」(※同僚なのでボウルズ氏のことも名前呼びのデュール氏。)
「そういうのは私は分からないけど」
ポルスキーさんは首を竦めた。
「とにかく私の指輪を持ってるみたいだから、その男の素性は知りたいのよね」
デュール氏はすぐに秘書を呼び、午前中にジョージ・ボウルズ氏を訪ねた人間をリストアップするようにと手早く命じた。
そしてポルスキーさんの方を向くと、
「指輪はどうやって回収する?」
と責任を感じている顔で申し訳なさそうに聞いた。
しかし、ポルスキーさんはちらりとクロウリーさんの方を盗み見てから、
「大丈夫よ。指輪の回収は自分でするから、素性だけ教えてもらえれば」
と躊躇いがちに答えた。
ポルスキーさんは、この二人が指輪回収に関係すると、自分がクロウリーさんにもらった指輪を魔法アイテム化したのがクロウリーさんにバレる恐れがあると思ったのだった。クロウリーさんだって、自分が恋人に送った指輪とそんな形で対面したくはあるまい……。
しかし、二人は眉間にしわを寄せてぎゅっと怒った顔になり、
「だめだ!」
「だめだよ!」
と断じた。
「一人で指輪を回収に行くなんて危険すぎる!」と二人は同時に言った。
なんとまあ、息ぴったりだ。
「い、いや、でも、ほらあ~。そっちは理事たちの懐柔工作だってあるじゃない?」
ポルスキーさんはたじたじとなりながら、何かもっともらしい理由を言ってみる。
「懐柔工作のことはイブリンが心配することじゃない。とにかくイブリンを危険な目には合わせられない。私にどれだけ命の縮む思いをさせたら気が済むんだ!」
クロウリーさんが両腕を組んで険しい顔で言う。
「いやあ、だけど――」
とポルスキーさんがそれでも承諾しないので、ついにデュール氏は大きくため息をついて言った。
「……イブリン。君が一人で行かないと約束しないなら、僕は君の叔父さんには会わないよ」
「え、それは約束が違うじゃない……!」
ポルスキーさんは悲鳴のような声で抗議した。
「こっちはジェニファーの件で協力したわ! 後になって条件を追加するなんてズルい!」
「そりゃ僕だって何でこんなこと言わなきゃならないんだって気分だよ。でも、イブリンだってけっこうな交換条件で持ちかけたんだから、こっちだって、これくらいの横暴は許してもらってもいいはずだよね。とにかく一人でマクマヌス副会長派に接触しようなんてやめてくれよ!」
「……!」
ポルスキーさんはむむっと口をへの字に曲げ、クロウリーさんに助けを求めるような目を向けたが、クロウリーさんもこの件に関してはデュール氏と同意見で取り付く島もなかった。
「わ、分かったわよ……」
ポルスキーさんは唇を噛んで、しぶしぶ答えた。
もうポルスキーさんの頭はどうやってクロウリーさんに見られないように指輪を回収するかでいっぱいになっている。
そのとき、デュール氏の秘書がノックして入ってきた。
「理事のマイク・オコーネル様が、デュール様にご相談があるようですが」
「マイクが?」
デュール氏が訝し気に首を捻ると、
「マクマヌス副会長から厄介な一部の業務を手伝うと提案があったそうなのですが、規則上大丈夫なのか確認したいらしくて」
と秘書が答える。
「!」
政治的なことは全く疎いポルスキーさんですら、それは例の猫なで声の男に関係しているんじゃないかとピンときた。
もちろんデュール氏もクロウリーさんも険しい顔になっていた。
デュール氏は、実直で善良なマイク・オコーネル理事の顔を思い浮かべた。確認をとるということは、何かグレーな匂いを感じとったのだろう。
デュール氏はちらりとクロウリーさんを見た。
クロウリーさんは小さく頷き返す。
「うまく頼みますよ」
クロウリーさんは低い声でデュール氏にそういうと、邪魔にならないように素早くポルスキーさんと退出した。
お読みくださいましてありがとうございます!
北極圏に物干し竿の文化があんのかってツッコミは無しでお願いします(土下座)
こちらの回は情報共有ばっかりで、あんまり話が進展せずすみません。
次回は、シルヴィアの呪いの主に迫る手がかりが見つかりそうです。





