【3-12.仲直り】
「クロウリーさん、いる?」
ポルスキーさんはクロウリーさんの職務室を覗き込んだ。
職員でもないポルスキーさんが仕事場を覗くなんて非常識もいいところだが、今のポルスキーさんは妙なテンションでそこまで思い至らない。
クロウリーさんはいた。
クロウリーさんは仕事が忙しかったし、先ほどのポルスキーさんとの仲たがいの件でだいぶ機嫌が悪かったから、本来なら無視したいくらいの気分だった。
しかし、ポルスキーさんはけろりとした顔で(※仲たがいの件は半分くらい忘れている)、むしろ何か「聞いて聞いて」と言わんばかりの雰囲気だ。しかも、その部屋には他の職員もいるため、名指しされているのに露骨にポルスキーさんを無視するのも他の職員の手前気が引けた。
クロウリーさんは仕方がなく立ちあがった。
「なんだ?」
クロウリーさんはぶすっとした声で聞いた。
ポルスキーさんは、クロウリーさんのそんな態度には無頓着に、キラキラと目を輝かせている。
「あのね! 私、テレポートで魔法協会に来るのに、もう迷わない方法を見つけたの!」
ポルスキーさんの言っているのは、さっきの魔法鳥を応用した『指輪』アイテムのことだ。
ポルスキーさんは身振り手振り交えながら、自分が過去に作ったアイテムが如何にすごいのか、あーだこーだ熱弁し聞かせた。
「ってことでさ、ジェニファーのテレポート誘拐も追跡できるんだけどさあ、でもそんなことより、あれ、日常遣いできるのよ! 家から魔法協会までのテレポートをその指輪に記憶させれば、あとは実行するだけで辿り着けるから、もう迷わないと思わない? すごくない?」
クロウリーさんは、ぎゅっと目を閉じてこめかみを押さえた。
クロウリーさんとしては、そのアイテムについてまず確認したいところは、ジェニファーの誘拐事件の解決の糸口になったかどうかだ。ジェニファーの件に関しては、クロウリーさんも先ほどデュール氏に「関連資料を置いといたから、君も把握しといてね!」と言われたので、対応に駆り出される可能性があったからだ。
そんな、ポルスキーさん以外は失敗しないテレポートの精度なんか、正直どうでもよかった。
いや、どうでもよくないのか?
テレポート失敗しなければイブリンはデュール氏と遭遇することなく変に仲を邪魔されることもなかった……いや、だが、アシュトン・デュール氏がいなければマクマヌス副会長派の陰謀で魔法協会が分裂し、もっとぐちゃぐちゃになっていたかもしれない……?
ああ、もう、何が正解なのか分からない!
クロウリーさんはかすれた声を出した。
「その指輪のおかげで、ジェニファーの件は何かしら進捗があったということでいいんだな? それどころかもう行方が分かった?」
ポルスキーさんは不満そうな顔をした。
「なんでジェニファーの件? 私は自分のテレポートの話をしてるのに!」
「ああ、はいはい、テレポートな。ここに来るのに迷わないのはいいことなんじゃないか」
「なによ、その淡々とした言い方! もっと喜んでくれてもいいじゃない!」
「……イブリン、ここは職場でね。私も仕事中だ」
「私はこの感動をクロウリーさんに真っ先に伝えたかったのよ!」
ポルスキーさんはむうっと拗ねて見せた。
クロウリーさんはハッとした。
「分かったよ」
クロウリーさんは降参した。真っ先に、か。そんな言葉に絆されて自分でも単純だなと思いながら。
クロウリーさんはため息をつく。
「便利な指輪だな。デュール氏がジェニファーの件で失くさないといいな」
「はっ! ほんとだわ!」
ポルスキーさんは、それには気付かなかったといった顔をした。
「アシュ……デュール氏に失くさないよう釘を刺しておかなくちゃ!」
クロウリーさんはもう一度ため息をついた。
「もういい、イブリン、わざわざ言い直さなくても。デュール氏のことをアシュトンと呼ぶことにもう怒ったりしない」
「ほんと? あ、うん、ごめん。でも、私は別に……」
ポルスキーさんはもじもじしている。ポルスキーさんなりに仲たがいの件は気にしていたようだった。
「あ、でも、デュール氏にはほんと、絶対に失くさないように言いに行くわ」
クロウリーさんは苦笑した。
「わざとそんな言い方をしなくてもいい。私のところに来たはいいが、本当はジェニファーの件が気になっているんだろう?」
ポルスキーさんは内心「お見通しかあー」とひやひやしながら頷いた。
クロウリーさんはポルスキーさんの腕を引いた。
「私も一緒に行こう。指輪のアイテムね。それがジェニファーの件に使えたのか、それで今どんな状況になっているか私も知りたい」
それで、ポルスキーさんとクロウリーさんは連れ立ってクロウリーさんの職務室を出て、ジェニファーの職務室まで速足で歩いていった。
その部屋に入ると先程とは雰囲気がだいぶ違って、職員たちが心なしか興奮状態でざわざわしていた。大声で指示を出している職員などもいたので、何かが起こったことは明白だった。ポルスキーさんが部屋を出てから一刻も経っていないのに。おそらく指輪アイテムが非常に役に立ったのだろう。
デュール氏も険しい顔で偉そうな職員と早口で話していたが、ポルスキーさんが戻ってきたのに気づくと、だいぶ驚いた顔をした。
そして、ポルスキーさんの横にクロウリーさんが一緒にいるので、眉を顰めた。
「なんだよ、イブリン。行かなきゃいけないところって、ヒューイッドのことだったのか。君たちは、ほんとに……」
デュール氏はため息をつく。
そのとき、クロウリーさんが強めの口調でデュール氏に聞いた。
「何か進捗がありましたね?」
デュール氏は深刻そうな顔で頷いた。
「ああ、ヒューイッド。君もこっちの捜査に入ってくれる? ジェニファーの件は誘拐だった。ジェニファー自体はイブリンの指輪のおかげですぐに見つかったけどね。まさか犯人もテレポートを追跡されるとまでは思っていなかったようで。とりあえずジェニファーには念のため医務室に行ってもらってる。ラセットっていう幼馴染が付き添ってるんだが。早めにそっちにいってジェニファーから誘拐の状況を聞き取ってくれ。できれば犯人について詳しく」
クロウリーさんは「了解しました」と言ってから、ほっと小さく息をついた。
「ジェニファーが見つかったのは良かったですね。誘拐でしたか。指輪アイテムでテレポートの追跡をしたんですか? 誰が?」
「一先ず僕とラセットで行こうということになってね。まあすぐにジェニファーが見つかったから回収してきたってわけなんだが」
デュール氏は答えた。
クロウリーさんは詰るような目をした。
「あなたが自らそんな危険を? 立場ってものを考えてくださいよ」
デュール氏は苦笑した。
「そういうわけにはいかないよ。だって、イブリンのお手製アイテムだろ? 見ず知らずの職員にやらせるわけにいかないじゃないか。想像してみてよ、よく分からんアイテム渡されて『これで行ってこい』なんて言われたら誰だってそりゃ不安にもなるだろ、職員が不憫すぎる」
クロウリーさんも一瞬「確かに」と思いかけたが、すぐに「いや、さすがに、魔法犯罪対策の専門的な訓練を受けている職員なら臆さないはずです」とデュール氏に反論した。
デュール氏は首を竦める。
「自分で行っちゃったもんはもう言ってもしかたないだろ? それに僕だってそこらへんの魔法使いよりは魔法上手なんだからね」
クロウリーさんはため息をついた。
「まあいいです。それで犯人は?」
「逃げた。でも見た事のない男だった」
デュール氏が忌々しげに答えた。
クロウリーさんは、素性までは分からなかったかと残念に思った。
「ジェニファーは何か犯人の要求のようなものを聞いていますか」
「スリッジ会長の退陣の要求だそうだよ」
デュール氏は短く答えた。
クロウリーさんは息を呑んだ。
「そりゃまた……直球ですね」
デュール氏は「はは」っと渇いた笑いを浮かべた。
そのときポルスキーさんが、
「で、ジェニファーの誘拐って、どんな魔法が使われてたの? 指輪で再現してみたんでしょ?」
とデュール氏に聞いた。
ポルスキーさんは魔法のことには興味津々だった。
「犯人は姿を消してここに来てたの? それとも犯人がここに来なくても遠隔でジェニファーをテレポートさせることができたってわけ?」
デュール氏はそんなポルスキーさんらしい質問に苦笑した。
「うん、イブリンが指輪で分析してたときに『普通のテレポートじゃなくて、やや複雑なシステムがはめ込まれてる』って言ってたやつだよね。うーん、再現された魔法を体感した感想でしかないけど、犯人はここにはたぶん来てない。遠隔でジェニファーをテレポートさせたと思うよ」
「あら」
ポルスキーさんは急に物堅い顔になった。
「遠隔で、か。どうやってやったのかしら。テレポート空間の指定やら目標物のマーキングやら、普通に考えたら入念な準備がいりそうだけど(※ポルスキーさんの脳内思考がぽろっと口に出ただけです、読み飛ばしてください)」
「そうだね。こんなことが再度起こってもらっちゃ困るから、防止策立てるためにもかなり知りたいところだね。指輪の分析情報でも見れたらはっきりするんだけど……何か分解とかできないのかい?」
とデュール氏が言い出したので、ポルスキーさんは悲鳴を上げた。
「ちょっと! こないだ水晶玉を壊しておいて、さらに今度は指輪まで壊す気!? ダメよ、大事な指輪(になる予定)なの! 指輪壊しても情報なんて見れないし!」
「あ、水晶玉の件は本当にごめん。あの時はちょっと気が動転しすぎたから。指輪もごめんごめん、壊す気はないよ」
デュール氏は水晶玉のことを思い出し、素直に謝った。
それから声を潜めて言った。
「ところでさ、遠隔で人間を、しかも本人の意思なく勝手にテレポートさせるって、すっごくやばい魔法だと思うんだよね。シルヴィアの呪いのときもそう思ったんだけど、この誘拐犯はけっこうな魔法の使い手なんじゃないかと思うんだ。これだけの魔法の使い手となると絞られてきたりしない? 心当たりない?」
「えー? 凄い人はアシュトンの方がよく知ってるんじゃない? アシュトンの方が大物だし」
ポルスキーさんはデュール氏の人差し指のタトゥーを指差した。それなりの魔法の使い手でないと入れないタトゥーだ。(※第二章参照。もちろんポルスキーさんにはこのタトゥーを入れる資格はない。)
「いや、僕は君に比べたら全然……」
とデュール氏は心底そう思ってそうな口調で言いかけて、それから、
「そういや、犯人にはこのタトゥー入ってただろうか。覚えてないや。ジェニファーにも聞いてみよう」
と一言付け加えた。
それから、デュール氏はふと語調を変えて、
「ところでさ、僕はものすごく気になってるんだけど。イブリンは何しにヒューイッドのところに行ったのさ。あんなタイミングで僕らやジェニファーのことをほうってさ」
とじとっとした目で責めた。
お読みくださいましてありがとうございます!
嬉しいです~~~
仲直り? クロウリーさんが押し切られただけ? まあいっか、クロウリーさんがそれでいいなら……。
次回、第3章最終話です。デュール氏がぐいぐいいきます。





