【3-4.抗議】
「ラセットって人、いるっ!? これはどーゆーことですかっ!」
ポルスキーさんは先ほどの雑誌を片手に掲げながら、その雑誌の編集部に怒鳴り込んだのだった。
後ろにはアシュトン・デュール氏が困った顔で控えている。
名指しされたラセットという男はいそいそとやってきたが、デュール氏の顔を見て「なんでこんな大物が」と背筋が固まった。
「どこを見てるの、問題はこっちですよ!」
ポルスキーさんは雑誌を振ってみせ、それから雑誌の問題のページを開いてラセットに突きつけた。
「あなたがこの記事書いたんですってね! これは、ちょっと困るわ!」
「イブリン、言い方……」
デュール氏が窘めようとすると、ポルスキーさんはキッと振り返って、
「言い方が悪いのはそうかもしれないんだけど、でもちょっと私も怒ってるんだもの。あと、ついてこなくていいって言ったでしょ、アシュトン」
と機嫌悪そうに言った。
デュール氏は降参しているかのように両手を挙げ、
「君に雑誌を見せたのは僕なんだし、君を一人で来させるわけにはいかないよ。とにかく――少しお手柔らかにね」
とポルスキーさんの態度を改めるように促した。
ラセットは「魔法協会の偉い人とこの魔女とどういう関係?」と訝しげにデュール氏を眺めていたが、ポルスキーさんが、
「ちょっと!」
とラセットの注意を引きもどすために手を叩いたので、ハッとしてポルスキーさんの方を見た。
ポルスキーさんは叩いた手を腰にあてた。
「この雑誌の記事書いたのあなたですよね? こんなこと書かれたら迷惑なんですけど!」
「えっ……この記事――? ってことは、君がイブリン・ポルスキー!?」
「そうです、イブリン・ポルスキーです。アシュトンの呪い事件の記事、なんで私なんかを掘り下げてんの!?」
その記事はアシュトン・デュール氏に関わる先日の騒動についてだった。ラセットが寄稿したものだ。
そこには、行方不明とされていたアシュトン・デュール氏が魔法協会に戻ってきた件、そして魔法協会の女性職員がアシュトン・デュール氏に関わる呪いで倒れた件、そしてそれが解呪され、アシュトン・デュール氏が復職したことがメインで書かれていた。
また、その関連記事として、過去のハニートラップの件などが蒸し返され面白おかしく書かれていた。
まあ、それだけならポルスキーさん的にはそこまで問題ではない。
しかし、おまけとして、アシュトン・デュール氏の呪いを解いた魔女についても書かれていたのである。
ポルスキーさんが実際の解呪に使った魔法や道具の方は書かれていなかったが、魔法協会の女性職員が倒れた件についてはその場にいた者の証言から新規魔法道具(※水晶玉のこと)についての様々な推測が書かれていた。
そして、さらにはイブリン・ポルスキーの名前と、その人となりについて昔の同級生のコメントまで丁寧に掲載されていたのである!
ちなみにその元同級生のコメント。
「ええ~間違いじゃないんですか? 確かに学生時代に見た事もない魔法は使うことはありましたが、あんまり成功したところは見た事ないし……。今は腕が多少はマシになったんですかね? 昔は教科書通りの物体浮遊術でも全然だめで。机の上のどんぐりを浮かせてみろって課題でも、たったそれだけの課題なのに全然浮かないから、結局手でこそっと投げてましたね、あの人。それで『浮いた』って言い張ってました」
ポルスキーさんは記事を読みながら「余計なことは言わなくていいのよ」と心の中で突っ込んだのだったが。
しかし、ラセットはポルスキーさんの予想に反して嬉しそうに声をあげた。
「君に直接コンタクト取れるなんて俺はなんてラッキーなんだろう! この記事はさ、応接室で呪いで倒れた例の女性職員が話したくてうずうずしてたんでね。話を聞いていたらまとまった分量になったし、内容的にも面白そうだから、載っけちゃえってなってさ。すごく反響が良かったから、君に独占インタビューもやりたいなって編集部で話してたところだよ!」
ポルスキーさんは、「げっ」と顔を歪めた。
それから、
「そんなの絶対嫌」
と断固とした口調で拒否した。
ラセットは拒否されても怯むことなく、
「大丈夫、うまく書いてあげるから。ひとまず、物体浮遊術でどんぐりか何かを浮かせて見せてくれない? どんぐりも浮かせられないのに、見たこともない呪いを解いたっていうの、すっごく面白いじゃないか!」
とずいっと一歩踏み出した。
目がキラキラと輝いている。
「ど、どんぐりくらいもう浮かせられるわよ!(たぶん)」
ポルスキーさんはキイっと怒って言い返した。
いまだにテレポートを失敗することは内緒である。
「ははは、君いいね! 君のこともっと知りたいな」
ラセットはきらりと目を光らせ、挑発的にポルスキーさんを眺めた。
ポルスキーさんはラセットに乗せられたことにはっと気づき、
「あなた、とんでもない人ね」
と唇を尖らせた。
ちょうどそのとき、
「よう」
と言いながら別の記者が近づいてきた。
「ラセット。苦情処理中かな。悪いが、もう一件苦情が来てるぞ」
「あ、はあ」
ラセットが振り向きその記者がつれてきた客を見ると、ラセットはピタッと固まった。
「?」
ラセットがいきなり無表情で固まったので、ポルスキーさんが変な顔をしてそっちの方を向くと、今朝魔法協会のエントランスでぶつかった男前女性だった!
「あ、あなたは!」
その男前女性の方もポルスキーさんを見て少し驚いたようだ。
「あ」
と口を開きかけたとき、デュール氏の方もその女性を知っているらしく、
「ああ、君もか、最新号のあっちの記事?」
と聞いた。
ポルスキーさんが「最新号のあっちの記事?」と首を傾げていると、ラセットの同僚記者が、
「魔法協会のスリッジ会長さんのお嬢さん、ジェニファーさんだよ。先日の記事について文句があるってさ」
とジェニファーをラセットの方へ押しやり、
「じゃ、あとはよろしく」
と去っていった。
ラセットはまだ凍り付いたままだ。
ジェニファーの方はそんなラセットの様子には無頓着で、
「ラセット。君が副会長の息子ってことで、会長派を陥れたい気持ちはよく分かるんだが、こういう書き方はしないでくれないかな!?」
とうんざり気味にずけずけと言った。
ポルスキーさんは驚いた。
「えっ!? ラセットって魔法協会の副会長のご子息なの?」
で、ジェニファーは会長のお嬢さん?
じゃあ、今ここに、会長の娘と副会長の息子が対峙してるわけ? 敵対構造ってことよね?
デュール氏もまさかラセットが副会長の息子とまでは知らなかったようで呆気に取られていた。
ジェニファーは言葉を続けた。
「この記事はあまりにも悪意が過ぎるし、事実がねじ曲がって伝わってしまう。訂正記事を書いてほしいのと、次からの何か記事に書く時もこういう書き方はしないでほしい」
するとようやくラセットが口を利けるようになって、それからきゅっと眉を顰めた。
「もしかしたら文句を言いに来るかなと思っていた。読者が喜ぶように少し過激にしてみたが、でも嘘は書いてないはずだ」
ポルスキーさんは、ジェニファーが手に持っていたその最新号の雑誌記事をそーっと覗いてみた。
『魔法協会内人事、アシュトン・デュール氏の理事職復帰にあたり、理事を一席増設する決議案を提出。勝手に辞めた人間の急な復職のために理事席を増設までする待遇に、副会長派は猛反発。こうした強引な人事は会長派の独断的な組織運営を意味しており、納得しがたいものであることは否定できまい。』
「なるほどー」とポルスキーさんは思った。
何かよく分からないけど、魔法協会内部でも戦いが始まっているのね。
にしても、確かにこう書いてあると会長派が悪いことをしているような気分になる。
ポルスキーさんはこそっと当事者であるデュール氏の方を盗み見た。
デュール氏もポルスキーさんの視線を感じ取って苦笑いしている。
ジェニファーはバシッと雑誌を叩いた。
「こちらのデュール氏が一時的に職を辞し姿を隠したのは陰謀だったのだから、理事への復職は妥当だということになったんだ。『勝手に辞めた人間』などという不名誉な書き方はしないでくれ。それに、理事を一席増やすことも、デュール氏の後任として任命されていた者を辞めさせるなどの強引な手段を取らないための処置だ。デュール氏が辞めた後、後任で理事になったのは副会長派の人間だったろ? 副会長派に配慮してるんだ、こっちは! 副会長派は自分がやったことは棚に上げて、会長派の非難ばかりをする!」
「俺は魔法協会のお偉いさんが嫌いなんだよ」
ラセットは苦い顔で答えた。
ジェニファーは目を剥いた。
「やっぱりな。会長派のイメージを悪くするのがおまえの狙いなのかもしれないが――」
「待て。スリッジ会長派とかマクマヌス副会長派とか、そんなの俺にはどうでもいい。魔法協会の上の方でごちゃごちゃやってんのを面白おかしく書いてるだけだ。結果として会長派のイメージが悪くなったかもしれないが、でもこれはただ『理事を一席増設する決議案』を書いただけの記事だ」
ラセットはそっぽを向きながら苦しそうな声で言った。
ジェニファーは眉を顰めた。
「抗議を受ける筋合いはないと……?」
ポルスキーさんは二人のやりとりを眺めながら、ラセットの方が打ちのめされているのに気づいた。
デュール氏も気づき、
「ラセット君、大丈夫か……?」
とそっと気遣った。
ジェニファーは少し頭を振ると忌々し気に言った。
「まあ君は昔からこんな奴だったからな、今に始まったことじゃないか」
「ジェニファー、そんな言われ方は心外だ! 昔からこんな奴って何のことだ」
「昔から、おまえは軽薄な奴だったよ。成長したって根っこの部分は変わらないんだろ」
「軽薄――だったかもしれないが、俺はおまえに対してはいつも真面目だった!」
ラセットの言葉にジェニファーはうんざりした目を向けた。
「真面目なおまえは見たことないよ」
ラセットはだいぶ傷ついたようだった。顔を歪めて唇を噛んでいる。
デュール氏は慌てて、
「ジェニファー、記事のことは抗議してくれてありがとう。でもそんな言い方まですると逆効果になるかもしれないよ。これくらいにしといたら」
と助け船を出した。
ジェニファーはハッとしてデュール氏の方を見た。
デュール氏は片目をつぶって「すまない、失礼する。記事への対応について少しジェニファーに伝えたいことがあるから」とポルスキーさんとラセットに合図すると、まだカッカしているジェニファーを伴って部屋を出て行った。
ジェニファーが帰ってからもラセットは浮かない顔をしていた。
しかし、やがて気を取り直したように声を絞り出した。
「すまない、変なところを見せてしまった……。こういう業界にいるとああいうのはよくあることだから……まあその、気にしないでくれ」
まるで自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
あなたのせいでしょ、とポルスキーさんは思ったが、ずっとラセットが悲痛な顔をしているのでさすがに心配になり、
「大丈夫? さっきからあなた、だいぶつらそうよ」
とそっと声をかけた。
ラセットがハッとする。
「ま、まさか」
ポルスキーさんは、ラセットの表情が暗く重いのは何だろうと思った。
自分で攻撃的な記事を書いておきながら、ジェニファーに抗議されてこんな胸をえぐられたような顔をする?
彼の中の建前と感情がずれているのかと思った。
ジェニファーとラセットは昔からの知り合いのようだ、そして過去、多少何かあったらしい。
二人の間に何か特別な感情があってもおかしくないのかもしれない――?
しかし、ポルスキーさんはそれ以上は考えないことにした。
ポルスキーさんには関係のないことだったから。
お読みくださいましてどうもありがとうございます!
ポルスキーさんは今もどんぐり厳しいかもしれません。
会長の娘と副会長の息子が出てきました。ポルスキーさんはあんまり関わり合いになりたくないようですが、このあとちょっとひと騒動が起こる予定です(;´・ω・)
が、ひとまず次はクロウリーさんです! やっと登場です!





