【3-3.デュール氏に名前を借りよう】
さて、副会長の要請を断ったはいいが、魔法薬草の輸入の許可は却下されてしまったポルスキーさんは、き~っと地団太を踏んだ。
しかしもうポルスキーさんの名前は、たった今ブラックリストに絶対に載ったはずだった。もう何をしてもポルスキーさんの名前では輸入の許可はおりまい。
ポルスキーさんは絶望したが、同時になんとかならないものかとうーんと考えて、「そうだ、別人の名前を借りえばいい」ということに気が付いた。
運のいいことに、ここは魔法協会である!
クロウリーさんとかデュール氏がいるはず!
クロウリーさんはともかくとして、デュール氏には貸し(※呪いを解いた件)があるからきっと協力してくれるはずだわ!
そう思うとポルスキーさんは(デュール氏の迷惑なぞ全く考えずに)魔法協会の受付でデュール氏に取り次ぐよう頼んでみた。
受付嬢は胡散臭そうな目でポルスキーさんをじろじろ眺めた。ああ見えて、デュール氏は偉い人なのである。
「失礼ですけど、あなたどちら様ですか? アポイントメントはありますか? アシュトン・デュール氏は理事に戻られた方で、そんなに簡単に会える方ではありませんけど」
「あ、で、ですよね~」
ポルスキーさんは汗をかいた。
「でもね、私こう見えてデュール氏の恩人なんです。私が大事な用事があると言えば、もし時間があればですけど、きっとデュール氏は会う時間を作ってくれると思うんですよねー」
ポルスキーさんは必死に説明してみる。我ながら薄っぺらいと思いながら。
「その大事な用事の中身次第ですね。用件をお聞きします」
「あ、魔法薬草の輸入の件で……」
「それは輸出入管理課に行ってください!」
受付嬢がぴしゃりと言う。
ですよねー! ごもっとも! 私だって、最初は輸出入管理課に行ったさ。でももう門前払いなんだもの!
ポルスキーさんは半べそだ。
仕方なく(?)ポルスキーさんは嘘をついた。
「ち、違うんです! デュール氏の輸入なんです」
デュール氏の名前を借りて輸入しようってことなんだから、厳密には嘘じゃないはず……。
「はあ」
受付嬢は半信半疑な顔をした。そして、渋々デュール氏に確認した。
するとデュール氏はポルスキーさんの名前を聞くや否や「すぐ僕の部屋に来てもらってっ! ああ、迎えに行こうか!?」と息を弾ませて言いつけた。
それを聞いた受付嬢は目を白黒させた。目の前のポルスキーさんを得体の知れないものを見る目で眺める。
この人が本当にアシュトン・デュール氏の知り合いだったなんて! しかもデュール氏がわざわざ迎えに来るほどの。いったいこの人は?
デュール氏は耳まで垂らした見事な金髪巻き毛を少し乱しながら、言葉通りすぐに駆け付けた。そして少しうきうきした様子でポルスキーさんを自室へ案内した。
ポルスキーさんは申し訳なさそうな顔をしている。
「デュールさん、いきなりごめんなさいね、忙しかった? ちょっと悪いことしたかも」
「いや、大丈夫。君に会えるならすぐ来るさ。ってゆか、そろそろ僕のことアシュトンって呼んでもらえないだろうか」
「え? ああ、いいわよ」
ポルスキーさんが頷いたのでデュール氏は嬉しそうな顔をした。
「ところで今日は何の用で僕のところに?」
「いや~本当は魔法協会に魔法薬草の輸入の申請に来たのだけど、拒否されちゃったの。だからあなたの名前で申請し直してもらえないかと思って」
「? 君が申請したら通らなくて僕が申請したら通るって、それはいったいどういう理屈?」
「それがね……」
ポルスキーさんは困り顔でさきほどのマクマヌス副会長に呼び出された話をした。
デュール氏の顔がみるみる険しくなった。
あれ? ポルスキーさんは狼狽える。
「あ、あの……ね。そういうことだから、えーっと、腹いせに魔法薬草の輸入を許可してもらえないことになっちゃって……だから……」
ポルスキーさんは居心地悪そうに、尻すぼみになりながらも「あなたの名前、貸して?」と一応最後まで要求を口にしてみた。
ポルスキーさんが話し終えた後もデュール氏は少し無言だった。何と言っていいのか迷っている様子だった。デュール氏の表情はかなり硬くなっていて、もう魔法薬草どころではない様子が見て取れた。
そしてデュール氏はようやく言った。
「イブリン。副会長陣営に誘われたってことだよね?」
「え、ええ、そうね。でもきっぱり断ったわよ。魔法協会で働くなんてごめんだもの」
「ああ、きっぱり断ってくれてよかった。君は僕の味方でいてくれなくちゃ困る」
「まあ、敵とか味方とかそういうのは私にはちょっとよく分からないんだけれど」
ポルスキーさんは首を振った。
デュール氏はため息をつく。
「目的の魔法薬草の件は僕が請け負うよ。ちゃんとイブリンの手に渡るように手配する。だから、絶対に副会長陣営にはつくな」
「わ、分かったわ」
「本当に分かった? 何か珍しい材料かなんかを目の前にぶら下げられたら一発で靡きそうなんだよなあ」
「私のことアホだと思ってる? さすがにアシュトンやクロウリーさんと敵対すること分かってて副会長側につこうとは思わないわよ。一応あなたたちは知り合いだし」
デュール氏はほっとしたように微笑んだ。
「そういう人情的なところがあって良かった。でもまだ知り合い括りか……」
「何?」
「いや、こっちの話。それより、イブリンにも言っておく。僕に呪いをかけたシルヴィアの件やハニートラップの件もそうなんだけど、副会長はどんどん強引な手段をとろうとしている。彼の要請を断ったということはイブリンももっとひどい嫌がらせを受けるかもしれない。魔法薬草ごときじゃすまないような。分かるかい? 気をつけるんだよ」
デュール氏は本気で心配しているようだった。
「できれば僕がずっとそばに居られればいいんだけどね」
ポルスキーさんは苦笑した。
「私なんかが狙われるかしら」
「狙われるよ。イブリンはシルヴィアの死が自殺じゃないことに気付いているし、あの呪いの仕組みを知りたいんだろ」
「ああ、そうか」
ポルスキーさんはやっと自分の立場に気付いた。
敵にとっては隠しておきたいことをポルスキーさんは詳らかにしようとしているのだ。
ポルスキーさんは真面目な顔になった。
「いったい副会長は何を狙っているの? 何をめぐってアシュトンやクロウリーさんの陣営と対立しているの?」
「細かいところまでは分からない。でも、副会長が会長になりたがっているのは本当だし、何かを企んでいるのも本当だ。会長を引きずり降ろそうとする、そんな裏工作がいくつか出てきた」
「まあそうなの……」
ポルスキーさんは先ほどの副会長の顔を思い浮かべた。
そして、もう一人――叔父。
シルヴィアが一瞬言っていた。
「死の魔法への制限をなくしたいという思想」
それは叔父のものだ。
副会長と叔父の関係を繋ぐ証拠はまだ見当たらないけど、シルヴィアの件に叔父が関わっているなら、それは副会長と関係している可能性があるってことよね?
ポルスキーさんは嫌な考えを振り払うように頭を振った。
そのとき、デュール氏が何かを思い出した。
「あっ、そういえば、イブリン、あれは見たかな……?」
「あれとは」
デュール氏は気まずそうな顔をしながら、テーブルの端に置いてあった一冊の雑誌を手に取った。
「えーっと、気を悪くしないでほしいのだが」
ポルスキーさんはざっと目を通して「ぎゃーっ」となった。
「なにこれっ」
「あ、やっぱり、そうだよね」
デュール氏は苦笑する。
ポルスキーさんはじとっとした目でデュール氏を見た。
「いやいやいや! これ書いた人は誰!?」
お読みくださいましてありがとうございます!
めちゃくちゃ嬉しいです!
放っておくといろいろ変なことに巻き込まれがちなポルスキーさんに、デュール氏も目が離せません。
うーん、デュール氏のこの気持ち、恋の吊り橋効果?
次回、雑誌に何を書かれたのかでてきます……(そりゃーポルスキーさん怒るかも)。デュール氏がなだめてもだめっぽいです。





