聖都への突入
聖都へ侵入した僕たちを見て、あちこちから悲鳴が上がる。
「飛竜が入ってきたぞ!」
「魔族だあああっ。逃げろっ」
パニックの人々を尻目に、目指すは聖都中央の神殿だ。伯父さんの情報では、昼を少し回った今の時刻なら聖女は大聖堂にいる。
「大聖堂の位置を先導致します」
少し前に出た伯父さんに付いていく。幾つも濫立した美しく尖った塔をすり抜け、目的の大聖堂へ辿り着く。他の塔に比べるとやや低く円みを帯びた白亜の建物には、色とりどりのガラスが嵌め込まれていた。
「突っ込みますので、伏せて下さい」
飛竜のロイドが僕に警告してから翼をたたみ、頭からガラスへ突っ込んだ。
ガシャアアアアンッ。
色とりどりの破片を撒き散らし、僕たちは大聖堂へなだれ込む。
大聖堂の中は広く、 ガラスを通してカラフルな光が、繊細な彫刻が施された大理石の柱と壁を彩っていた。姿が映りこむ程に磨かれた大理石の床へ降り立つ。飛竜たちの鋭い鉤爪が、床を引っ掻きカチャカチャと音を立てた。
白い巫女服や神官服を着た人たちが、床に伏せたり頭を抱えたりして右往左往している。
そんな中、飛竜の羽ばたきの風圧で衣服をはためかせて、恐れることなく僕たちを見る一人の少女がいる。腰までのばした真っ直ぐな銀髪、伏し目がちの青い目を長い睫毛が縁取っている。一目見て、彼女が聖女だと直感した。
軽くガラスの破片を衣服から払い、飛竜のロイドから降りて彼女の前に立つ。彼女の側にいた巫女たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げた。
「お初にお目にかかります。私はカイ・シュターロ。剣に選ばれた真の魔王です。貴女が聖女ですね」
彼女の前に片膝を着いた。片手を胸に当て、礼を取る。
「カイ様!」
伯父さんが驚き諌める声音で僕を呼んだ。『王たるもの他者へ膝を折ってはならない』伯父さんの厳めしい声と言われてきた言葉が甦って、体がぎゅっと縮みそうになる。
すくみそうになる心にもう一つの声が響いた。
『君らしい王におなりなさい』
バルドールの落ち着いた声音が、僕の顔を上げさせた。
「控えろ、バドス!」
伯父さんが小さく息を飲むのが伝わる。
「人にものを頼むならば、誠意を見せるのが道理だ。道理を蔑ろにして、どうして王が務まる」
伯父さんの鋭くやや細い目が見開かれた。初めて見た唖然とした伯父さんの様子に、僕は少し満足感を覚えて微笑む。
伯父さんの顔が元の冷たい無表情に戻り、それから口の端を吊り上げた。この顔は怖い。膨らませた勇気がしぼむ前に、僕は慌てて視線を前へ戻した。
「丁重な挨拶いたみいります、魔王カイ様。わたくしは、ラクシア・リュミナエス、皆に聖女と呼ばれる者です」
鈴を転がしたような、綺麗な声だった。聖女ラクシアは、両手を胸の前に組んで腰と膝を軽く曲げる、神に仕える者の礼を取って続けた。
「闇化病のことは既に聞き及んでおります。わたくしの浄化の力が必要なのですね」
僕は膝を戻して立ち上がり、手を差し出した。
「はい。貴女の力が必要です。どうか我らにご同行下さい。歓待致しますし、出来る限りの礼はさせて頂きます。治療が終われば必ずお帰ししましょう」
聖女は無言で僕を見る。夜空のようなバルドールとはまた違う、冷たく澄み渡った冬の青空の目に、僕の必死に虚勢を張った姿が映っていた。
何処までも果てがない冬の空の瞳に、吸い込まれそうな錯覚を覚えて、僕は冷や汗をかいた。
「カイ様の誠心は心得ました。わたくしで良ければ力になりましょう」
ふっと表情を綻ばせて微笑むと、さっきまでの冷たい空気は霧散した。白くたおやかな手が僕の手を握る。
「魔族の戯れ言などに耳を傾けてはなりませんぞ!聖女様!!」
震えて縮こまっていた神官の一人が、よろよろと立ち上がった。一際豪華な神官服に身を包んだ彼は、たるんだ頬を揺らし、節くれだった太い指で僕を差した。
「何をしておる!こ奴らを取り押さえろ!悪しき闇神の手先め!お前らの穢れの浄化などに、聖女様の御業を使うなど恐れ多いわ!」
男が唾を撒き散らして飛ばした指示に、僕と聖女の周りで警戒していた伯父さんたちと、神官兵が動いた。
剣と剣がぶつかり合うも、大した剣技もなく魔族の力に敵う筈がない。あっさりと撃退して、飛竜が皆を背に乗せる体勢を取った。僕も聖女の細い手を引いて、飛竜へ手をかける。
「ええいっ、構わんっ。魔法を撃て!」
攻撃を指示した男が、また命じる。
「聖なる光よ!」
「悪魔を殺せ!」
あちこちから、魔法が僕らを狙う。馬鹿な、聖女にも当たるじゃないか!
光魔法に闇魔法の障壁は通用しない。僕は聖女の手を離し、腰の剣を抜いて叩き落とす。他の皆は闇魔法を当てて相殺させていた。その中で、一人魔法を受けてよろめく人影が見えて、僕の血の気が引いた。
「バドス!」
伯父さんは剣も魔法も得意じゃない。僕は伯父さんの体を掴んで、飛竜の側へ引き寄せた。
「馬鹿者がっ!王が臣下の前に出てどうする!」
「バドスは魔国に必要な存在だ!」
敬語を忘れて僕を叱る伯父さんに怒鳴り返す。その間にも、後の四人と飛竜たちが盾となり攻撃を防いでくれていた。
「乗って!」
先に乗らないと動かないぞ!
そう思いを込めて伯父さんを睨んだ。何だかんだで、僕と伯父さんの付き合いは長い。僕がこうなったら引かないことを、伯父さんは知っている。
「説教は後だ」
血を流す脚を引き摺りながら、苦々しく告げて伯父さんは飛竜に跨がった。それを見届けてから聖女と飛竜へ駆け寄る。
「殿下も聖女様を連れて退却を!我らが殿を務めます!」
「頼んだ!」
飛竜に乗る聖女を手伝い、僕も騎乗しようと手足をかけた。そこで、違和感と軽い衝撃。
…… 何?
「っう……ごぶっ」
口許から血が溢れる。腹部が熱い。焼ける。
僕は自分の腹を見下ろし、刺さった短剣を辿り視線を這わせる。
血に染まった短剣、握る白い手、細い腕、華奢な体 …… 。
徐々に上げた僕の目線が捉えたのは、ほっそりとした輪郭を縁取る豊かな銀髪に伏し目がちの青い瞳、聖女ラクシア。血塗れの短剣は彼女の手に握られていた。




