第三十七話 里帰り
サキュバスは『里』に帰っていた。
絶滅した、と偽造した悪魔たちが隠れ潜む『里』に帰ったサキュバスを出迎えたのはグラマラスな女悪魔の抱擁だった。
「お姫様ーっ!!」
「わっ、わわっ!?」
というか、『女王』と呼ばれているグラマラスさんだけではなかった。『里』に隠れ潜む女悪魔のほとんどが殺到していた。
「お姫様帰ってきたんだっ。ようし、可愛がってくれる!!」
「あのう、お洋服、つくったから……着て欲しい」
「わっはっはっ!! こりゃあボロ負けして帰ってきたって感じか? お姫様の意思を尊重しようって『女王』がうるせーからついていかなかったが、雪辱をはらす気があるなら付き合うぜ!!」
「わっしょいわっしょーい!!」
なんか気がつけば胴上げされていた。
多くの女悪魔に揉みくちゃにされながら胴上げされているサキュバスはあわあわしながらも、どうにか話をしようとしていたが、幼い彼女が『千の闇』ほどではないとしても長生きな女悪魔たちに敵うわけがなかった。
わーわーと女悪魔の中に埋もれていくサキュバスを見守りながら、『女王』は言う。
「世界は広かったみたいねえ、お姫様」
「あ、あのっ、アタシっ」
「お姫様はまだ幼いんだし、失敗を恐れず色々見て聞いて経験するのが大事よ」
だから今回のことも『良い経験』として吸収することよねえ、とそう告げた『女王』はどこまで知っているのか。女悪魔を統べる頂点は胸の内を覆い隠すように妖艶な笑みを浮かべていた。
「そうそう。ゼロが本人には内緒だと褒めちぎるくらいの『人間』だっているんだし、あんまり悪魔だけが凄いんだと思い込むのはやめたほうがいいとは思わない?」
「そっそれはっ、それとして! みんながこんなところに押しやられているのとはまた別だと思うんだけど!!」
「次はないと言われていたとしても?」
ぎくりっと肩を震わせるサキュバス。
そんな彼女は女悪魔たちに揉みくちゃにされながら、ふいっと視線を外してこう言った。
「ほ、方法は色々あるから。咎められない方法でみんなの凄さを知らしめてやるんだから!!」
ーーー☆ーーー
魔獣の襲撃によって首都は壊滅的な被害を受けていた。騎士や冒険者のお陰で死者こそ出なかったが、怪我人は多く、復興作業に従事できる者も限りがあった。
そんな中、『スカイサーベル』の面々は元気に瓦礫の撤去をしていた。
「今こそ稼ぎ時っ。人手がない時こそ需要が高まり、普段よりも高値をふっかけることができる!! 働くぞおー!!」
「どこよりも早く! 誰よりも先に!! いつもの生活を取り戻したい方はぜひにお声かけをっ。金さえ払ってもらえれば労働力を提供してあげようぞ!! さあさ、いつまで経っても屋根無し生活が嫌な奴はいくらでも声をかけてこいよべいべーっ!!」
「ひゃっほー!!」
と、そんな時だ。
額に奴隷の印を刻まれた少女が主人だろう男に怒声を浴びせられ、殴られていた。
ミスをした、という形にしてはいるが、どう見ても持ちようがない瓦礫を持たせようとして落としたのを咎めているようにしか見えなかった。魔獣の襲撃という恐怖から解放され、積もりに積もったストレスを発散でもしているのか、あるいはあれが日常なのか。
奴隷は国により管理され、身体のどこかに印を刻んでいる。ある程度の管理基準はあるが、どう見ても度を越した扱いをしていたって真面目に取り締まられることは稀だった。
だから。
それでも。
身体のどこかが欠損している『スカイサーベル』のリーダー格の男は一度抉れた左頬を撫でて、強く舌打ちをこぼす。
そのまま奴隷の主人らしき男を蹴り飛ばした。首都どころか国中に支店を構える商店の店主であり、伯爵家程度なら軽くあしらえるほどの『力』があるのはわかっていたが、お構いなしである。
立場を考えれば自らが手を動かすような者ではない。となれば、わざわざストレス発散のためだけに足を運んだのだろう主人が転がっていくのを見もせずに、護衛らしい連中が騒ぐのも無視して、リーダー格の男は奴隷の少女へと視線を移す。
「あ、あの」
「くそが。ここで俺が去ったら、どうせ八つ当たりで殺されるんだろうなァ。ムカつくから蹴っ飛ばしただけだってのに、めんどくせーったらねーぜ」
「ひゃっ、ひゃう!?」
奴隷の少女の腰辺りに手を回し、法律なんて悪逆でもって踏みにじり、自由を手に入れた男たちのリーダーは叫ぶ。
「とりあえず今からお前は俺のものな。嫌なら抗え。自由は、自分の手で掴むしかねーんだからなァ!!」
言下に迫る護衛連中を紫電で薙ぎ払うリーダー格の男。せっかくAランクパーティーという地位を手に入れたというのに、貴族に匹敵するお金持ち相手にこんな騒ぎを起こしては許容範囲を超える可能性もあるのだが──『スカイサーベル』の面々は一度呆れたように首を横に振ったり、舌打ちをこぼしてから護衛連中へと殴りかかる。
「仕方ねえな、付き合ってやるよリーダー!!」
「ちくしょうっ。Aランクパーティーだなんだと偉そうにできるのも今日までかもなあ!!」
「諦めろ。リーダーについていくって決めたのが悪い!!」
バヂィイ!! と一際大きな雷鳴と共に護衛連中を全滅させたリーダー格の男は忌々しいほどに清々しい青空を見上げて、
「どうにか『向こう』に行って、クソガキとケリをつける予定だったが、後回しになりそうだな」
そこで騒ぎを聞きつけたらしい副団長が走ってきたので、リーダー格の男は遠慮なく紫電を放った。
「うおわっ!? 貴様、危ないじゃない!!」
「うるせーな。何か用か?」
「何か用かって、この惨状でよくも言えたものね! どうしてこんなことしたわけ!?」
「ムカついたから」
「こ、こいつ普通そんなこと平然と言う!? ああもう、せめて素直に投降しなさいっ」
「あァん? するわけねーじゃん。馬鹿じゃねーの」
「なっななっ!! 本当、もう、この野郎! ひねり潰してやる!!」
言下にサーベルと槍を引っ提げて真っ向から激突するリーダー格の男と副団長。その後、良心を刺激される形で口車に乗せられ、奴隷の少女を解放するために副団長としての地位を利用されることになるのだが、それはまた別のお話。
ーーー☆ーーー
立場を考えれば上から命令するだけでいいのだが、自らの意思で復興作業に従事している騎士団長ウルフ=グランドエンドは風を操り、瞬く間に瓦礫を撤去しながらも思考を回していた。
(サキュバスに魔女の三姉妹。本来であれば罪に問うところだが、敵対すれば『鎮静化している脅威』を敵に回す可能性があると『上』は判断し、無罪放免となった。やけにすんなりと命令が下ったところを見るに、『上』は悪魔や魔女について何か知っているのか。鎮静化……悪魔や魔女はあいつらだけにあらず、と言いたげだな)
全ては騎士団、いいや己の力不足にあると騎士団長は歯噛みする。例外を許すこと自体、弱いからこその対応だ。絶対的な力があれば、例外を許す必要はない。
奴隷などを代表としてこの国には改善すべき汚点がいくつかあるが、それでも一応の平和は保たれている。汚点を解消することだけに集中し、より早く全ての民が平穏を送れるようにするためにも、どんな者も例外なく迅速に処理できるだけの仕組みが必要である。
その力が、『脅威』を粉砕して民を守ることにも繋がるのだから。
そう、三日前のように一般人に頼るような失態を犯さないためにも絶対的な力が必要なのだ。
「次はないなどと脅すしかないなんて情けないにもほどがある。……もっと、強くならないとな」
ーーー☆ーーー
悪魔の『里』や『始祖の魔女』を刺激しないようにとの国家上層部の決定はヴィーヴィ公爵家当主の耳にも届いていた。
鎮静化云々と言葉を濁してはいたが、公爵家当主はその詳細まで把握していたのだ。
「大陸を統一して百年、それでも完全な形とはいかないものである」
それでも、とりあえずの平穏は掴み取った。ミーリュア=ヴィーヴィが選定の乙女として『脅威』が粉砕される未来を選び取ったことで。
「…………、ふう」
公爵家当主として、というよりは、父親として彼は小さくため息を吐く。未来を見通す力なんてなくとも、これからどうなるか父親として悟っていたからか。
「しかし、まあ、余計なこと言ったものである。こんなの利用されても文句は言えないのであるぞ」
脳裏に浮かぶは今からは好きなように過ごせという自身の言葉。あの時は『脅威』に対抗するためにそう命じたが、別にそれ以外の用途に使われても文句は言えない。
……と、いう風に『言い訳』を考えて貴族としての顔と父親としての顔を両立させていた。多少無理矢理ではあると自覚はあったが。
「たまにはぱーっと羽を伸ばすことであるぞ、ミーリュア」




