第三十三話 最強一人では不可能であっても
「ただいま、お母さんっ!!」
いつも通りの無邪気な笑顔がそこにあった。血が繋がっていないどころか『分類』からして大きく異なってはいても、大切な娘だと断言できる少女だった。
すなわち、マーブル。
人間や悪魔、魔女まで引き連れて時空の壁が砕かれてできた穴から飛び出した彼女はぶんぶんと元気に手を振っており──そんな彼女めがけて金色の閃光が襲いかかる。
「マーブルちゃん……っ!!」
邪神は押し留めている無数の破滅にその身を晒して死ぬことになろうとも構わずにマーブルを助けようとしたが、そこでマーブルの近くに立っていたゼロが薄く笑ってこう言った。
「心配いらないからあ、余計なことせずに見ていることだなあ」
「ッ!?」
その一瞬が、致命的だった。
するりと掌から滑り落ちるように、今から慌てて助けようとしても間に合わないのがわかってしまう。
だから。
しかし。
ゴッッッ!!!! と。
螺旋を描く不可視の一撃や紫に輝く雷撃が迫る金色の閃光を弾くように吹き飛ばしたのだ。
始点は、マーブル。
邪神は『まだ早い』からと思って娘に魔法は教えていなかったはずなのだが、先程のものはどう見ても魔法であった。周囲の空気、回転、そして髪の毛に溜まった静電気を象徴として増幅したものである。
それも、世界を引き裂く滅亡を真っ向から打ち破るほどの、だ。
「今、のは……?」
「『みんな』の力だよ、お母さんっ!!」
ふふんっ、と。
どこか誇らしげにマーブルは胸を張ってそう答えたのだった。
ーーー☆ーーー
『現状を簡潔に纏めると、規模こそ異なるが大勢を殺す災厄が二つあるということであれば』
景色が引き裂かれていく中、首都の一角に立つ魔女モルゴースは紅に染まった妹を担ぎながらそんな風に切り出した。
『一つは「流星」。こちらはマーブルの示した方法論で対処可能。だが、その方法論は一度きりのものであるため「流星」に使ってしまうと「もう片方」、すなわち世界が引き裂かれていく異常現象に対処するために時空の壁を破り、マーブルを時空の向こう側へ送ることはできない、と』
魔女モルゴースは『千の闇』最強のゼロへと言葉を並べていく。
『ならばとマーブルはお母様とお母さん? とにかく他者より与えられた「膨大な魔力」を使ってより高度な肉体強化魔法を使えるようになればと考えたのであるな。マーブルという「大きな」象徴をより「大きな」増幅率で強化すれば時空の壁さえも破れる力を生み出せる、と。実際、それは可能なのであるか?』
『まあ「膨大な魔力」とマーブルう、二つの「大きな」力を掛け合わせれば理論上は可能だろうなあ』
『やったっ! じゃあやろう早くやろうよ!!』
『そんなの駄目ですッ!!』
元気に割って入ろうとしたマーブルをミーリュアが押し留めるが、ゼロはといえば呆れたように肩をすくめて、
『とはいってもお、一瞬のことだろうなあ。時空の壁を破壊することはできてもお、自壊で跡形もなく吹き飛ぶのがオチだあ』
『ええっ!? 再生とかは!?』
『そんな余裕もなく死ぬってんだよお』
それにい、とゼロはマーブルの胸の中心に、正確にはその内部の『膨大な魔力』に指を突きつけて、
『大体どうやって「神の力」を利用するつもりなんだあ? 他者の魔力を好きに操る方法はないとは言わないがあ、一般的じゃないくらいには困難なもんだあ。今から覚えるにしても無理があるだろうよお』
『ふふんっ! だからこそのお姉さんだよっ。お姉さんは「教える」のが得意だから、お母様やお母さんの魔力の使い方を「教えて」もらえばすぐに覚えられるんだよっ』
『……、あれ? そう、そうですっ。そもそも、その、「膨大な魔力」とやらはマーブルの魔力ではないんですよね!? わたくし、他者の魔力を操る方法なんてわかりませんよ!!』
わたくし自身がわからないものは『教える』ことはできません、とそう告げるミーリュア。
『え、あれ、え?』
『これはマーブルを止めたいがために嘘を言っているのではありません。わたくしを頼りにしてくれていたのは素直に嬉しいのですが、わたくしは魔法使いとしてはそこまで優れているわけではありません。基本的なものはともかく、他者の魔力を自在に操るような高度なことはできないんですよ。だからこそ、マーブルの代わりができずにいるのですから』
『ええっ!? それじゃあどうすればいいの!?』
『だからあ、こいつら見殺しにすればいいんだよお』
サラリと、悪魔らしく吐き捨てるゼロ。
話は終わりとばかりに邪神に合図を送り、マーブルを連れ帰るために時空の壁を破ってもらおうとしたところで──立ち塞がるは緑に染まった女であった。
すなわち魔女モルゴース。
彼女は静かに、だが確かに『千の闇』最強の悪魔を真っ向から見据えて、
『話は終わっていないのであるぞ』
『いやあ、終わっただろうよお。「膨大な魔力」とマーブルう、二つの「大きな」力があって初めて時空の壁は突破できるう。これが前提だあ。でえ、マーブルは「膨大な魔力」を利用して肉体強化魔法を具現化することはできないしい、どうやら頼みの綱だったもんも使い物にならなかったあ。ここから何をどうするってえ???』
『第一に他者の魔力を利用する方法論はこちらが保有しておるのであるぞ。そもそも、我ら魔女の三姉妹は他者の魂をかき集めて、自身の魔法に組み込んで、「流星」に対応しようとしておったのだから』
『だがあ、それはお前の力だ。そいつをどうやってマーブルに伝えるってんだあ?』
『……、こちらは首都で起こったことをずっと観察していたのであるぞ。ゼロ、貴方よりも広く、深く。であるからこそ、見えてくるものもあるであろう』
その時。
彼女は『スカイサーベル』のリーダー格の男でもなく、大陸最強の最有力候補の騎士団長でもなく、男であれば基本的には誰だって操れるサキュバスでもなく、魔の真髄に至った二人の魔女でもなく、ミーリュア=ヴィーヴィ公爵令嬢へと視線を移した。
『教える』こと、すなわち言葉が持つ力を象徴として増幅、自身ができることであればなんだって他者に完全な形で伝え覚えさせることができるが、それ以外は普通の少女のことを。
『彼女が持つ「教える」力、それを増幅すればいいのであるぞ』
そもそも、と魔女モルゴースは付け足して、
『彼女は自身の伝えたいことを完全な形で他者に伝えられる魔法を扱うのである。その力で彼女はマーブルへと短期間のうちに肉体強化魔法を「教えて」、使いこなせるように仕上げてみせたのである。ここで大事なのは彼女が持つ力は自身のことを「教える」ことに限定されていること。それくらいしかできないのが彼女の実力、といえばそこまでだが、外から底上げすれば話は変わってくるのであるぞ』
『何が言いたい?』
『「深化」──創造。こちらの切り札だが、この力は「なんでもできる」代わりに魔力量に依存して叶えられる範囲が決定される。「流星」のためにと準備をしていたので、今できるのは増幅関連の魔法を生み出すくらいだろうのう』
『……、まさかあ』
『だったら話は簡単であるぞ。言葉の力でもって自身の意思を完全に「教える」魔法、それを増幅すればいい。他者の言葉さえも増幅し、その能力や意思を完全に伝えることができるように。そうすれば他者の魔力を扱う術をマーブルに伝えられる、だけで終わらないのであるぞ』
『あの男は確かあ……ああ、それが可能ならあ、この場に揃っている連中の力によっては「膨大な魔力」による肉体強化魔法がもたらす自壊。その問題も解決できるかもしれないなあ』
『そうであるぞ。例えば、「深化」──選別。肉体強化魔法による自壊は肉体の強化によってバランスが崩れ、負荷がかかるからである。ならば、増幅箇所や増幅率、増幅する「象徴」の性質を細かく選別して「強化された状態でも安定する」形に持っていければバランスの崩壊による自壊も軽減できる。例えば、「深化」──支配。魔法を操る支配は本来は他者の魔法を操ることに使うが、それを自身の魔法に使えば「自分の思った通りに」魔法を操ることができるのであるぞ。理想を現実へと出力できればできる分だけ力に振り回されて余計な負荷を受けることはなくなるだろうのう。他にもこの場に集まった者たちの「力」をマーブルへと「教える」ことができれば、時空の壁を破るほどに力を発揮した上で自壊せずに済むかもしれん』
まわりくどい、と感じるかもしれない。
創造が『なんでもできる』のならば、ミーリュアの魔法を増幅しなくとも、一から同じような魔法を作ればいい。いや、何ならもっとダイレクトに肉体強化魔法による自壊を防ぐための魔法を生み出せばいいはずだ。
だが、そうはしなかった。
いいや、できなかった。
創造は魔力に依存する。『なんでもできる』魔女モルゴースは、しかし『流星』対策にそのほとんどの力を消耗していた。
ゆえに、だ。
魔法が象徴という取っ掛かりを増幅するのが一般化しているのは、それが一番簡単であるからだ。魔女モルゴースはミーリュアという『象徴』を増幅する、という『簡単』な方法を選んだのではなく、それくらいしか道はなかったのだ。
そもそも魔女モルガンが三姉妹でも最強であることからも、全力全開の魔女モルゴースの『限界』はこの場に集まった者たちを基準とすればそこまで高いものでもないのだろう。彼女が全能であれば、『流星』に対して少数を犠牲とする方法など選ぶ必要もなかったのだから。
『ええと、つまり「みんな」の力を借りれば何とかなるって話?』
『ふっ、ふははっ。ああ、ああっ、そうであるな!!』
あまりといえばあまりにも簡単に纏めたマーブルの言葉に魔女モルゴースは思わず笑ってしまった。そう、答えはこんなにも簡単だったのかもしれない。自分は元より首都の『少数』と大切な妹たちを犠牲に大陸に住まう『大勢』を救う。魔女だから、強いからと勝手に決意して、勝手に最善の上限を決めて、勝手に進まずとも、素直に『みんな』に力を貸してと頼ればもっと別の答えだって見つかったかもしれなかったのだ。
マーブルが『流星』を前に誰も犠牲にしない方法を見つけたように、人よりも優れているからと『自分がここまでしかできないなら他の奴が何をしても無駄だ』などと勝手に諦めたってそれ以上の結末は得られない。
そのことに、マーブルやゼロといった自身よりも遥かに優れた存在を前にした魔女モルゴースはようやく気付くことができた。そう、マーブルのような規格外が自己犠牲でないと事態を解決できないと『勝手に』決めつけているのを見たからこそ。
魔女モルゴースも、そうだったのだろう。
だが、過ちを過ちのままで終わらせたって意味はない。嘆くのはいつでもできる。今は『次』に繋げる時だ。
だから。
魔女モルゴースは『どのツラ下げて言っているのだ』という内なる声を封じ込めて、黙って話を聞いてくれていた『みんな』へと深く頭を下げてこう言ったのだ。
『お願いします。「流星」も「もう片方」も解決した上で誰も傷つけないために! 「みんな」の力を貸して欲しいのであるぞ!!』
その言葉に誰が何と答えたのか。
それは、結果として示されている。




