【3-5.叔父に会う算段】
さて、抗議に行ったところで聞く耳を持ってもらえなかったという完全な徒労、そしてラセットとジェニファーの変な言い合いまで見せられて、ポルスキーさんは後味の悪い思いでラセット・マクマヌスのところを退出した。
ポルスキーさんはぐったり疲れていた。
それで家に帰るために早くテレポートしたかったが、しかし急がば回れ、まずは魔法協会へ戻ろうと思った。ただでさえ失敗しがちなテレポートだ。魔法協会からでも失敗するのに、ラセットの職場からでは心もとなかった。
そして魔法協会へ着くと、今度はせっかくここまで来たので何となくクロウリーさんにも会っておくかと思い立った。
とはいえ、暇なデュール氏(※本当は暇ではない)と違ってクロウリーさんも仕事のはずで、呼び出すような口実もぱっと思いつかない。
「ま、いっか。別にいつでも会おうと思えば会えるんだしね……」
とポルスキーさんが心なしか残念そうに今度こそ本当に家に帰ろうとしたとき。
「何をしてるんだ、そんなところで突っ立って」
と声をかけられた。
クロウリーさんだ。
クロウリーさんに会えたらと思っていたタイミングだったので、ポルスキーさんは嬉しやら恥ずかしいやらの気分で顔を赤らめた。
「ごきげんよう、クロウリーさん。用事がすんだから帰ろうと思ってたところ」
「用って、魔法薬草か」
「そうよ。今日出直してきたの。先日はゴタゴタで受付時間外になっちゃったんだもの」
デュール氏の解呪騒動の日のことを言っている。
「そうだったな。ところで、いいところで会った、少し話せないか」
「話?」
「ああ、君の叔父さんの件だ」
その返答にポルスキーさんは「ごふっ」と咽た。
それから慌てて人差し指を口元に押し当てて「しーっ」とやった。
「あの叔父のこと、口にしちゃだめじゃない! 誰かに聞かれたらどうするのよ」
クロウリーさんは相変わらず無表情で淡々と答える。
「デュール氏の呪いの件について私なりに色々調べた。結論から言うと、あれをごく普通の魔法使いが扱うのは無理だ。あんな呪いを扱えるのは君の叔父さんくらいじゃないのか」
「だーかーら! あんな偏屈と絡むと損するだけだってば」
「いや、君も叔父さんのことを疑っているはずだ」
「ええ、ええ、疑いましたよ。でも、あの叔父がデュール氏に絡みに行くなんて思えないのよ。言い方は悪いけどさ、あの叔父からしたら、デュール氏は小物過ぎる」
クロウリーさんはちょっと止まった。
「……ああ、まあ、そうかな」
「でしょう?」
ポルスキーさんとクロウリーさんは目を合わせ、そしてため息をついた。
「もちろん私だって叔父のことは探ってみるつもりではいるわ。積極的に俗世に関わるとは思えないけど、あの人が良からぬ思想を持っているのは確かだし。でも少し慎重にやらないと」
そのポルスキーさんの言葉に、クロウリーさんは躊躇いがちに言った。
「君の叔父さんのところに行こうかと思っているんだ」
「行く!? あの世捨て人のところへ? あなたが会ってもらえるわけないじゃない」
「ああ。だが何かしらの接触は図ろうと思って。要注意人物だし、万が一副会長派と接点があったりしたらね。まあ上司命令なんだが。イブリンが一緒にいれば本人に会える可能性がぐっと上がると思って、君に頼みに行こうと思っていた」
「ああ、そういうこと……」
二人はもう一度ため息をついた。
やがてクロウリーさんが言った。
「君もいずれは会うつもりだったんだろう?」
「そうだけど。うーん、じゃあ行こうか……? でもあの人ばっかりはね、無策では行けないわ」
「なんでだ。叔父と姪っ子の関係だろ」
「そりゃ私なら会うことは平気よ。世間話だけならむしろ喜んで迎え入れてくれるわね。年の離れた兄妹みたいな感じで可愛がってはくれてるのよ。でもねえ……」
ポルスキーさんは頭を掻いた。
クロウリーさんは何となく難しそうな空気を感じつつ眉を顰める。
「でも?」
「うん、叔父には何か使命? 目標? よく分からないけど、何かやりたいことがあるっぽいの。死の魔法に関わる何かだと思うんだけど。それに関しては相当頑固よ。私には全く教えてくれないけどね」
「無条件にイブリンの味方にはなってくれるわけじゃないのか」
「うーん。私たちが叔父さんにとって有用だったら味方になってくれると思う。別に副会長自身に固執してるわけじゃないと思うから。でも今の私たちが何か叔父さんの役に立てるかしら? せめて、なにか手土産があるといいんだけど……」
だが、叔父の興味を引きそうなことは何も思いつかない。
ポルスキーさんは大きくため息をついた。
今日は疲れている、帰って一眠りしてからゆっくり考えよう……。
するとクロウリーさんがポルスキーさんの様子に気付いて、
「どうした、なんだかさっきから疲れているようだな」
と聞いた。
ポルスキーさんは頷いた。
「あー。今日はいろいろあったから。ラセットの件は完全に無駄な骨折りだったしね。むしろインタビューするとか言い出してマジ勘弁だったわ」
「ラセット?」
クロウリーさんが怪訝そうに聞き返す。
ポルスキーさんは「あ」と思った。
ラセットのところに同行したのは、デュール氏であってクロウリーさんではなかった。
「あー、ラセット・マクマヌスって人。雑誌にシルヴィアの呪いの件絡みでいろいろ書かれちゃって抗議に行ったのよね」
雑誌と聞いてクロウリーさんは一瞬ドキッとした顔をしたが(※あの記事のことはクロウリーさんも知っていたらしい)、「抗議に行った」と聞くと呆れた顔をした。
「わざわざ抗議しに行ったのか?」
「だって、私はひっそりと生きていきたいだけなのに、あんな面白おかしく書かれた記事、困るわ。それにあの同級生のコメント、読んだ!? そりゃ私は魔法苦手だけど、あんな恥ずかしいこと書かなくてもいいじゃない! 物体浮遊術は特に苦手だったの、それだけよ!」
「だ、大丈夫だ。どんぐり一つ浮かせられない魔女がいるなんて誰も信じないさ……。それに、今はどんぐりくらいならなんとか浮かせられるだろう?」
クロウリーさんが苦しい慰めを言う。
ポルスキーさんは恨めしそうな顔でクロウリーさんを睨んだ。
クロウリーさんは慌てた。
「記事なんか放っておけばいいんだ。私はイブリンのすごさはよく分かっているし。実際呪いを解いたじゃないか。それに今回だって、イブリンの助けがないと叔父さんに会うこともままならないんだから。頼むよ」
ポルスキーさんは浮ついたお世辞にじとっとした目を向けたが、
「まあいいわ。じゃあ、とにかく一度叔父さんに接触してみましょ。私も、叔父さんに関しては心配してる。まず、副会長派かどうかとか、シルヴィアの呪いの一件に関わっているかどうかとか、そんなのが分かるだけでもいいのよ。とりあえず行ってみますか」
と言った。
ポルスキーさんの言葉にクロウリーさんは頷いた。
ポルスキーさんはふああと大あくびした。朝から、マクマヌス副会長に会い、ラセットのところに抗議に行き、そしてここでクロウリーさんと長話をしていたのだから、限界だ。
「今日はもういい時間だし、叔父さんのところに行くのは明日でいい?」
「ああ。こちらは仕事の調整はつけれる、いつでもいい。イブリンの都合に合わせるよ」
とクロウリーさんが労りの目を投げかけた。
ポルスキーさんが、
「じゃ、もう帰るわね」
と言うと、クロウリーさんは、
「帰るなら送ろうか」
と言いはじめた。
「いらないわよ。自分で帰れます」
「いや、またテレポート失敗しないように。北極の他にも、羊の群れのど真ん中に出たこともあっただろう」
「余計なことは言わなくていいのよ」
ポルスキーさんはクロウリーさんの肩をべしっと叩いた。
しかしクロウリーさんは表情を変えない。
「やはり送って行こう」
とポルスキーさんの腰に手を回した。
お読みくださいましてどうもありがとうございます!
とっても嬉しいです!
クロウリーさんは送り狼になれるのか……!?(笑)
次回タイトルは「どっちもどっちな二人」です。
恋に素直になれないポルスキーさんです。





