第十八話 種族の差
魔女とは『種族』の一つである。
人間の女に似てはいるが、根本的に人間とは異なる『種族』なのである。
魔女は生まれながらに人間よりも遥かに多くの魔力を宿している。また、魂の構築エネルギーである魔力は様々な要因によって成長、増大するのだが、その増幅率も普通の人間に比べて高いのだ。
そして、何より魔女は魔法の才能に秀でている。『深化』、すなわち模倣ながらに『お手本』に届きつつある魔の真髄に到達した人間は歴史上において百に満たない、と言えば、三姉妹全員が『深化』に至っている異常性もわかるというものだ。
これが、魔女。
百年でも千年でも生きてきた長寿種族はまさしく身体の構造からして反則なのだ。絶滅したとされる悪魔を除いた序列、大陸最強の最有力候補と騎士団長は持て囃されているようだが、それはあくまで魔女が表舞台に出ていなかったから比べる機会がなかっただけのこと。
魔女と人間。
種族の差はそう容易く埋めることはできない。
ーーー☆ーーー
紅の触手が舞う。
それこそ魔女モルガンによる血液操作である。
魂から肉体、肉体から象徴へといった従来の魔法具現方法だと二度の伝達の際に魔力が減衰していた。だが、血液を象徴とすれば魔力伝達は一度で済み、その分だけ魔力の減衰量は低下する。
そう、だだでさえ人間よりも優れた魔力を持つ魔女が減衰量さえも節減しているのだ。魂から肉体、肉体から空気へと二度に渡って魔力を伝達している騎士団長は種族の差に加えて減衰量の差というハンデを背負う形となっていた。
(これで終わりっす、若造さま。世のため人のため、優れた魂を持っているのが運の尽きと諦めて死んでもらうっしょー!!)
血液操作で振るわれた紅の触手は連発すれば首都を両断するだけの力を秘めている。直接戦闘であれば個ではなく軍を相手取ることも可能な最強の魔女モルガンだからこそ『己一人の力で』構築可能な猛威であった。
紅の触手が騎士団長を襲う。
回避するだけの暇はなく、防御や迎撃なんて不可能。モルガンがどうこう、ウルフ=グランドエンドがどうこうではなく、『種族』としての差が歴然であるのだから。
この勝敗は、必然である。
だから。
だから。
だから。
「くっはは!!」
ゴッッッバァン!!!! と。
一瞬世界が光に満ちたかと思ったその後に炸裂した『爆発』が騎士団長へと殺到していた紅の触手を吹き飛ばす。
「ッ!?」
そこで終わらない、止まらない。
『爆発』によって発生した爆風はそのまま魔女モルガンへと迫りくる。そう、連発すれば首都を両断するだけの力があるはずの触手を容易く吹き飛ばした爆風が。
「ふ、ざけ……るんじゃないっ、しょー!!」
噛み千切った手首から噴き出した血液が魔女モルガンの全身を覆う。直後に、激突。バキバキビキビキッ!! と彼女の全身から骨が軋む嫌な音が連続する。
激突自体は一瞬だった。
その一瞬で寿命が五十年は削り取られた心地だった。
どろり、と。
魔女モルガンを覆っていた血液が力なく床に流れる。あと少し、ほんの少し耐えきれなかったら今頃爆風に呑まれて全身を砕かれていただろう。
「な、んで……」
「そんなに不思議がることでもないと思うがな」
騎士団長は平然としていた。
連発すれば首都を両断できるほどの紅の触手を吹き飛ばしておいて、なおも。
「言ったはずだぞ。種族としてがどうであれ、俺様と貴様、個体としての優劣まで決定されるわけではないと。魔女は人間よりも優れているのかもしれんが、俺様は貴様よりも優れていた。それだけのことだ」
「そんな、無茶苦茶なっ!!」
「無茶を成し遂げてでも民を守るのが騎士だ。それより、もういいか、終わらせても」
ざり、と。
一歩前に踏み込んでくる騎士団長。
魔女と人間。『種族』という絶対的な壁を越えるような規格外が。
「ちえっ。世のため人のため……ううん、そう願うモルゴースお姉さまのために魂の損耗はできるだけ抑えたかったけど、まっこれは仕方ないよね」
それでも。
魔女の三姉妹が三女にして直接戦闘なら最強の魔女モルガンの目はまだ諦めに澱んではいなかった。
あくまで戯けるように。
深く、深く、何かを塗り潰して、魔の支配者は叫ぶ。
「人の身でわたしさまから『深化』を引き出したこと、冥府での自慢話にするといいよっ!!」
瞬間。
それは炸裂した。
ーーー☆ーーー
魔女エレインが崩れ落ちる。
それを、サキュバスは見据えていた。
(気に食わない。気に食わないけど、マーブル。アンタは強い!!)
若いながらに悪魔の一角であるサキュバスを容易く従属させた魔女だろうともお構いなしのその力。『みんな』のほうが凄いと胸を張って断言できるが、少なくとも頑張れば自分でも勝てるなんて言えはしない。
だからこそ。
「来たれ色欲に呑まれた僕たちよ、我が敵を撃滅せよ!!」
サキュバスの命令が首都全域に響き渡る。
そして──
その時、シフォンら数十人を守りながら戦っていた『スカイサーベル』の面々は目を瞬いていた。
先程まで殺意全開で襲ってきていた魔獣の群れが一斉に逃げ出したのだ。
しばらくキョトンとした顔で見送っていた『スカイサーベル』の面々だが、徐々に飲み込めてきたのか歓喜の声を上げる。
「しゃあ! 逃げた逃げた逃げやがったあ!! 我ら『スカイサーベル』にゃあ敵わないとようやくわかりやがったかこんにゃろーっ!!」
「やっぱ『スカイサーベル』は最強だあ!! 今なら七十二組のSランクパーティーだって瞬殺できる気がするぜひゃっほーっ!!」
「うおおおおお!! 『スカイサーベル』最強ォォォおおおおおおおおおお!!!!」
腕が裂けたり腹が抉れたりと決して軽傷ではなかったが、それでも今だけは痛みを忘れて各々喜びの声を上げる中、リーダー格の男だけが眉を潜めて魔獣が逃げていった方向を見据えていた。
違和感がある。
押してはいたが、魔獣が物量を頼りに迫っていれば勝敗はまだまだ分からなかった。少なくとも魔獣側が逃げ出すほどに『スカイサーベル』が圧倒していたとは思えない。
「魔獣ども、クソガキが走り去っていった方向に向かいやがったよな?」
逃げた、ではないとすれば。
もしもあの行動に逃走以外の明確な理由があるとすれば。
魔獣の殺意、その矛先が『スカイサーベル』以外に向かったとは考えられないか?
そう、コカトリスだろうがなんだろうが軽々と薙ぎ払うような強敵を排除するために戦力を集中させているなどだ。
「チッ!! 狙いはクソガキか!!」
そして、それは到来した。
通りを埋め尽くすほどの魔獣の群れ。首都に投下された全魔獣、総勢二百もの魔獣が集っているのだ。
群れそのものが一体の魔獣のごとく。地響きと共に視界を埋め尽くす二百もの魔獣の塊が目を血走らせて、咆哮を炸裂させ、一心不乱にマーブルに殺到する。
ぶわり、と翼を羽ばたかせたサキュバスが宙を舞う。その下を通りを埋め尽くすほどの魔獣の群れが走り抜ける。
そのまま、マーブルへと突っ込んでいく。
「さあ! 倒してみなさい!!」
「もうっ。意思を踏みにじって操るなんてダメなんだからねっ!!」
ゴッバァン!!!! と。
二百もの魔獣、単純にして絶対の質量だろうがお構いなしだった。
拳の一振り、その余波。
直撃すらしないその一撃が暴風と化して魔獣の群れを木っ端と蹴散らしたのだ。




