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勇者クロリスの冒険譚  作者: 遥彼方
4章

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聖都への突入

聖都へ侵入した僕たちを見て、あちこちから悲鳴が上がる。

「飛竜が入ってきたぞ!」

「魔族だあああっ。逃げろっ」


パニックの人々を尻目に、目指すは聖都中央の神殿だ。伯父さんの情報では、昼を少し回った今の時刻なら聖女は大聖堂にいる。


「大聖堂の位置を先導致します」

少し前に出た伯父さんに付いていく。幾つも濫立した美しく尖った塔をすり抜け、目的の大聖堂へ辿り着く。他の塔に比べるとやや低く円みを帯びた白亜の建物には、色とりどりのガラスが嵌め込まれていた。


「突っ込みますので、伏せて下さい」

飛竜のロイドが僕に警告してから翼をたたみ、頭からガラスへ突っ込んだ。


ガシャアアアアンッ。


色とりどりの破片を撒き散らし、僕たちは大聖堂へなだれ込む。


大聖堂の中は広く、 ガラスを通してカラフルな光が、繊細な彫刻が施された大理石の柱と壁を彩っていた。姿が映りこむ程に磨かれた大理石の床へ降り立つ。飛竜たちの鋭い鉤爪が、床を引っ掻きカチャカチャと音を立てた。

白い巫女服や神官服を着た人たちが、床に伏せたり頭を抱えたりして右往左往している。


そんな中、飛竜の羽ばたきの風圧で衣服をはためかせて、恐れることなく僕たちを見る一人の少女がいる。腰までのばした真っ直ぐな銀髪、伏し目がちの青い目を長い睫毛が縁取っている。一目見て、彼女が聖女だと直感した。


軽くガラスの破片を衣服から払い、飛竜のロイドから降りて彼女の前に立つ。彼女の側にいた巫女たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げた。


「お初にお目にかかります。私はカイ・シュターロ。剣に選ばれた真の魔王です。貴女が聖女ですね」


彼女の前に片膝を着いた。片手を胸に当て、礼を取る。


「カイ様!」

伯父さんが驚き諌める声音で僕を呼んだ。『王たるもの他者へ膝を折ってはならない』伯父さんの厳めしい声と言われてきた言葉が甦って、体がぎゅっと縮みそうになる。


すくみそうになる心にもう一つの声が響いた。

『君らしい王におなりなさい』

バルドールの落ち着いた声音が、僕の顔を上げさせた。


「控えろ、バドス!」

伯父さんが小さく息を飲むのが伝わる。


「人にものを頼むならば、誠意を見せるのが道理だ。道理を蔑ろにして、どうして王が務まる」

伯父さんの鋭くやや細い目が見開かれた。初めて見た唖然とした伯父さんの様子に、僕は少し満足感を覚えて微笑む。


伯父さんの顔が元の冷たい無表情に戻り、それから口の端を吊り上げた。この顔は怖い。膨らませた勇気がしぼむ前に、僕は慌てて視線を前へ戻した。


「丁重な挨拶いたみいります、魔王カイ様。わたくしは、ラクシア・リュミナエス、皆に聖女と呼ばれる者です」


鈴を転がしたような、綺麗な声だった。聖女ラクシアは、両手を胸の前に組んで腰と膝を軽く曲げる、神に仕える者の礼を取って続けた。

「闇化病のことは既に聞き及んでおります。わたくしの浄化の力が必要なのですね」


僕は膝を戻して立ち上がり、手を差し出した。


「はい。貴女の力が必要です。どうか我らにご同行下さい。歓待致しますし、出来る限りの礼はさせて頂きます。治療が終われば必ずお帰ししましょう」


聖女は無言で僕を見る。夜空のようなバルドールとはまた違う、冷たく澄み渡った冬の青空の目に、僕の必死に虚勢を張った姿が映っていた。

何処までも果てがない冬の空の瞳に、吸い込まれそうな錯覚を覚えて、僕は冷や汗をかいた。


「カイ様の誠心は心得ました。わたくしで良ければ力になりましょう」

ふっと表情を綻ばせて微笑むと、さっきまでの冷たい空気は霧散した。白くたおやかな手が僕の手を握る。


「魔族の戯れ言などに耳を傾けてはなりませんぞ!聖女様!!」

震えて縮こまっていた神官の一人が、よろよろと立ち上がった。一際豪華な神官服に身を包んだ彼は、たるんだ頬を揺らし、節くれだった太い指で僕を差した。


「何をしておる!こ奴らを取り押さえろ!悪しき闇神の手先め!お前らの穢れの浄化などに、聖女様の御業を使うなど恐れ多いわ!」


男が唾を撒き散らして飛ばした指示に、僕と聖女の周りで警戒していた伯父さんたちと、神官兵が動いた。


剣と剣がぶつかり合うも、大した剣技もなく魔族の力に敵う筈がない。あっさりと撃退して、飛竜が皆を背に乗せる体勢を取った。僕も聖女の細い手を引いて、飛竜へ手をかける。


「ええいっ、構わんっ。魔法を撃て!」

攻撃を指示した男が、また命じる。


「聖なる光よ!」

「悪魔を殺せ!」

あちこちから、魔法が僕らを狙う。馬鹿な、聖女にも当たるじゃないか!


光魔法に闇魔法の障壁は通用しない。僕は聖女の手を離し、腰の剣を抜いて叩き落とす。他の皆は闇魔法を当てて相殺させていた。その中で、一人魔法を受けてよろめく人影が見えて、僕の血の気が引いた。


「バドス!」

伯父さんは剣も魔法も得意じゃない。僕は伯父さんの体を掴んで、飛竜の側へ引き寄せた。


「馬鹿者がっ!王が臣下の前に出てどうする!」

「バドスは魔国に必要な存在だ!」

敬語を忘れて僕を叱る伯父さんに怒鳴り返す。その間にも、後の四人と飛竜たちが盾となり攻撃を防いでくれていた。


「乗って!」

先に乗らないと動かないぞ!

そう思いを込めて伯父さんを睨んだ。何だかんだで、僕と伯父さんの付き合いは長い。僕がこうなったら引かないことを、伯父さんは知っている。


「説教は後だ」

血を流す脚を引き摺りながら、苦々しく告げて伯父さんは飛竜に跨がった。それを見届けてから聖女と飛竜へ駆け寄る。


「殿下も聖女様を連れて退却を!我らが殿を務めます!」

「頼んだ!」

飛竜に乗る聖女を手伝い、僕も騎乗しようと手足をかけた。そこで、違和感と軽い衝撃。


…… 何?

「っう……ごぶっ」

口許から血が溢れる。腹部が熱い。焼ける。

僕は自分の腹を見下ろし、刺さった短剣を辿り視線を這わせる。

血に染まった短剣、握る白い手、細い腕、華奢な体 …… 。


徐々に上げた僕の目線が捉えたのは、ほっそりとした輪郭を縁取る豊かな銀髪に伏し目がちの青い瞳、聖女ラクシア。血塗れの短剣は彼女の手に握られていた。

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