三幕 乱入
いつの間にやら、頭の痛みも引いていた。よかった。
「真子ちゃんも乗ったら?」
とても乗りたそうに、そわそわしていた真子ちゃんに聞いた。
「え? う、うん……桜太くんは?」
「俺は……もう少し休むよ」
「そっか、じゃーわたし行ってくるね」
真子ちゃんは急いで係員にパスを見せて、入っていって、かぼちゃの形をした馬車に駆け乗る。
前の白馬に神様と朱乃ちゃんがまたがっていた。
しばらくして、素敵な舞踏会のような音楽が流れてくる。白馬は上下にゆっくり動く。
俺は柵に乗っかって、見ていた。
ほかにも俺と同じように見ている親御さんは多数見受けられる。が、一人だけすごい見覚えのある黒髪の女性がいた。
サングラスをかけていたが、わかりやすいもんだなと近づいて「なんでいるんだ?」と声をかけると、
「ふえー⁉ すいません! すいません! そんなつもりでは…………あれ?」
すごい動揺っぷりだったが、ようやく俺だと気づいた。つうか悪いという自覚があるだけまだこの人だな。
絢さん。いつものごとく髪を後ろで束ねて、トップスにフレアスカート、その下に黒のタイツも穿いていた。
「絢さん……」
「ふふふ、誰かと間違っているのでは、ありませんか?」
絢さんがなぜだか、裏声まで使って人違いを装うとする。
俺は気にせずに質問を続ける。
「なんでいるんですか? 用事は終わったんですか?」
「…………」
絢さんがなぜか黙る。よくわからない。
「なんでごまかそうとしてるんですか?」
観念と言うとおかしいが、そのようでサングラスをはずして、髪を後ろに払う。
「むうー。盗撮しようと思ってましたのに、バレてしまったようですね」
口をタコのようにとがらせる。つうか盗撮って……。
朱乃ちゃんと一緒に夢中になっている神様はともかく、真子ちゃんは絢さんがいるのに気づいたみたいだった。
「いつ来たんですか?」
「十分ぐらい前です」
ということはやっぱり、さっきの寒気は絢さんか……。
「どうやら女の子が一人、増えてるみたいですが、親戚とかですか?」
「いや、あの子はその……」
絢さんに事情を話すと「そうだったんですか、迷子ねえ」と反応をする。
こんなことをしているあいだにメリーゴーランドの音楽が止まり、みんなが降りてくる。
一番に驚いたのは神様だった。
「絢! 来れたのか?」
「ええ、用事を済ませて、そのまま、まっすぐに来ました」
絢さんが神様と手をつないでいる朱乃ちゃんに目をやった。
「あなたが朱乃ちゃんね。話はさっき、そこのお兄さんに聞きましたわ」
朱乃ちゃんが絢さんの顔をずっと見て、伺っていた。
「お姉さんは……男の人が……怖くないの?」
この言葉に、俺はようやく朱乃ちゃんのさっきの動作を理解した。どうやら男の人を怖がっているようだ。
「なんで?」
絢さんは少し戸惑ったが聞き返す。
「だって……お母さんから『男の人をむやみに信用してはいけない』って言われてるからです」
淡々とした口調でしゃべる朱乃ちゃん。
「ふふふ、桜太くんが怖い? 大丈夫よ、この人は逆に女の人が苦手みたいですから」
余計なお世話だ、と言いたかったが場違いな気がするし、あってるからさらに反抗ができなかった。
「大丈夫だよ。桜太くんは優しいから」
真子ちゃん……。
「桜太なら平気じゃ」
これでも朱乃ちゃんはまだ、信用できてないみたいで神様が「無理することはないぞ」と励ましていた。
言葉の中に『お母さん』しかでてこない辺りが気になった。お父さんは? とも無理に聞けるはずもなく……。
「そうだ! お腹空かない?」
真子ちゃんが手のひらを叩く。ケータイを見ると十二時ちょっと前ぐらいだった。
もうそんな時間か、と時の流れは早いな、と実感が湧かない。
「そうだな」とみんなでテーブルが並んでいるグルメ街に移動する。
目の前にはレストラン、ファストフードからクレープ、ソフトクリーム、ポップコーンやら、ずらりと出店が並んでいる。
昼時のためかけっこう人も多いため、席を見つけるのも一苦労だった。
「わたし、お弁当作ってきたんだ」
真子ちゃんがバッグから大きな包みを取りだし、ほどいて開けた。
「おー、すごい豪勢だな」
俺は思わず、そう口からこぼれた。
「真子スゴイのじゃ!」
「真子さんはお料理も上手なんですね」
「美味しそうですね」
他の三人もそう感想を述べた。
重箱が三段になっていて、一段目と二段目がおかずで、三段目に海苔で巻いた丸いおにぎりが詰められていた。
「さあー召し上がってください」
「「「「いただきます」」」」
俺は始めにおにぎりに手をつけた。よく見ると白米には海苔が全体に貼られていた。いわゆる爆弾おにぎりとも言ったところだろうか。
一口大きくかぶりつく。
「美味しい……あっこれはサケだね」
「うん、他にもコンブと梅干しとツナマヨがあるよ」
俺はおにぎりの次にから揚げ、ウインナーといって、玉子焼きに箸を伸ばした。
「真子ちゃん、焼き方うまいね」
焦げ目や形ともに常人レベルを超えていると言っても過言ではなかった。
「そ、そうかな……料理は好きだから」
俺は美味しそうにできている玉子焼きを一口ぱくりと食べる。
「お、美味しい……甘すぎず、薄すぎず、あと食感も歯ごたえも抜群に美味い。もうこれ以上に出会える気がしない」
俺は口からドンドンコメントが飛びだす。だって本当に美味しいから。
「桜太ベタ褒めじゃな、どれどれ……うん、たしかにこれは美味いな」
俺を機にみんながドンドン玉子焼きを食べていって、一番になくなった。
「真子さん、これ本当に美味しいですね、お店だせますよ」
「そ、そうかな……ありがとう……」
「お姉さん、すごく美味しいですよ」
「朱乃ちゃん、ありがとう……」
真子ちゃんは褒められすぎて、顔がリンゴ、イチゴに引きを取らないほどに赤くなっていた。
五人もいたせいか、真子ちゃんの手料理では足りるはずもなく、みんなでクレープも買った。
「真子さんはなんにしました?」
「わたしは、イチゴにしました。絢ちゃんは?」
「私はアボカドにしました。食べますか?」
絢さんが一口真子ちゃんにおすそ分け、お礼のように絢さんが真子ちゃんのクレープを一口もらう。
「やっぱり私もイチゴにすればよかったかしら」
「で、でも……アボカドも……いいと思うよ」
「妾のも見てくれ!」
神様が買った(俺が)クレープを見せる。
ちなみに俺は朱乃ちゃんのも買った。おかげでお土産代を残すため、自分のは諦めた。
「それはなんですか?」
「納豆じゃ」
「納豆とかあったんだ」
神様が新メニューである納豆クレープを注文した時は、俺は本当に食べられるか、心配になった。
ちなみに朱乃ちゃんは真子ちゃんと同じイチゴを頼んだ。
「どれどれ、では味見、ああむ」
神様がぱくりとけっこうデカく、かぶりつく。
「う、こ、これは……」
神様がぷるぷると震えて、顔をしかめた。
「ど、どうした?」
「桜太……これあげる……」
俺に食べかけ納豆クレープを押しつけてくる。
「桜太……妾には……その臭いとねばねばは、あわなかった……」
「そ、そうか……わかった」
そういや神様はまだ納豆は食べたことがなかったな。挑戦したかったのだろうか、それよりどうしようか。まずは一応、試しに周りに聞いた。
「わたしは……これがあるから……」
「桜太くん、うらやま……いえ、どうぞお食べになってください」
真子ちゃん、絢さんにも拒否されたところで俺が食べて、そのあと、納豆の臭いが消えるよう真子ちゃんにみかん味のアメをもらって、舐めて納豆の臭いを消す。
遊びを再開して次に行ったのは、救命病棟をかたどったお化け屋敷に全員で入った。
雰囲気からヤバそうだ。今のところ、ホンモノがでるとかの情報はないが、いかにもでそうな雰囲気はある。
「暗いな」と神様が言う。
「そりゃお化け屋敷だからな」
前から神様とその手をつなぐ朱乃ちゃん、俺、真子ちゃん、絢さんとなって、病院の窓口を通りすぎる。
「桜太くんは……怖く……ないの?」
真子ちゃんは顔をかがめて、わかりやすいぐらいに怖がっている。
「いや、怖くないと言ったらウソにはなるけど……多少は」
「あらあら、私は、平気ですよ」
「それは心強い」
暗くてあまり見えないが、絢さんは大丈夫そうだった。
次の瞬間――
「お前の肝っ玉取ったろか――――っ!」
「「きゃ―――――――――――っ⁉」」
俺は突然でてきた顔なし坊主より、後ろからの叫び声にびびった。
「絢さん……」
「すいません……私としたことが」
「いや、いいんだけど」
それより、俺に今世紀最大の事件が起きていた。
「桜太くん……でるまで掴まっていい……?」
真子ちゃんが俺の背中の服に掴まっていた。
「べ、べつにいいけど……」
「あ、ありがとう……」
「神様は怖くないのか?」
気を紛らわすために、さっきからびくりともしない神様に尋ねた。
「? 妾はなんか平気みたいじゃ。な、朱乃」
「あたしも大丈夫です」
前の二人はどんどん歩む足を止めず、進んでいく。
正直、すげーな。
このお化け屋敷をクリアする条件に手術室にあるお札を一枚出口まで持っていくことだ。そこまでに一反木綿に似せた白い布がいきなり目の前に現れたり、手術室にあるお札を取った瞬間に、壁が真っ赤に染まった時は腰が抜けそうになった。後ろの二人は気絶しかけにまでなったらしい。
締めつけは最後の数メートルで後ろから「私を置いてかないでー」と白装束を着た長い黒髪の女の人が(チラッとしか見てない)でてきた時は全力で逃げた。
「はあはあ……び、びびった」
「楽しかったな、朱乃」
「うん」
この二人は最後まで叫び声一つあげなかった。
騒がしかったのは後ろの二人のほうだった。で、その二人は、というと。
「…………」「…………」
意気消沈で静かだった。
休憩を挟んで、次は水流ジェットコースターに挑んだ。
一列に並んで、最大五人乗りだったので、残さずに乗れた。
入口の係員に貸してもらった透明の合羽も着用している。
一番前に乗る神様がはしゃいでいるのを、俺は一貫して眺めることのできる一番後ろに乗った。
「お! あれはなんじゃ?」
「あれはエイリアンです」
「うちゅうじん、て奴かの?」
「そうですね。私も詳しくはありませんが」
絢さんが説明をこなす。でも『エイリアンです』と言われて、ピンとくる人いるのかな?
長い洞窟の中、そこにも摩訶不思議な壁画や宇宙人らしき生き物がこっちに首や手を伸ばしてくる。
「あれはなんじゃ?」
「あれはAlienです」
なんで英語風? 発音もうまいし。
「それは一緒ではないのか?」
「ええ、一緒ですよ」
ゆったりとした時間はここまでにして、最後の砦が近づいてきた。前の乗客の叫ぶ声がここまで聞こえてくる。
「ささ、上りますよ」
ベガに比べて、低いが、俺にとっては全部一緒だ。
絢さんの宣言通り、ボートを模したコースターが上がりだす。
一分ほどで頂上に着いて、勢いよくすべり落ちた。
「うわあああああああああああああ!」「「きゃ―――――!」」「気持ちいいいいいいいいの――――!」
要員限界まで乗っていたせいか、水しぶきがすごかった。
「うわあ……すごかったね」
真子ちゃんが感想を述べる。
「そ、そうだね」
俺は後ろだったので、そんなに水はかからなかった。
「桜太…………どうしようかの」
「神様、どうした?」
「合羽の隙間から水が入ってのう、びしょ濡れじゃ」
俺からは降りるまでどうしようもないが、返事しようとすると、
「神様! それは大変です。今すぐ……いいえ、あとで更衣室に行きましょう、そうしましょう、うん、そうしたほうが適切だと私は考えております」
と早口で言う絢さん。
「更衣室でどうするつもりだよ」
前の絢さんの頭をちょこんとチョップする。
「あら、私は適切な判断だと」
「服もタオルも絢さん持ってないでしょ」
「あ…………がくり」
こうして神様を絢さんから守った(?)。
乗り物から降りて、真子ちゃんに貸してもらったタオルで髪や顔を拭いている神様に「天気もいいし、走ったら服ぐらいなら乾くよ」と言っておく。
水流からなにに乗ろうか、悩んでいると係員から「今ならゴーカートでレースができるよ」と言われて、神様がノリノリのテンションに切り替わった。
年齢制限とかもなかったから、全員参加によるレースとなった。
けっこう本格的なコースで聞いた話、プロも練習に使用しているとかなんとか。
係員がフラッグを上に掲げ、振り下ろしたらスタートみたいだ。
前から身長順のはずなのに、俺より身長の高い絢さんが前方ってどういうことだろ。ということで俺は後方スタートの予定。もちろん自信なんて微塵もない。
「では、右のアクセルで走って、左がブレーキとなっています。ではよーい…………スタートです!」
女性係員の合図に全員走りだす。
俺はスタートで勝負を賭けて、スタート後すぐに左から絢さん、真子ちゃんの外をまくった。
「桜太くん! それはずるくありませんか!」
「あ~……」
二人の哀れな声など無視をしたわけではないが、勝負なので。俺は神様までまくっていこうとしたが、そこまでは無理があった。
「桜太やるな!」
「まあね」
「お兄さんには負けません」
朱乃ちゃんも、俄然やる気満々だった。顔色は変わってはないけど、なんとなくだ。
「俺も負けないよ」
宣戦布告も済ませたところで、俺はレースゲームで培ったテクニックを使って、カーブで神様を内側から抜いた。
「桜太! プロなのか!」
「違うけど……」
神様がただのスピードだしすぎでスピードを落とさず、カーブを曲がろうとした瞬間を、外に振られてしまい、その隙を俺が悠々と抜いただけのことだった。
「あとは朱乃ちゃんだけか」
「桜太くん速いよー」
コーナーの向こう側から真子ちゃんが言ってくる。
「そうかな?」
聞こえているのかわからないが、こう呟いた。
そうこうしているうちに俺は朱乃ちゃんの後ろにつけた。
「お兄さんやりますね。あたし、こう見えてもゴーカートは、やりこんでますよ」
朱乃ちゃんが淡々とした口調で挑発してくる。
「なら、なおさらお兄さんは燃えてきたよ」
「そうですか、なら本気でいきます」
「こっちもさ」
カートの速度は一五キロ程度。おまけに体重は明らか朱乃ちゃんの軽いのでかなり優勢だった。だから俺はカーブというカーブで内側、内側をねらって、隙とリズムの乱れを崩そうと後ろから踏ん張った。
「お兄さんプロですか?」
「違うけど……(二回目)」
デジャヴを感じつつ、俺の二番手からの猛攻は最終三周目まで続いた。
係員、観客からは俺たちはどう映るのだろう。
小さい女の子に勝たせてやればいいのにあの男の人、大人げない、だとかひそひそ言っていて、俺に追い打ちをかけて、女尊男卑で勝負の世界についての批判でもやっているのだろうか。
所詮お遊びだから、子供を優先させてやるのが、大人としての務め、なに子供相手にムキになって、顔マジになってんの笑える。とかが浮かび上がる。
俺の被害妄想だ、とか思っているのなら、それはそれでいい。好きに笑えばいい。
「朱乃ちゃん……」
「なんですか、お兄さん」
「負けても、泣くなよ」
「あたしはそんな、負け犬の遠吠えみたいなことはしませんよ。だから、全力でかかってきてください。そのほうがあたしは断然好きですよ」
顔色一つ変えてないのが、手を取るようにわかる。でも、
「ありがとう、これで気兼ねなく、勝負を決められるよ」
いつも以上に攻撃に手加減はなしで、全力の全力を俺の中にあるテクニックというテクニックをすべて、だし切るつもりで攻めた。
前に進む走行ではなく、完全に守りに入った、朱乃ちゃん。
だが、俺はそれをねらっていた。
最後のコーナーカーブ。
俺は完全に内からくると思っている朱乃ちゃんの裏をかいた。
「お兄さんそれは!」
無表情でわからないが、明らか動揺しているのだけはわかった。
「もらったよ」
俺は内側走行している朱乃ちゃんの外からまくりにかかった。最後だ。あとはまっすぐ走るだけ、だから俺はこのタイミングに賭けていた。
「そうはさせませんよ」
「なに……」
朱乃ちゃんが外に張ってきた。これに対して俺は有無言わずにして、カーブするハンドルをゆるめた。
その結果――――
「うおっ!」
俺はコースアウトしてしまって、スリップした。
「桜太、もらったのじゃ」
「お兄さんあたしの勝ちです」
「桜太くん、じゃあ~ねえ」
朱乃ちゃんを抜いた神様と絢さんにも、あっという間に抜かれた。
俺も急いでコースにでて、アクセルを踏みこんだところ――
「桜太くん、よ、避けて――っ!」
「う、うわああああああ!」
間にあわなかった。後ろからずいぶん遅れてやってきた真子ちゃんが俺のカートのボディに体当たりしてきて、俺はまたしてもコース外に飛んでいった。
「桜太くん大丈夫?」
「う、うん、平気だよ」
真子ちゃんが落ちこんだ顔をしていた。
「ごめんね、わたしのせいで……」
「べ、べつに真子ちゃんが悪いわけじゃあ……元はと言えば、俺が真子ちゃんの走行を妨害した感じだったし」
全力で弁解した。もう精一杯の気持ちで。
「な、なら……お互いさまだね」
「そ、そうかもな」
俺たちはそのまま棄権した。
ちなみに一位になった神様と、二位の朱乃ちゃんはお菓子をもらったようだった。
「お兄さん、すごいですね」
「そ、そうかな? 朱乃ちゃんこそ、プロにでもなれるよ、きっと」
「ありがとうございます」
朱乃ちゃんがぺこりとお辞儀をする。
「お兄さん」
「なに?」
「あたし、お兄さんなら信じてみます。少なく、お母さんの言っていた男性のイメージとは大きく違うみたいなので」
「そ、そっか……それと聞きたいんだけど、朱乃ちゃんのお母さんは男の人のことはなんて言ってるの?」
「男の人はですね。獣で最初は優しいけど、夜になると狼になる。と言われています。だから、本当に信じられる人にだけにしか自分を見せません」
俺には返答は難しいな。
「朱乃よ。桜太は本当に信用してよいぞ。この神様が言っておるんじゃ、シンヨウするがよい」
神様と書いて信用か、なるほど。神様がうまいことを言ったような、顔をしていた。
「うん」
朱乃ちゃんの顔が微かに笑ったように見えた。
お母さんを捜しながら、様々な乗り物を満喫した。
室内の絶叫マシン。3Dゴーグルをかけて、エイリアンを撃つダンジョンゲーム。コーヒーカップ。途中にはミニゲームに参加もしてみて、神様がワニの抱き枕をゲットしていた。
「いませんね、お母さん」
「そろそろアナウンスにまかせたほうが……」
「桜太、それだけはダメじゃ」
弱気な発言をする俺に、背中にワニを抱っこしている神様に叱られる。
とはいうものの、もう夕方になり、日も傾きかけていた。俺たちだって閉園までいるわけにもいかない。
「あたし、ジェットコースターに乗りたいです」
朱乃ちゃんが気を利かしたように言う。俺はこんな子に信じてもらって、気まで遣ってもらって情けない気持ちを覚えた。
「朱乃、乗りたいのか? よし、なら行くぞ!」
神様は三つのうちの唯一乗っていない『アルタイル』に足を運んだ。
「うわああ……」
「桜太、これはすごいのじゃ……」
夕方だからか並んでいる人はあまりいなく、乗るには絶好なタイミングであった。
「そうだな、さすが最新だ」
目の前にそびえ立つアルタイル。そこに俺たち五人は足を進ませる。
「そういえば、これだけ身長制限があったな」
入口に置いてある男の子より、身長が高い子しか乗れないみたいだった。
ちなみに一三五センチ以上だ。
「妾は大丈夫じゃな」
神様の正確な身長は知らないが、セーフだった。
当然それなら俺、真子ちゃん、絢さんもセーフだ。でも……。
「あたしは足りてないみたいですね。……仕方ないことです。皆さんだけでも乗ってきてください。あたしは……まってますから……」
言葉だけを聞けばなんでもない、淡々とした口調であった。でもわずかにあどけなさを混じらせていた。
「朱乃が乗らないなら妾も乗りたくは、ないのじゃ……」
「お姉ちゃん……あたしは自分を抑えるのは慣れているんです。だから気にしなくていいんですよ」
「じゃ、じゃが……」
神様が気難しい顔をする。判断を自分で決められないでいる。
「わ、わたしが……朱乃ちゃんとまってるよ。だから、みんなで乗って来たらいいよ」
「真子……いいのか?」
「早麻ちゃん……我慢するのはよくないよ。だから、ほら!」
真子ちゃんが神様の背中をぽんと軽く押す。
「じゃ、じゃあ、行ってくるぞ。それまで朱乃を頼むのじゃ」
「了解です」と真子ちゃんが敬礼する。
行って、ここまで戻ってくるまで、十分もかからないだろう。
かくして俺、神様、絢さんの最終決戦が始まった。おおげさか。
乗客もそんなにいないので、並んで二回目の便には俺たちの順番はきた。
「か、かなりの重装だな、これ……」
「桜太びびってるのか?」
「いや……べつに」
さすがの三個目にもなれば余裕ありありの神様だ。
係員に手順を教えてもらいながら、ますは手前の安全レバーと身体を固定する上のレバーに、お腹にはシートベルトもあった。
「あらあら、私これが初の大型の絶叫マシンだったりしますので、少し楽しみです」
「えっ、そうだっけ?」
「ええ、さっきの室内のは、涼しかったですね」
室内のはスピードもさほどなく、周りも暗くて、全然比べ物にならないくらいに楽しめる乗り物だった。
「じゃ、じゃー……楽しめよ」
「ええ、楽しみです」
ジェットエンジンを搭載していて、それを溜めるのに時間がかかったが、出発のコールが鳴る。
「では行ってらっしゃーい!」
そこからはあっという間の出来事だった。
前からの向かい風でもびくともしない。レーンを駆け上がって、捻って、そのまま勢いのままに下った感じだ。ざっくりしているが、本当だ。
装着する時間のほうが長かった気がする。
「す、すごかった……」
「そ、そうじゃな……」
「私はよかったと思いますよ」
出口を抜けて、真子ちゃんと朱乃ちゃんの座っているベンチに向かった。
「あ……」
真子ちゃんがシー、と指で知らせる。
朱乃ちゃんは、真子ちゃんに膝枕をされてすやすやと寝息を立てていた。
「朱乃寝てしまったのか」
「うん、疲れてたみたい」
それもそうだ。いろんなアトラクションにつきあわせてたんだからな。
そこに――
「朱乃!」
遠くから見かけ二十代くらいの女性が一人、名前を呼びながら走ってくる。
「朱乃! さ、捜したんだから……」
「えっと、朱乃ちゃんのお母さんですか?」と俺が問う。
「そうです朱乃の母です」
俺が「そうですか、なら……」と朱乃ちゃんを起こそうとすると、
「いえ、せっかく寝ているのですから、そのままでいいですよ」
「で、でも……」
「アタシがいいと言っているんですから、いいんです!」
大声で俺の言葉を否定する。俺は少し、あとずさった。
「あっ……すみません。取り乱してしまって……」
お母さんが顔をかがませる。声で気づいたのか、朱乃ちゃんが目を覚ます。
「うん、なに? あ……」
朱乃ちゃんが目をこすりながら、身体を起こすとお母さんに気づいたようで。
「お母さん……」
「ほら、朱乃。帰るわよ」
お母さんが朱乃ちゃんの腕を掴む。しかし、その手をさらに、ガシッと掴む者が、
「朱乃ちゃんのお母さんだったよね」
真子ちゃんだった。俺を含め、神様、絢さん、朱乃ちゃんも驚いていた。
「そ、そうよ。あなたなに? 早くその手を放しなさい」
「わたしは、事情だけなら朱乃ちゃんに全部……聞きました」
「だからなんですか。あなたには関係ない話です」
真子ちゃんの言葉に、お母さんが顔を歪める。
「たしかに、わたしには全然関係のない話です。でも今こうして朱乃ちゃんが、あなたから遠ざけたがっているのも、また事実です。違いますか?」
「そ、そうですね…………なら、どうしたら許してもらえるって言うんですか……」
普段の真子ちゃんからは考えられない勇姿の正論に、お母さんが顔を背ける。かくいう俺たちには事情がまったく把握できていない。
「ど、どうこうことなの?」
「それは……」と真子ちゃんが煮詰まるが、
「話していいよ」と朱乃ちゃんが淡々と言う。
「えっと、朱乃ちゃんは今日、じつは大好きな男の子とここでデートする予定だったの。でも、お母さんとその男の子のお母さんは、すごい仲が悪いみたいなんだ……」
「それで……」
「うん……会わせてもらえなくなったんだって……」
親同士の問題に子供をまきこむこと。俺には経験はない。でも理不尽さは子供さながらわかることだ。そんなの俺だってイヤだ。
「そうよ……だから今日、代わりにこうして遊びに……」
「違う……! こんなの全然違う! あたしの思っていた遊園地と……全然……全然違うもん! お母さん全然楽しくなさそうだし、暗いし、冷たいし、相手してくれないし……あたし……今日、楽しみにしてた……もしかしたらお母さん笑顔になって、あたしと遊んでくれるかもって……でも……でも…………」
今まで無表情だった朱乃ちゃんの眼から幼い、小さく小さな涙の塊がぽろぽろ、頬を伝って、夕焼けで茜色に染まった地面に滴っていく。
「もう……お母さんなんか……なんか…………。……!」
お母さんが朱乃ちゃんを抱きしめる。優しく、優しくつつみこむ。
「ごめんね、朱乃。お母さん……間違ってた……お母さん、朱乃の気持ちなんか知らずに自分のことで精一杯だったの……もう、お母さん、失格ね……」
険しい表情をしていたお母さんが優しい母の顔つきに変わった。これで、解決……なのかな。
となりにいる神様、絢さんも優しい顔、温かいまなざしになっていた。
真子ちゃんは、俯いていた。でも、横顔は優しい表情になっている。きっと、俺たちと同じ気持ちになっているはずだ。
「本当にありがとうございます。ほら、朱乃もお礼しなさい」
朱乃ちゃんがこっちに近づいてきて、
「今日は楽しかったですよ。えっと、ありがとう」
そう言って朱乃ちゃんはみんなと握手をする。
「こっちも楽しかったぞ、また遊ぼうな」
「私のこと忘れないでね」
「えっと、わたしも楽しかったよ」
最後に俺の前に立って、
「お兄さん。握手をしましょう」
「お、おう」
右手を差しだして、交わす。
俺の手では朱乃ちゃんの手はすべておさまってしまう。
「じゃー、ばいばいです」
俺たちも手を振って、お別れをした。小さなお友達と。
「うーん。じゃあ、最後にまた乗りたいな」
神様が背伸びをしながら尋ねてくる。
「あ、じゃあ私、ベネブとベガに乗りたいです」
絢さんがとんでもないことを言いだした。
「俺……パスしていいか? 気分悪くなるし……」
「わたしも……いいかな……」
真子ちゃんも同意見だった。
「なら、妾と絢で行ってくるかの。では行くぞ!」
「ええ、楽しみです」
神様と絢さんが並んで歩いていった。あれ……これって……?
「二人っきりに……なったね」
「う、うん……」
少しのあいだ、俺と真子ちゃんは無言になって、切りだすように真子ちゃんが、
「ねえ……桜太くん」
「な、なに?」
「一緒に、観覧車にでも、乗らない?」




