第十九話 魔を超越する魔女の脅威
「人の身でわたしさまから『深化』を引き出したこと、冥府での自慢話にするといいよっ!!」
瞬間。
それは炸裂した。
パァッッッン!!!! と。
騎士団長ウルフ=グランドエンドの右肩が弾け飛び、千切れた右腕が地面に落ちたのだ。
「ぐっ、う!?」
残った左手で右肩の断面を押さえる騎士団長。手の間から鮮血を漏らしながらも何が起きたのかを分析する。
やはり、先の一撃をいくら思い返してみても答えは一つしかなかった。
「血液、操作……。血の弾丸を、放っただけだと!?」
「きゃはっ!!」
魔女モルガンの手札はそう多くないはずだ。単純な出力だけを突き詰めればどんな性質だって力技で粉砕できるというのが彼女の持論なのだから、この後に及んで血液操作以外の魔法に頼るとは思えない。
彼女が選ぶのは最強一択。
それでいて、ここまで圧倒できるほどに威力が増したというのであれば……、
「魔力の、増幅か!!」
「まーほとんど正解かな。正確には『深化』──超越。通常の魔法は魔力でもって何らかの象徴を増幅するから、魔力源である魂には干渉できない。だけど超越は違う。魔力、その大元である魂を増幅して己の限界を超えた力を発揮する魔の真髄っしょー」
「魔法の増幅率は込められた魔力量に比例する。となれば、大元の魔力が増えれば増えるだけ魔法の威力が上がるのも道理か!!」
「はっはっはっ!! さあどうする? これぞ最強、どんな性質も力技で粉砕する魔の真髄を前にしても種族なんて関係ないと言えるのかにゃー!?」
「言うさ、もちろん」
即答だった。
騎士団長ウルフ=グランドエンドは片腕を失っていながらも獰猛に笑ってこう言い放ったのだ。
「種族がどうした。貴様がそれだけの力を発揮しているのは種族が凄いからではない。全ては貴様の才能と努力の成果だ。そして、それは俺様だって同じだ。人間だからどうした。俺様は種族だなんだそんなものを言い訳に屈するような半端な鍛錬は積んでいない!!」
左手を、離す。
右肩の断面から勢いよく鮮血が噴き出す。
そして。
そして。
そして。
「血液操作」
ぎゅるんっ!! と。
噴き出した血液が宙で唸り、集まり、赤黒い腕となって右肩へと繋がったのだ。
「にゃ、は? それっ、なんっ、まさか若造さまもわたしさまと同じ魔法を使えたの!?」
「いや、正確には貴様のを見て覚えた」
「見て、覚えたって……」
騎士団長ウルフ=グランドエンドはあくまで当たり前のように──そう、彼にとってはこんなものいつものことだと言わんばかりにこう続けた。
「俺様は年甲斐もなく負けず嫌いでな。他の奴ができることを俺様ができないってのは気に食わないんだ。だからできるまで頑張るようにしている。言ってみればそれだけのことだ」
「無茶苦茶言ってっ。魔法はそんなにポンポン覚えられるものじゃないっ。相性もそうだし、他にも、だから、そんな!!」
「貴様ができるということは、可能であるという証明がされているということだ。貴様にできることを、俺様ができない道理はない」
「……ッ!?」
それを無茶と言わなくて済むよう、彼は鍛錬を積んできた。どんな力だって見抜き、覚えられるだけの『基礎』を積み上げてきたのだ。
ゆえに彼は『成長する』。
どんな強敵を前にしても決して負けたままでは終わらない。
生粋の負けず嫌いだから。
勝ちたい。誰よりも強くありたい。五十を過ぎようとも子供のような願望を捨てきれずにいたからこそ、彼は大陸最強の最有力候補と呼ばれるまでに『成長した』のだ。
「付け加えるならば」
ゴギリッ! と。
首を鳴らし、騎士団長は告げる。
「貴様にできること『まで』で終わってやる義理はない。超えさせてもらうぞ、魔女モルガン」
言下のことであった。
ギュッッッゴォ!!!! と彼の右肩に接続された『血液の腕』へと空気が吸い込まれていく。
「血液ってのは面白くてな。全体を象徴としたならば液体としての性質しか増幅できないだろうが──選別すれば様々な性質を発揮するんだよ。例えば空気の『ある成分』だけを吸着するなどな」
「ある、成分? いやそれより選別って『深化』じゃない!?」
「『深化』に至っている程度でいちいち驚くな。貴様も知っている、すなわち過去に誰かが達した程度のことだ。俺様にできない道理はない。そんなことよりも、だ」
獰猛に、闘志を剥き出しとして。
騎士団長ウルフ=グランドエンドは言う。
「血液は空気中に含まれる燃焼・爆発する成分を吸着する。すなわち吸着後の血液にも同じ性質が宿る。それを増幅すればどうなるか、他ならぬ貴様ならわかるはずだ!!」
魂から肉体、肉体から空気などの象徴へと二度伝達する際に魔力は減衰する。だが、肉体を象徴とすれば伝達の回数を一度に減らすことができ、その分多くの魔力を魔法構築に使用できる。それが、血液操作のメリットだった。
であれば、だ。
血液という大きな枠組みでの大雑把な性質を増幅するだけの魔女モルガンと違い、血液という大きな枠組みを選別、変異させることのできる騎士団長とでは自由度に大きな差がある。
液体としてしか血液を扱えない魔女モルガンと違い、騎士団長は少なくとも液体としての性質と燃焼・爆発の性質を使い分けることができるのだから。
「だ、けど……わたしさまには超越があるっ。いかに手札を増やそうとも、絶対的な一には敵わない!!」
「かもしれないな」
認め、しかし。
そこで終わらない。
「とはいえ、俺様の空気と貴様の血液では俺様が圧倒していたんだ。より多くの魔力を減衰させていて、不利だったはずの俺様がな。つまり対等な条件では初めから話にならないということだ。案外、超越という底上げをして初めて良い勝負になるんじゃないか?」
「ふ、ざけ……ッ!!」
「そして、だ」
騎士団長ウルフ=グランドエンド。
大陸最強の最有力候補は止まらない。
「こうやって貴様が時間を無為に費やしている間も俺様は貴様の切り札を分析している。『深化』──超越、だったか。そいつを手に入れれば、対等な条件どころか選別によって圧倒的自由度を誇る俺様が有利になる。そうなってしまったら、もう貴様に勝ち目はないだろうよ」
「は、あ!? 複数の『深化』を手に入れるなんてエレインねーさまやモルゴースお姉さまでも達していないのよ!? そんなのを、たかが人間にできるわけ……ッ!!」
「できるさ、そのくらい」
即答だった。
彼には即答できるだけの根拠があった。
「貴様よりも、他の誰よりもたった一歩前に進むだけなんだ。誰よりもほんの少し頑張る気力があれば、そのくらいできるに決まっている!!」
論理が通っているようで、全く通っていなかった。だけど、その言葉は『正しい』ものだ。
他の誰が口にしたところで一蹴されるだろうが、彼はその言葉に押し通してきた。敵にできるなら自分もできると豪語して、実際にできるまで成長して、己の上に立っていたあらゆる人間を薙ぎ払い、ついには大陸最強の最有力候補にまで上りつめたのだ。
騎士団長ウルフ=グランドエンドという存在が、人生が、その言葉が『正しい』ことを証明している。
ゆえに彼は今日もまた成長する。
今はまだ魔女モルガンのほうが強いのかもしれないが、力の差なんて次の瞬間にでも埋めてやればいいだけなのだ。
その先にこそ、あの時は追いつけなかった金と黒の少女が待っている。その背中だっていずれは追い抜いてみせることだろう。




