【3-10.ラセットの恋】
ラセット・マクマヌスは青白い顔をしていた。
「なんでジェニファーの件を知ってるんだ?」
デュール氏が眉を顰める。
「もう噂が出始めてます。仕事柄、耳は早いんで」
「あーそうだっけ。で、これは取材? 勝手に取材してもらっちゃ困るよ」
「いいえ! ジェニファーの幼馴染として!」
「幼馴染? 記者ってすごい特権を持ち出して入り込むんだね」
「厭味は要りません。本当のところジェニファーはどうなってるんです」
「今君に言えることはないよ。記事にするんだろ?」
「しないと誓う。だから教えてください」
「後で『誓った、誓わない』の問題になっても困るから言わないよ」
デュール氏は憮然とした態度でラセットを突っぱねた。
「俺は絶対に、絶対に記事にしません。だからどうぞ教えてください」
ラセットは懇願するように深々と頭を下げた。
ポルスキーさんはそっとデュール氏のローブを引っ張る。
「本当っぽいわよ」
「え?」
デュール氏はいきなり、ポルスキーさんがラセットの味方をするので変な顔をした。
「イブリン、なんでそんな急に。さっきまでは、ジェニファーの誘拐について、他人事のような少し突き放すような言い方をしていたのに」
「ああ、それはそうなんだけど。でも、ラセットって多分ジェニファーのこと好きなんじゃないかと思うのよね。なんとなくだけど」
ポルスキーさんが急にそんなことを悪気なく言い出すので、デュール氏もラセットも驚いた。
「な、何を言うんだ!」
ラセットが真っ赤になって叫んだ。
「え? あなたはジェニファーが好きなんではないの? あなたはたいそう取り乱しているわ」
「す、好きなんかでは。君はどうかしている!」
「そうなの? 好きじゃなかったんだ。じゃあいいわ、帰りなさいよ。ただの幼馴染には首を突っ込む資格は無いもの」
ポルスキーさんがわざと突き放すような言い方をすると、
「ちょっと待て! ただの幼馴染なだけじゃない!」
とラセットがかぶせるように言った。
「ただの幼馴染なだけじゃない?」
ポルスキーさんが聞き返すと、ラセットは、ふうっと大きくため息をついた。
「……。はいはい、分かりましたよ。これはもうさ、好きだって言わなきゃここに居れないルールなんだろ? 降参。ジェニファーのことは気にかけてますよ」
ポルスキーさんはラセットの投げやりな言い方にムッとした。
「何それ、嘘っぽい言い方ね?」
すると、ラセットは頭を掻いた。
「俺、一度フラれてるんですよ、ジェニファーに」
「えっ、そうなの?」
それは予想外で、嫌なことを蒸し返してしまったのではないかと、ポルスキーさんは少し狼狽えた。
ラセットはため息をつきながら続けた。
「俺たちは幼馴染で、ジェニファーも男っぽいって言うか、あんな感じだから、絶対男できないと思ってたか括ってたんですよね。そんで、俺がいつかもらってやるか、みたいな。でもこっちはこっちで、そんときは女の子にモテたい年頃で、好きだって言ってくる女の子みんなにいい顔してた」
「呆れた、あなた、昔はナンパな男だったのねえ。それとも今もなのかしら」
ポルスキーさんはラセットと初めて会った日のあの挑発的な視線を思い出し、非難する目でラセットを見た。
ラセットは苦笑する。
「まさかまさか。もう俺だってちゃんと大人になりましたよ。あなたが魅力的だったのは確かだけど」
「ほら、それ! 揶揄ってるでしょ!」
「ははは」
ラセットは笑った。
ポルスキーさんはじとっとラセットを睨んだ。
「それで、女の子全般にいい顔してたらジェニファーに嫌われた?」
「ま、そんな感じですかねー。あるとき『恋に真面目になれ』とかジェニファーに言われたんで、『大丈夫、いつかはちゃんとおまえのところに帰るから』とか言ったら、すっごい顔顰められましてね。あ、これ違うやつだって思いました」
ラセットは苦笑した。
「ごめん、ジェニファーに激しく同意。それで、もうあきらめたの?」
「あきらめるとかはないんですけどね、でも気にしちゃいますね」
すると、それまで静かに聞いていたデュール氏が、
「君はジェニファーの幼馴染だというのに、スリッジ会長派の悪口を記事に書くわけ? すっごい矛盾じゃないか」
と鋭く聞いた。
「ジェニファーとスリッジ会長は俺の中じゃ別件なんでね……」
ラセットがおどけた様子で、見逃してくれよと拝む真似をする。
デュール氏が険しい顔をした。
「いやいや、マクマヌス副会長の息子だろ? むしろ今回のジェニファーの失踪のことだって関係してるんじゃないのか?」
するとラセットが不意に凶暴な目をした。
「それはない。ジェニファーに危害を加える奴がいるんだとしたら許さない」
「……」
デュール氏は、ラセットの本心を見抜こうと、一挙手一投足を見逃さないような目で見つめている。
ラセットは凄味のある低い声で言った。
「俺は、俺の親父も含めておまえたち魔法協会のやり方が気にくわない。派閥がどうとかくだらないことばっかりやっている。なんだよ、魔法協会で呪い? ハニートラップ? ばかじゃねえの。他にやることあるだろ! 俺の仕事はそんなおまえらを記事でこき下ろしてやることだ。ジェニファーのことだってそうだ、親父のことで敵対視されている。それも迷惑でしかない。俺は親父なんか関係ないのに!」
ラセットはそこまで言ってから、ふとポルスキーさんの方を見た。
「でもあんたは嫌いじゃない。一介のポンコツ魔女が、魔法協会の連中を前にさくっと呪い解いちゃうんだもんな、気分爽快だったぜ」
「はあ……」
ポルスキーさんは、ラセットと初めて会ったときの妙なテンションの高さを思い出して、そういうことかと思った。
ラセットは舌打ちする。
「ジェニファーもスリッジ会長のお手伝いなんか辞めちまえばいいのにって思ってた。変なことに巻き込まれる前に!」
「いや、おまえの親父さんに言えよ」
デュール氏は少し怒ったような口調で言い返した。
「ああ!」
ラセットは鋭い目でデュール氏を見返した。
「今回のジェニファーの件が親父の陰謀なんだとしたら、俺はそれを全部書いてやるよ。おまえら会長派の強引な締め付けも大っ嫌いだが、ジェニファーに手を出すやり方なんて言語道断だ!」
「わかった」
デュール氏は短く答えた。
そのときポルスキーさんが宥めるように、
「まあまあ。まだジェニファーが誘拐されたって決まったわけじゃないし。マクマヌス副会長が関わってるかだって分かってないんだから」
とわざと明るい声で言うと、ラセットはポルスキーさんの方に哀願するような目を向けた。
「ジェニファーを見つけてくれ」
「は、はあ……」
ポルスキーさんは生返事をしながらも、もうこれは本格的に巻き込まれたな、と覚悟した。
デュール氏もポルスキーさんを頼るように見つめている。
「人使い荒いなあ……」
ポルスキーさんはポリポリと頭を掻いた。クロウリーさんもアシュトンのこと「人使い荒い」って言ってたなあ、気持ちが分かるわ……って、ハッ、クロウリーさんっ!
ポルスキーさんはクロウリーさんの気分を害したまま放っておいていることに気付いた。
急いでこちらの件を片づけて、クロウリーさのところへ弁解しに行かなくちゃいけない!
さっさとこっちの件を終わらせよう!
むむむ……とポルスキーさんは考えた。
むむむ……。
「アシュトン、テレポートっぽい痕跡が残ってるって言ってたわね?」
「あ、ああ……」
ポルスキーさんが俄然やる気を出して集中し始めたので、少し戸惑いながらデュール氏は答えた。
ポルスキーさんはぶつぶつ独り言を呟いている。
「えーっと、テレポートってそもそも何だっけ……?」
私たちの使っているテレポートの魔法が作用しているのは空間の方だ。この魔法では自分自身の情報を遠隔地に送るわけではない。この魔法でやっていることは3次元の空間を歪ませて2地点を近づけることだ。とすると、歪みで近づけられた空間同士はお互いから多少の影響を受け合うはず。その空間の干渉した影響を検出できれば、どことどこが近づいたか空間の特定のヒントにならないだろうか。……でも空間の干渉の影響って、そもそも何よ? 何を検出したら「空間同士の干渉があった」って言えるのよ?(※ポルスキーさんの脳内思考なので読み飛ばしてください)
ポルスキーさんはうんうん唸っている。
でも、近づき合った空間同士の干渉の影響が感知できたとして、その情報からテレポート先の地点をどうやって客観的に特定したらいいのか?
そもそも空間の特定ってどうやってやるの? 本当の意味で空間を特定するなら絶対的でも相対的でもいいから、何かしら座標とかがいるはずね? でもそんなもの誰も知り得ない(そもそも脳内イメージでテレポートするわけで、座標なんて普段誰も意識していないはず)。
じゃあ、空間が歪ませられた痕跡から、その歪み方を再現できれば、せめて方向くらい割り出せるものかしら。でも、それだって、いったいどれくらいの精度でいけるって話よね?
しかも、方向が分かったところで、ここっていう一地点は特定できないわね?(※ポルスキーさんの脳内思考なので読み飛ばしてください)
デュール氏はハラハラした目でポルスキーさんを眺めている。
こういう表情のポルスキーさんを見るのは初めてだった。
そのとき、ポルスキーさんがハッとした。
「あ」
デュール氏とラセットはほっとしたような顔になった。
デュール氏はいつもと違うポルスキーさんの表情に不安になっていたからだし、ラセットはジェニファーに居場所を見つける方法が見つかったのだと救われた気持ちになったからだった。
が、ポルスキーさんは、
「あ、やっぱ、ちょっと待って」
とまた頭を垂れて考え出した。
うおぃっとデュール氏は思う。ラセットも宙ぶらりんな顔になっていた。
また気まずい沈黙が流れる。
ポルスキーさん一人考えに集中していた。
やがて、ポルスキーさんはぼんやり顔を上げた。半信半疑な顔が、緩やかに何かの確信を得たような顔に変わっていく。
ポルスキーさんはにこっとした。
「たぶんあれなら大丈夫かも!」
お読みくださいましてありがとうございます!
この回は、まじで読み飛ばしてもらいたい部分が多かったです。すみません。
ポルスキーさんの脳内はカオスです。「カオスだ」ってことを書きたかっただけなのです。すみません。
次回、有効な魔法道具が見つかります。そして、ポルスキーさんには名案が浮かびます。





