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11.繰糸機……って?②


「……手紡ぎだと糸はどうやって作るのかな?」

「は、はい。こう……両手の指をくるくると回して……」


 言いながら、バルトル様に実践してみせる。わたしが人差し指をくるくると回すと、キラキラと輝く糸がふわりと現れ始めた。


「……きれいだね」

「はい、わたしはいつもこうして魔力の糸を作っていました」


 何度も何度も繰り返し、細い糸は次第に束となり、私が指をくるくると回すたびに糸の束は太くなっていく。


 透明な糸は折り重なると、白いようにも銀色や真珠の光のようにも、虹色にも見えた。


「……うん、間違いない。僕が触れていたアーバン家の魔力の糸はコレだよ。この美しい糸の束」


 バルトル様の長い指先がつ……とわたしの魔力の糸の束を撫でた。


「滑らかで美しい。どんな繰糸機(そうしき)を使っているのかと不思議だったんだ。手紡ぎだったんだね」


 金の睫毛で縁取られた瞳を細めるバルトル様。その眼差しは、有り体に言えば、愛おしげに見えた。

 けしてわたし自身がそういう目で見られているわけでも、彼に身体を撫でられているわけでもないのに、わたしはたまらなく面映い気持ちになってしまう。


「君が紡いだ糸は太さも均一で強度にもムラがない。でも、これが手紡ぎでできるんだね。すごい」

「あ、ええと、バルトル様も……よかったら、やってみますか?」

「うん、教えて?」


 さきほどと同じように、指をくるくると回して見せる。

 呼吸を整え、指先に魔力を集めるイメージをしながらゆっくりと指を動かす。じわじわと指先が熱くなってきても落ち着いて、一定のリズムで指を回し続ける。


「わあ……出てきた」


 バルトル様はお上手だった。わたしの拙い説明と実演だけですぐに魔力の糸を生み出し、楽しげに指をくるくると動かす。

 バルトル様の作り出した魔力の糸はわたしのものとは少し色味が違っていて、光が当たると金色に光って見えた。


「いや、これ、やり方は単純だけどさ。難しいよ、これで均一な仕上がりの糸にするなんて!」

「でも、バルトル様お上手です。わたしは母から指導されていた時、ちっともうまくできなくて何度も何度も厳しくやり直しさせられていました」

「それ、君のお母さんが厳しかったんだろ! これ、めちゃくちゃ疲れるし! なんでそんな涼しい顔してできるんだ? すごいよ!」

「そんな……」


 本当に、わたしは最初の頃はちっとも魔力の糸を紡げなかった。

 ……確かに、母は厳しくはあったけど……。いけない、母のことを思い出すとすぐ顔が強張ってしまう。誤魔化すようにわたしは小さく頭を振った。


「バルトル様は……このやり方はご存じなかったのですか?」

「ああ、うん。僕は初めっから繰糸機頼りだ。僕が聞いた限りだと、今の貴族の若い世代はみんな繰糸機しか使わないみたいだった」

「……そうなのですね」


 ルネッタの言葉を思い出す。確か、あの時ルネッタも「今どき……」と言葉を濁していた。自動繰糸機の存在を知りもしなかったわたしへ向けた呆れ果てた目。

 このことを言っていたのね、と今更ながら合点する。


「君の紡いだ糸を見て……これを紡ぐ人はどんな人なんだろうかと考えていたんだ」

「そ、そうなのですか?」

「……ああ。それで、実は君の家のことも少し調べちゃったんだよね」

「え!?」


 驚愕のあまり、目を丸くしてぱちぱちとバルトル様の顔を凝視してしまう。


 わたしの……家のことを?


 心臓がバクバクと音を立てた。バルトル様は、どこまでわたしの家のことを知られたのだろう。


「社交の場に出るのは君の妹だけ。ご両親もお話するのは妹のことばかりで、君の妹がまるで一人娘のようだけど、実は病弱の姉がいるだとか」

「……」

「君の存在を知って確信した。これを作っているのはその病弱な姉なのだろうと」

「……どうして……?」

「職業柄かな、僕は魔力の糸を見たら結構色々違いがわかるんだ。君の家が国に納品する魔力の糸は三種類あった、君のお父さんのものと、妹のものと、それから君の。……君の父と妹が作った糸と、君が紡いだ糸は色が違った。魔道具に取り込ませた時の質も全然違った」

「……でも、それだけじゃ……」


「ロレッタ」


 よく通る低い声で名前を呼ばれる。


 彼の声はまるで、身体の芯にまで突き刺さるかのようだった。

 青い瞳はわたしをじっとみつめる。


「……僕はそれでわかったんだよ。理由、それだけじゃダメ?」

「え……」

「……」


 こんな風に見つめられては、もう何も言えない。わたしは首を振った。

 さて、とバルトル様は大きく伸びをし、肩を回す。


「そろそろ仕事に戻らないと。悪いね、ロレッタ、もうお帰り」

「……はい」


 優しく促されるままに、わたしはバルトル様の工房を後にした。


 青々と新緑の葉が煌めく庭を一人、歩きながらわたしは顔を俯かせていた。


 バルトル様がわたしの追求を避けたこと、それはひとまず置いておこうと思う。




(……でも)


 それでも、疑問が残る。


 わたしはなんの属性の魔術も使えない。ただ、魔力の糸を紡げるだけ。


 わたしの紡いだ糸は『電気』の魔力ではないはずだ。

 でも、それが『電気』の魔力の糸として納品され、そして問題なく使用できていたという。


(……どうして?)


 この疑問こそ、バルトル様に聞くべきかもしれない。彼ならば、この解を持っているかもしれない。


 けれど、わたしは聞けなかった。

 聞けば、わたしが『不貞の子』であることも告白しなければならないかもしれない。


 彼と婚姻してからずっと胸の中にある葛藤。

 ……本当は言わなくてはならないと、ずっと思っていること。


 わたしはなぜ、その一言が言えないのだろうか。


 この結婚が父に命じられたものだからだろうか。父の命に背くことが恐ろしいから、立ちすくんでしまうのか。


 ……それとも、バルトル様と過ごす毎日を失いたくないから、ズルズルと先延ばしにしてしまっているのだろうか。


(わたしは不貞の子。バルトル様が望まれている役目を果たすことはできない女)


 ──ついさっき、横に置いた疑念。

 もしかしたら、と思う。


(……バルトル様、バルトル様も……わたしが『不貞の子』と、ご存知なのでは?)


 わたしにあえて追求をさせまいと、そしてこれ以上は言うまいとした彼。


 ざあっ、と木々の合間を縫って強い風が吹いてきて、わたしの黒い髪を揺らした。

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