第三十六話 決着のその後は
弾け飛んだ金色の繭の奥では膝を抱えて座り込む女神がいた。かつての大戦で邪神以外の神々を撃破、習合した超存在。ほとんど完全に近い『象徴』とは思えない姿であった。
そう。
迷子の女の子のような。
「マーブル……ちゃん?」
「お母様」
その弱々しい姿に。
マーブルは一つ息を吐いて、両腕を伸ばす。抱きしめる。
「ごめんね、お母様。大嫌いなんて言って」
「マーブルちゃん……」
「大好きだよ、お母様」
『感性』の違い、どうしようもないすれ違いはこれからも続くだろう。何せ神と人である。その違いは、価値観の相違は、生まれ変わらないと埋められないほどに深く遠いものだ。
だから、今は、最も大事なことだけを。
その一点さえ見失わなければ、『母』と『娘』の距離を見失うことはない。
……と、そこまでだったらまだ良かったのだろうが、
「うふっ、うふふっ、ふーっはっはっはあ!! マーブルちゃんが帰ってきたですわあ!! もう、絶対に! 何があっても離さないですわあっ!!」
「え、あ、お母様っ。ちょっ、まっ、ぶふう!?」
埋もれた。
そう、マーブルの顔がまるっと埋もれたのだ。
どこに? 完全に近い『象徴』らしく豊満な胸にだ。
「おいこら金色お馬鹿ッ!! 貴女さんっざん迷惑かけておいてそれ? それでありますか!?」
「うるさいですわ、漆黒の。大体私様がいつ迷惑をかけたと???」
「この引きこもり泣き虫女神、もしや覚えていないでありますか!?」
流石の邪神も看過できなかったようだが、完全に近い存在は自身が誤りを犯したとはカケラも想像がつかない。そんな機能はないと、『象徴』らしく頭の中から抜け落ちているのだ。
あるいは神の都合で人の世が引っ掻き回されるのが神話の頃から続く『正しい』姿なのかもしれないが。
「仲直りできたことだし、今日はもう部屋から一歩も出ずにマーブルちゃんと過ごすですわ!!」
「あの、お母様っ。そうだ、そうだよっ。そう言えばお母さんには話したけど、お母様には話してなかったよねっ」
ずぼっと谷間から顔を出したマーブルは今更のように口を開く。もしかしたら『それ』がなかったからこそ、今回の騒動に繋がったのかもしれない一言を。
「私、旅に出たいんだよっ」
返答?
逃がさないと言いたげな抱擁に決まっていた。
ーーー☆ーーー
三日後、誰の目にも留まらないよう調整された大陸の片隅にて。
森の奥、木々が複雑に絡み合ってできた『家』の中では魔女の三姉妹の三女モルガンがぐてーっと長椅子に寝転がっていた。
「きゃっはぁーにゃー……」
「こらモルガン。だらしないですわよ」
次女エレインにコツンと軽く頭を叩かれるが、その程度でぐーたらモードのモルガンがシャッキリするわけもなかった。
三日前は姉のためとはいえ柄にもなく暴れ回り、全体的に無茶苦茶な『脅威』に首を突っ込んだのだ。この程度のぐーたらは許されるべきである!
「…………、」
そんな妹たちを見つめながら、長女モルゴースは何事か考え込むように腕を組んでいたのだが──後ろからそんな彼女へと抱きつく影が一つ。
「モルゴースちゃあーん☆」
「ぶっばふっ、始祖様!?」
モルガンよりも幼い外見の女の子だった。
『始祖の魔女』。
悪魔を『真の名』で縛った契約魔法の使い手、というぐらいなのだから最低でも『千の闇』と同じ時代を生きた女なのだが、その見た目は若々しいものだった。
魔女の三姉妹にとってはおばあちゃんに等しい彼女はえいえいっとモルゴースの頬を突きながら、
「眉間にシワを寄せちゃって。せっかくの可愛い顔が台無しだぞう?」
「始祖様、やめ、むにゅっ」
「『三日前』のことでも考えていたのかな?」
ぷにゅーっと頬を突くから摘むに変えた『始祖の魔女』はカラカラと笑いながら、
「終わったことをいつまでも引きずっていたって何にもならないんだようっ☆」
「わかってはいるのであるぞ。それでも……少数の命を犠牲にすると『妥協』しておいて、こちらは『脅威』に対抗することすらできなかったのであれば」
「話を聞いていた限りだと、モルゴースちゃんの力あってこその結果っぽいけど?」
「…………、」
「真面目ちゃんなんだからっ」
ぷにゅっとモルゴースの頬を両の掌で挟み込む『始祖の魔女』。
「まあ例の選定ちゃんは今も昔も適切に機能しているみたいだし、そう気負うこともないって。『脅威』がいかに強力でも、世界がうまく回る道を見通してくれるんだから。でもまあ、サキュバスが男を誘惑する『生態』を持つように、未来を見通す『生態』を代々引き継いでいるってのは凄いことだよねえ」
「ええ、と?」
「あれれ、モルゴースちゃんには選定の乙女について話してなかったっけ?」
「聞いたことはないであろう」
「そっかそっか。だからあんなに慌ててたのか」
「始祖様、選定の乙女とは?」
「人間たちの中じゃ世界を救うことも可能な英雄としての素質を持つ『伴侶』を文字通り選定するって言われているよね。『伴侶』って言っても別に結婚する相手ってわけでもないらしいけど」
それが、人間の認識。
では、長い時を生き、悪魔を種族単位で契約魔法で縛ることも可能な『始祖の魔女』の見解は?
「正確には選定の乙女は予言者って感じかな。神様でも抗うことは難しいとされている運命を見通す者。ああ、運命ってのは単一固定ではなく、複数の中から多くの生命や環境によって一つの未来へと流れるものらしいよね。で、その複数の運命の中から選定ちゃんは無意識のうちに『脅威』を粉砕する未来に行き着くために行動するんだよう。それがハタから見ると『伴侶』を呼び寄せているように見えるだけで、実際は『脅威』に対抗するだけの状況を整えるために適切な戦力に干渉しているだけってことだね。まあ、だからだろうねえ。モルゴースちゃんに聞いた話では今代の選定の乙女ミーリュア=ヴィーヴィもまた選定ちゃんらしく動いていたもの」
「待つのであるぞ。ミーリュア=ヴィーヴィ? 彼女は『脅威』粉砕の立役者であるマーブルに戦わせないよう行動していたはず」
「本当に?」
どこか寒気がする笑みだった。
幼い外見に似合わない、『年相応の』笑みでもって始祖の魔女は言う。
「確かにミーリュア=ヴィーヴィは表面上はマーブルに戦わせないよう行動していたかもしれない。だけど、『胸の中心に風穴をあけたマーブルを助けるために』肉体強化魔法という切り札を教えたから、一方的にゼロに連れ戻されることはなかった。『マーブルの説得に時間をかけていたから』モルゴースちゃんたちの力を教えてもらい、『脅威』に対抗できた。まわりくどいのは無意識下の弊害かな? ともかく、ほら、マーブルという『脅威』に抗う因子が適切に行動できるよう、選定の乙女は干渉している。それが無意識の内、ミーリュア=ヴィーヴィさえも気づいていないとしても」
どこか一なる光に似通っていると、始祖の魔女は頭の片隅で思う。
完璧だが、ただそれだけのもの。
どこまでも無機質なシステム。
では、そもそも、ミーリュア=ヴィーヴィの『本心』はどこにあったのか。どこまでも無機質なシステムに誘導される形で接していただけなのか、それとも──
(先代の選定の乙女と『伴侶』は良き親友だった。その前は『脅威』の撃破が終わったら疎遠になった。そのまた前なんて『脅威』の撃破の後には険悪で、いつかの選定の乙女と『伴侶』なんてやること終わったら即殺し合っていたっけ。さあて、今回はどうなることやら)
『脅威』はもう撃破している。
選定の乙女という無機質なシステムにミーリュア=ヴィーヴィが誘導されることはない。
つまり。
『本心』は次の邂逅で示される。




