第二十一話 天空より降り注ぐ紫電の剣
遥か昔、人間の住まう世界と神々の領域の境界が曖昧だった頃のお話である。
その頃は悪魔や天使といった『神話の存在』が神々の領域から人間が住まう世界に降臨することが数こそ少ないながらも観測されていた。それだけ二つの領域が『近かった』のだろう。
『暇だしちょっくら神にでも喧嘩売りにいくかあ』
そんな時代において悪魔を縛る契約の根元、『真なる名』という概念を消し去り、何事にも縛られることのなくなった──便宜上ゼロと呼称されている──悪魔は散歩にでも行くような気軽さでそう言った。
その言葉に自分だけお楽しみなんてズルいだの何だと言いながらついていったのが後に『千の闇』と呼ばれる千もの悪魔である。
七つの大いなる罪業を象徴する悪魔でも不可能だった『真なる名』の消去を果たし、あらゆる悪魔の中でも最強に君臨しているゼロを筆頭とした『千の闇』の面々は現在と違い薄く曖昧な『湖』の水面をかき乱し、時空の壁を突破、神々の領域へと侵攻を開始する。
そこで最初に邂逅したのが邪神に堕ちる前の──現在は『漆黒の千なる闇を従えし邪神』と呼ばれているカミサマであった。
『現世に堕ちてなおも神々の領域への渇望が捨てられなかったでありますか?』
『いやあ、そんなんじゃないってえ。どうせやり合うなら圧倒的に強い奴とやるほうが楽しいってだけだ』
『完全からは程遠いでありますね』
『はっはっはあ! 馬鹿だなあ、だからこそ俺っちってば悪魔と堕ちたんだろうよお』
『自覚があって、それでもでありますか』
『自覚がある程度で曲げるほど良い子ちゃんじゃないものでなあ』
その『喧嘩』は『湖』を挟んだ向こう側、人間が住まう世界からも閃光や轟音、激震が観測されたほどだったという。
結果として邪悪と堕ちる前のカミサマは『千の闇』の全員を撃破したのだとか。
『ちえっ。やっぱ強いなあ、カミサマはよお。でえ、トドメ刺すってのかあ?』
『必要ないであります』
『ああ?』
『殺しとは脅威を取り除くためのものであります。わらわよりも弱い者に噛みつかれた所で何の痛手にもならないので、わざわざ殺す必要はないであります』
『て、めえ』
『気に食わないのであれば、どうぞいつでもかかってくるであります。わらわはいつだって相手するでありますよ』
『上ッッッ等だあ!! だったら今からでも再戦受けてもらうからなあ!!!!』
一なる光を手に入れる前の女神は鬱陶しいからさっさと殺せばいいのに、と吐き捨てていたが、それでも邪悪と堕ちる前のカミサマは『千の闇』を殺すことなく従えた。いつでも背中を刺していいと、背負ってみせたのだ。
あるいはもうこの時点から結末は決定付けられていたのか。マーブルの心臓と肺をぶち抜き、死に至らしめるまでの道筋は。
ーーー☆ーーー
バヂィイ!! と地面と並行に走る紫電は真っ直ぐに異形の男へと殺到した。そのまま、棒立ちの男を撃ち抜く。十メートルクラスの魔獣だろうがお構いなしに炭化させるほどの雷撃が、だ。
「おいこらクソガキッ!! 何死にかけてやがるんだあァん!? テメェは俺がぶっ倒すって決まってんだぞ!!」
ゴロゴロと唸る曇り空の下、マーブルのそばまで駆け寄った男は抉れた左頬を苛立ちげに歪めながら叫んでいた。
Aランク冒険者パーティー『スカイサーベル』、そのリーダー格の男である。
それだけではない。十人ほどの『スカイサーベル』の面々が後に続いていた。
「ガキ、なんであの怪我で死んでねえんだ? っていうかコカトリスを瞬殺していたあのガキがボロ負けするような奴とやり合う流れかこれ!?」
「ふふん。俺はとっくに諦めているぜ。何せリーダーについていくって決めたんだ損得勘定ガン無視の感情論で物事が進むのは当然だよなーっ!!」
「そろそろ好き勝手やってきたツケを支払う時なのか? だってなんかもうSランクパーティー敵に回した時のが霞むほどにヤバそうだし!!」
「まあまあ落ち着けや。確かに魔獣をポンポン殴り飛ばしていたそこのガキは凄まじいものだったが、俺らだって魔獣を倒してここまで来たじゃないかっ。そこに大差がないとなれば、後は数の問題だ。ゴリ押しでいけるって!! ……ま、まあ、俺たちあのガキにボロ負けした気がしないでもないが、あの時はリーダーが油断しまくっていたからなっ。大丈夫いけるいける!!」
「あ、の……メイド服の、人とかは!?」
胸の中心に風穴をあけておいて、自分ではなく他の誰かの心配をするマーブルにリーダー格の男は不愉快そうにマーブルを睨む。
「あァん!? 俺らが『足手まとい』の一人や百人守れないと思ったかァ? 全員無事だからつまんねー心配してんじゃないぞっ」
「そっ、か。良かった……」
「チッ!! とにかくだ、死に損ないはそこで待っていろ。クソガキの怪我も、くだらない横槍入れやがる奴も、余分なもんは全部取り除いてやるからよ!!」
「待って、貴方たちじゃ……ゼロさんには、勝てな──」
「あァん!? 何かほざいたかクソガキ!? いいから寝てろボケが!!」
皆まで言わせず、油断すれば溢れ出そうになる弱気を振り払うようにリーダー格の男は大きく前に出る。その後を『スカイサーベル』の面々が仕方ないと言いたげについていく。
止めたいのに、止めるだけの力が削り取られたマーブルを置いて。
そうして前に出た『スカイサーベル』の面々へとブォンッ! と槍を突きつけてくる副団長。
「死にたくなかったら下がっていることね。あれは、貴方たちの手に負えるものじゃないわよ」
「あァん? じゃあ、なんだ。そうやって止めやがるテメェなら勝てるとでも?」
「無理でしょうね。それでも、時間稼ぎくらいならできる。団長が来れば何とかなるんだから、無駄に命を散らすことはないわよ」
「……、はぁぁぁ」
深々と。
それはもうつまらなさそうにため息を吐いたリーダー格の男は副団長の肩を掴んで後ろに押し除ける。
何をすると言わんばかりに口を開きかけた彼女へと、己のためなら『何でもやる』生粋の自己中男はこう吐き捨てたのだ。
「気持ち悪いにもほどがある」
「気持ち悪いって、はぁ!?」
「誰が命を捨てて守ってくれと頼んだよ。この俺が己の人生を、その命運を他人に預けるしかないクソ雑魚だとでも!? 舐めんじゃねーぞ、自己満足女。俺が戦うと決めた。そのためなら『なんだってやる』と、命だって賭けると決めた。それが俺の人生なんだっ。上から目線で自己満足でしかない救いを押し付けてくるんじゃない!!」
「な、ななっ!? せっかく騎士として守ってあげるっていうのにっ」
「それが気持ち悪いってんだ。勝つ気サラサラなくて死ぬこと前提で話進めているってのが本当気持ち悪い。テメェの自己満足な自殺に俺を助けたなんて装飾加えようとしてんじゃないぞ!!」
「はぁ、はぁーっ!? 単に多くの人を助けたいってだけなのになんでそんなこと言われないといけないわけ!? いいわよ、そこまで言うなら勝手にすることね! 死んだって知らないんだから!!」
「あァん!? 死なねーよ俺を舐めんなクソデカ鎧女!!」
そして、だ。
「なあ、死にたいのかあ?」
異形の男、悪魔の言葉が戦場を震えさせる。十メートルクラスの魔獣を炭化させるほどの一撃を受けても平然としている彼が動き出そうとして──その頭上へと最初の一撃を遥かに超える『紫電の剣』が降り注いだ。
「死なねーっつってんだろうがァ!! テメェが死んどけクソボケッ!!」
ズッッッドン!!!! と。
首都全域を揺るがす震動が炸裂した。
バヂバヂバヂッ!! と眩い限りの黄金の光が異形の男を呑み込んだまま消えずに輝き続ける。
天空から地上へと剣を突き刺すように。
雷とは一瞬で降り注ぎ消えるもの、という常識が覆されていた。
「魔法ってのは魔力量で増幅率が左右される。だからこそ、どいつもこいつも魔力量を底上げしようと躍起になってやがるもんだが、そりゃあ視野が狭いってもんだ」
歌うように。
光の剣、あるいは塔と見間違うほどの紫電の塊を見上げてリーダー格の男は言う。その先には天空に漂う雷雲がある。
そう、今日は曇り。
雷をたらふく溜め込んだ雷雲が天を埋めているのだ。
「魔法は象徴を増幅する。だったら象徴そのものが強大であればあるだけ、増幅されたもんも強大になるってもんだよなァ!!」
静電気と雷雲に溜め込まれた雷撃。双方の威力を比べれば、雷撃のほうが『大きい』はずだ。
であれば、『大きい』ほうを増幅したほうが魔法という結果もまた『大きく』なるというもの。
静電気から雷撃を生み出す増幅率でもって、元より雷撃と完成しているものを増幅しているのだ。一瞬走り抜けただけでも生物はおろか堅牢な建物さえも炭化させる雷撃が『持続』することになれば、生じる破壊は想像のさらに埒外へと突き抜けるだろう。
消えることなき紫電の剣。
瞬きの間に終わるはずの天からの裁きを十秒でも百秒でも『持続』する破壊の嵐。
自然災害を肥大化させた天災のその先、観測されたことのない超災害が個体を殺すためだけに席巻していた。
「まあいつでもどこでも『大きな』象徴を用意できれば誰も苦労はしないが、今日は運が俺に味方したっ。というわけで人の獲物に横槍入れやがったことを後悔しながら死ぬことだなクソッタレ!!」
そして。
そして。
そして。
ぐぢゅり、と。
紫電の剣を蝕むように内側から赤黒い靄が噴き出した。
その靄は瞬く間に広がる。ぐぢゅべぢゅと腐った果実を潰すような粘着質な音を響かせながら地上から天空へと駆け上がっていく。
三秒もあれば、天から地に伸びる光り輝く剣は赤黒い靄に覆われてしまっていた。かと思えば、だ。ぱんっ、とあまりにも軽い音と共に弾け飛んだのだ。
後に残るのは曇りの空だけ。
佇むは典型的な悪魔を連想させる異形の男。
彼は、言う。
「なんだあ、やっぱ死にたかったんじゃないかあ」
「な、ァ……ッッッ!?」
瞬間。
絶対的にして致命的な悪意が炸裂する。




