第十六話 戦う理由
Aランクパーティー『スカイサーベル』のゴロツキどもは迫りくる魔獣を時にサーベルで斬り裂き、時に魔法で薙ぎ払い、時にもう面倒くさくなってぶん殴ったりしていた。
「多いっ。ああもうなんでこんなうじゃうじゃなんだよっ」
「しかも『足手まとい』つきだしな。これでただ働きだぜ割に合わねえ!!」
「なあリーダーっ。『足手まとい』は兵士に押しつけてさっさとトンズラしようぜ金にならねえしよ!!」
ゴロツキどもの愚痴に逆立つ毛並みのコートを羽織ったリーダー格の男は舌打ちをこぼす。
「うるっせーなァ!! しゃーねーだろうがクソガキに押し付けられたんだからっ」
そう叫ぶ彼の後ろにはシフォンをはじめとした数十人の民間人がいた。魔獣が『着地』した際に近くに居合わせた者たちである。
「クソ!! ここでこいつら見殺しにしたら俺が『足手まとい』の一つや二つ守れねー雑魚ってことになるじゃねーか!! あのクソガキめ、実は全部計算づくかァ!?」
悪態をつくリーダー格の男は決して軽傷ではなかった。脇腹を引き裂かれて鮮血が噴き出しているし、左腕なんて貫かれてまともに動かない。
それでも右腕に握るサーベルを振るい、意地でも背後の戦闘能力のない『足手まとい』が魔獣に襲われることだけは阻止していた。
そう、意地なのだ。
どこかの副団長のように誰かを守るためなら命だって賭けられる崇高な精神なんて持ち合わせていない。全ては自分のために。己が胸を張って自由を謳歌するためならリーダー格の男はなんだってやる。
それが、結果として自身を傷つけることになろうとも。
「リーダーッ!!」
どこかから調達したのか長剣を振るうグレートオークと斬り結んでいたゴロツキの一人が焦りを滲ませて叫ぶ。
ちょうど、新たな魔獣がリーダー格の男めがけて上空から降り注ぐところだった。
「舐めてんなァ」
迫るは十メートルを超える巨躯だった。単純な重量だけでも人間の一人や二人押し潰せるだろうに、その魔獣はさらにブレスを魔法で増幅して放っていた。
ブレスで吹き飛ばされるか、膨大な重量に押し潰されるか。どちらにしても並の戦士であれば即死は避けようもなかった。
「その程度で、俺の自由を妨げられるとでも思ってんのかあァん!?」
瞬間。
地上から天空へと雷が立ち昇った。
十メートルを越す魔獣に対して無数に枝分かれした紫電が殺到する。ブレスを貫き、膨大な重量を誇る巨躯を走り抜け、一瞬にして物言わぬ炭へと変えてしまう。
ボロボロと崩れながら降り注ぐ炭化した魔獣の残骸をサーベルで鬱陶しそうに払い除けるリーダー格の男。
彼が操る魔法は電気の増幅。
そう、コートの毛並みが逆立つほどに蓄えられた静電気を増幅、雷撃と変えて放ったのだ。
「さっすがっ! それでこそ我ら『スカイサーベル』を統べるリーダーだぜ!!」
「そうだ俺らは『スカイサーベル』なんだっ。七十二組のSランクパーティーを除けば……いいや、いずれはどんなパーティーだって凌駕する最強パーティーなんだ!!」
「『足手まとい』を背負っていようが、魔獣がうじゃうじゃいようが関係ねえっ。『スカイサーベル』ならば楽勝の圧倒で絶対超絶完全勝利間違いなしなんだからなあ!!」
リーダー格の男が十メートルを越す魔獣を瞬殺したことに触発された『スカイサーベル』のゴロツキどもは口々に己を奮い立たせて魔獣の群れへと突っ込んでいく。
彼らに負けじとリーダー格の男もまた抉れた左頬を嘲るように歪め、血走った目で残る魔獣の群れを睥睨して、サーベル片手に踏み出していく。
「さァ次はどいつだ!? こちとらあのクソガキに『足手まとい』を傷一つなく送り届けて、この俺に全部押しつけ腐ったことを後悔するまでコテンパンにしないといけねーんだ。だから、俺が自由を謳歌するために! 一匹残らずぶっ殺してやるよお!!」
ーーー☆ーーー
サキュバスはわずか十数年前に『自然発生』した若い悪魔である。だからだろうか、主に女の悪魔仲間からお姫様と呼ばれ、可愛がられている。
鳥が空を飛べるように、魚が海を泳げるように、男を魅了する『理想像』へと姿を変えられるサキュバスは常々疑問に思っていた。
なぜ大陸の端の端、人目につかない薄暗い森の奥に隠れ潜むように生きていかねばならないのかと。
その問いに遥か昔、少なくとも『千の闇』が大陸を席巻していた時代には存在していた、何歳かも不明なほどに年を重ねた(とはいっても見た目は若々しいグラマラスな)女悪魔はこう答えた。弱い者いじめなんてつまらないもの、と。
『理解できない。全然、全く、理解できないっ。なんで? 結果としてどんな生物よりも強いアタシたちが隠れ潜むようにコソコソ生活しているのよ!? 弱い者いじめなんて関係ない。強きが上に君臨する当たり前を取り戻すべきよ!! こんな、隠れ潜むなんて、悪魔らしくない!!』
『悪魔らしくない、ねえ。じゃあ聞くけど、お姫様はどうするのが悪魔らしいと考えているのかしら?』
『どうって、それは……。すっ少なくとも、人間との戦争で誰も死んでいないのに、絶滅したフリをしてコソコソ生きるのが悪魔らしいとは思えない! あんな弱者どもよりも、みんなのほうがずっとずっと強いんだから!! なのに、こんなの、おかしいわよ!! 凄いのに、本当のみんなはもっと、凄いのに!! みんなは凄いんだって、もっともっと思い知らせるべきなのよ!!』
『自分にとっての悪魔らしさを答えられないってのもそうだけど、みんなもっと凄いのにって、お姫様ったら。悪い気はしないし、だからこそ私たちはお姫様が大好きなんだけど、悪魔らしいとは言えないわね。ああでも、今時の若者というのはこんな感じなのかしら? いやねえ、年をとるというのは』
『ふざけないで! 真面目な話をしているのに!!』
『ごめんね、お姫様。ただ、うーん。基本的に悪魔ってのは不真面目だもの。堕落の化身だし? だから、ほら、真面目に人間と争うなんて面倒以外の何物でもないのよ。だらだら生きるだけなら大陸の片隅をほんのちょっと使えればいいんだしね』
『むううう!!』
『膨れないでよ、食べたくなっちゃうじゃない』
『食べたく……?』
『ああ気にしないで失言だから。……サキュバスとしての性質を戦闘に活かすことはできても、「本来の使い方」を漠然としか知らないってのも変な話よね。まあお姫様が興味を持ったら最後、「争奪戦」になるから仕方ないんだけど』
『???』
よくわからないと首を傾げていたサキュバスはハッとしてグラマラスな女悪魔に詰め寄る。
『危ない誤魔化されるところだったっ。とにかく! こんな隠れ潜むような生活はやめにするのよ!! 強者は強者らしく、堂々と生きるべきなんだから!!』
『でもねえ。堕落してもなお闘争心を失うことなく自分よりも強い奴に喧嘩を売りにいくような「千の闇」ならともかく、今更力比べするような歳でもないのよねえ』
『……、わかったわよ』
拳を握りしめて、歯を食いしばって、サキュバスは言う。
『だったらアタシが証明する。悪魔の中で一番弱いアタシが人間どもをやっつければ、アタシよりも強いみんなが凄いって証明になるんだから!!』
『え? ちょっお姫様!?』
女悪魔が止める暇もなかった。
翼を羽ばたかせたサキュバスは勢いよく人間の領土へと進出を開始したのだ。
その後、彼女は偶然事故で死んでいたアイア=ハニーレック男爵令嬢を見つけたので『男の理想に姿を変えられる』サキュバスとしての性質を魔法で増幅、アイア=ハニーレック男爵令嬢へとなりすまして社交界に潜り込んだ。
社交界を内側から蝕み、切り崩し、ついには第一王子や大陸最強の最有力候補である騎士団長といった国家上層部を手中に収めたサキュバスはとにかく『愚行』に走るよう国家上層部を誘導しようとした。
そうして注目を集めた上で宣言するのだ。お前たちの上に立つ連中なんて、悪魔の中でも最弱であるアタシ一人に支配される程度なのだと。
そうすれば、そう、上からアヴァロンを崩された人間は思い知るはずだったのだ。本当に強いのは、凄いのは誰であるかを。
その第一歩、第一王子の婚約破棄騒動という『愚行』を、しかし一人の少女がひっくり返した。
マーブル。
サキュバスよりも強い少女が。




