【4-1.叔父が執着するもの】
しばらく日にちが空きまして申し訳ありません。
第4章始まります。
事件の犯人などが分かって来ると思います。
人が立ち入らない深い森の中。樹齢数百年の木のふもとに一軒の邸がある。
ばさばさと大きな羽の音がして、真っ黒な巨大な鳥が旋回して降りてくると、邸の前でばさっと人間の姿になった。偏屈な世捨て人で通っているザッカリー・エンデブロック氏だ。
茶髪にふわふわパーマを当てた女顔の魔法使いだが、細身の体は意外とがっしりしている。
「あっ! 叔父さん、帰ってきたのね!」
邸の前で待ち構えていたポルスキーさんは、エンデブロック氏の姿を認めて嬉しそうに声をかけた。
とたんにエンデブロック氏は渋い顔をする。
「なんでおまえがここにいるんだ」
なんでと聞かれたポルスキーさんは首を傾げた。
「用事があって来たのよ。それより叔父さんが外出なんて珍しいわね、普段は家から出ないのに」
「俺にだって用事くらいある。次からは来る前に一報くらい寄越せ」
「なんかご機嫌ナナメねえ。いつも家にいるから連絡なんかいらないと思ったのよ」
「そりゃだいぶ失礼ってもんだろうがよ」
エンデブロック氏はうんざりした顔をした。
しかしそこまで言っても、邸の中に入るエンデブロック氏の後について、さも当然のようにポルスキーさんも入る。
エンデブロック氏は苦笑した。
「それで? 何の用だ」
「あー、魔法協会の理事のアシュトン・デュール氏の件だけど、叔父さんと会ってくれるって約束を取り付けたからさ。日時を設定してよ。デュール氏をこの邸に連れてきたらいいんでしょう?」
「いや、俺が行く。つーか、話が早えな。こんなに早く説得できるとは思わなかった。何かウラワザ使ったのか?」
「つ、使わないわよっ! 叔父さんをマクマヌス副会長派に置いておく方が危険だもの。話くらい聞こうってなるわよ」
ポルスキーさんは慌てて早口で言った。ジェニファーの誘拐事件に協力する交換条件で、というのは内緒である。ずいぶん不道徳な手を使ったなと思われるのが嫌だったからだ。
「ふうん」
しかしエンデブロック氏は楽しそうな目でポルスキーさんを眺めているので、もしかしたら何か察しているのかもしれない。
それからエンデブロック氏は少し真面目な顔になって、
「そっちで設定してくれて構わねえ。ただし、一日でも早い方がいいと伝えろ」
と命令口調で言った。
エンデブロック氏の額にうっすらと汗が滲んでいた。
「分かったわ」
ポルスキーさんは頷きながらも、何となく叔父が焦った様子を見せているのを不思議に思った。
死の魔法の結界については、本当に叔父にとっては大事なことなのだろうと思った。
いったい叔父さんは死の魔法の結界を緩和して何をしたいの?
もしかして、今日の叔父さんの外出も、それに関係したことなのかしら?
確かに、その日のエンデブロック氏は、普段着は普段着であったが、いつものゆったりした服装ではなく少しだけめかしこんでいた。
ポルスキーさんがそんな風に叔父を訝し気な目で見ていると、ふいにエンデブロック氏が意地悪そうな声で、
「それで、他には? 結界係の件だけじゃねえんだろ?」
と聞いた。
ぎくっとポルスキーさんは肩を震わせた。
「な、なんで分かるの」
「それくらい分かるだろ。結界係の件は適当に連絡寄越してくれりゃすむ話なんだからな。それとは別にわざわざここに来る用事があったんだろうが? 相談か?」
「叔父さんはお見通しね」
ポルスキーさんはふうっとため息をついた。
「そうよ。失くしものを見つけてほしいんだけど、何かいい方法はない?」
ポルスキーさんは先日の『魔法鳥の指輪アイテム』のことを言っている。
エンデブロック氏は変な顔をした。
「失くしもの?」
「うーん、本当は失くしものって言うか、盗まれちゃったんだけど。ちょっと便利な物だったりするし……。悪用もされたくないっていうか……」
「悪用? モノは何だ」
エンデブロック氏が少し興味ありげに聞くので、ポルスキーさんは簡単に指輪アイテムのことを説明した。
説明を聞くとエンデブロック氏は楽しそうに眉を上げて、
「そりゃ便利だな。いいの作ったじゃねえか」
と褒めてくれた。
それからエンデブロック氏は、
「魔法鳥ねえ。俺がもっと効率いいのつくってやろうか。魔法鳥じゃあ分析法が原始的過ぎるだろ」
と聞いた。
ポルスキーさんはかぶりを振った。
「いや、いい。そういうことじゃないの。盗んだ犯人が知りたいのよね。デュール氏は指輪を使ってテレポートを追跡してある誘拐事件を解決した。その指輪を盗んだ人ってのは誘拐事件に関与している可能性が高いんじゃないかと思っているのよ。今んとこ誘拐事件に関与した人が見つかってないんだもの。何かしら手がかりが欲しいの」
それを聞くとエンデブロック氏は途端につまらなさそうな顔をした。
「そーゆーのは違うんだよなあ……」
「違うとかどうでもいいのよ。私は頼みに来たの。指輪のありかから盗んだ人が分かるかもでしょ」
「誰に言われて来たんだよ。結界係か? それとも犯罪対策部門のおまえの彼氏か?」
「クロウリーさんは彼氏じゃないし!」
ポルスキーさんは赤面しながら答えた。
「でも叔父さんならできるでしょ?」
「おまえだってやりゃーできるだろ。自分で考えてみろよ」
「そりゃやるわよ。でも時間がかかりそうだったから一先ず叔父さんのとこに相談しに来たってわけ」
ふーっとエンデブロック氏は長い溜息をついた。
「仕方ねえな……」
「話が分かって助かるわ!」
ポルスキーさんが顔を輝かせると、エンデブロック氏はすごく冷たい鋭い目をポルスキーさんに向けた。
「イブリン。俺はそういうのに協力して時間を取られるのは本当に、本当に、忌々しく思っている。今度ばっかりは手伝ってやるが二度と気安く俺に頼むんじゃねえよ」
低くて怒気を孕んだ声だった。
「あら」
ポルスキーさんは、そんな叔父に少しも動じずに挑発的な目をした。
「私はデュール氏に死の魔法の緩和の件で交渉してあげるって言ってるのよ。私こそデュール氏にたくさん貸しがあるから、私に協力した方がいろいろ話が早いんだからね」
エンデブロック氏は急に目を和らげた。口の端で笑う。
「おまえ、だいぶ言うようになったな。よかろう。で? 指輪の特徴を言えよ。世の中指輪なんてそっこら中にあるんだから、おまえが唯一無二のその指輪をイメージできねえと見つかんねえぞ」
「それは簡単よ。指輪に込めた魔法鳥の分析・再発現の魔法を追わせればいいんだから」
ポルスキーさんが簡単に言うので、エンデブロック氏は呆れた顔をした。
「おまえは理論ばっかり優先で、イメージが苦手だから魔法が下手くそなんだと思っていたが? 上手にイメージできんのかよ」
ポルスキーさんは図星で赤面する。
「よ、よけいなこと言わなくていいのよ」
「余計なことじゃねえだろが……」
ぶつぶつ言いながらエンデブロック氏は隣室から一つのランタンを持ってきて、ポルスキーさんの傍のサイドテーブルに置いた。
それからもう片方の手で簡易カウチを持ってくると、ポルスキーさんの長椅子の目の前に置き、座った。
エンデブロック氏は顎でランタンを示し、ポルスキーさんに向かって、
「探し物をイメージしてみろ」
と言った。
「は、はい!」
ポルスキーさんは少し緊張して目を見開くと、ランタンの炎を集中するようにじっと見つめて、魔法鳥の指輪を想像しようとした。
エンデブロック氏はその様子をちらりと見て、横で低く短い呪文を唱えた。
途端にランタンの炎の中に現れたのは、牛の鼻に引っかけられた鼻輪の映像だった。
その牛は少し鼻水が出ている。
次の瞬間、牛は長い舌を出して自分の鼻をべろりと舐めた。
炎の中の映像であるのに、どことなく生々しくこちらにまで飛沫が飛んできそうなくらいだった。
エンデブロック氏の額に青筋が立った。
「おい、イブリンっ! 何で牛の鼻輪!?」
ポルスキーさんは真っ赤になった。
「なんかちょっと違うわね?」
「全然違うだろっ! てめえ、ちょっとうちで修行しなおせっ!」
「い、嫌よ! 叔父さんの修行って大変なんだもの! 思い出したくもないわ!」
ポルスキーさんは青ざめて首をぶんぶんと横に振った。
エンデブロック氏はイライラが募り乱暴にランタンを引き寄せた。
「もういい。俺がやる。側の指輪はどんなのだ。魔法鳥の分析法と指輪の外見で何とかなるだろ」
「えーっと、どんな指輪だったっけ? そもそも誰にもらったヤツだったかしら……」
と言いかけて、ポルスキーさんはクロウリーさんからもらった指輪だったことに気付いた。
「あ、やばいやばいっ! 贈り物の指輪をアイテム化した挙句盗まれるだなんて、さすがにクロウリーさんもいい顔しないわね!」
魔法鳥の魔法を込めた指輪は、ポルスキーさんとクロウリーさんがまだ付き合ってたときに、クロウリーさんからもらった指輪だったのだ。
その指輪がこんな状況になっているのはポルスキーさんもさすがにまずいと思って、指輪の迅速な回収を心に誓った。
今のところ魔法鳥の指輪はデュール氏とラセット、そして一部の魔法協会職員の前でしか使っておらず、この体たらくについてはまだクロウリーさんは知らないはずだ。
やはり、叔父さんに土下座してでも、早いところ指輪を取り戻す必要がある……!
ポルスキーさんがそんな風に百面相している様子を、エンデブロック氏は完全に呆れ返った顔で眺めていた。
「おまえ、彼氏にもらった指輪を魔法アイテムにしたのかよ……」
「お、叔父さんに言われる筋合いはないし」
「俺もさすがにそこまではしねえよ……」
「そこまでって言うけど、叔父さん、彼女いるの?」
ポルスキーさんが売り言葉に買い言葉で思わず言うと、予想外なことに、エンデブロック氏は急に押し黙った。
「……」
エンデブロック氏は無言のままじろりとポルスキーさんを睨む。
「あ、あれ? 叔父さん?」
ポルスキーさんはまたいつもの違和感を感じた。
いつもの――死の魔法の緩和に強い執着を見せるときの――叔父だ。
もしかして、叔父の死の魔法の緩和への執着は、何か――叔父の心の中にいる誰か――ひどく情緒的なものに結びついているのかもしれなかった。
お読みくださいましてどうもありがとうございます!
嬉しいです!!
牛の鼻輪……。
べたですみません(笑)





