【3-9.依頼】
ポルスキーさんはクロウリーさんが気になっていて本当はそれどころではない気分だったのだが、デュール氏の方も放っておけず、
「そ、それで、ジェニファーの用件ってなんなの?」
と聞いた。
デュール氏はぎゅっと表情を引き締めた。
「ジェニファーがいなくなったんだ。急に」
ポルスキーさんは、それだけではいまいち深刻な内容なのかわからず聞き返した。
「うん? それってどういうこと?」
デュール氏も聞き返されて困った顔をした。
「実はよく分からない状況なんだよ。今朝、ジェニファーが消えたって魔法協会の職員から連絡があった。消えた場所は魔法教会の内部だ。その時ジェニファーはスリッジ会長の秘書役の一人と一緒にいたらしい。それが急に、秘書役の目の前でジェニファーが消えたと言うんだ。目の前で、だよ!」
「目の前で、消えた?」
「そう。それから誰もジェニファーの姿を見ていないんだ」
「それだけ?」
「それだけって?」
デュール氏はポルスキーさんが大した事なさそうな反応をするので驚いた声を出した。
ポルスキーさんはキョトンとしている。
「いや、目の前でジェニファーがいなくなっただけなんだったら、ただ単にテレポートでどっかに出かけただけかもしれないじゃない」
それには、デュール氏もすぐに反論した。
「でもさ、急に何か用事を思い出したとしても、退出するなら目の前の同僚に一言くらい言うだろ? 無言のうちに消えるなんて変だと思うんだよね」
「そうかあ」
「自分の意思で消えたんなら問題ないさ。だけど、もし誰かの仕掛けでジェニファーが消えたんだったら、それはもう誘拐だ」
物騒なワードが飛び出てきたので、さすがにポルスキーさんもハッとした。
「誘拐!?」
「うん」
「そんな誘拐だなんて! 魔法協会の中でしょう?」
デュール氏は面目なさそうな顔をした。
「最近はスリッジ会長周辺は物騒だから、何が起こってもおかしくないわけ。それで誘拐の可能性も一応考えて、こちらも早めに対応を開始したんだよ」
ポルスキーさんは呆れ顔だ。
「誘拐が起こってもおかしくないって相当嫌な環境ね。でもさ、もし誘拐だったとしたら、犯人は目的があってやってるんでしょう? 例えば何か要求してくるとか」
「いや、まだ何も言ってきていない」
「そう。じゃあ今の段階では何が起こったか探ってるってこと?」
「うん、魔法協会の職員でね。だけど、いまいちジェニファーが消えたという状況のこともよくわからないし、困っているんだ。それで君の名前が出たってわけ」
ポルスキーさんは露骨に嫌そうな顔した。
「いや、私の名前を出さないでください……」
「手詰まりなときに、何か突破口を開いてくれそうなのが君だったんだよ。少なくとも僕は君のことをすごく信頼してる」
デュール氏は懇願するように熱を込めて言った。
ポルスキーさんは完全に及び腰だ。
「いや、信頼されるほど優秀な魔女じゃないんで。他をあたってもらえますか?」
「そんなこと言わないで助けてくれよ」
「私にできることなんかないわよ」
「あるよ! 例えば、目の前で消えるってどんな魔法だと思う?」
ポルスキーさんはデュール氏のペースに載せられていることを自覚しながらも、
「そりゃテレポートの何かを応用したんでしょう?」
とめんどくさそうに答えた。
デュール氏はたたみかけるように聞く。
「犯人がその場にいなくても、対象物だけをテレポートすることができる?」
「その場に犯人がいなかったかどうかは分からないじゃない。姿消してただけかもしれないし。現場の検証から何の魔法がどういう風に使われたかわからないの?」
「わからなかったよ。ただ、普通のテレポートが行われた時のように、空間の歪みの痕跡は見つかった」
「じゃあ、テレポート関係の何かってことでいいじゃない!」
しかし、デュール氏は小さくため息をついて、首を横に振った。
「良くないよ。そういうことじゃないじゃないか。問題はジェニファーが、誰の意思で、どこにいるかでしょ」
「ああ、まあそうね」
ポルスキーさんもそれは納得した。
デュール氏はずいっと一歩踏み出した。
「それで君に頼みたいのはさ、テレポートの追跡はできるのかっていう話」
「それは断固拒否します」
ポルスキーさんは問答無用の空気できっぱりと断った。
デュール氏は呆気に取られた。
「え?」
ポルスキーさんは大きく首を振った。
「そんな無粋なことはいたしません」
「無粋?」
「ええ。そんな誰かのプライベートを追跡するような真似は、絶対に、絶対に、いたしません。私がされたくないもの!」
ポルスキーさんははっきりと言い切った。
「プライベート? え? あ、そりゃ使い方誤れば、プライベートの侵害にはなるけどさ。でも、ジェニファーの件はもしかしたら重大な事件かもしれないよ。ほんとにジェニファーが誘拐されてたんだとしたらどうするの?」
「誘拐とかは専門の方が対応してください。そりゃ誘拐は大事件だとは思うけど、そのためにプライベートを暴き得るような魔法を開発するなんて、私には絶対にできません。後々、暮らしにくい社会なんかになったら、大問題だもの」
ポルスキーさんは取り付く島もない。
「まったく……。普段テレポートでどんな後ろめたいことをしているの」
デュール氏は呆れ顔だ。
ポルスキーさんはドキッとしたが、
「そ、そんな後ろめたいことなんかないけど。でも、人に知られたくないことだってあるでしょ」
とぷいっと顔を背けた。
デュール氏は語調を和らげた。
「イブリン。テレポート追跡する方法は、僕とイブリンだけの秘密にしよう。いや、もう僕にも言わなくていいよ。ただ、ジェニファーが無事なのか、もし無事じゃないんだとしたら、せめて居場所でも……そういうことがわかればいいんだ」
ポルスキーさんは急にそんな提案をされて困惑の顔をした。
「え、秘密?」
「それなら社会的問題にはならないだろ?」
「でも、私の良心が――。もしこれが誘拐なんかじゃなくて、ただジェニファーがどっかに出かけただけだったら」
「そしたら理由を説明して、僕も一緒に謝るよ。ついでに一言苦情も言うかもしれないね。同僚の目の前で何も言わずに突然消えるなんて、そんな周りが心配するかもしれないようなことはするなよって」
デュール氏は苦笑した。
「えーっと」
「イブリン、本当に誘拐だったら厄介な事件なんだよ。ジェニファーはスリッジ会長の娘なんだ。分かってくれないか」
デュール氏は頭を下げた。
「う、うーん」
ポルスキーさんはまだ決めあぐねていたが、その時、別件を思い出した。
「じゃぁ、これに協力してあげたらさ、そしたら、私の方も一つお願いできる?」
デュール氏はにこっとした。
「僕にできることなら何でも。何の件?」
デュール氏は昨日の魔法薬草の輸入の件みたいなものを想像していた。
ポルスキーさんはデュール氏の笑顔にバツが悪そうな顔をした。
「魔法教会の『死の魔法の制限』の緩和についてなんだけど……」
ポルスキーさんは今朝の叔父さんとの約束のことを言っている。
「え? 死の魔法の緩和?」
デュール氏はポルスキーさんの口からきな臭い話題が出たことに怪訝そうな顔した。
「あ、一応、大丈夫と思うの! 法を犯す事は頼まないし、良識の範囲内である事はちゃんと説明するから」
そして、ポルスキーさんは叔父を訪ねたことを簡潔に話した。
「ジェニファーの件は手伝うわ。だから、叔父の話を聞いてあげてくれる?」
デュール氏は、ポルスキーさんとクロウリーさんが疑惑の大魔法使いザッカリー・エンデブロック氏にもう接触していることにただただ驚いていた。
しかし、少し冷静を取り戻すと、
「それは僕に拒否権は無いように思えるね。エンデブロック氏が副会長からこっちの味方になるっていうおまけ付きなんだろ?」
と苦笑した。
ポルスキーさんは頷いた。
デュール氏はまたにこっとした。
「いいよ。よろこんでエンデブロック氏に会うよ。君の叔父さんなら挨拶もしときたいところだし」
「挨拶?」
ポルスキーさんは首を傾げる。
「まずは外堀を埋めるという手も」
「? 何言ってんのかよくわかんないけど、うちの叔父は偏屈だから中身が無いとすぐに追い出されるわよ。挨拶なんて軽い気持ちで会わない方がいいと思うけどね」
「だってヒューイッドは会ったんだろ? だったら、ちゃんと僕も顔を売っておかなくちゃ」
デュール氏は笑顔の奥に何かの火を燃やしている。
「?」
ポルスキーさんが困惑していると、その時、魔法協会のエントランスに一人の男が勢いよく駆け込んでくるのが見えた。
ラセット・マクマヌスだった。
ラセットは顔見知り(になったばっかり)のポルスキーさんとデュール氏の姿を認めると、少しほっとしたように駆け寄ってきた。
「ジェニファーが誘拐されたって本当ですかっ!?」
お読みくださいましてどうもありがとうございます!
巻き込まれたくないけど仕方がないから交換条件を出すポルスキーさん。腹黒っ!笑
次回、ポルスキーさん、事件解決方法を一生懸命考えます。ラセットとジェニファーの関係も明らかになりますが、まあそれはポルスキーさん的にはどうでもいいかも?(;´Д`)薄情





