第三十話 誰がために命をかけるのか
はじまりはいつだったのか。
あるいは魔女の三姉妹がこの世に生を受けた時点で運命は定められていたのか。
『千の闇』が現世を席巻していた頃から大陸の片隅で生活していた魔女たちは基本的に争い事は好んでいなかった。
『始祖の魔女』のように悪魔と人間では力に差があり、人間は簡単に殺し尽くされるからと種族保護のために契約魔法でもってこれまではおろかこれから自然発生する悪魔さえも縛り、一方的な虐殺の可能性を封じた……なんて話もあるが、そんなのは極々一部のこと。よっぽどのことがない限り、魔女は大陸の片隅で静かに暮らしていた。
それでも、魔女の三姉妹は表舞台へと現れた。悠久の時を静かに目立つことなく暮らしていて、たまに現れた時だって誰かを救うために力を振るっていた彼女たちがなぜ首都に住む人間を殺しにきたのか。
悠久の時が魔女を狂わせたのか。
積もりに積もった何かしらの恨みが爆発したのか。
いいや、そんな理由ではない。
もっとずっと単純な話だ。
悪魔を契約魔法で縛り、一方的な虐殺を封じた『始祖の魔女』と同じだ。誰かを、いいや大勢を救うためなのだ。
『それ』に気づいたのは偶然だった。
悠久の時を生きてきた魔女モルゴースだからこそ夜空を見上げる趣味に没頭する暇があり、魔女には驚異的な能力があって、積み重ねてきた時間が知識となって『それ』を見抜いたのだろう。
「星が、落ちてくる……?」
退魔石、というものがある。
魔力を弾き無効化するその鉱石は惑星の外、夜空に輝く特定の星を構築するものである。
魔力無効化と聞けばこぞって手に入れようとする者も多いだろうが、退魔石はあくまで異なる星を構築する鉱石。流星という形でこの惑星に届くこともあったが、形を保って発見されたのは極々小さなものばかりであり、その数も十に満たないほど。
だが、今回は違う。
星として観測できる大きさの退魔石が迫っているのだ。
流星は摩擦熱などで削れていくので『今の』大きさの退魔石がそのままこの惑星に降り注ぐわけではないが……、
『「深化」──創造、予測演算魔法完成。「シミュレーション」開始。……はぁ、やはり何度繰り返しても結果は同じよのう。上空で爆散、大陸中に退魔石の破片が降り注ぐのであるぞ』
人間も魔獣も平等に死を迎えるのは目に見えていた。退魔石の流星はどんなに優れた魔法を持つ生物であっても関係なく殺し尽くす。例外といえば強固な肉体を持つ者だろうが、果たして流星に耐えられる生物がどれほどいることやら。
大陸中の生命は、滅ぶ。
それこそ大陸の外に避難できるだけの力ある者以外は、一切の例外なく。
そんなの嫌だと、魔女モルゴースは思った。だが、『流星』は魔女が得意とする魔法を尽く無効化する。直接的にどうにかしようとしても効果はない。
──だから、諦めるのか。
魔女の力があれば、自分が大陸の外に避難するくらいはできる。迫る危機を伝えれば、特定の強者やその庇護下に入った生物もまた逃げることはできるだろう。
だが、それはほんの僅かなものだ。
九割以上の生物は等しく死に絶える。
──だから、諦めるのか。
時間もなく、力も足りず、そもそもまだ誰も気づいていない。知らなかったフリをして、自分と大切な者たちだけを連れて逃げ出したって咎められることはない。咎めようと思った時には、すでに死に絶えている。
別にいいではないか。魔女モルゴース自身が手を下すわけではない。自然災害、どうしようもない悲劇が命を奪うだけだ。『脅威』を前にして逃げ出すのは当たり前のことだ。
魔女モルゴースがほとんどの生物よりも強いからって、手を差し伸べる必要はどこにもない。
──だから、諦めるのか。
『──諦められるわけなかろう!!』
おそらくは、その決意が分岐点だった。
選んだ道は、己の命を差し出すものだったから。
『エレイン、モルガンも。「流星」に対処する方法を思いついたので聞いて欲しいのであるぞ』
魔女モルゴースが見つけた対処法は『理論上は』何でもできる創造の『深化』を持つ彼女だからこそ思いつくことができたものだろう。
『流星』は大陸中に降り注ぐ。
『流星』は直接魔法で破壊または防御しようしても魔力を無効化されて意味はない。
ならば、惑星自体を動かせばいい。
常に自転している惑星の『速度』をほんの少し早めて、降り注ぐ『流星』の落下地点が海になるように動かせばいいのだ。
問題がないわけではなく、しかしその全てを創造した魔法でもって補えばいいという暴論。
『理論上』は、可能なのだ。
これで全生命は救われた……とは、ならなかった。
『だが、この方法には欠点があってのう。自転速度の増幅、またその影響で発生する災厄の阻止、そして狂った自転を元に戻すこと。完遂するには魔力が足りないのであるぞ』
創造の『深化』は確かに『なんでもできる』が、そのためには一定量の魔力が必要となる。具現化する性質によって必要魔力量は変化するため、いかに無限の可能性を秘めていようとも術者の持つ魔力量に応じてその幅が決められてしまうのだ。
ゆえに。
魔女モルゴースの魔力だけで、それほどの偉業を達することはできなかった。
『現在、死者の魂を自動で集約して魔力と変える魔法を創造、展開しているが、それでも足りないであろう。それこそ大陸最強やそれに準ずる「軍勢」が持つ高水準の魂を加えて……さらに、大陸に住む生物の一割か二割の命を奪う必要があるであろうぞ』
『言葉が足りないですわよ』
『まったくだよー』
エレインとモルガンは言う。
姉妹だからこそ、わかっていた。
『その計算、己の魂を全部使って死ぬことを前提としているですわよね? 仕方がないから私の魂も使うことですわよ』
『モルゴースお姉さまったら水臭いよねー。別に他の生物なんてどうでもいいけど、モルゴースお姉さまを一人にはしない。遠慮なくわたしさまの魂も使うっしょー!!』
『な、にを……っ!?』
『止めたって無駄ですわよ。それに、ほら、膨大な魔力を宿す魔女の魂が三つもあれば、大陸に住む脆弱な魂を無駄に多く殺す必要はなくなるですわよ?』
『はっはっはっ!! どうせやるならできるだけ最善にして最小を目指さないとねーっ!!』
『止めても……無駄であろうな』
当然だと即答する妹たちを前にして、モルゴースは一つ息を吐く。その決意を無駄にしないためにももう迷わない。
『であれば、「補充」を頼もうかのう。首都に配置されている「軍勢」を殺し尽くし、その魂を魔力と変える。それで、それだけの犠牲で! その他の大勢を救おうぞ!!』
こうして『流星』への対処に魔法を発動し続け、自転やその変化による影響に対処しており余裕のない魔女モルゴース以外の二人の妹が矢面と立って行動を開始した。
より少なく、より高濃度の魂を殺し、集めて、その魔力でもってその他の大勢を救うために(そういう意味ではサキュバスは言葉通りとびっきりの拾い物だっただろう)。
その果てに魔女の三姉妹は大量虐殺者として歴史に汚名を残し、大勢の生物を救ったことが誰に知られることなく死に絶えることになろうとも構わないと、そう思えたから。
世のため人のため。
別に感謝されたいわけではない。諦められなかったから。例え己の命を散らすことになろうとも、仕方がないで片付けることなんてできなかったから。
他の誰よりも強いのならば、先頭に立って『脅威』に立ち向かうべきだ。他の誰にだって不可能でも、自分ならばどうにかできるのならば力を振り絞るべきだ。
誰に褒められたいわけではなく、他ならぬ己の魂に恥じないために。
それが、魔女が表舞台に出てきたたった一つの理由である。




