初めての戦闘
踏み固められた街道を進む。たまに馬車やレナド王国を目指す人に会うけれど、それ以外は特に何もない。
町から出たことがなかった私は、最初こそ物珍しく辺りを見ていたけど、今では黙々と歩いている。
バオバフ町までは徒歩で丸1日かかる。バオバフ町で一泊して地竜のダンジョンへ向かう予定だ。
街道を行く人影は今は私たちのみ。一度行商の馬車とすれ違っただけだ。
なだらかな丘が幾つも連なる景色が続く。丘を幾つ越えただろうか。大きな岩が多くなってきて、草も背の高いものが群生するようになった。
「ゴブリンがいるな」
先頭を行くシグルズが、天気の話をするように言った。
モンスター!?どきりと心臓が跳ねる。
「あそこの岩影にいる。クロリス、お前がやれ」
まじで?少しビビる。
しかしゴブリンなんてモンスターとしては下級だ。これをやれなきゃ、一生モンスターなんて相手に出来ない。
覚悟を決めて顎を引く。シグルズが一歩下がって先を促した。
私は腰の剣を鞘から抜く。剣は鞘から抜けるというよりは、私の手の中に飛び込んできた。何となく喜んでいるように思えるのは私の気のせいかしら。
剣を構えて少しずつ岩影に近付く。あと少し、あと三歩、あと二歩、というところで岩影からゴブリンが飛び出してきた。
子供の背くらいの体格で、ギョロリとした大きな目、尖った耳、鋭い歯がずらりと生えた体格のわりに大きな口。ゴブリンは上段で構えたこん棒を振り下ろしてくる。
私はこん棒を小さく横に避けてから、剣を振り下ろした。
音も手応えもなく、ゴブリンが真っ二つに分かれて地面に転がった。
え?
さらにもう一匹が岩影から飛び出す。そちらの方へ剣を横に振る。
ぽん、と軽くゴブリンの首が宙を舞った。
大量の血を撒き散らし、二つの死体が転がる。吹き出した血を避けて、私の足は後ろに下がっていた。
「あ……」
そのままよろよろと後退する。音を立てて血の気が引くのが分かる。
今、私は余りに簡単に命を奪った。
命を奪う覚悟はしていた。だからショックなのはその事ではない。
豆腐を斬るようにあっさり斬れた。手応えさえもなかった。罪悪感も嫌悪感も恐怖もなかった。
それが怖い。
「クロリス様、大丈夫ですか?」
真っ青になって立ち尽くす私に、メイちゃんが気遣って声をかける。
「うしっ!」
ぱんっと私は自分の頬を、空いている左手で張った。
問題は切れ味が良すぎるこの剣と、私自身の倫理観だ。問題点を忘れずに、気持ちは前に。それが私のモットー。
「大丈夫よ、メイちゃん。心配してくれてありがとう」
にっこりと笑う。笑顔は例え作り物でも、心を上向きにしてくれる。今はそれでいい。
剣を振る動きそのものは、ここ1ヶ月で身につけたものが遺憾無く発揮できた。訓練通り動けてよかったと思う。
剣の血を払うために、軽く振ると綺麗に血が落ちて何もなかったかのように刀身が輝いた。
本当、何なのよ。この剣。
溜め息を吐いて鞘に戻し、シグルズとメイちゃんの側に戻る。
「何よ?」
じっと私を見るシグルズを軽く睨む。
来るのか?やるのか?受けて立つわよ?
からかいなり嫌みなりなんなり来るといい!と内心で身構えた。
だがしかし。
「いや」
短い一言で首を横に振ったシグルズは、あろうことかふっと微笑んだ。
ホホエンダ…… ?
あのシグルズが?!
衝撃の事実に固まる私を尻目に、シグルズはさっさと笑みを引っ込め歩き出す。
「見ました?クロリス様?」
「見たわ!あいつ笑えたんだ?!」
メイちゃんの声に、初めて見たシグルズの笑みがもたらした硬直が解けた。
「おい、何をもたもたしてる?」
ひそひそやっている私たちに、シグルズの不機嫌な声が降ってきた。
「あ、なんでもない。行こっか」
慌てて先を行くシグルズに追い付く。
笑った顔は、ちょっと格好いいじゃないか、チキショウ!
なんて思ってしまったことは内緒だ。絶対に。




