第二十四話 終焉大戦の結末
結局のところ、それは運命だったのかもしれない。神とはそういうものだから。『象徴』は『象徴』らしく機能しているのが当たり前で、正しい流れを止めるほうがおかしなことなのだ。
『千の闇』を味方とつけた『漆黒の千なる闇を従えし邪神』は主神の槍や神格と等しい巨人が持つとされる世界を焼き尽くす剣を模倣したものを狙うのはもちろん、ある神から絶対無敵の性質を鎧に移し替えて奪うなどとにかく同胞を殺せる『力』を片っ端から取り除いていった。
神とは基本的に頑丈なものであり、神殺しを可能とするほどの『力』は限られている。その全てを邪神側が手にすれば、残った同胞がいかに戦おうとも誰も殺せないのだから。
それでうまくいくはずだった。
だけど、駄目だった。
女神、その一柱。
彼女が驚異的な速度で同胞を喰い殺していき、習合は進んでいったから。その流れを、止められなかったから。
気がつけば、残った神は女神と邪神だけだった。一なる光。同胞を喰い殺し、取り込み、習合の果てに獲得した無数の『分類』。
完全に近い光を獲得して、正しさを胸に抱き、それでも女神はどこか寂しそうに笑っていた。
『残りは貴女だけですわ』
『……、こんな結末を迎えて満足でありますか?』
『…………、』
『一なる光? 他の神々から「分類」を奪い、纏めて! 完全なる神様になって!! そんなものを手に入れて満足でありますかあッッッ!!!!』
『これが、神ですわ』
『こ、の……ッ!! それが泣きそうな顔をして言うことでありますかあ!!』
その激突は百年や千年では足りなかった。
片やほとんどの神の『分類』を手中として世界で最も完全に近づいた女神、片や『千の闇』を味方とつけて終焉大戦を止めるために他の神々と敵対してなお生き残った邪神。双方の力は限りなく同等であり、短期間で決着をつけられるものではなかった。
長い時を殺し合った。いつしか彼女たちの存在が断片的に、間違った形で人間が住まう世界に伝わるほどに。
長い時を殺し合った。余波で砕けては再生するを繰り返した時空の壁が環境に適応するように分厚く、強固となり、いつしか『千の闇』最強のゼロであっても破れなくなるなどに。
長い時を殺し合った。殺し合うしか、なかった。いつしか女神を止めようとしていた邪神でさえもその『勢い』に流されてしまうほどに。
『勢い』は感情さえも押し流す。
女神を止めるため、ほんの少し上にいくために、たったそれだけを成し遂げるには双方の『力』が強大すぎた。
もしかしたら、勝てるかもしれない。
だけど、ほんの少し上にいこうとしたその『勢い』は必ずや女神を殺す。半端な手加減なんて、精細な調整なんて、惑星や世界を吹き飛ばすことも可能とする激突の前には不可能だった。
壊すことなら、できる。
だけど、救うことはできない。
どうしようもなく肥大化した『力』は、もう、破壊しかできない『勢い』に流されていたから。
(嫌、であります)
女神が勝っても邪神が勝っても、結果は同じだ。勝敗が決した時点で神としての性質が負けたほうを取り込む。習合を果たす。そういう風に、神という存在は、その性質は整えられているのだから。
それが正しいと言わんばかりに。
大勢が神とは完全であることを望んでいて、それこそが正しいのだから、そういう風に世界は回るべきだと突きつけてくる。
(誰か、誰でもいいでありますから……)
やはり邪神は『堕ちて』いるのだろうか。
長い時を殺し合った果てに彼女はこう望んだのだから。
(わらわたちを助けてほしいであります!!)
助けを乞われ、願いを受け止めるべき神が誰かに救いを求めるなど大勢は望んでおらず、正しくなんてない。
だから、だろうか。
神として『堕ちて』、救いを他の誰かに望んだその隙は永劫の怠惰にも等しかった。
女神の一撃が邪神を穿つ。
その身に宿る力を削り取る。
「あ」
女神と邪神は同等だった。ゆえにこそ百年でも千年でも長い時を殺し合っても決着がつかなかった。その均衡は、崩れた。ならば辿る結末は一つである。
どこか泣きそうな顔をした女神は、しかし止まらない。正しいから。今後こそ邪神を殺し、取り込み、完全なる神様へと至るために力を振るう。
『勢い』は、止まらない。
そして。
そして。
そして。
ぐっっっバァッッッ!!!! と。
女神と邪神の激突で揺らいた『湖』から、つまりは時空の壁の裂け目から飛び出す影が一つ。
それは生後間もない赤ん坊だった。
それは泣き声をあげる小さな命だった。
それは今にも死んでしまいそうな、完全とは対極に位置する魂だった。
女神と邪神、その真ん中に赤ん坊は転がっていた。人間が住まう世界から迷い込んだ──その身なりや汚れた身体からおそらくは捨てられた──赤ん坊を前にして、双方共に思わず手を止めていた。
百年でも千年でも、ずっと止まらなかった殺しの手が、この瞬間だけ。
赤ん坊の泣き声だけが神々の領域に響き渡る。飢えているのか生命の灯火が微弱であった。このまま放っておけば殺し合いの余波がとか関係なく飢えて死ぬことだろう。
一つ息を吐き、女神は奇跡を振るう。
神々の領域には人の子が口にできる食物は存在しない。だから魔力を吸収してエネルギー源とできるように肉体を変化させたのだ。
後は女神が魔力を送り込めば、それを食物代わりにすることができる。
『随分と、優しいことでありますね』
『何を勘違いしているのかわかりませんが、これは神として当然の行いですわ。目の前の命を見捨てるなんて正しいとは呼べませんもの』
どこか照れ臭そうに吐き捨てた女神は赤ん坊を抱き上げる。しばらくキョトンとしていた赤ん坊は、しかし抱き上げてくれた女神に気づいたのかその小さな手を動かす。きゃっきゃっと笑顔で女神に向けて。
あれだけ泣いていたのが嘘のようにすっと収まり、笑顔を見せてくれたことに嬉しそうにしながらも、女神は誤魔化すように咳払いをする。
『さあ小さな人の子よ、私様たちはこれから殺し合う必要があるのでどうぞこちらで大人しくしていることですわ』
巻き込まないようにと傍に避けて、地面に置く。そのまま女神としての力をフルに使った半透明の障壁で赤ん坊を覆ったところで──耳をつんざくほどの泣き声が炸裂した。
『なっななっ、なんですわ!? その、ええと、邪神ーっ!! これどうすっ、どうすればあ!!』
『はあ!? わらわだってわからないでありますわよ!! 「象徴」として誕生した時から完成している神には赤ん坊という「未熟な期間」なんてないでありますものお!!』
『えっとえっと、なんで泣いて、なんでえ!?』
『あ』
『なんですわ? 何か思いついたなら早く言うですわあ!!』
『さっき女神が抱き上げたら泣き止んでいたでありますよね? だったらもう一度抱き上げたらいいんじゃないでありますか?』
『そんな単純な……でも、まあ、試してみるだけなら』
というわけで障壁を解除して赤ん坊を抱き上げる女神。と、それはもう見事に泣き止む赤ん坊。
そのことにほっと息を吐き、もう一度地面に置いて障壁で覆ってからさあ邪神との殺し合いの続きだと女神が意識を切り替えようとしたところで──再度の爆発。先程よりも酷くなったんじゃないかという泣き声に女神はうっと表情を歪める。
『どうやら女神が抱くのをやめたら泣くみたいでありますね』
『そ、そんな……だって、そんなの、赤ん坊抱いたまま貴女と殺し合えとでも!?』
『まあ無視して殺し合うという手もありますが』
『そんなことできるわけないじゃないですわよーっ!!』
『それでは仕方ないでありますよね』
ニヤニヤと。
それはもう嬉しそうに邪神はこう提案した。
『最低でもその赤ん坊が放っておいても泣かなくなるまでは一時休戦ということで』
『……はぁ。それしかないですわね』
そう呟いた女神が安堵しているように見えたのは果たして邪神の見間違いだったのだろうか。
これが終焉大戦の終わり。
神というのは厳密には生物ではなく『象徴』であり、正しくあれという性質に引っ張られるのは『象徴』として当然でしかなかったのだが──そこから一歩はみ出した時点で何かが変わったのかもしれない。
それを人々は『堕ちる』と呼ぶのかもしれないが。
そして。
邪神に付き合う形で長い時を女神と殺し合っていた『千の闇』の面々を代表してゼロはこう吐き捨てていた。
『本当、神ってのは勝手なもんだよなあ』




